スーパーのレジでバイトしている学校一の美少女が夕飯を食べに家に押しかけてくる話
「ふ~ん、今日はカレーなんだ~。」
レジの会計中、前にいる店員が声をかけてくる。
「何回も言ったけど、僕の買い物かごの中身から僕の夕飯を推測するのはやめてよ。」
声をかけてきた店員は汐咲心美といい、僕─小清水 翠と同じクラスの同級生である。
派手な見た目をした彼女は学校でも随一の美人として有名であり、あまりクラスでも目立たない僕とは住む世界や次元が違う存在であった。
しかし僕はそんな彼女とちょっと前から顔見知りになっていた。
「だって私いまお腹ペコペコだし...、夕ご飯を想像してちょっとでも気を紛らわせたいの!」
「へぇ~...、じゃあ僕は帰って夕飯食べるから。汐咲さんは引き続きバイト頑張ってね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ!今日は一緒にご飯食べる日でしょ!?私めちゃくちゃ楽しみにして...って違う!今の無し!」
相変わらず騒がしい人だな。以前はもっと美人特有の近寄りがたさがあったのだが。
僕は大きなため息をつき、
「じゃあ、僕はいつもの場所で待ってるから。できるだけ早くしてよ。」
と彼女に伝えた。
すると、彼女は思わず見惚れてしまうような満面の笑みで頷いた。
「りょーかい!終わったらすぐ行くから!」
僕は約束していた場所、スーパーの駐車場にある喫煙所の前で彼女を待っていた。
暦は11月に差し掛かっていて、夕暮れ時はすでに少し肌寒かった。
「翠くんお待たせ~。」
汐咲さんが手を振りながら近づいてくる。
彼女は僕が彼女に気づいたことに気づいたのか
「じゃ、行こっか!」
と振り返って歩き始めた。
当然のように向かった先は彼女の家の方向ではなく、僕の家の方向だった。
僕の家につくと、彼女は慣れた手つきで僕が今日買った食材を冷蔵庫に入れていった。
とある理由により、彼女は週に何度か僕の家に夕ご飯を食べにくるようになっていた。
僕も偶然両親が不在で家に一人きりだったため、一人寂しく食事をとらずにすんでいるのだが、相手はあの汐咲心美である。
初めの頃は、学校のアイドルが家にいるという現実感の無さから夕飯の味なんてほとんど分からなかった。
「あ、この間食べたいって言ってたアイス、冷凍庫に入ってるよ。」
「ほんと!?翠くん大好き!結婚して!」
「はいはい、でも夕飯の前に食べちゃダメですよ~。」
でも今はこの通りだ。
僕は彼女のからかうような言葉にも冷静に対処できるレベルまでこの生活に慣れていた。
「じゃあ今から作り始めるからリビングで適当にくつろいでて。」
「は~い。」
彼女の致命的なまでの料理下手は知っているので、僕は今日も一人でキッチンに立つ。
適当にくつろいでとは言ったものの、彼女はいつも僕が料理している間は掃除などをやってくれている。
それはありがたいのだが、彼女は毎回僕の部屋まで勝手に掃除するため、彼女が来る前の日は気を付けなければならなかった。
以前友達が置いていった過激なグラビアが見つかった時には料理中にも関わらず隣で説教され、結局その日はずっと機嫌が悪い彼女を宥めながらご飯を食べた。
そんなこんなで今日作るのはカレーだ。
2人分作るのが簡単で、不味く作る方が難しい。
彼女も僕の家秘伝のカレーはお気に召したようで、カレーを作るとわかった日はずっと機嫌が良い。
今も鼻歌を歌いながら、バスタオル一枚で掃除機をかけている。
......ってえぇ!?
