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八咫烏のタイムダイバー  作者: 銀河 径一郎
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第5章 タイムダイバー隊出発

 桜受家最奥殿でのタイムマシン派遣隊の顔合わせから一か月が過ぎていた。

 タイムマシンC205型重力歪曲時間転移装置と搭乗コード端末機が完成し桜受家の技術部による本格稼働試験が始まった。


 今日は手始めに14時44分にアラームがセットされた目覚まし時計とポットと万年筆の3点セットを14時43分の過去に送り、4分間滞在させた後に再び現在に呼び戻すという実験が行われるところだ。当然、目覚まし時計は過去で誰かに止められなければ鳴り響いた状態で帰還する筈である。


 タイムマシン装置本体は神社と隣接する学校との境界にある長さ8メートル、奥行き5メートルの物置小屋の中にある。

 タイムマシンの稼働にはまず装置の中心に小さなサイズのカー・ニューマン・ブラックホールを作り出すのに30分、さらに回転と電圧を上げて同じサイズの極限ブラックホールに成長させるのに15分かかる。


 一般にタイムマシンと聞くと乗り物の中に乗り込むイメージを持たれるだろうが、このように小さいが危険なブラックホールを扱うので、重力歪曲時間転移装置では人は装置の外側に出来る特異点のドーナツのさらに外側に立ってワープするのである。

 具体的には装置の中心半径6メートルの円上、小屋外側にある搭乗コード端末機の近くの物体がタイムワープされるという仕掛けになる。

 ということで小屋から半径6メートルの円周には赤いビニールテープが釘付けにされてその内側にある東屋の池のほとりに3点セットが搭乗コード端末機の半径1メートル以内にひとまとめにされて置かれた。


 地下三十階にある最奥殿横の事務室には秘巫女の旭子や古相寺をはじめとした十名の巫女たち、そしてタイムマシン派遣隊の男性4人、技術部の島崎部長と部下二人が60インチのモニターを食い入るように見詰めている。


 事務室の壁時計が14時58分を告げていた。

 背の高い島崎部長が腕時計Gショックを確かめて旭子にリモコンを渡した。

「それではカウントダウンに移ります。秘巫女様はゼロでスイッチをお願いします」


 技術部の部下がカウントダウンする。

「10、9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

 旭子はリモコンのボタンを押した。


「押したわ」

「ありがとうございます。システムスタートしました」

 地下の高圧線を通しておそらく京都府全体が2時間で消費する電力がほんの一瞬で地下にあるフリーエネルギー充電池を使って供給された。

 物置小屋を映し出してるモニターのスピーカーからモーターの唸るような音が聞こえ、扉や閉じられた雨戸と壁とのわずかな隙間から光が漏れ出た。


 かと思うと黒い霧が小屋の中央から湧いてきて次第に濃くなってゆき、両端以外の小屋の中央部をすっかり覆い隠して池のほとりにある3点セットの1メートル手前まで迫っている。しかし3点セットは動く気配も消える気配も見えない。そんな状態が30分も続いた。


 すると古相寺が大きな声で元気づける。

「皆さん、大丈夫ですよ、これがカー・ニューマン・ブラックホールですから」

 だが、かえって巫女たちから不安のささやきが漏れ出した。


「島崎、これでよいのか?」

 おもむろに旭子が技術部部長に尋ねると、部長は笑顔で答えた。

「ええ、ご安心ください、これは正常のプロセスです」


 壁時計は15時40分になった。

 黒い霧は次第に濃くなってゆき水平方向に自転してるように見える、長さ50センチほどの小さな稲妻が外に向けて光を放つ。巫女たちのささやきがざわめく。

「島崎、これでよいのだな?」

「はい、カー・ニューマン・ブラックホールのエネルギーが上がり極限ブラックホールが完成しつつあるのです。もうひと息です」

 

 するとどこからか枯れ葉が数枚風に乗ってやって来た次の瞬間、搭乗コード端末機と目覚まし時計とポットと万年筆がふわっと宙に50センチも浮き上がった。

「あーっ」

 皆が一斉に声を上げると、搭乗コード端末機と目覚まし時計とポットと万年筆はびょーんと小屋の長辺方向に30センチほど伸びたように見えた。

 菊高があり得ないと叫びそうになった瞬間、それらは音もなく空中に消えてしまった。

 壁時計は15時43分。搭乗コード端末機と3点セットはちょうど1時間の過去に飛んだ筈である。

 物置小屋の中央は依然として黒い霧に包まれている。


「島崎、うまくいったのか?」

「はい、おそらく。現在端末からの信号がありますので消滅した訳ではないです。今から3分後に戻るようにセットしてあります」


 壁時計が15時44分を示してるのを確かめてみんながモニターに映し出された東屋の池のほとりを注視した。

 

