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八咫烏のタイムダイバー  作者: 銀河 径一郎
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第7章 飛鶴の間にて


 昭和19年の桜受本家は地下が6階までしかなかったが、地下トンネルがいくつか張り巡らされていて近隣に配置された連絡員から日常消耗品や食材などが運ばれてくる。

 そのおかげで官製の配給に頼らず平時と同じ食材が手に入るし平時と変わらぬ日常活動が可能だった。

 旭子に派遣された特務員4人は地下2階にある12畳の大きな客間である飛鶴の間を、古相寺はすぐ隣の8畳孔雀の間をあてがわれ「海軍はんの手筈が整うまでのんびりとお過ごしやす」と言われていた。

 もっとも古相寺は酸漿さんの用意してくれた事務員の制服を着て、日中は特務員たちの飛鶴の間でまだ空白だらけのアドレス帳とスケジュール帳を少しずつ埋めている。


 一方、現代時にいる壬生野は秘巫女旭子に定期通信を命じられて午前に30分、午後に30分、技術部の部屋に行き、パソコンで古相寺のコード端末機と交信をしている。技術部のスタッフがローマ字変換を組み込んでくれたので今はローマ字ではなく日本語文でやりとり出来る。

 内容はというと連絡というより普通の仲良しのラインのやりとりだ。


『茜、おはよ! 昨日の夕飯は焼き松茸と明石の鯛飯と吸い物やったわ』


『ずるい!どないなってるん、いい御膳ばっかりやへん』


 壬生野が眼鏡を曇らせて嬉しそうに口を尖らせている顔が目に浮かんだ。


「ふふっ」


 古相寺は声を出してしまい部屋にいる特務員たちの視線を集めて慌てて俯いた。


『えへへ、役得やわあ』


『木の根とすいとんの筈でなかったの?』


 古相寺は笑みを浮かべて返す。


『笑うしかないわ。まあ、死刑囚の最後の晩餐みたいなもんやね』


『特務員さん達はともかく、美穂はすいとんでもええのに』


『きっとタライされたからな、悪い思うて御馳走ぜめしてくれはるんや』


『納得いかんわ』


『ふふふっ。菊高はんに御馳走の話、しゃべってくれはった?』


『うん。つまらなそうな顔しいはってたけどきっと悔しがってはるよ』


 古相寺には菊高の悔しがる顔が想像つかなかった。


『あの人は言い方がきっついから苦手やわ』


 すると壬生野が突然に


『うちも旭子さんにお願いして、そっちへ行こかいな』


 予想せぬ言葉に古相寺は疑問符が浮かぶのみだ。


『えっ、茜がこっち来て何をしはるん?』


『美穂、知っとった? ケネディは太平洋戦争に参加しはっててな』

『魚雷艇の艇長しはってたんよ』


 JFケネディはハーバード大学を卒業した直後、太平洋戦争開戦となったため海軍に志願。1943年8月、海軍中尉となって魚雷艇で南太平洋ソロモン諸島近海を航行していたのだが……。


『そないなんね?』


『その魚雷艇が日本の駆逐艦に体当たりされて沈没どしたんや』


 ケネディの魚雷艇は突然に駆逐艦「天霧」と出くわしてしまう。距離が近すぎ砲撃できないため駆逐艦艦長は体当たりを決行。魚雷艇はまっぷたつに折れて沈没した。


『えー! ほして死にはったん?』


『おあほやな。その後大統領になりはったやないか』

『でな、戦後、その駆逐艦の艦長はんとも仲直りしてな友好を温めたんやて』


『そうなんやね、日本と妙な縁がおありやったんやな』


『えらいピンチやからうちが助けに行ってあげたいんや』


 海に投げ出されたケネディは生き残った部下達を率いてサンゴ礁に辿り着いたらしい。そこで見かけた原住民を呼び寄せ、ヤシの実に救援依頼のメッセージを彫ったものを渡してニュージーランドの沿岸監視隊に届けるよう依頼、九死に一生を得たのだった。


