表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

皇子の相談⁉

「盟約の花嫁~星の刻印」「星の記憶」の外伝です。時系列的には「星の記憶」のその後です。もちろん本編の主人公だったティアナ&レギナルトは出ていますが、今回はティアナの侍女ドロテーが主人公です。そしてその恋の相手は??……実際、エリクとベッケラートどちらにするのか途中まで決まらず話を進めていました。どちらなのかは??…読み進めてお確かめください(笑)


「ドロテー此処で何をしているのですか?」

 怪訝な声で皇子宮の女官長バルバラが声をかけた。

彼女の姪でもあり冥の花嫁ティアナの侍女を勤めるドロテーが正妃の居室扉前に座り込んでいたからだ。

「伯母様。私はただ今仕事中です…」

 いつも快活な彼女にしたら元気の無い返事だった。

「仕事?ですか?」

「はい。見張り番です…かれこれ半日ほど…」

「半日?それでは…」

 ドロテーはうんざりしたように頷いた。

 

正妃の居室はティアナの部屋――半日前といったら皇子レギナルトが皇宮より戻った時刻?


「お察しの通りですわ、伯母様。皇子のご命令でこの部屋に誰も入れないように見張っているんです。少しでもティアナ様と二人っきりで過ごしたいのは分かりますけど…既に半日…流石に私も疲れてしまって…今度から立て看板を作ろうかと思っていたところです。〝立ち入り禁止・入った者は斬首なり〟皇子って印の!」

 いつも厳格なバルバラもドロテーの大げさに嘆く様子に思わず笑ってしまった。つい最近の出来事だが、皇子とティアナにとって辛かった事件が解決したばかりだった。その前も大変な試練を乗り越えてやっと幸せにと思った矢先、愛し合った二人が引き裂かれるような出来事だったのだ。だから皇子としては片時も愛するティアナを側から放したく無いのだろう。それでドロテーが部屋から追い出された次第だ。


「はあ――それにしてもまだかしら?何をして過ごされているのやら…どうしたらこんなに時間を使うのかしらね?思いません伯母様?」

「何をして?ほほほ…ドロテー貴女は今まで恋人とかいなかったの?それなら分からないでしょうね。恋人と過ごす時間は何をしていなくても心は満たされて、時間はあっという間に過ぎるというものです」

 恋人がいないと言われてドロテーはほんの少し前の昔を思い出した。思い出したくない話だ。そんな事もあっただろうか?と考えるだけでも気分が悪くなった。とにかく自分に恋人なんて余計なものでしかないと思っている。夫を早くに亡くしても自立して生きているバルバラを尊敬して彼女のようになりたかった。

「そうですか?私はそんな無駄な時間を過ごす事は無いと思いますけどね。それにしてももうすぐ夕餉の時間になってしまいますわ・・・此処に運んだ方が良いかしら?それともお声をかけるべきかしら?ううん、そんな事したら・・・きっと私の首は胴体から離れるでしょうね。うわあぁー怖い、怖い」


「煩いぞ!ドロテー」

 ふいに番をしていた扉が開き、レギナルト皇子が立っていた。

 バルバラは、クスリと笑い頭を下げた。ドロテーも慌てて立ったが、チラリと中を確かめた。主のティアナは頬を薔薇色に染めて夢心地で長椅子に腰かけているようだ。


(着衣の乱れは無しでと…うっ、また!)


 ドロテーは不機嫌に立っている皇子を睨みながら言った。

「皇子!またティアナ様の髪を解かれましたね!二度しないと誓って下さいましたでしょ!」

 レギナルトは方眉を上げた。皇子の自分にこんな風に言うのは彼女ぐらいなものだ。もしくは昔のバルバラ。幼い頃はこんな風に叱られたものだった。しかし一々そんな事を言われるのにも腹が立つ。

