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皇子の贈物とは?

 ピチャリと額に当たる冷たい水の感覚に目を覚ました。

一瞬ここは何処だろうかと思ったが倒れた場所から動いて無いようだった。ただ寝ている横にベッケラートが座って遠くを見ていた。そして身体には彼の上着が掛けられている。気持ちいいと思ったのは水で濡らした布が額にのせられているようだった。目が開けづらいのでそれをずらそうと手を動かすと、ベッケラートがこっちを見た。


「おっ、気が付いたな。頭痛で貧血をおこしただけのようだ。ちょっと静かにしていれば大丈夫だ」

 そう言うと優しく微笑んだ。そんな彼をドロテーは初めて見た。いつも皮肉な感じか、ふざけた感じしか見た事が無かったのだ。さっきまでこめかみが脈うっていたと思ったが今は胸の動悸が治まらなくなってきた。頬に血が上る。


(こ、これって!ま、まさか!きっとそうよ!絶対今、鏡を見たらティアナ様と同じ顔をしているに違い無いわ!嘘でしょ!)


 ティアナがいつも見せる、恋する顔―――自分も今そんな顔をしているとドロテーは確信したのだ。急に恥ずかしくなって、がばっと起き上がったが、目眩がした。

「バカ野郎!今、言ったばかりだろうが!大人しくしろって!」

 ベッケラートがそう言って支えた腕に悲鳴を上げる。

「おいっ!」


(あー神様。お助けください!)


 ドロテーはまたあっさり意識を手放したのだった。

 そして次に目が覚めたのは自分の部屋だった。しかも次の日だ。よく眠ったせいか頭はすっきり気分爽快だった。

「朝食の準備をしなくっちゃね」

 ごそごそと起きて準備を始めたところに寝起きの悪いはずのベッケラートがやって来た。

「おいっ、大丈夫か?大したこと無いと思ったが、ああ何度も気を失うのならちゃんと診察した方がいい。さあ、座って」

 真剣な顔で言うのでドロテーも言われるまま座った。しかし昨日と同じくドキドキ動悸がする。向かい側に座ったベッケラートに聞こえるのでは無いかと気になるぐらいだ。

「さあ、胸の紐を外して」


「えっ?」


「胸元ひろげてくれないと出来ないだろう?」

 ベッケラートは診察の道具を揃えながら言った。

「胸?胸見るんですか!」

「・・・・・診察するだけだ。他意は無い」

 確かに今日の彼は医者の顔をしている。ふざけた様子は全く無い。

 ドロテーは真っ赤な顔をして立ち上がった。

「け、結構です!もう治りましたから!」

「おいっ!」

 いきなり立ち上がったドロテーをベッケラートが見上げると、熱でもあるかのように赤い顔をしていた。

「熱があるのか?」

 そう言ってドロテーの額に触れた途端、更に彼女の顔が赤くなったのだ。


「えっ?」


「だ、大丈夫です!今日はちょっと暑いかなあーそ、そうだ先生!私考えたのですけど昨日のあの場所ですけど買うんじゃなくて借りる事にします。考えてみたら目が飛び出すようなお金がかかったってティアナ様が知ったら絶対に心配されますもの。だから皇子の贈物は幻のような時間と空間にします。良いですか!」

「あ、ああ・・・もちろんかまわんが・・・」

「じゃあ、そう言うことで!では失礼します!」

 ドロテーは慌てて台所に逃げ込んだ。何とか誤魔化せたと思うが・・・・


 そうと決まれば準備は簡単だった。早急に立ち上げた家に生活用品を色々揃えるだけだ。後は皇子の時間作りだった。

 〝オレの女になる〟とやらの約束が成立したのかドロテーは分からなかった。あれ以来ベッケラートはそういう態度をとらないからだ。でも皇子の代行は引き受けるようで診療所はヤンに任せる手配をしていた。緊急じゃない場合、彼で十分だろう。


 準備は整った。この贈物の件を皇子に直接報告に行くことにした。皇子宮を避けて直接、中央の皇宮に向った。皇帝はもちろん要職に就く貴族が座するその場所にそうそう誰でも入る事は出来ない。ドロテーは皇子の指輪を使って入って難なく行ったのだった。

 丁度会議の合間のようだったが居並ぶ者達はいずれも帝国を支える重臣達だ。それをまとめて裁可を下すのが皇帝の役目なのだが、今は皇子が一応皇帝の名のもとにそれを行なっている。その中にドロテーが入ってくると、皆怪訝な目で見た。しかしドロテーは堂々としたものだった。誰も一介の侍女と思わない感じだ。そして皇子の前まで進むとお辞儀をして声がかかるのを待った。


