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シナリオ




       1




 俺は今、パンツ一枚の上にトレンチコートを羽織っている。変質者に見えるだろうが、服を着る趣味があっても、服を脱ぐ趣味などない。

 そもそも、見る価値があるのは服のみだと、思っている。故に、皆も俺を見なければいいのだ。

『最悪……。こいつにオーダーメイドされたのが、運の尽きだったわ』

 周囲に人気はない。声の発信源は、俺が肌身離さず旅の道連れにするコート(、、、)だ。

「衣服のくせに、着られるのが嫌なのか?」

『貴方が汗かきだからよ!』

 問題ない、今のシーズンは秋だ。澄み渡った夜空は、人間に肌寒さをプレゼントしてくれる。絶好のコート日和だ。彼女が包む自分を抱き締め、吐息を漏らす。

『止めなさい、裏地が穢れる⁉』

「逃げ切ったら、全力でクリーニングしてやる」

『ウェア・ハラスメントよ‼』

 すると、隠れ場所の大型プランターに跳弾の音がした。

「撤退するぞ、トレンチ」

 彼女を汚さぬよう、指先と爪先でGの如く匍匐前進(ほふくぜんしん)する。『キモ……』衣服に対する俺流のエスコートは、お気に召さなかったようだ。

『どうして、奴らが私たちの居場所を知ってるのよ⁉』

 状況の整理が必要だな。タンスの中にある着たい服を迷わず見つけるためと、同じように。順を追って、あの仕立屋と俺たちが旅する目的について思い出そう――。




       2




 まずは、俺と彼女の出会いからだ。

 あれは携帯端末の着信音が蝉の鳴き声よりもうるさかった、いつもと変わらない日のことだった。

「ええい、しつこい。ボタンは渡さぬと、十年前から言っているではないか!」

 それが一転して、俺たちの初めての記念日となったのだ。一人暮らしのアパートに、インターホンは鳴った。

「こんにちは、宅配便でーす」

 俺の現住所を教えているのは、ただ一人。季節外れだが、あれ(、、)が届いたのかもしれない。同窓の後輩からの電話など無視だ。玄関を開く。

嶋村装一(しまむらそういち)様のご住所で、お間違いないでしょうか?」

「如何にも、俺のマイホームだ」

 女性配達員は目を丸くする。俺の喋り方にドン引きしていることだろう。大丈夫だ、気など狂っていない。これは、わざとだ。

 申し訳ないが、俺は異性に興味がない。仕事や趣味に没頭している女性だっている。そういう人種をリスペクトして止まなかった。服だけに愛情を注ぐ。最高の人生だ。

 受け取った荷物を居間に置いて、俺は段ボール箱から中身を取り出す。入っていたのは、一着のトレンチコートだった。袖のタグについている襞衿(ひだえり)のロゴ。間違いない、<世界一注文できない仕立屋プールポワン>にオーダーメイドを依頼した、俺専用のコートだ。

 ネットのホームページで、抽選に当たった者しか入手できない幻のブランド。体のサイズデータ、比較対象と映った本人写真(俺は忠犬ハチ公像とツーショット)、住所氏名など証明書各種。それらをオールクリアしてようやく、注文内容へ進んで応募完了。後は服の手入れをしながら、祈るのみ。

 日頃の行いが、衣服の神様に伝わった。太陽に勝るとも劣らない光沢。ずっと密着していたいくらいの触り心地。新品の香りに魅せられた俺は、顔面を押し当て嗅いだ。鼻音を立てる。

『何するのよ、変態⁉』

 突然、何者かの声が俺と衣服の世界に割り込む。

「誰だ、俺とコートのフォーリン・ラブを邪魔する輩は⁉」

『いやぁー、こんな奴に着られたくない!』

 さらには家の外からも、謎の爆発音が轟く。気になった俺は、窓を開ける。高台に建つアパートから見下ろすと、そこに広がっていたのは、火の海と化した街だった。

 俺は顔を歪め、叫んだ。

「日本の服がぁーっ‼」

『他に心配すること、あるでしょ……』

 後に知ったことだが、プールポワン製作のコートを羽織った注文者たちが、世界各地で謎の破壊活動を行っていたらしい。国際機関は彼らのことを、<オーダラー>と呼ぶ。その一つが日本に届くことを嗅ぎつけた武装組織からのテロ攻撃だったのだ。