「ちょ、ちょっっと汐咲さん!何やってるの!」
「何って、掃除だけど?」
「そうじゃなくてその恰好!」
「あぁ~これね、シャワー借りたんだけど服持ってくるの忘れちゃって。」
僕取り乱しながら大きな声を発していたが、ふと彼女がにやにやとした表情をしているのが分かった。
なんだからかわれているのか、そう思った瞬間に途端に冷静になれた。
「僕の部屋のクローゼットの一番下にジャージが入ってるからそれ使って。あともう少しでカレーもできあがるからお皿も準備しといてよ。」
そう真顔で言うと彼女はぽかんとした表情をし、次の瞬間顔を紅潮させると
「あ、あぁそう!ありがと~!カレー楽しみダナー!」
ダッシュで僕の部屋へ走っていった。
恥ずかしいなら最初からやらなければいいのに。
僕は首を傾げた。
「いっただっきまーす!」
「いただきます。」
彼女が僕のジャージを着て帰ってきた後、お腹が減っていた僕たちはすぐにカレーを食べ始めた。
彼女は相当楽しみにしていたようで、いつもの2倍くらいのスピードでお皿を用意して見せた。
「やっぱり、翠くんの作るカレー最高!...でもいつもとちょっと味違くない?」
「わかる?今回は隠し味にコーヒーを入れてみたんだ。」
「こーひぃ?ってあのコーヒー?」
「そう、コーヒーの苦みと香りがカレーのコクを深めてくれるらしいんだよ。」
「私コーヒー飲めないんだけど。」
「でも美味しいでしょ?」
「......うん。」
基本的に僕たちの食事中の話題は彼女から提供されることが多い。
話題というのも、僕が作った料理のことだったり、テストの点数の話だったり、その日で全く異なるが基本的に明るい話題が多い。
しかし今日に限っては、汐咲さんの表情は少し暗く見えた。
なんだろう、もしかしてまた僕の部屋で変なものでも見つけたんだろうか。昨日のうちにマズそうなものは大体チェックしておいたのだが。
汐咲さんは食事の手を止め、僕の方をちらりと見たと思ったら再び目を伏せてしまった。
「えっと、おかわりならたくさんあるから遠慮しないでいいよ?」
すると彼女は本日二度目の赤面を見せると、やや怒りながら僕に向かって
「そんなこと思ってないよ!?私そんな飢えた顔してた!?」
と言ってきた。
「いや、おかわりしたいけど食いしん坊と思われるのは恥ずかしいっていう乙女心を汲んだつもりだったんだけど。」
「その気遣いはありがたいけど!」
じゃあ何なんだ。まったく心当たりがない。
そのあとも、何で彼女が暗い顔をしていたのかは分からずじまいだった。
ちなみに、結局彼女は恥ずかしがりながらもおかわりを要求してきたため、暗い顔など僕の気のせいだったのかもしれない。
食事後、僕と彼女はリビングでテレビを見ながらソファに座ってくつろいでいた。
彼女は食事後、すぐに帰ろうとはせず少しゆっくりしてから帰るため、これも僕たちの中では恒例の時間となっている。
僕はソファの端に彼女と距離を開けて座るようにしているのだが、なぜか時間が経つといつの間にか彼女はすぐ隣に座っている。
そのため、僕はあまりこの時間で休まったことが無い。
今も、彼女は冷凍庫からアイスを取り出してきて僕と半分ずつ分け合って食べている。
「お、こっちのはチョコ味だ。ちょっと苦いかも。ねえ、翠くんの方は何味?」
「僕の方はイチゴ味、かな。たぶん。」
「あはは!"たぶん"って、翠くん料理はできるのに味音痴なのかな?」
汐咲さんがニヤニヤしながらからかってくる。
僕たちが食べているアイスは、二つのチューブ状の容器に入ったものを吸い出すタイプのもので、食べるまで何味かわからないようになっていた。
なぜ僕が"たぶん"なんて曖昧な言葉で濁したのかというと、酸っぱすぎて、一瞬何の味か本当に分からなかったからだ。かろうじて風味はイチゴだったが、ほとんど甘さは無かった。
「汐咲さんは男の僕よりよく食べるからね、流石にそんな人の舌には敵わないよ。」
「なっ!人が気にしてること言うなんて最低!これでも最近は食べる量減らしてるんだから!」
彼女はそう言ってプイッと顔を背けた。
(モデル顔負けのスタイルしといてよく言うよ。)
僕が首を竦めると、彼女はなにかを閃いたのかニヤリと笑い、
「じゃあさ、交換しようよ。アイス。味音痴な翠くんに代わって私がテイスティングしてあげる。」
と提案してきた。
単純に汐咲さんがこっちのアイスを食べてみたかっただけだと思うが、口には出さない。
こういう時の汐咲さんはやたら頑固で、僕が要求を呑むまで延々と詰めてくるので反対するだけ無駄なのだ。
「じゃあ、はい。どうぞ。」
僕は手に持っていたアイスを差し出した。
「ありがとー!じゃあ私のもどーぞ!」
僕たちはお互いのアイスを交換し、それぞれ食べようとアイスを口に持っていく。
そこで僕はあることに気づいた。
これ間接キスだ。
汐咲さんと一緒にいることはもう慣れたとはいえ、流石に学校一の美少女の食べかけのアイスというのは意識しない方が難しい。
おそらく学校中の男子が熱望するお宝が自分の手に握られていることを認識し、頭の中がパニックになる。
汐咲さんは気にしてないのか?
