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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゆりちゃん

作者: ムライリカ


 同じクラスにゆりちゃんは二人もいらない。だから必然的におしゃれで可愛くて、みんなの人気者の方がゆりちゃんと呼ばれていて、何をしても冴えない地味な私は基本畠中さんって呼ばれていた。


「畠中さん、今日日直だよ」


 そう前の席の子に指摘された私は、わたわたと教卓まで飛び出すと黒板消しでぴょんぴょんと消していった。チョークのあとが中々消えなくて手こずっていると、全部消し終わらない内にチャイムが鳴って先生が来てしまう。先生が私の姿を認めるなり「もう少し早く、日直の仕事をしましょうね」と諭しては席に着くよう促されてしまった。


「……はーい」


 皆の前で指摘されたのが恥ずかしくて俯く。だったら前の席の子も、もう少し早く教えてくれれば良かったのに。何だか意地悪されたみたいだと私は不貞腐れながら小声で号令をかけると、教科書を開いてはつまらなさそうに先生の文字を板書していった。






「ゆりちゃん、一緒に描こうよ」


 一瞬、自分に話しかけられたかと思い顔をあげると、可愛い方のゆりちゃんが「いいよー」と笑って答えている所だった。今日はチェックのスカートにピンクのハイソックス、リボンが沢山付いたセクシーなトップスを着ている。向こうのゆりちゃんには年の離れたお姉ちゃんが二人もいて、お下がりをもらったり、流行りの服とかも色々買ってもらえるそうだ。


 いいな、ゆりちゃん。羨ましいな。同じ"ゆりちゃん"なのに、どうしてこうも違うのだろうとキャンパスに視線を落とす。今は五時間目の美術の真っ最中で、皆校庭へ出てはそれぞれ好きな風景を写生していた。


 私のキャンパスは真っ白だ。まだ何を描こうか決められていない。先生が今日は頑張って下絵を描いて、次の時間に色を塗りましょうと言っていたので、そう時間がないのもわかっていた。


「ハタちゃんは、何を描くか決めたー?」


 クラスで仲の良いミキちゃんは私の事をハタちゃんと呼ぶ。そして勝手に真っ白なキャンパスを覗き込んでは笑った。まだなんにも決まってないよ。ミキちゃんは? そう言ってミキちゃんのキャンパスを見せてもらうも、同じく何も描かれていなくて真っ白だった。


「もう次の時間で、ぱぱーって仕上げちゃえばいいかなって」


 だから適当にぶらぶらしてさぼっちゃおうかなと木の枝で地面にお絵描きしている。ミキちゃんは昔から要領が良く、手を抜く所はしっかりと手を抜いて、その分他の物事に時間を割くタイプだった。私、あっちの飼育小屋の方に行ってみようかな。白いうさぎとにわとりなら色塗りも簡単そうだと笑うと、さっさと地面の落書きを消して向こうに行ってしまった。


 一人になった私はぐるりと校庭を見渡すと、とりあえずゆっくりと座って描けそうな場所から探す事にした。人気のいない方へ足を進め、適当なブロック塀に腰を下ろすと小さな噴水を見つめる。……うーん、あれでいいかな。私は鉛筆を取り出すと、サッサッと小気味良い音を奏でながら輪郭を描き始めた。


「ゆりちゃん、絵うまいねー」


 もう騙されないぞと私は頑なにキャンパスに視線を落として、それでも必死に聞き耳を立てながら小さな噴水を描き続ける。遠くでゆりちゃんが「そうかなー?」と笑いながら答えていたので、私は顔を上げなくて正解だったと一人安堵していた。向こうのゆりちゃんもミキちゃん同様に要領のいい子で、なお且つ下の子特有の甘え上手な雰囲気もあるからか、先生やクラスメイトからの評判がとても良い。ああ言う子が将来、アイドルになったりするんだろうなと漠然と思いながら描いていると、ふと誰かが後ろから私の絵を覗き込んで来た。