 俺のせいで、伝統ある和服を犠牲にする訳にはいかない。そうして、トレンチと名付けた彼女(衣服)と一緒に海外を渡り歩く、果てなき逃避行が始まった――。




       3




 だがしかし、転んで服を汚しても、放置しないで必ず洗濯するのが俺である。ネッ友のコート愛好家の情報網を駆使して、<仕立屋プールポワン>について調べ上げた。どうやら奴(性別など知らん)は、製造法不明の超科学パワードスーツを創造してしまったようだ。ネット内での通称は、<Super F(スーパー・フ)unctional(ァンクショナル) Material(・マテリアル) Coat(・コート)>。長ったらしいから、<SFMC>または超機能性素材外套(がいとう)としよう。

 如何せん、現状のままでは服を買うこともランドリーへ足を運ぶことすらできない。どうやって、インターネットにアクセスしたかって? 世界には、お困りの大和民族を助けてくれる施設があるだろう。日本大使館だ!

 行動を起こした俺のもとに、一人の青年が現れた。コードネーム、<ダッフル>。俺と同様、超機能性素材外套の所有者であり、被害者でもあった。決して、すべての<オーダラー>が悪者なんかではない。その証拠に二人で歩いていたところ、トラックが水たまりスプラッシュを仕掛けてきたとき、俺とそろって月面宙返りして避けたのだ。握手を交わして、リア友となる。

 武装組織に加担する<オーダラー>によって、善良なるコート愛好家たちへも民衆の怒りの矛先が向いてしまった。そして、生みの親である<仕立屋プールポワン>も例外ではない。在英国日本国大使館にて、外套名誉挽回連盟を発足し、エージェントとなった――。

 次に訪れたのは、北大西洋に位置する海上都市だった。昨今では、絶海にリゾートホテルを建てることが流行っているそうだ。小規模空港が併設してあるため、各国へのアクセスポイントにもなっている。ブルジョアがお忍びで旅行するには、お誂え向きなのだろう。当然、俺にとっても。

 四大ファッションの都が一つ、ニューヨーク。そこに、<仕立屋プールポワン>がいる情報を入手した。<オーダラー>問題を解決するには、元凶の確保と超兵器誕生の秘密解明が必須。ホテルで一晩過ごして、飛行機を乗り換える手筈だ。

 フロントへ着くと、向かい側から来る女性がキャリーバッグでつまづいた。俺は急いで、相手の膝が床につかないよう駆けつけ、支える。

 女性は英語で感謝を述べた。礼には及ばない。俺の口が開く。

「素敵なデザインのコートですね」

 相手が着る、純白の美服(びふく)を埃から庇っただけだ。

 女性は口元をゆるめる。

「貴方のコートもね」

 日本語でそう言い残し、出口の自動ドアへ立ち去った。

『あら、お目が高いじゃない』

 無口だったトレンチが自分への誉め言葉に反応した。プールポワン製作の外套は皆、意思を宿している。おそらく、高性能のAIを積んでいるのだろう。ちなみに彼女の声は、<SFMC>着用者にしか聞こえない仕様となっているそうだ。

 チェックインを済ませ、エレベーターで部屋へと向かう。

『早くブラッシングしてくれないかしら。飛行機のシートなんかと、長時間もくっつく羽目になったんだから』

「食事を終えたら、すぐに取り掛かろう」

 あれから、彼女との関係は進展して、手入れの許可が下りていた。衣服との会話も存外、捨てたもんじゃない。どこに汚れや埃があるか、的確に教えてくれるのだから。

 支配人の計らいで、日本人の口に合う食べ物を部屋に用意してくれている。実に楽しみだ。

 最近はポットヌードルというイギリス人気のカップラーメン生活だった。あの思い出が蘇る……。三分の一の短めな乾麺。柔目・ボソボソ・粉っぽいの三拍子そろった目立ちたがり屋の喉越し。

 鍵を開け、テーブルの上に乗っているディナーを見た。舟中(しゅうちゅう)の敵国に、衝撃が走る。それは、丼に広がる茶色の海と白色の列島。

「カレーうどん……だと⁉」 

 こいつの飛沫は、衣服にとって汚染物質だ。カレー汁に含まれるターメリックの色素が、黄ばんだシミへ生まれ変わり、ストーカーとなる。年月を重ねれば重ねるほど自然消滅せず、ストーキング行為はエスカレートしていく。

 どうする? エプロンを貰いに行くべきか。いや、それだけでは心許ない。かくなる上は――。俺は彼女をハンガーにかけた。タートルネックセーター、スラックス、インナー、ベッドへ脱衣完了。生まれたままの姿となる。