そう思い彼女を見ると、顔は今までに見たことが無いほど赤くなっていて、あわあわと慌てふためいている彼女の姿がそこにはあった。
「ど、どうする?」
僕が混乱する頭で彼女にそう聞いた。
「ど、どうするってなにを?」
「いや、このアイスの話だけど!さすがにこれはマズいよね?だってこれ間接キ」
「あー!!言わないで!分かってるから!」
「分かってる、って汐咲さんも真っ赤じゃないか!」
「これはアイス食べたから暑いだけ!エアコン強くしてよ!」
「なに意味わからないこと言ってるんだよ!」
夜だというのにお互いにぎゃーぎゃーと喚き散らす。
しかし彼女は僕も慌てていることを知って、赤い顔のまま、いつも僕をからかっている時の表情になった。
「ふ、ふ~ん。もしかして翠くん恥ずかしいの?私はこういうの慣れてるから全然よゆ~だけど!」
明らかに嘘だった。普段の僕ならここで冷静になって華麗なカウンターを彼女に決めていたはずだった。
しかし完全に混乱してしまっていた僕はその挑発に乗ってしまい、
「お、僕だって余裕だし!じゃあ見ててよ!」
そのまま勢いよくアイスの容器に口をつけ、溶け始めていたアイスを一気に胃に流し込んだ。
味なんて一切分からなかった。
僕は勝ち誇った顔で先ほどから固まってしまっていた彼女を見た。
「ど、どう?汐咲さん、次は君の番だよ?」
「え?ちょ、え?」
彼女は訳がわからないといった顔で僕と僕が握りしめていた空のアイスの容器を交互に見た。
「僕は食べたんだから当然次は汐咲さんが食べる番だよね?」
僕がそう言葉を続けると、彼女は今度自分の手に握られたアイスを見た。
「そうだよね、じゃないと不公平だよね。」
彼女は自分に言い聞かせるようにそう呟くと、そっと容器に口をつけた。
流石に一気にとはいけなかったようで、口をつけては離すを繰り返して食べていく。
ただアイスを食べているだけなのに妙に艶めかしい。
そして4回ほどその行為を繰り返し、彼女の容器は空になった。
僕はなんとも言えない気恥ずかしさを感じ、ずっと無言でそれを見ていた。
食べ終わった後、僕たちの間には何とも言えない気まずさだけが残った。
「このことは忘れよっか...」
「そうだね...」
そういって僕たちの騒がしい食事会は終わりを告げた。
その後、大体の片づけを終えた僕は、帰る時間になった彼女を駅まで送っていた。
もう時間的には夜の遅い時間のため、一人で美少女に夜道を歩かせるのは危険だからだ。
基本的に会話が途切れない僕たちだが、帰り道はいつも自然と口数が少なくなった。
「アイス、どんな味だった?」
「翠くん、その話はしない約束じゃなかった?」
暗くてよく見えないが、多分睨まれた。
僕は彼女に気づかれないよう歩くスピードを落とす。
なんだかんだ言って、僕は彼女との時間が気に入っていた。
彼女はいつも飄々としていて、なんで僕みたいなやつなんかと一緒に夕飯を食べるのかが不思議だった。
もしかしたら、彼女には他にも一緒に食べる人がいて、僕はその中の一人にすぎないのかもしれない。
僕よりも料理の上手い人が現れて、いきなり来なくなるかもしれない。
......今はあまり考えるのはよそう。
学校一の美少女との不思議な関係、いつ終わるのか分からないからこそ、僕はできるだけ長い時間を思い出に残しておきたかった。
僕がセンチメンタルな気分に浸っていると、彼女は不意にこちらを向いた。
「翠くん!」
大きな声で呼びかけられ、驚く。