「ゆりちゃんは、噴水の絵を描くの?」

「えっ……」


 後ろから唐突に聞こえて来た"ゆりちゃん"に思わず反応して振り向いてしまうと、そこには同じ名前のゆりちゃんが不思議そうに首を傾げていた。上手だね、もっと良く見せてもらってもいい? と笑って、突然隣に腰を下ろす。


「この噴水描くの、難しくない? 周りに変な彫刻があるから、誰も描きたがらなかったのに」

「あ……えっと、その……」

「前に皆で描いたスケッチの時も、一人だけ下からのアングルで描いていたの、私覚えているよ。もしかして絵、習ってたりするの?」

「え、えっと……」


 ゆりちゃんからの質問にしどろもどろになっていると、遠くで先生がそろそろ時間になります、片付けに入りましょうと言って手を叩いていた。私はその音につられてそそくさと筆記用具を片付けると、慌てて立ち上がってからゆりちゃんの質問に答える。


「む、昔っから絵が好きで、色んな物を模写していたから……」

「そうだったんだ。ねぇ、またお話してもいい?」

「い、いいよっ」

「ありがとう。またね、ゆりちゃん」


 そう言って可愛い方のゆりちゃんがぱぱっとスカートの裾を払うと、こちらに手を振りながら走り去ってしまった。……初めてゆりちゃんと喋った。今まで同じ名前だから何度も意識して来たけど、向こうは私なんか全然興味がないと思っていたのに。私の絵を覚えていてくれていた。


 何だかその事が妙に嬉しくてトクトクと鳴り出す心臓を押さえ付ける。またね、ゆりちゃん。……うん、またね、ゆりちゃん。家族以外では久し振りに下の名前で呼ばれたかもしれない。一瞬だけ温かくなった気持ちに自然と口元を綻ばせると、私は心の中でまたねと呟きながら小走りで教室へと戻って行った。











 学校から帰るなり私が女の子向けの通販カタログを見ていると、お母さんがゆりもやっとお洒落に目覚めたのかしらと後ろでクスクス笑いながら覗き込んで来た。ゆりは昔っからお兄ちゃんのお古が多かったもんねと、最早同情する声にしか聞こえない。


「み、見ているだけだってば……っ。私にはこんな可愛い服、似合わないし」

「そんな事ないわよ。もっとワンピースとか着てみたらどう? あ、今週末にでも見に行こっか」


 クラスの中でも比較的背が高い私は、昔からズボンの方が多くてTシャツはお兄ちゃんのお古ばかりだった。まさかの提案に心躍るも、どうせお前には似合わないぜとお兄ちゃんが通りすがりに呟く。


「お前が可愛い服着たって、男がスカート履いているようなもんじゃん」

「こら、ゆうた。そんな事言わないの」

「だって本当の事じゃんか。可愛い服の前に、可愛い女の子にならなきゃ意味がないって」


 それより母さん、今週末はゲーム買いに行こうぜゲームと二人で話し始めてしまったので、気分が削がれた私はカタログを閉じると自分の部屋に戻ってしまった。……やっぱり可愛い女の子だから似合うんだよね。ワンピースも、スカートも。私もゆりちゃんみたいに可愛い女の子だったらなぁー。こっそり引き出しに閉まってあったらくがき帳を開くと、今日のゆりちゃんの格好を描いてみては、いいなぁと一人ため息を吐くのだった。






 それからゆりちゃんとは、廊下や教室などですれ違えば挨拶をするようになった。おはよう、ゆりちゃん。うん、おはよう、ゆりちゃん。たったそれだけの会話なのに、何故か特別な気がして嬉しかった。クラスでゆりちゃんだけが、私の事を下の名前で呼んでくれるからかもしれない。……どうしてだろう? 私は不思議に思いながらも、今日の美術の時間をとても楽しみにしていた自分に気が付いてそわそわとしていた。


「実は今日で絵の完成予定でしたが、皆さんから難しいとの声が多数ありましたので、先生もう一時間だけ時間を取ることにしました。だから来週までには皆さん、完成を目指して頑張りましょう!」


 先生がそう言って声をかけてくれたので、皆ぞろぞろと嬉しそうに画材道具を持って美術室から出て行ってしまった。私もこっそりゆりちゃんの後ろ姿を確認すると、皆に続いて美術室を後にする。