「ドロテーお前は――っ」

 とレギナルトが反論しようとしたが言葉を呑み込んでしまった。ティアナが来たからだ。


「ごめんなさいドロテー。今日の髪型はあなたの新作だったのに…その…」

 ティアナが口ごもりながら薔薇色の頬は更に赤くなっていた。

 今日は珍しく皇子が早く帰って来ると聞いていたからドロテーも念入りに彼女の仕度をしたのだ。

帝国ではどちらかといえば色が濃く、こしが強い髪が多い。ドロテーも明るい色の方だが金というよりもっと濃い琥珀色だった。ティアナの髪は隣国のオラール王国に良く見られるが、この国では珍しい金の絹糸のようなのだ。とても美しいのだが柔らかすぎて髪を結い上げるのも大変だし崩れるのも早いのが難点だった。

皇子は結った髪より流したままの髪を好んだが、上流階級の女性は結い上げているのが普通だ。それなのに皇子はすぐティアナの結った髪を解いてしまう。着衣の乱れ同様に髪型の乱れも貴婦人として失格なのにだ。

 だからドロテーが度々抗議していたのだった。まあドロテーとしてはこれだけベタベタしているのに、着衣が乱れる行為まで及ばない皇子の鋼のような自制心に感心はしている。


(あの皇子がねぇ~噂は大げさかと思っていたけど本当の事みたいだったし…変われば変わるものよねぇ~)


 氷壁の皇子と囁かれたレギナルトだったが、別に女性をその氷壁で遮断して聖職者のようだった訳では無い。心に踏み込ませないだけで関係は一度きりの冷たいものだったようだ。皇子を手に入れたと有頂天になる女達は数知れなかったがその喜びもつかの間、顔さえ覚えて貰えず無視されるのだ。皇子の女性遍歴と、その彼女らに対する冷淡さは田舎まで聞こえてくる程だった。

ドロテーがその話を聞いた時には皇子は女の敵だと憤慨したものだった。まあ実際この皇城に来て内情を知れば皇子が女性に対してそんな態度だったのも頷けた。同性の自分でもムカつくくらい厚かましく嫌な女達が多いのだ。それならいっそ女自体を寄せ付けなければいいのにと思わないでも無かったが…


(そんな手の早い…じゃなくって――えっと欲望に忠実な?かしら?その皇子がねぇ~)


 そういう思いを込めてドロテーはレギナルトを、チラリと見た。その時、皇子の胸元の刺繍にピンがぶら下がっているのを見つけたのだ。なる程とドロテーは思った。

「皇子、大変申し訳ございませんでした。私の早とちりでございました。お詫び申し上げます。ティアナ様の髪留めが外れたのでございますね?申し訳ございません、邪魔になる位置で留めておりまして。失礼いたします」


 ドロテーはそう言ってレギナルトに付いていたピンを取ると目の前にかざした。寄り添っていた時にでもひっかかって崩れかけたのだろう。だから全部解いてしまえ!となったに違い無い。

 レギナルトは少し居心地悪そうに言った。

「分かればいい。以後気をつけるように」

「かしこまりました。以後、皇子がお手を触れるところはもちろん、ティアナ様がお傍に寄られましてもその衣服にひっかからないように注意いたしますわ」


 それを聞いたティアナが更に耳まで赤く染めてしまった。

 レギナルトはこのドロテーが時々妖魔より性質が悪いと思ってしまう。自分に対しても怯まず堂々と意見を言うのだから苦手でたまらない。しかしティアナにとっては良い理解者なのは認めるところだ。


(可愛らしい憎まれ口と思って耐えよう…)


 レギナルトは不快さを噛み殺しながらそう思った。

 その二人のやり取りを見ていたバルバラは、最近の皇子の変化には目を疑うところだった。自分が育てたと言っても生まれながらに持つ、他を従わせる帝王の資質は性格的に逆らう事を許さない。今までなら自分の姪であってもただの侍女に、このような口のきき方を許す皇子では無かった。当初この怖いもの知らずの奔放なドロテーが何時不興をかうかとハラハラしたものだ。


 バルバラは再び微笑みながら言った。

「それでは皇子、お夕食はどちらでなさいますか?ご一緒になさいますか?」

「いや、私は夕刻出かける用事があるから簡単なものを部屋へ運んでくれ。その前にドロテーには話がある」


「えっ!私に?ですか!」

 