「これで服の平和は守られた。さあ、食事の時間だ」

『ほんと、面倒くさい男ね』

 心置きなく食べられる和の味に、俺は癒されたのだった。

 食後、バスルームでシャワーを浴びる。脂ぎった肉体で衣服たちに触れては、全裸飲食の意味がないからだ。

 水を切って、タオルに手を伸ばす。替えのパンツが袋入りで洗面室に待機していた。外装を破り捨て、着衣。ドライヤーを起動させようとした、そのとき――。扉の裏に、気配を感じた。

 銃声が鳴り響く。洗面室の鏡が割れる。一拍置いて、武装した男が入り込む。

 浴室のカーテンに潜んでいた俺は、不意討ちのバスタオルアタックで、敵の銃を叩き落とす。相手がナイフに持ち替え、反撃する。素手で腕を絡めとり、浴槽へ投げ入れた。

 服を血まみれにするくらいなら、俺は殺し屋にだって勝ってみせる。そのための護身術は会得済み。寝室へダッシュして、ハンガーでくつろぐトレンチを脇に抱えた。

『ちょっと、そんな恰好で私に抱き着いてこないでよ⁉』

 ベッドにいる仲間たちも連れていきたかったが、敵は(いとま)を与えず乱射した。割れた窓から、飛び降りる。すまない、タートルネックセーターとスラックスにインナーよ。彼女とパンツしか、守れなかった――!




       4




 状況の整理はついた。俺が変質者ではないと、証明されたことだろう。

『いくわよ、パンイチ!』

「衣服なら、本望だ」

『恥ずかしがりなさいよ!?』

 階段を下った壁に隠れて、右腕を上に向ける。

『ウィップ・ファイバー、射出』

 トレンチの袖口から、光輝く細糸が伸びる。幾度も屈折して、人間の俺では視認できない位置にいる敵を攻撃した。

『塹壕戦で私に勝とうだなんて、百年早いわよ』

 少しでも高低差があれば、武装した兵士程度、彼女の相手ではない。細糸の先端が巻き戻ってきた。エアポート目指して、直進通路を走り抜ける。

「<ダッフル>が手配した飛行機の到着まで、鬼ごっこか。裸足にはきついな」

『頑張って逃げて頂戴』

 靴下を地面で痛めつける罪悪感に比べたら、苦行ではない。俺の服好きマインドコントロールは、完璧だ。傷だらけの足裏でも、喜んでコンクリートを蹴ろう。

 突き当りのフェンス越しに、滑走路を発見。跳躍、彼女が自身の細糸をフェンスに巻きつかせ、高さを引き上げる。密航防止策のトゲを回避。空中一回転で着地。コートの名誉回復を果たす使命がある故、無断侵入についてはご容赦願う。

 水平線を眺める。絶望の光景が、俺たちを待ち受けていた。軍艦が連なって、こちらへ迫っている。まさか、どこかの大国が<オーダラー>を抹殺しに送り出したのか。

「止めろ、撃つな……⁉」

 ここには、たくさんの人間が服を着ている(、、、、、、)のだぞ。

 敵は容赦なく一斉ミサイル攻撃を行った。俺は舌打ちする。

「トレンチ、全身コーデだ!」

 ミサイルの着弾による爆炎が俺たちごと、海上都市を包んだ。

 燃え盛る炎の音。俺は瞼を開ける。暗闇に浮かび上がる、数字の羅列、英語表記の文字。視界が電子画面に切り替わっていた。

『<セットアップモード>、オール・コーディネート』

 彼女は普段の姿である<アウター・モード>から、周囲の物質をナノマシン・マテリアルで吸収して他の着用アイテムも生成する、<セットアップ・モード>へと変身できる。全身コーデの防護膜が剥がれ落ちた。壊れやすい方が、中身の人命は助かりやすい。

「俺の恋人(コート)は、核ミサイルにも耐える」

 現存する中で、最強のパワードスーツ。これが、その姿だ。全身をトレンチで覆い尽くした俺に、古の兵器なんて通用しない。

 炎の勢いが弱まった。辺りを見渡す。建物は倒壊、更地も同然だった。

「コートの良さが解る女性まで……よくも‼」

『ブラッディー・ファイバー、射出準備完了』

「裁縫!」

 右腕を突き出す。超機能性素材タクティカルグローブより、赤外線の細糸が光速で伸びる。幾重にも屈折して、敵艦隊を貫き、蹂躙し尽くした。

「抜糸!」

 数秒も経たぬ間に、赤色の細糸を戦艦などから抜き去り、収納する。爆発は起こらない。燃料、電力、火薬。あらゆる兵器の継戦能力だけをピンポイントに奪ったのだ。不可視の攻撃によって武器を封じられ、敵は混乱していることだろう。