 時計が15時47分を過ぎた。

 不意に地上50センチの空中に搭乗コード端末機と目覚まし時計とポットと万年筆が現れた。目覚ましがけたたましく鳴り響いている。それらの形は伸びた状態だったがすぐに縮んで正常に戻り、地上に落ちた。

 拍手と歓声が沸き起こった。

 地上にいた技術スタッフが駆け寄り目覚ましのベルを止めた。


「秘巫女様、実験成功です」

「でかしたな」

「秘巫女様、我らも安心して仕事が出来ます」

 タイムマシン派遣隊の男4人はガッツポーズをした。その輪からすっと抜け出した松丸は古相寺のそばに歩み寄って手を差し出し、白い歯を見せて言った。

「これで行けますね。よろしくお願いします」

 古相寺は壬生野に「ほら」と手首をつかまれ押し出されて、松丸と握手した。

「あっ、はい、宜しくお願いいたします」

「じゃあ、また」

 松丸はさわやかな笑顔を残して去った。


「美穂、どないや? 恋人と手を繋いだ感じは?」

 壬生野がからかったが、古相寺はしらばくれる。

「し、知らんよ、なんとも思ってへんもん」

 そう言いながら、すぐに手でさかんに顔を扇ぐ古相寺だった。


 稼働実験は順調に進み、次第に目標時を遠い過去へと広げてゆき、5年前に送り出した3点セットを呼び戻す実験も成功した。




   ○


 

 いよいよ明日の出発を前に、その夜は同僚巫女たちが本部内にある食堂に集まり古相寺を送り出す送別会が開かれていた。


 本部内の食堂は夜8時で終了なのだが、今夜は特別に頼み込んで貸し切りにしてもらった。居酒屋も本部内に数軒あるのだが、そちらは他部門の目と耳があるため思い切り騒げないから食堂になったのである。秘巫女の旭子は最初に挨拶してお神酒で乾杯すると、金一封を最年長の奥山紅葉に渡して帰ってしまった。

 

 奥山女史が酔っぱらった声で演説する。

「二日酔いなんて許しませんよ。皆さん、明日もちゃんとお勤めしてもらいますからね」

 皆は適当に「イエー」と声を上げて拍手する。

「あなたたちはもう最初にお神酒を飲んだんだから、ウイスキーはダメよ、ちゃんぽんは悪酔いするからね、ビールにしてトイレでサッと出せば悪酔いしないから」

 すると早くも酔いのまわった古相寺がろれつの定まらない舌で言う。

「えへー、そうなんれすか、締めにちゃんぽんわ、だめれすかあ? うち、ちゃんぽん好きやのに」


 すると菊高麗子が腕組みして言い放った。

「古相寺、あんた、また変な事言ってはるし。この前、あんたがタイムマシンの変な説明した噂が漏れて、天神結社の知子様にお小言を頂戴したそうやないの。あんたのせいで桜受家の評価が下がったりしたら、うちにとってえらい益体(やくたい)やわ、気ぃ付けてよ」


「ろめんなはい、きったかさん」

 古相寺が謝ると、さらに菊高はさらに1センチ顎を上げた。

「そもそもなんであんたみたいな巫女としての出来が今ひとつ、いえ今ふたつ、いえ今みっつな方が、大事なタイムマシン派遣隊に選抜されたのかが意味不明やということやわ。

 旭子様は素晴らしい秘巫女様やけど、今回の選抜については疑問が残るわ」

 菊高はフーッと溜め息を吐いて古相寺を見詰めた。


 古相寺はてっきり菊高自身がタイムマシン派遣隊に入りたいのだなと感じて提案した。

「あの、もひよろひければ私から一生懸命旭子様にお願い申ひ上げて、菊高さんに替えてもらいまひょうか?」


 すると菊高はぎゅっと腕を掴んでた手に力を入れて「私はそんな事を言ってるんじゃあらへん」と叫んだ。


「あんたがそないな事を言うたとしても、すでに次期秘巫女と皆さんに噂されてる優秀な私に、そんなん帰って来れへんかもしれん危険な役目なんか旭子様が任せる筈がないでしょが。そうではなくてな、惜しみない者を選ぶにしても、あんたよりもう少し良い人がいるんやないかと感じただけやわ」

 この言葉にはさすがにちょっと鈍いとこのある古相寺もしなだれて涙目になった。


 壬生野が古相寺の肩を抱いて撫で、菊高に振り向いた。

「ちょっと菊高さん、あんまりやで。

 美穂はあんたに比べたら足りてないとこはあるかもしれへんやけど、性格はあんたよりずっといいしな……。相手ん立場にたって思いやるとこは巫女ん中でも一番やて、うちはよう知っとる。これ以上美穂ん悪口しゃべるならな、馬と鹿の頭で蠱物(まじもの)してあんたん脳みそをおバカの脳みそに入れ替えてやるわっ」