「やったね、ハタちゃん。もう一時間増えて」


 すっかり飼育小屋の動物達を塗り終えていたミキちゃんが、隣で笑いながらガッツポーズをしている。それよりも私はゆりちゃんがまた自分に話しかけてくれるのかもしれないと思うと、先程から緊張で胸が張り裂けそうだった。そうとも知らずにミキちゃんは早速日向ぼっこして来ようと、どこかへ走り去ってしまう。私はその後ろ姿を見届けながら一人噴水に向かうと、時を同じくして反対側からゆりちゃんが現れたのでドキリとした。今日はお気に入りらしい赤いチェックのスカートを履いて、髪の毛を高い位置でお団子にしている。


「私もここで描く事にしたの。ゆりちゃん、いい?」

「う、うん……」


 いつも一緒にいるお友達はいなくて、絵の具箱も持っていなかったから皆とは違う物を描くようだった。何だか落ち着かないように向かい合っては、お互いに鉛筆を取り出して課題に取りかかる。……ゆりちゃんは、何を描いているんだろう? ここからじゃ全く見えないし、何だかさっきから見つめられているようでドキドキとしていた。


「私、実はこの間の授業で完成させちゃったの」

「へ、へぇ……そうだったんだ」

「うん、それで先生に今日の時間どうしたら良いですかって聞いたら、好きなもの描いていいって」


 そう言ってクロッキー帳に何やら色鉛筆で色を塗り始める。私の気になる素振りにゆりちゃんが後で見せてあげるねと笑うと、絵に集中し始めたので自分もそれに倣って慌てて下絵を進めていった。


「ねぇ、ゆりちゃんは何色が好き?」

「え、えっと……」咄嗟に今日着ていた服の色を確認した。「み、水色……とか?」

「青系が好きなの?」

「う、うん」


 わかった、ありがとうと少しだけこちらに顔を上げてくれると、また集中して描き始めたので私も出された課題を片付けるべく次々と色を塗っていった。……今日は前よりも風が強いな。絵の具の筆もすぐに乾いちゃうし、砂で汚れやすいから早目に塗っちゃおうと黙って噴水とにらめっこし続ける。何とか着色し終えた所で顔を上げると、ゆりちゃんが待っていたかのように身体を揺すっていた。


「どう? 順調に描けた?」

「う、うん。……ところでゆりちゃんは、何を描いていたの?」

「私? ……実はね、ゆりちゃんを描いていたの」


 見て、これ私がデザインした服。水色が好きだって言ったから、空をイメージしたワンピースを着せてみたの。どうかなと私に感想を求めて来たので、驚いてクロッキー帳に描かれた自分とゆりちゃんの顔を見比べてしまった。全体図なので顔までははっきりと描かれていなかったが、絵の中で私は随分とボリュームのあるワンピースを着て、お姫様みたいな格好をしている。……可愛い。思わずそう呟いてからどうして服をデザインしたのと聞くと、私ね、将来素敵なお洋服を作るデザイナーになりたいんだと嬉しそうに語り出した。


「実は最近、いっぱい練習して描いているの」


 そう言ってパラパラと他のページまで捲って見せてくれたので、私は食い入るようにじっとクロッキー帳を見つめてしまった。ゆりちゃんとよく一緒にいる、仲のいいお友達や先生。大人っぽい女性や、よくわからないけどお婆ちゃんのドレス姿まで描いてある。様々な色合いを見せてくれているクロッキー帳にすっかり釘付けになっていると、ゆりちゃんが恥ずかしそうに申し出て来た。


「それでね、クラスで一番絵の上手いゆりちゃんに色々教えてもらえたらなーと思って」


 可愛い女の子の絵も描くの得意だよねと、何故かノートの隅に描いていたイラストまで言い当てられてしまうと、私は顔を真っ赤にさせて開いた口が塞がらずに言い訳というか、必死に言葉を探していた。中にはゆりちゃんをイメージして描いた絵もあったから、あれを見られていたらと思うと恥ずかしくて恥ずかしくて、今すぐこの場から逃げ出したくなった。