『茜もおあほやな。助かってはるもんを助けに行きはるん?』


『そしたらうちが命の恩人やない』


『はあ、なるほど、そういう狙いか』


『どないしよ、きっとうちにプロポーズしはるわ』


 事情通からやんごとなき裏一族と呼ばれている結社の巫女は絶大なる霊能力を持っているのだが、その霊能力に支障を来たさぬよう結婚や妊娠は禁じられている。

 だが、古相寺、壬生野のような平凡な巫女なら結婚する者もいるようだ。

 だからといって歴史上の人物に恋したり結婚願望を持つのはそれはそれで尋常ならざる女といえるかもしれない。


『妄想キタなあ、ほんまに茜ちゃんはケネディはんのことお好きやなあ』


『私がケネディはんと結婚したら美穂もホワイトハウスに呼んであげるな』


『そんなんなったら歴史がおかしくなって往生するんと違うの』


 古相寺が突っ込むと壬生野は冷静に返す。


『歴史が往生するんやないかて心配はタイムパラドックスいうんや』


『その単語聞いたことあるけど、どういうこと?』


『例えば自分が生まれる前に両親が結婚せんようにすれば自分が生まれなくなる』


『道理やね』


『そない考えられるから、映画で自分が途中で消え始めるて場面があったんやな』


『あれや、バックトゥザフューチャーのマイケル』


『うん、でもなタイターはんは別の世界線になるから問題ないで言うてはる』


『えっ、嘘や、ほんまに問題ないがか?』


『よく聞くパラレルワールドちゅうが無限に開かれるらしいわ』

『だからうちがケネディはんと結婚しても問題ないんて』


 古相寺にはどう考えても問題があるようにしか思えなかった。

『いやいや、問題あるて、そもそも』

『ケネディはんはうちらの生まれた時にはもう死んではったおひとや』


『ジョン・タイターはんの事を嘘やと否定する輩はあちこちにおるが』

『美穂がその時代におることがタイターはんの時間旅行を証明しはってるんやで』


『そ、そうなんかな』


『まだ信じられんと思うけど、晩餐会に呼ばれた美穂は信じてくれはる』

『旭子様、やなかった公子様も、きっとうちに伝言を頼みはるに違いないで』

『「旦那はんに日本の事は手加減して、お守りおくれやす言うてくれえ」とな』


 古相寺は壬生野の思い込みの熱に逆に寒イボが立ちそうに思った。


『ああ、うち茜がちょっと怖うなったわ』


『のろけ話はこれぐらいにしといてやるわ』

『実はひとつ気になる事があんねん』


『何ね?』


『たぶんやで緯度経度だけじゃ偵察機で潜水艦を発見するんは無理やと思うの』


『なんで?』


『緯度1度は111キロ、経度1度は赤道で111キロ、緯度35度で80キロ』


『そないに広いの?』


『当然もっと細かい指示はするだろうけど、測定器の誤差もあるから』

『仮に10分の1に絞れるとしても縦11キロ横8キロの広い四角形や』

『飛行機はスピードも出てるし潜望鏡を見つけるなんて無理っぽいよ』


『せやかてそれが出来んと白岩さんたちが乗り込めんで作戦が成り立たん』


『だから気になっとるんよ。美穂もどうやったら飛行機から』

『潜水艦が見つけられるか、もいっぺんよう考えはってみてよ』


『そう言われてもな、ここはスマホでググる、アヒる(注1)が出来ひんの』

『うちの脳はスマホに8割方貸しとるきに』


『ふふ、口癖出たな。ほなうちが美穂の分も頑張ってみるわ』


『うん、頼むわ。うちも特務員の皆に相談しとくし』


   ○


 白岩は松丸と互いの手が届くように大きな座卓の角に厚さ2センチほどの将棋盤を置いて将棋を指していた。

「おっと戴き、飛車成りの龍で王手と来たで」

 白岩の指が挟んだ駒が盤面にピシリと音をたてて置かれると、松丸の右手が覆うように飛び出して来た。

「あ、待った」

「なんや、おめえは待ったで弾が止まってくれるような仕事をしてるんか」