 彼女の毛細血管とも言える、吸血性伸縮繊維。最大射程距離、地球二周半ほど。だが、そこまですると彼女の繊維がすべて失くなり、服の形を保てなくなる。俺は衣服を兵器扱いで台無しにすることなど望まない。本来は、他者を殺めるためではなく、人肌を守るために存在するのだから。

『億単位の修理費をありがとう。ごちそうさま』

 吸収したものは、彼女の繊維を補修する<超力母材(サイ・マトリクス)>へと変わる。

「助けが来るまで、待ち惚けを食っていろ」

 仇を懲らしめた俺は、背を向ける。

『バカ、まだ動ける奴(、、、、)がいるわよ‼』

 俺の顔面を覆うテンガロンハット・マスクに、背後の映像が映し出された。大空より接近する、正体不明の大回転(ローリング)突進(アタック)。飛び退き、直撃を避ける。

 瓦礫が舞い上がった。粉々のコンクリート雨を浴びながら、そいつは立ち上がる。

「――貴方様のハート、頂きますわ!」

 俺は両手で、敵の腕を掴む。ノーモーションで、距離を詰めてきた。迫りくるもう片方の手を避けるため、後ろに倒れながら巴投げ。相手が無理のある姿勢で攻めてきたから、簡単に決められた。

 敵は受け身を取って、瞬時に起き上がった。己が纏う衣服についた砂を払う。あれは、ピーコート。しかも全身を俺と同じ、ストレッチ性ナノマシン・コーデに仕立て上げている。こいつも、<SFMC>着用者か。

『何やってんのよ、装一。さっさと攻めなさいよ』

「こいつがお前のボタンを狙っているから、近づきたくないんだ」

『はあ⁉』

 体のラインから、相手は女と見える。いったい、どんな意図が……。

「わたくし、殿方の第二ボタンを集めることが、趣味ですの」

 ……共感できない趣味だ。

 第二ボタンを渡す風習の起源は、第二次世界大戦まで遡る。物資が不足していた日本では、少年兵に軍服を支給することができず、彼らは学生服で入隊したのだ。そして、戦死するかもしれない明日を憂い、自分の形見として、それを大切な人へ贈るようになった。第一ボタンでないのは、首元までとめられない風紀の乱れから上官の叱責を受けるため。戦時の文化におけるロマンは認める。だが、コレクションアイテムにするのは赦せん。

 この場にいないはずの男性の笑い声が、耳に入る。

『まいるよね。僕のパートナーは、じゃじゃ馬なのさ』

 超機能性素材外套のピーコートに宿る意思か。

『僕も右側の第二ボタンを獲られちゃったよ』

「何たる悲劇だ⁉」

『同情するわ』

『左側があるから、問題ないんだけどね。コートは着用者を選べない運命(さだめ)さ』

 さすがは冗長性に優れたピーコート。左右両方とも上前のダブルにとめられる、そこがセクシー。違う、そこは地球がひっくり返っても、つけ直すべきであろう!

 待てよ。この危険人物の声には、聞き覚えがある。胸中がざわつく。頼む、外れてくれ。

「もしや、君の出身校は埼玉県ではないか?」

「どうして、それをご存知ですの⁉」

 震える手で指差す。

「さては貴様、佐山小袖(さやまこそで)か⁉」

「そういう貴方様はまさか、嶋村先輩!」

 脳天に弾丸が的中した気分だ。俺の高校時代の後輩であり、執拗に連絡を取ってくるストーカー。制服の話で盛り上がって、つい携帯番号を口走ってしまったのが地獄の幕開け。二十歳をこえても学生気分のままでいることから、同窓の間でついた渾名は――<永遠のセーラー服>。俺が対人嫌いを拗らせた元凶だった。

「ああ……あの日の叶えられなかった青春を今度こそ!」

 恍惚に浸っていた小袖は、映画のジャケットにでも写っていそうなポーズで、こちらへ寄ってきた。

「ターゲット変更(、、)です。獲りますわよ、ピーちゃん」

『小袖の好きにしてくれ』

 ボタンを摘み取ろうとする魔の手が、開いたり閉じたり蠢く。俺はぞぞ髪立つ。

「こいつ、やべえ奴だ⁉」

『学生服のボタン一つくらい、あげなさいよ』

「お前は自分の一部を失っても、構わないのか?」

『嫌に決まってるでしょ!』

 こんなところで、俺の天敵に出くわすとは。全くもって、ついていない。

『言っとくけど。ボタンを失くしたら、私のステータスは下がるから。よろしく頼むわよ』

「言われるまでもない。人間の女に渡してたまるものか」

 必要なボタンがそろってこそ、衣服は完全体なのだ。

 小袖が瞬間移動でもしたかのように、懐へ入る。俺の第六感である衣類防衛センサーが、危険信号を発している。サマーソルトキックが飛んできた。全力回避、特殊撮影バレットタイムの如く、相手の動作をスローモーションで捉えた。海老反りに接点をずらす。テンガロンハット・マスクを掠める程度に済んだ。

