宇宙砂漠の幽霊船:ダイヤル0321
こちらは星を渡る運送会社ゼロ・スリーチュアン。
星雲全域、星から星へあなたのお荷物運びます。
大きなお荷物、小さなお荷物、あなたの想いも運びましょう。
ご用命は星間ダイヤル0321まで。
今回は女性軍人さんをお運びします。
このお話は鳴田るな様主催の『軍服ヒロイン企画』参加作品です。
果てしなく、無限に広がる宇宙空間。
星々のきらめきを背に受けて、一隻の宇宙船が航行している。
貨物運搬用高速船・スリーチュアン号である。
手足を引っ込めたカメにも似た外観で、鈍足なイメージを持たれることもある。
が、その船は業界でもトップレベルの船速を誇り、顧客からの信頼も厚い。
「前方に岩石群です。これより準高速航行に移ります」
若い航宙士ヨーイチ・ナナスが船長に告げる。
「任せるぜ。お前なら簡単に抜けられるだろう」
大柄な身体のダカール船長が答えた。
ダカール船長は操舵室の予備席に座っている軍服の女性に声をかける。
「お客さん、そこの席だと少々揺れますぜ。客室にいた方が快適でさぁ」
「ありがとう、船長。私は戦闘艇での激しい揺れも経験している。だから問題ないよ。客室よりここにいる方が楽しめそうだ」
「それならいいっスよ。うちの若手の操縦の腕前をみてやってくだせぇ」
「ふふ……。楽しみにしているよ、ヨーイチ」
小柄なその女性の髪を短く、一見すると少年のようにも見える。
耳がやや長く緑色の髪はベルフォレ星人の特徴で、これでも成人している。
「はぁ……。ネイアさんにそこまで期待されると僕は緊張しますね。では行きます」
スリーチュアン号は岩石帯の中を縫うように進んでいく。
ここは船の数十~数百倍の大きさの岩が大量に浮遊している。
それだけでなく、手のひらに収まる小型の岩も漂っており、船壁に当たると損傷する可能性もある。
しかも、岩は不規則に動いているのだ。
この宙域は宇宙砂漠と呼ばれている。
ヨーイチは船外レーダーで先の状況を読みつつ、航行ルートを判断し、慎重に船を進めていた。
まだまだ経験不足は否めないが、的確に船を動かしていく。
それを見守る船長の顔に笑みが浮かぶ。
「ネイア軍曹。この岩石群を超えたら、ダボル星まですぐですぜ」
「ありがとう、船長。本当にいい船だな。率直に言って、降りるのは名残おしい。また機会があれば乗せてほしいな」
「うちは旅客船より高くつきますぜ。お代を頂けて日程が合うなら、また俺らの船を利用してくだせぇ」
「ふふ……。次も経費で落としてもらえるよう、頑張って上と交渉してみよう」
そう言いながら、ネイアは操舵席を見る。
ヨーイチが真剣な顔で舵を操作していた。
レーダーの画面を見たヨーイチは不思議そうな顔になった。
「あれ? ……この先が何か変だぞ。かなり前方だけど、岩石の向こうに何かある。……船?」
つぶやきながらレーダーを操作しようとしたヨーイチを船長が止めた。
「まて、まだ探信波は打つな。ここまでのレーダーの履歴を確認するから、そのまま船を進めてろ」
「了解。このまま前進します」
ネイアは船長席に顔を向けた。
「ダカール船長。何かトラブル……のようだな。私も嫌な予感がする」
「ベルフォレ星のあんたががそう感じるなら、確実にトラブルでしょうな。やっぱりだ。レーダーの岩影がすこしブレてやがる。ネイアさん、星間ラジオをつけますぜ。ひどいノイズがでるだろうから耳をふさいでくだせぇ」
ネイアが両手で耳をおさえるのを確認し、ダカール船長はラジオのスイッチを入れた。
……ガガガガッ! ……ザザーッ…… ガガッ!