「だってそこにいるの忘れてたんです」

「注意力散漫だ、そないなことでは特務員失格だな」


 そう批判された松丸はすぐさま切り返した。

「じゃあ白岩さん、また卓球をやりましょう。白岩さんの運動神経がまだ特務員合格レベルか判定してあげますから」

 どうやら卓球での二人の力の上下関係はすでに確定しているらしい。白岩は舌打ちして開き直る。

「チッ、特務員たるものな、普段は体を休めて有事に備えるんだよ。カール・ルイスを見ろよ、練習なんか他の選手よりしないのに金メダル取ったんだぞ」

「へえー、白岩さんはそのカールて人を見たんですか?」

「いや、俺は知らないが館のとと達が陸上の試合見るたびによく話しはっとった」


 そこへ古相寺が割り込んで来た。

「ちょっと白岩さん、よろしいですか?」

 白岩の目尻がにやと笑った。

「なんや、詰め将棋でも教えてほしいんか?」

 しかし古相寺の顔は真剣だ。

「作戦の事です。皆さんにも聞いてもらっていいですか?」

 古相寺の真剣な振りに白岩が音頭を取った。

「よおし、皆、ぐだぐだに丸まった背筋をピッと伸ばして古相寺はんの話を聞こうか」


 特務員たちが座卓を囲んだところで古相寺が述べる。

「話は潜水艦を最初に見つける方法についてです。

 今のところ時刻と座標を指示してそこで落ち合うという方法になっていますが、同僚の巫女からそんなにうまくゆくのかと疑問の声が上がってます。そこで皆さんの知恵を出し合い、より確実な方法について考えて頂きたいと思いました。どうでしょう?」

 白岩が頷いた。

「わしの印象は顔合わせの時、秘巫女様に申し上げた通りや。

『砂漠に落としたコインを翌日になって気付いて探すようなもんや』

 だが秘巫女様から一旦命令が下った以上、死に物狂いで潜水艦に辿り着く。いつもそれでなんとかやって来たんやから、今回も心配ないと思うで」


 古相寺は頷いたが完全同意ではない。

「皆さん、何かもっと確実に、またはより高い可能性で潜水艦を探し見つける案はありませんか?」

 古相寺の問いかけに望月がつぶやく。

「問題はな、潜水艦ちゅうやつは敵の駆逐艦や飛行機に見つかったら深海に潜って逃げ回り辛抱するしかええ手がないんや」

 そこで古相寺は思い付きを言ってみる。

「飛行機は無理ですが駆逐艦なら潜水艦の魚雷で戦えますよね?」

「まあな。ただ敵さんも潜水艦にやられるのはイヤやから2、3隻でチームを組んで行動してるのが普通らしい。するとな駆逐艦一隻を沈めようとする間に自分も他の敵の攻撃を受けることになり勝ち目はほぼないということや。

 だから潜水艦ちゅうやつはなるべく海上に姿を晒したくないんやな。こっちは空からそれを見つけたいんやから大変なのは当然や」


 古相寺が何か思いついたらしく急ににこやかな表情になった。

「あのう、例えば時刻を決めておいて花火を上げたらどうです?」

 一座からクスッと笑いが漏れたが……、

「それはいいですね」

 松丸が全力で褒めにかかる。

「ま、軍事的には花火ではなく信号弾でしょうけど。それを上げてもらえばわかりやすいですよね?」

 松丸の言葉に望月が頷いた。

「まあな、あまり明るすぎては目立たないだろうが晴れてる夜明け、夕方ならわかりやすいかもしれんな」

 白岩が釘を刺した。

「問題は敵にも信号弾を見つける可能性があるという点やな。

 わしたち偵察機は伊号12潜水艦の脇に着水し、伊号12潜水艦は大急ぎで偵察機をクレーンで持ち上げ、主翼を分解して格納筒に入れる必要がある」


 古相寺が驚いて声を上げる。

「分解までするんですか?」

「そうなんや」

「写真で見ましたけど、甲板に艦から発進するためのレールがあるんですよね。その上に乗せたまま落ちないようにチェーンか何かでしっかり固定しておいてサッと潜ればいいじゃないですか? その方が分解より早いと違いますか?」