 菊高も言い返す。

「ふんっ、そんな外道の術にうちがやられると思うてんの」


 と突然、奥山が大声を出した。

「そこおっ、喧嘩してると、旭子様に報告してタライを抱えさせるわよ!」

 賑やかにしゃべってた室内が一瞬で凍り付いたように静かになった。

 タライとは巫女たちにとってへたすれば大火傷を負う危険のある恐ろしいお仕置きだった。

 菊高は素早く「喧嘩じゃありません、ご心配なく」と声を上げた。そしてそつのない優等生らしく古相寺と壬生野に向かって「少し言葉が過ぎたところがあったら謝りますわ」と軽く顎を引いて見せた。

「きったかさん、これからもずっと仲良うひてくらさい」

 古相寺は嬉しそうに言った。壬生野は相手を疑う事を知らない古相寺に少し呆れたものの、そんな古相寺のまっすぐな性格に強く憧れ、ずっと応援してゆくんだという自分の決心を確かめると何やら誇らしい気持ちが沸き上がるのだった。


「美穂、いよいよ明日、出発やけど困った時や、ううん、何もなくても毎日遠慮せいで言っておいで。私もいざちゅう時は、美穂んところ、飛んでゆくつもりでおるしな」

 壬生野が言うと古相寺が突然、鼻の下をこすって笑う。

「美穂、どうかしたん?」

「だってえ、言っておいでとか情弱なことをいわれても困っちゃうでな。うち、技術ん人に聞いたんやけどタイムトラベルしたらスマホは使えへんだって。わかる? つまりね、メールもLINEもツイッターもインスタもつながらんのんよ、茜は知らんかったのね」

 古相寺は生まれて初めて自分が親友の壬生野の往生する顔を見る番だなと身構えたが、壬生野は別の意味で「えーっ?」と声を上げた。

「もしかして、美穂はあのコード端末機で短いメッセージを送れるんを知らへんの?」


 壬生野に言われて古相寺は白目が全周に見えるほど目を開いた。

「えっ、なん? あの小さい機械で、そないなことが出来はるん?」


「知らんかったんかい? そやから毎日メッセ頂戴ゆうてんよ」

 壬生野が突っ込むと古相寺は飛び上がった。

「ほうか、やったあ、これでちびっとは寂しさも紛れるんね。すごいわ!」

「美穂はほんに天真爛漫のかたまりやな、可愛らしゆうてええわ」

「よし、そうと決まればもっとビール飲もうな」


 古相寺がテーブルに並んでるビール瓶の前まで行って持ち去ろうとすると、奥山がその手を捕まえた。

「古相寺はもう飲んだらダメや。あんたは明日は大事なお勤めなんやからな、アルコールはもう打ち止めや」

 古相寺の眉間に二条城の屋根のように眉が寄った。

「そんなあ」

「古相寺は間違っても二日酔いになれへんのやで。もし古相寺が二日酔いなったら監督のうちまでタライのお仕置きに決まりや、そんなん勘弁しといてくれな」

 古相寺はムッとしたがそれを堪えて訊いた。

「ほな、たこ焼きとたい焼きとおはぎとチョコをありったけもらってええですか」

「うん、そっちゃは好きなだけ持っておゆき」

 古相寺は壬生野も呼んでお菓子をたっぷり抱えた。


   ○


 いよいよタイムマシン派遣隊出発の日が来た。

 秋の空は風が時々、強く吹くものの高く晴れ渡った。

 旭子が壬生野ら十人もの巫女を従えて神社の小さな宝庫となってる桜受家の地上口から出ると、たまたま境内を歩いていた巫女が思わず声を上げた。

 あそこは使ってないと教えられていた宝庫から知らない巫女達が出て来ただけでも驚きだが、一番偉そうな巫女は尋常でないオーラを放っている上に、十二単衣のうちの何枚かと思える艶やかな衣に絹の薄衣を天女のように羽織っているのである。その旭子がそっと頷くと、神社の巫女は深々と礼をしたまま動けなくなった。

 奥山、菊高が目も合わせずに通り過ぎる。

 神社の巫女は地下に別系列の一般参拝できない秘密の神社があるのだとは教えられていた。滅多に地上には姿を見せないが、もし宮司や巫女をお見かけしても話しかけたりせず無礼のないように距離を置きなさいと注意されていたのだが、実際会ってみたらどうしてよいかわからない。

 

 そこで壬生野が声をかけお辞儀した。

「ご苦労様でございます」

 神社の巫女はホッとして会釈を返し本殿の方に足早に立ち去った。


 旭子たちは広い庭の中に池に面した東屋にたどり着いた。すでに腰かけて待っていた五人の男と古相寺が一斉に立ち上がった。いよいよこれから太平洋戦争の真っただ中にタイムトラベルするのだ。