ノイズが大音量で響いた。
「くうっ……」
耳をおさえたままネイアの表情が少しゆがんだ。
船長はスイッチを切り、音は静まった。
ネイアの耳たぶがピクピクと動いている。
「やれやれ……覚悟はしていたが、とんでもない音だったな。それで、船長。何かわかったのか」
「ええ。普段もこの宇宙砂漠ではラジオは聞こえづらいんでさぁ。しかし、ここまでノイズがあるのは異常ですぜ。やっぱりいるな。妨害電波をかけている船が。もし探信波を打ってれば、こちらの存在も気づかれていたか」
船長が言うと、ヨーイチは首をかしげる。
「もしかして宇宙海賊……。でも、この宇宙砂漠を通る商船っているのかな。たまにウチの船が通るぐらいですよね」
「まさか狙いは私? それともこの船か……」
「いやいや、元々はこの宇宙砂漠を通る予定はなかった。妨害電波を出している連中の狙いはネイアさんやウチじゃねぇな。ここらでそういう問題をおこしそうな輩はたぶん……」
* * * * *
宇宙砂漠の中を銀色の流線型の小型宇宙船が航行していた。
その後から黒い葉巻型の中型宇宙船が近づいてくる。
小型宇宙船の女性パイロットが後部座席に声をかけた。
「アルティアお嬢様、このままでは追いつかれそうです。これ以上速度を上げると岩にぶつかります」
「カマリー。救難信号をお願い」
「救難信号はもう出しています。でも、妨害電波がかかっているみたいなんです。それに、こんなところまで助けにきてくれる船なんて……」
「岩を盾にして逃げるしかないわ。こっちの船の方が小さいんですもの。向こうが通れないルートを探して」
その時、通信機からコール音が響いた。
応答スイッチを押すと、男性の声が響く。
「鬼ごっこはもうおしまいですよ。お転婆お嬢様。おとなしく投降するなら命は保証しましょう」
「ザラガム卿、今までのお父様の御恩を忘れてクーデターを起こそうとは、恥を知りなさい。私が星間政府に訴えればあなたはおしまいですよ」
「いかにも。よくわかっていますとも。ならばこそ、このままお嬢様を逃がすわけにはいかないのですよ。さぁ、おとなしく船を停めなさい。アルティア様は殺すにはもったいない身体ですからねぇ……ヒヒヒッ」
男性はいやらしい響きで笑う。
* * * * *
「……と、いう状況ですな。いったん妨害電波のないところまで引き返して、星間警察と軍に通報することをお奨めしますぜ」
通信を傍受していたダカール船長が言った。
妨害電波の中で利用できる通信チャンネルは限られている。
この距離であれば何とか音を拾うことができた。
船長の言葉にネイアは首を振った。
「それではおそらく間に合わんだろう。この通信記録があればザラガムを追いつめることはできよう。だがそれではアルティア嬢は無事ではすまない。クリュウ星のきな臭い噂は耳にしていたが、まさか目の前でこんなことに遭遇するとはな……」
「ネイアさん。俺らの仕事はあんたを無事にダボル星に届けることだ。この状況でドンパチやるのは契約外ですぜ」
「わかっている。だが協力してもらえたなら、報奨金をはずんでもらえるように軍上層部に具申しよう。もし軍が出し渋ったとしても、私が払う」
ダカール船長は、ひゅうと口笛を吹いた。
操舵席のヨーイチは困った顔になった。
「でも、どうするんですか? スリーチュアン号の火力で、武装船と正面からやりあうのはキツいですよ。まさか……」
なぜかヨーイチの頬が少し赤くなっている。
「その『まさか』をやるしかねえだろう。ネイアさんも言い出しっぺだから、協力してもらうぜ」
「もとよりそのつもりだ。前回のようによろしく頼むぞ。ヨーイチ」
ネイアは席から立ちあがり、操舵席の隣まで移動した。
ヨーイチの座席の背もたれに右手を置き、左手でひじ掛けを持った。
「ヨーイチ、舵とりは俺がやる。おまえはレールアローだ」
「了解。操舵はそちらに。レールアロー砲、起動します」
「いくぜ。スリーチュアン号、ステルスモード」
スリーチュアン号の各部から特殊ガスが噴霧された。
宇宙空間に溶け込むように、その姿が希薄になる。
岩石の隙間を縫うように飛び、ノーマルレーダーでも二隻の宇宙船が確認できるまで近づいた。
「よし、普通ならまず当たらない距離だぜ。だが、あんたらなら違うだろう」
船長はにやりと笑ってヨーイチの席を見た。
ヨーイチの横に立ったネイアは、左手をヨーイチの左手の上にのせていた。
「ううっ……レ……レールアロー……スタンバイ……」