「ドロテー?どうしたのだ」


 ドロテーは、すっと顔を上げてにっこりと微笑んだ。

「皇子。ご命令のものを準備致しましたのでご報告にまいりました」

「出来たのか!」

 ドロテーはお辞儀をしながら、はいと答えた。

「それは今持参しているのか?」

「いえ。あると言うか・・・今はまだと言うか・・・」

「ドロテー、焦らすな。早く答えよ!」

「はい。今から皇子にご協力頂きましたら完成致します」

「協力?」

「はい。皇子は明日から一週間ほどお仕事をお休みして城から離れて頂きます」

 レギナルトは眉間にしわを寄せた。


「・・・・・私は構わないが・・・」


 そしてチラリと皇帝や並ぶ重臣達を見た。

 重臣達はひそひそ話し出している。皇子が構わないと言っているのに彼らが止められないからだ。しかし、先日も妖魔討伐が思わず長引いて皇子の不在が続き大変だったのだ。皇帝も皆と同じ考えだ。立場的に皇子に意見を言えるのは父である皇帝しか出来ない事だが、レギナルトには頭が上がらない。それでも皆の意を汲み取って言った。

「レギナルト。そなたがそんなに休めば困る・・・・どうだろうせめて三日ぐらいで・・・」

 皇子も十分それは分かっている。レギナルトが口を開けかけた時、駄目だ、駄目だと言いながらベッケラートが現れたのだ。


「駄目だ!皇子、あんたは働き過ぎだ。主治医として一週間養生するように命じる。皆いいな?否は言わせない!皇帝あんたもだ!」

 いきなり現れた彼に周りは驚いた。しかもその続きを聞いて更に驚く。

「で、皇子がいない間、このオレが代わりに仕事してやるからな。安心して休んでいな」

「ベ、ベッケラート、それは誠か?」

 皇帝が抜けたような声を出した。

「ああ、オレで不満かい?」

「い、いや・・・」

 皇帝の返事を聞くと、ベッケラートはニヤリと笑った。

「と、いう訳だ。皇子、今日は引き継ぎを宜しくな」

「・・・・ああ」


 レギナルトは信じられないと言う顔をしたまま返事をしてドロテーを見た。彼女と目が合うとニコッと笑った。ドロテーの手柄に違い無い。ベッケラートの医術はもちろん右に出るものはいないが、政治手腕もそうだった。しかしレギナルトが出で来るようになったら政からあっさりと身を引いたのだ。レギナルトが彼の腕を惜しんで再三復帰するように打診を続けていたが叶う事はなかった。それが今、短期間と言っても偏屈で頑固な彼を動かしたのだから大したものだ。

「ドロテー、では私の贈物を教えて貰おうか?」

「はい。皇子、それはですね―――」



 ティアナは朝から嬉しかった。いつもの朝食後、今日一日皇子が一緒に過ごせると言ったからだ。しかも馬車に乗って遠出をすると言うのだ。馬車の窓から見える景色は真っ白で変化は無いが皇子と一緒というだけで楽しかった。

 レギナルトはドロテーから言われた通りに計画している件は彼女に言っていない。なんでも演出とか言っていた。最初この計画を聞いた時にはそんな事で?と思ったが、今日一日過ごすと言っただけでもティアナが十分喜んでいるからドロテーの言う事に間違いは無いだろう。鈴が鳴るように嬉しそうに喋るティアナの話しに耳を傾けながらレギナルトは微笑んだ。ドロテーの最初の演出の位置に差し掛かったので馬車を止めた。

「ティアナ、少し寒いが森の中を歩こう」

「はい!皇子!」


 森の中と聞いてティアナの瞳が輝いた。

 そこは冬でも葉が絶えない木々が連なる場所で久し振りに地面が見えていた。そこを歩いていると急にガサガサと葉ずれの音がした。

「きゃっ!」

 驚いたティアナは目をぎゅっと瞑ってレギナルトの腕にしがみ付いた。またガサガサと音がする。ティアナも同時にビクリと肩を揺らした。

 レギナルトはふっと笑った。

「ティアナ、瞳を開けて見てごらん」

 ティアナは恐る恐る音のした方向を見た。すると葉陰から何か白いものが見える。そしてぴょこんと顔を出したのは雪のように白いウサギだった。首にはピンクの大きなリボンを付けている。

「かわいい!でもどうしてこんな所にいるの?」

 ティアナはしゃがみ込むと、おいでおいでと手招きして言った。


「気に入ったか?」

 ティアナは横に立つレギナルトを見上げた。

「気に入ったかって・・・あっ、皇子がこのウサギを?」

「羽兎とはいかないが似たようなものだろう?羽が無いだけで大人しいからな」

 ティアナは手の中に入って来たその小さな生き物を抱き上げた。

「ふかふかで可愛い!ありがとうございます!皇子」

「気に入ったなら良かった。しかし気に入らないな・・・ウサギのくせにお前の両手を占領しているのが許せん」

 ティアナはちょっと考えるように首を傾げると笑って言った。

「じゃあ、皇子がこの子を持って下さい。私が皇子の腕を持ちますから」

「なるほど。名案だ」


 レギナルトはティアナからウサギを受け取るとそれを片手で抱えた。そして空いた腕にはティアナが寄り添った。

 流れる風が春風のように暖かくなってきた。目的地は近い。

「ティアナ、目を瞑って。いいか?いいと言うまで開けるな」

 レギナルトはウサギをティアナに渡しながら言った。

「あ、はい?分かりました??」

 言われるまま目を閉じたティアナをレギナルトはふわりと抱き上げる。驚いて目を開けかけたティアナだったが慌ててぎゅっと目を閉じた。その仕草が可愛らしい。ウサギがティアナの腕の中で耳をピクピクさせている。ウサギ作戦は成功だった。