「今日も美味しいご飯ありがと!私、今まであんまり人とご飯食べることって少なかったから、君と食べるのがほんとに楽しいの!私が最近充実してるのは全部翠くんのお陰だよ!」
彼女の笑顔は夜だというのにとても眩しく見えた。
その笑顔を見て、さっきまでの俺の暗い気持ちはどこかへ飛んで行ってしまったようだ。
「僕も、誰かと一緒に食べるご飯の美味しさを汐咲さんから教えてもらってる。いつもありがとう。」
それを聞くと汐咲さんは足早に前に歩いて行った。
どうやらもう駅についたらしい。
そしてこっちを振り向くと手を振りながら
「じゃ、じゃあね翠くん。また明日学校で。」
と言って去っていった。
暗かったせいで表情はよく見えなかったが、俺はひとり頷いて、来た道を戻っていった。
さて、今度はなにを作ろうかな。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
私は、翠くんと別れた後すぐに帰りの電車に乗りこみ、自動ドアの前で立ちながら電車に揺られていた。
(なにあれ!逆にお礼言われるなんて聞いてないんだけど!)
あの時の言葉、今でも思い出して胸が熱くなる。
(だめだ、ニヤニヤが抑えられない!)
先ほどまでの天真爛漫な彼女の姿とまるで同一だとは思えない姿をした少女がそこにはいた。
少女はニヤついた顔を両手で押さえながらその場でうずくまった。
(今日は私、結構頑張ったからね!)
今日は大好きなカレーだったこともあって、私はいつもよりテンションが上がっていた。
その結果、裸同然で翠くんの前に出ることになってしまったこともあった。
今思い返すとなんてことをしてしまったんだと後悔する。
彼女はさらに顔を赤くした。しかしすぐに立ち上がると、
(それにしたって翠くんもひどくない?あの後すっごい冷めた目で私のこと見てきたし...)
スタイルに多少自信があった故にそのことはちょっとだけショックだった。
(それに、勢い余って"結婚して!"なんて言っちゃったし)
それも軽くあしらわれてしまっていたが。
(あれ?もしかして私って魅力ない?)
彼女は周りから常にちやほやされてきたため、自分は少しは魅力のある方だと思ってきた。
しかしここまで反応が薄いとその自信も無くなってくる。
(でっ、でも間接キスの時はかなり動揺してたし!)
間接キス。その言葉を思い浮かべた瞬間、あの時の光景が鮮明に蘇った。
(きゃ~~!初めてだったのに!!初めてだったのに!!)
再び顔を赤くしてうずくまった。完全に自爆である。
しかしその奇妙な屈伸運動に周りの人から怪訝な目で見られていることに気づき、慌てて立って外に顔を向けた。
(あのときは焦ったな~、まさかほんとに食べるとは思ってなかった。)
私は煽ってはいたものの、翠君ならすぐにアイスを返してくると思っていた。
それだけに、彼があんな暴挙に出ることは予想外だったのだ。
("アイスどんな味だった?"、か...)
彼は私のアイスをどんな味に感じたのだろう、私が食べた時は苦いチョコ味だったが。
私は彼のアイスを食べたときどう感じたっけ?
たしか、
「けっこう...甘かったな...」
電車の窓ガラスにはただ恋する乙女の顔のみが映し出されていた。
最後まで見ていただきありがとうございます!
この度、想定以上のご好評につき連載化いたしました!
この二人の話がもっと読みたいと思った方はそちらもぜひお読みください!