「照れるなヨーイチ。こっちも恥ずかしくなるだろう。心を静めろ」
「そんなこと言ったって……。はいはい。人助けだし、頑張りますよ」
スリーチュアン号右舷の巨大な砲塔がゆっくりと回転し、前方に向けられた。
ヨーイチは超長距離エネルギー砲のトリガーに右手をかけた。
ネイアの手から温かみと、彼女の勇気・気高さ・正しい心も伝わってくる。
目を閉じて、不可視の照準をイメージする。
ネイアのテレパシーと予知能力の補助を受けて、本来なら当たりそうにない獲物を狙う。
「レールアロー砲、ロックオン。3……2……1……発射!」
* * * * *
必死で逃げる銀の宇宙船。
黒の宇宙船は威嚇するように機関砲での砲撃を行っていた。
当たらないように気をつけているものの、かすめそうな射線をとっている。
艦橋ではザラガムが高笑いをしている。
「わははは……。さぁ、投降しなさい。御身を吾輩に委ねるのです」
その時、ズガーンッ! と音が響き、船が大きく揺れた。
思わず席を離れて床に転がり落ちるザラガム。
「な、なにごとだ!」
「わかりません。メインエンジンが損傷しました。おそらく岩石に衝突したと思われます」
「なにぃ。いかん、このままではお嬢様に逃げられる。あの船を撃ち落とせ」
「いけません。今はなんとかサブエンジンと生命維持装置が稼働していますが、動けるうちに岩石帯から脱出しないと危険です」
「おのれ……どうしてこうなった……」
* * * * *
銀色の宇宙船はなんとか岩石帯から脱出していた。
「アルティアお嬢様。どうやら逃げ切れたみたいですね。相手の船が不調だったみたいで助かりました。もう一息ですよ」
「ねぇ、カマリー。ザラガムの船は本当に不調だったのかしら。私にはどこからか攻撃を受けたように見えたんだけど」
「レーダーに他の船はいませんでしたよ。まさか……噂の幽霊船でしょうか?」
この宙域について、奇妙の噂が使わっている。
あやまって迷い込んだ宇宙船があり、レーダーに映らない不思議な船の誘導で脱出できたとか。
「幽霊船……そうかもしれませんね。できればお礼を言いたいところです」
アルティアは岩石帯に振り返って頭を下げた。
* * * * *
宇宙船スリーチュアン号は無事にダボル星の宇宙港に到着していた。
辺境の星ではあるが、ここからは中央星群への定期便も出ている。
宇宙船から降りたネイアは、ダカール船長に声をかける。
「上と連絡がついた。すでにザラガムは星間警察に拿捕されたようだ。協力を感謝する。追加報酬については追って連絡するよ」
「そりゃよかったぜ。こちらはあんたを無事に届けられてほっとしているよ」
「世話になったな。ダカール船長。それにヨーイチも」
「あ、はい。僕もここでお別れは寂しいですね」
「ふふ……。私もだ。だが安心しろ、すぐにまた会えるさ。ではな……」
ネイアはピッと敬礼すると踵をかえして歩み去っていく。
それを見送っていた二人は思わず顔を見合わせた。
「船長、ネイアさんの最後の言葉ってどういう意味ですかね」
「追加報酬……のことじゃなさそうだぜ。まぁ、予知能力者が言うことだから、言葉通りだろうな」
彼らの後方では、軍用水筒を横倒しにしたような形の宇宙船、スリーチュアン号の船体がにぶく輝いていた。
腹田 貝様からヨーイチのイラストを頂きました。
ここでSFジャンルを書くのは初めてですが、ちゃんとスペースオペラになっているかな。
続編はこの下の方でリンクしている『ダイヤル0321』をクリックすると表示されます。
本文中のネイア軍曹のイラストは遥か昔にMSXパソコンで16色で描いてたものをベースにしています。
少ない色数でグラデーションモドキをやっているので画像が粗いですね。
以下は名前の元ネタ……
ヨーイチ・ナナス航宙士:
平家物語の弓の名人、那須与一より。
ネイア・ビュープラステッド軍曹:
ギリシャ神話でアルテミスの戦車を牽く鹿ケリュネイアより。
ビュープラステッドは玉虫のこと。平家物語で、屋島で扇を掲げた女性玉虫より。
ダカール船長:
『海底二万里』と続編『神秘の島』のネモ船長の本名ダカールより。
スリーチュアン号:
ナンバープレートが0321ですが、元ネタではありません。
『海底二万里』『神秘の島』のノーチラス号(Nautilus)の逆読みです。
アルティア
ギリシャ語の治療を表すアルテアより。
カマリー
ギリシャ語の女中を表すカマリエラより。
ザラガム
悪者っぽい響きにしたもので、元ネタはありません。