 男たちがドッと吹いた。

「古相寺、あのな、そんなことしたらな、水圧で翼が折れたり、エンジンに海水が入って錆びてしまい使い物にならなくなるわ」


 古相寺は「そうですか」としょげ返る。

 白岩がさらに説明する。

「格納筒は狭いから主翼は分解して折り畳まんといかんのだが、そのためクレーンで吊り上げてから主翼を分解して格納するまでトータル30分ぐらいかかるだろう。

 その時に敵が飛行機なんか繰り出してきたら格好の標的にされるわけや」

「そうなると信号弾も危うい方法ですか……」

 松丸が言うと古相寺始め一同静まり返った。

 古相寺は沈黙の空気に耐えられずにつぶやいた。

「何か方法が見つかりますよ」

 松丸が同調する。

「そうですね、期待していきましょう」

「わしもあきらめてなんぞおらんよ。いつも石に齧りついてやってればなんとかうまくいくんや、秘巫女様のお力もあるからな必ず良い方向に動くで」

 古相寺はホッと安堵して笑顔を弾けさせた。

「そうですよね、きっとうまくいきますよね。ありがとうございます」


   ○


 伊号12潜水艦の発見方法を巡っていったんは落ち込みかけた古相寺の気分もなんとか上向き、お昼には鴨と九条ねぎのうどんを平らげる頃にはすっかり元気を取り戻した。

 ただ今すぐやらなければという作業があるわけでもなかった。

「それにしても退屈ですね」

 古相寺が一人向かっていた囲碁の盤から顔を上げ窓を見ながらまわりに聞こえるようにつぶやいた。


 客間は地下二階にあるが、一面はいわゆるドライエリアに面して窓が開け、地上からの天然光が差し込み竹が伸びており殺風景を緩和している。


「ちょっと観光してきませんか、渡月橋とか嵐山とか」


 すると座卓に風呂敷を広げて拳銃を分解掃除していた望月が反論した。

「ここに来た時『私達は人目についてはいけません』とか言ってたのは古相寺だぞ」

「ま、確かに言いましたが、私もこの地味な事務服になりましたし、皆さんも国民服が板について怪しまれないでしょう。それに外に出てもこの時代はスマホで写真撮る人もいないし、変な証拠が残るとも思えません。こう言ってはあれですが作戦が始まれば皆さん、死ぬかもしれませんし、二度とこんな観光のチャンスはありませんよ」


 すると白岩が混ぜ返す。

「観光言うけどな、このご時世、外へ行ったってうまいもんなんぞ食えないんやで。まともな団子すらないという話やないか」

 古相寺は苦笑した。

「あ~観光より食い気ですか」

「当たり前や、ここにおればだ、トンネルでつながってる一流旅館の板前が世間には出せない贅沢なうまい料理を作ってくれるんやで。ここは今日で何日や?」

「5日目ですね」

「我が生涯でこんなに毎日ご馳走を食らったのは初めてだでぞ」

 白岩が感慨深げに述べると古相寺も頷く。

「そう言われてみると戦時下とは思えない宮様並みのいい待遇ですから。公子様のおもてなしのお陰ですね。

 ただ白岩さんたちは潜水艦に乗ってしまったら一週間後からは寝ても覚めても缶詰ばかりだと言ってましたっけ」


「うわあ、言わんといて。考えただけでぞっとするわ」

 白岩が寒気でもするように両腕をさすって言うと古相寺が笑った。

「その言葉づかい、ちょっと気ぃつけて下さいよ。仮にも参謀本部の将校として乗り込むんですから。あの人のしゃべりからして、大阪にいてる縁台将棋のおっちゃんじゃないんかと疑われては帝国海軍の錨が腐って海の底に沈みます」

「ふん、こう見えてもな、わしは東京弁得意なんやで。本番に強いタイプやから安心しいや」


 矢吹が立ち上がった。

「松丸君、焼きのまわった中佐爺は放って、卓球しに行こうや」

「あ、はい」

 二人が立ち上がると白岩が声をかけた。

「ちょっと待てや」

「おっ、また負ける気になりましたか?」

「わしは大佐や。艦長が中佐やからわしが大佐の方が命令下達に問題が起きずに丸く収まるからの、そこだけ厳しく注意しとく」

「なんだ、腰は立たないんですか。了解しました、大佐殿、艦長より偉い大佐殿はそこで休んでてください」


 矢吹と松丸が連れ立って戸を開けようとした時にちょうど事務員の酸漿さんが入って来た。そこで矢吹が問いかける。

「やあ、どうしはりました?」

 古相寺も思わず立ち上がった。

「ちょうどよかったわ。四時にね、海軍から特務員が来られると電話が来ましてん。その時には部屋におって下さいな」

「それはどうも連絡ありがとうございます」

 古相寺が礼を言うと、酸漿さんが笑った。

「あんた、事務員の服がえらいぴったりやわ、何やら一緒に働きたいわ」

「ありがとうございます。今回は私も特務員さんの連絡係を仰せつかってますので、その機会には是非ご一緒させてください」

「そうか、じゃあそん時はうちを手伝うてな」

 矢吹と松丸は「酸漿さん、まだ2時間あるからうちらは卓球してきます」と言い酸漿さんを追い越して出て行った。


  (注1)アヒるとは検索をgoogleやyahooでなくDuckDuckGoを使ってすること。検索結果に偏向がないので真実を調べる際に重宝する。

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