ドロテーは驚いてグルグルと何をしでかしただろうかと考えた。

 その青くなった様子にレギナルトは、チラリと視線を流して言った。

「叱責では無い。それとも何か心当たりでもあるのか?」

「まさか!私には何もございません!」

 むきになって言うドロテーにレギナルトは失笑した。

「ではティアナ。少しドロテーを借りる。今日は帰りが遅いからまた明日の朝に…」

 レギナルトはティアナにそう優しく言って軽く抱きしめた。

 そしてドロテーは皇子に連れられて行ってしまった。

「バルバラ、皇子はドロテーに何のご用なのでしょう?」

 不安そうに尋ねるティアナにバルバラは答えた。

「叱責では無いと皇子はおっしゃっておりましたから大丈夫でございますよ」

 そう言いながらバルバラは皇子の考えそうな事は分かっているつもりだ。


(あの子も苦労するわね…)



 ドロテーは皇子の執務室に来ていた。レギナルトは主に皇宮の中央府の執務室で仕事をするが皇子宮にも同様の部屋が用意されている。両脇に天井高く設えた棚には多くの資料や書籍がぎっしりと並べられ、その場に入るだけで息がつまりそうな空間だった。その中央に権力の象徴レギナルトが立っているのだから尚更だ。


 その皇子が珍しく歯切れ悪く喋り出した。威圧的な紫の瞳も何処か定まっていない感じでドロテーを見ていない。

「…ドロテー…実は・・相談なんだが」

「相談でございますか?」

 ドロテーは驚いて瞳を大きく見開いた。相談という言葉自体、皇子が使うのが珍しいと思ったのだ。相談の意味さえ知っているのか疑わしいとも…しかも自分にだ。


「ああそうだ…私は先日ティアナにとても辛い思いをさせてしまったから何が贈物をしたいと思ったのだが…何もいらないとあれは言うんだ」

「贈物でございますか?まあ…確かに…そうですね」

 確かに皇子が悩むのも分かる。今まで考えられるだけの品物は贈られていた。だから本人に直接聞いたのだろうがティアナはそういった物にまるで無頓着なのだ。

「それにこれはと思って用意していた真珠の簪は記憶の無い間に…しかも簡単に贈ってしまった。あれはあんな風にやる為にベッケラートを脅して作らせたのでは無いのにだ!」


 レギナルトは宮殿が建てられるぐらいの価値のある貴重なそれをもう既にティアナに贈っていた。あれだけの品を用意するのもさせるのも大変だっただろうが…

「あの簪でございますね。確かに素晴らしい物でしたが…それにしても先生…いえ、ベッケラート公爵を脅されたって?」

「あれは奴の家の家宝みたいな物だったからな。しかしカビ臭い宝物庫よりティアナの髪に飾る方が良いのは当然だ。ひと目あれを見た時そう思った。私がそう決めたのだから否は言わせない」

「はあ~まあそうでしょうが…」

 気の毒なベッケラート家と思うしかない。


「そこでだ、ドロテーお前に相談というのはティアナの喜ぶものを考えて用意してくれ」

「え――っ!私が?ですか!」

「もちろんティアナには内緒だ。驚かせたいからな。それに幾ら金がかかっても構わない。あの真珠の簪以上のものを用意するように」

「そ、それは無理かと…」

 レギナルトはその誰もがその表情に震えるという紫の瞳を細めて口の端を上げた。

「否とは言わせない。頼んだぞ、ドロテー」


 ドロテーはもう引きつって笑うしかなかった。

 ティアナの性格は良く分かっている。何を贈っても喜ぶだろうが皇子はそんな簡単なものを要求しているのでは無いのだ。しかも皇子が言うようにティアナは本当に何かを欲しいと思う願望は無いに等しい。本当にティアナは皇子さえいてくれたら良いというぐらいしか無いのだ。その彼女が本当に喜ぶものを用意する…考えるだけで頭が痛くなりそうだ。


(皇子の頭にリボンを付けて渡す方が喜ぶわ!)