「い、いつから知ってたの……?」

「えっ?」

「私の落書き……」

「ああ、同じクラスになってすぐくらいかな?」

「えっ?!」


 嘘。そんなに前から見られていただなんて。私が涙目で恥ずかしそうに俯いていると、ゆりちゃんが不思議そうに「どうしたの?」と覗き込んで来た。……っ、だ、だって、誰にも見せないつもりで描いてたから……。そう素直に告げると、あんなに可愛く描けているのに見せないなんて勿体ないよと笑った。


「もしかして、私を描いてたりしたの?」

「えっ?!」

「だって、いっつも視線を感じていたから……ねぇ、違うの?」


 もう何て答えたら良いのだろうか。私が視線を右往左往させながら口をまごつかせていると、ゆりちゃんが別に困らせるつもりはなかったんだけどと、眉尻を下げてしまった。


「だったら、ちょっと嬉しいかなと思っただけ」

「う、嬉しい……?」

「うん。それって、私がモデルになったって事でしょ?」

「そ、そうかもしれないけど……っ」


 ねぇ、ゆりちゃんは可愛いお洋服とか描かないの? 純粋にそう尋ねながら私の隣に座り込む。不意に漂って来た大人っぽいシャンプーの香りに軽く目眩を覚えると、私は機会があったら描いてみたいかもと曖昧に誤魔化して逃げるしかなかった。


「だったら今、このクロッキー帳に描いてみてよ。……駄目かな?」


 期待を込めた目で見つめられて、私は心臓をばくばくとさせながらゆりちゃんとクロッキー帳を交互に見つめた。……私、お洋服なんてデザインした事ないよ。そう困ったように告げるも、ゆりちゃんの好きに描いてくれていいからと手渡されて、引き下がってくれそうにもなかった。…………わかったよ。ゆりちゃんが期待しているのとは違うかも知れないけどと、先に断りを入れてから恐る恐る描き出す。


「ちょ、ちょっと、近いんだけど……」

「ああ、ごめんね。描き難かったよね」

「う、うん……」


 普段のゆりちゃんの格好とか、昨日見た通販カタログの可愛い服をイメージしながら顔の輪郭から描き出していく。隣でじっとゆりちゃんが見つめて来る中、何とかリボンが沢山付いたドレスを描いてみせると、やっぱり絵が上手い人はセンスも良いんだねと嬉しそうに笑った。


「こ、こんな感じでいいの……?」

「うん、リボンのお洋服とか可愛い! まさに私好みの服って感じ!」

「そ、そう……」


 だってゆりちゃんがリボンの服とか、リボンの靴下とかを良く好んで履いているのを知っていたから。そうとは言えずに気に入ってもらえて良かったと笑って誤魔化すと、これ、返すねと慌ててクロッキー帳をゆりちゃんに返却した。ゆりちゃんがまたお願いしてもいい? と尋ねて来たので、私は適当に頷いておく。


「あ、あのさ……っ、ところでゆりちゃんは、何で私の事"ゆりちゃん"って呼ぶの?」

「えっ、……駄目なの?」

「だ、駄目じゃないけど……っ、同じクラスに二人もゆりちゃんがいてややこしいから、誰も呼びたがらないのに」


 そわそわと周囲を気にしながら、この際思い切って尋ねてみると、もしかして今までそんな事気にしてたの? と何故か笑われてしまった。だって、ややこしいのはややこしいじゃない。私もゆりちゃんなんだし。そう不貞腐れながらも答えると、じゃあ私だけが"ゆりちゃん"って呼んでもいいんだねと悪戯っぽく笑った。


「だって、自分の事を"ゆりちゃん"とは呼ばないでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「ねぇ、ゆりちゃんが嫌じゃなければ、私はこれからも下の名前で呼びたいな」


 それにゆりちゃんが描く可愛い絵ももっと沢山見てみたい。そう囁きながら突然手を握って来たので、私はびっくりして思わずゆりちゃんを突き飛ばしてしまった。




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