(さてと・・・次はこのまま家の前までだったな・・・)


「さあ、ティアナ。もういいだろう」

 眩しさに目を慣らしながらティアナが目を開くと其処は別世界だった。見慣れた雪景色では無く春のような野原が広がっていたのだ。しかし周りを見れば雪を積らせた森が広がっている。空を見上げると白い花のような雪が舞っていた。しかし足元にはその雪が花になったような小さな白い花が咲いている。とても不思議な光景だ。


「皇子・・・ここは?」


「どうだ?気に入ったか?今日は此処で一日過ごそう」

 ティアナの瑠璃色の瞳が輝き、笑みが広がった。

「本当ですか?ああ、だからお弁当を持って来たのですね。素敵!お昼をこんな所で食べるなんて!今日は楽しいことばかり!皇子、連れて来て頂いてありがとうございます」

 それからの時間はあっという間だった。此処は春のような場所といっても太陽は同じだから陽が傾き始めるのも早い。その空を見上げてティアナはぽつりと呟いた。


「もうそろそろ帰る時間ですね・・・」

 

その声は名残惜しく悲しそうだった。

 その様子をチラリと見たレギナルトは家の戸口に向って歩き出した。

この不思議な場所にぽつんと建っていた家は誰も住んでいない感じだった。でも皇子が無視していたので存在を忘れかけていた。レギナルトはその家の扉を開いたのだ。そして戸を開け放ったままティアナに向って言った。

「ティアナ。今晩は先日花屋で食べさせてくれたスープを作ってくれないか?あれは実に美味かった」

「え?スープですか?」

 皇子は急に何を言っているのだろうかとティアナは思った。

「ああそうだ。この家は一週間、私達が住む家なんだが、しかも二人だけだからティアナに食事を作って貰わないと私は飢え死にしてしまう」

 ティアナは皇子の言葉に驚いた。そしてまさか?という顔をして言った。


「あ、あの・・・それじゃあ・・・一週間ずっと一緒にいられるのですか?此処に皇子と?」


 レギナルトが優しく微笑んだ。

「ああ、ずっと一緒だ。仕事は優秀な代理人に任せて来たから大丈夫だし・・・・気に入ってくれただろうか?今回の贈物は?」

 ティアナはもう駆け出していた。そしてレギナルトに抱きついた時は涙で前が見えなかった。こんなに嬉しい事は無かった。いつも寂しかったが我が儘なんか言えなかった。言ったら皇子は叶えてくれるのは分かっているが皆に迷惑がかかるのも知っていた。それにこんな風に皇子と二人で過ごしてみたかった。食事を作ってそれを食べてもらって・・・むかし皇子と出逢う前に夢見た平凡な夢だ。好きな人と結婚して過ごす普通の生活。

 何と言ったらこの嬉しい気持ちが皇子に伝わるだろうか?言葉が見つからなかった。ただ嬉しさで胸がいっぱいになって涙も止まらないのだ。あんまり泣くと皇子が心配する。だけど・・・だけど・・・涙が止まらない。


 レギナルトは泣きじゃくるティアナを優しく抱きしめながら、彼女の予想以上の喜び方に大満足だった。生涯忘れなれない思い出になるだろう。レギナルトはそう思って微笑むと、涙するティアナの瞳に口づけを落とした。

「ティアナ泣くな。それ以上泣くと瞳が融けてしまうぞ…」

「で、でも…止まらないんです…嬉しくって…」

レギナルトは微笑んだ。残照に照らされた皇子の姿は黄昏の神のようだった。

ティアナは皇子の腕の中から見上げたその姿に胸がときめき、もっと涙が溢れてきてしまった。

そしてレギナルトの胸にしがみ付いた。幸せ過ぎて自分の足が地面についていない感じだったからだ。

「ティアナ?」

「皇子…ありがとうございます」

顔を上げたティアナの瞳は涙で煌いていた。その瞳以上の美しい宝石は無いだろう。


涙は止まらない―――


「喜んでもらって良かった…ティアナ愛している…」

 ぱっと頬を染めたティアナの薔薇色の唇に唇を重ねた。

彼女の涙が止まるように・・・・優しく深く深く・・・・

 しかしどうせなら婚儀の後に来たかったと残念に思った。一週間も二人だけで夜を過ごすなど拷問に近いからだ。

 ドロテーが何回も寝室は二つだからと念を押す姿がやはり妖魔の申し子のようだった。


(まあ・・・今回でだけで無く度々ここに来させて貰おう。ベッケラートには悪いがな・・・)


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