 と、言いたいがそうはいかない。

 レギナルトは言いたい事を言ったらすっきりしたのか、何時ものように傲慢で居丈高だ。

「という訳でドロテーそれまで暇をとらす。ティアナの事はバルバラに任せてしっかり探すように。それとこれを…」


 レギナルトは自分の左手にはめていた指輪を抜いてドロテーに渡した。

 ドロテーは恐る恐るそれを見る。それは銀と金色で皇家の印が刻まれたもので、しかも最高位の印章となる指輪だった。皇位継承者の承認と同等の価値があるものだ。これがあればどんな許可もとれる。それこそ人も金も使い放題だ。


(うううっ…一介の侍女にこんなものを渡すなんて考えられない…本気だわ…これってかなり危険?)


 ドロテーは心底ぞっとした。死ぬ気でやらねば皇子から本当に殺されそうだと思った。受け取った指輪がずっしりと重く感じた。

 それからドロテーはティアナの部屋に戻りながら回転の早い頭で言い訳を考えた。思った通り、帰ったら直ぐにティアナが心配そうに尋ねて来たのだった。


「ドロテーどうしたの?皇子からなんて言われたの?」

「それがですね。この宮のティアナ様付きの女官が少ないので探して欲しいとの事だったのですよ。こんなの普通は伯母の仕事なのですけど、私の方がティアナ様のことが良く分かっているからだとか…ティアナ様が気持ち良く過ごせるような人選をとの事でございました」


 ドロテーはすらすらと答えた。この話も嘘では無かった。急ぎでは無いが気にかけて見付けて欲しいと以前から言われていたのだ。

 ティアナは困った顔をした。

「そんなにお世話してもらう人はいらないわ。特に必要無いと思うのだけど…」

「いいえ!ティアナ様はご存知無いかと思いますが裏では結構仕事が沢山あるのですよ。元々皇子だけしか居なかったこの宮にティアナ様が住まわれることになったのですから仕事は倍に増えております。一応私は伯母の家に行儀見習いに来ておりましたからティアナ様付きの侍女として直ぐ仕えることがましたが、普通は雇い入れるには時間がかかります。普通の屋敷では無いのですから身元から素行まであらゆる条件を満たさないといけませんでしょう?それでもあの事件のように暗殺者が入り込むのです」

 以前厳重な審査にも関わらず、レギナルト暗殺の刺客として女官が紛れ込んだのは記憶に新しい。


「大変なのね…」

「はい。それはもう。それに神殿が建ちあがりましたら、いよいよ挙式でございますし、そうなれば正式なお妃様でございますからティアナ様も何かとお忙しくなられるので人手は幾らあっても足りません」

 ティアナは挙式と聞いて少し頬を赤く染めながら言った。

「そ、そんなものなの?」

「もちろんでございます。お茶会に昼食会、晩餐会に夜会は当たり前、その他色々な行事や会に呼ばれるのです。それらの衣装の準備にお手入れだけでもかなりの重労働でございます。今の皇后様などお靴の係りにお帽子の係りとかそんな専任の者がいるそうですよ。そこまで必要とは私も思いませんけれど」

 ティアナは驚いてドロテーの話を聞いていた。


(靴の係り?いったい何を毎日するのかしら??)


「ごめんなさい。私の認識が足りなかったみたい。ドロテー達はそんなに大変だったのね。気付かなくて本当にごめんなさい。私はいままで自分で全部していたし、ここの生活はよく分からないから…」

「私は下級貴族の田舎育ちでそれこそ庶民と少しも変わらないような生活をしておりましたからティアナ様のお気持ちは良くわかります。本当にここは堅苦しくってしきたりもいっぱいあってウンザリなんですけれどね」

 ティアナもそうね、と言って溜息をついた。

「ティアナ様、ですから人探しに出かけますので少しお暇を頂戴いたしますね。ティアナ様と皇子に喜んで頂けるように見付けてまいります」

「寂しいけれど頑張ってね」


 ティアナに隠し事をするのは少し気が重いが仕方が無い。彼女と皇子に喜んで貰えるようにと言う気持ちに嘘は無いのだからとドロテーは自分に言い聞かせるとその準備に取り掛かったのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