 俺は距離を取った。小袖が足に仕込んでいた得物をチェックする。二股に分かれた爪先。セットアップ化して超機能に変貌した、足袋型シューズだと。ピーコートとの組み合わせが最悪だ。ボタンを獲るためだけに、お洒落センスまでガン無視するのか……。

 右手を突き出す。

「裁縫!」

 ブラッディー・ファイバーを射出する。しかし、小袖のピーコートを貫くどころか、弾き返されてしまう。やはり、超機能性素材外套には効果がないようだ。徒手空拳では、衣服を傷つけられない俺よりも、ボタンを欲する小袖に分がある。どうすれば――。

『装一。トレンドゲージがもうすぐ、ピークを過ぎるわよ』

 その上、<セットアップ・モード>の限界時間までも俺を追い詰める。<アウター・モード>では、力負けするだろう。万事休すか……。

『サイコ回線より、受信。<ダッフル>からよ』

 視界の隅に、大空を翔る輸送ヘリコプターの機影が映し出された。<SFMC>同士の精神回線が繋がったということは、近くに着用者がいることを示す。

『ハロー、装一。相変わらず、スタイリッシュに着こなしているな』

「お前自ら迎えに来てくれたのか。感謝するぞ、<ダッフル>!」

Don't(ドント) be(ビー) so(ソー) distant(ディスタント)!』

 俺は仮面の中で、笑みを溢す。持つべきものは、リア友か。トレンチと出会っていなければ、味わえなかった喜びだな。

『キャビンを開けておいた。早く乗り込みな、親友』

 活路を見出した。小袖と決着をつけよう。

「攻め込むぞ、トレンチ」

『油断して盗られたら、絶交よ』

「ピーちゃん、本気を出しますわよ」

『ボタンがないから、本調子じゃないんだよねー』

 ウィップ・ファイバーを両腕から出す。トレンドの終わりまで、残り三十秒。

 小袖は飛び蹴りを放つ。狙いさえ分かっていれば、鞭でいなすことなど造作もない。振るった右腕で、追撃。続け様に鳴る、ソニックブームの音。相手も両手の超機能性素材籠手(こて)で応戦する。

 俺の単調な戦法に、小袖が見切ってウィップ・ファイバーを掴む。

「捕まえましたわ――」

『気安く触らないで』

 相手の手から、光り輝く細糸が擦り抜ける。トレンチの繊維は、ウナギに匹敵するほど滑りやすい艶肌(つやはだ)なのだ。

 小袖が気を取られた隙に、俺は左腕のウィップ・ファイバーを上空の輸送ヘリコプターに巻き付けていた。巻き取り、ワイヤーアクションよろしく舞台から退場する。

 諦めの悪い小袖は、ジャンプして追いかける。俺の靴先を捕獲した瞬間、セットアップ・モードが解除された。剥がれ落ちる破片ごと、因縁の相手が海上都市へと落下していく。

「流行に乗り遅れたな。さらばだ!」

 俺は小袖との別れに、高笑いする。

 パンツ一丁のコートスタイルで、キャビンに乗り込んだ。トレンチの内ポケットに紙らしき物を見つける。

『ウソ、気がつかなかったわ……』

「不感症か?」

『変な言い回しは、止・め・て』

 取り出すと、それはメモ書きだった。内容を読む。「君たちが囮になってくれたおかげで、無事脱出できたよ。()が作った(、、、、)トレンチコートの着心地は、良好のようだね。私のコートを褒めてくれたことも含めて、ありがとう」フロントで会ったあの女性は、<仕立屋プールポワン>だったのか。小袖たちの本当のターゲットは俺じゃなく、そっち。奴が一連の戦闘のすべてを、掌上(しょうじょう)(めぐ)らしていたのだ。情報が漏れた出所は分からないが、一筋縄ではいかない。

 暗夜に揺蕩(たゆた)う大海原。俺は物思いに耽った。衣服とは――、コミュニケーションツール。人を褒めるきっかけにも成り得る。小袖のように一方通行では、争いが絶えない。俺もそうならぬよう、心がけよう。

「造り変えてみせる、世界中の人々がお洒落を楽しめる時代に――」

『いいから、パンツ以外の服も着て』

 膝丈の恋人が命じるままに、俺は輸送ヘリコプターにて替えの服を探すのだった。

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