「皆の者、ご苦労じゃな」

 旭子が声をかけると、一同から「はっ」と切れの良い返事がくる。


 男たちは国民服といわれた陸軍カーキ色の布地の服にズボンの裾はふくらはぎ全体をゲートルと呼ばれた包帯のような帯でグルグルと巻き絞っていた。しかし、古相寺はクリーム色にピンクが入ったスポーツウェアの上下である。

「男たちの服はよいとして、古相寺は目立ちすぎではないか」

 旭子が言うと古相寺は睨み返す勢いで言う。

「だって死ぬかもしれないのに、おしゃれもできないなんてあんまりです。せめてこれぐらいはお許しください」


 するとタイムマシン派遣隊の服装の時代考証役を務めた巫女の塔柿杏子が明かす。

「憲兵に睨まれたら損だから地味なモンペにしろと言ったのですが、言うことを聞かないのです。そのうえ、昨夜、部屋を覗いたら『明日から木の根っことすいとんしか食べられないんだから』とたこ焼きとたい焼きとおはぎとチョコを鼻血を出しながら自棄食いしてました」

 告げ口に古相寺は頬を真っ赤に染めながら言い訳する。

「だって死ぬかもしれないのに、木の根っことすいとんじゃあんまりです。だから可能な限り食いだめしようとしたんです」

 旭子は呆れ顔になったが、今日ばかりは責めることはしなかった。菊高はひとこと言ってやりたい顔をしてたが空気を読んで黙り込んだ。


 そこへ技術部長の島崎が近寄ってくる。背が高く胴も長いためなのか作業着の上着が短すぎる。

「島崎、タイムマシンは問題ないな?」

「はい、既にアイドリングに入り、最終チェックも済ませました」

 旭子は神社と隣接する学校との境界にある長さ8メートル、奥行き5メートルの物置小屋に目をやった。すでにシステムが運転を始めているため小屋の中央部にはすっかり黒い霧がまとわりついて覆っている。


 東屋で円陣を囲んだ一行が手に盃を持つと奥山と壬生野が徳利で注いでいった。注いでいるのは酒ではなく水である。全員に水盃が行き渡ったのを見極めて旭子が述べた。

「皆、準備は抜かりなく出来たようじゃな」

 旭子が問うと、一斉に「はっ」と声が返った。


 五人には昨日の昼に旭子から一人ひとりを呼び出して作戦参加意思の最終確認をしてあった。もちろん辞退したとて勤務評価は今のまま下がることもないし、もし心残りがあるならむしろ辞退してくれた方がチーム全体が互いに安心できるから遠慮はいらないぞ。そう趣旨を伝えてからの確認だったが……。


「一人も欠ける事無くこの原爆阻止作戦に参加してくれて大変嬉しく思うぞ。

 後世に語り継ぐためにそなたらを桜受のタイムダイバー隊と名付ける」

「タ、タイムドライバーですか」

 白岩が本当にぼけたのか場を和ますための冗談かわからぬように言うと、壬生野がすかさず訂正する。

「ドライバーではなくダイバーです。スキューバダイビングが海に飛び込むものなら、皆さんは時間に飛び込むタイムダイバーです」

 すると古相寺が元気に言う。

「なんだか戦隊ものみたいで、すっごく気に入りました」

 そのひと言で男たちのど緊張がぐっと和らいだ。古相寺の神経はなかなか太いようだなと旭子は微笑んだ。


 旭子が言葉に力を込めた。

「そなたらは間違いなく大役を果たして20万の無辜の民を救うてくれるであろう事、吾にはもう見えておる。

 あらかじめ礼を申しておく、ありがとう」

 旭子が頭を垂れるとタイムダイバー隊員が揃ってお辞儀した。

「現場は物資の不足した時代状況ゆえ、当初の計画を修正せねばならない事も多々あるだろうが、臨機応変に対処してくれよ。

 ただ手回りの小さき機材なら持ち込めると聞いて安心した。工夫して当たってくれよ。

 体調を崩さぬように気をつけよ。

 またこのような事を軽々しく口にしたくないが、そなたらが作戦遂行のために敵前に屍となって弁慶のように立ちはだからねばならぬ時もあるやもしれん、それでも頼むぞ」

 旭子は感極まって涙声になった。

「しかし任務を終えれば、たとえこの時代に戻れずとも、いつかは皆死ぬるぞ。その時はあの世で吾とともに今度は水盃ではなく最上の酒を飲み交わし昔話に花を咲かそうぞ。

 吾も死ぬる時は自慢のそなたらの手柄話を楽しみに死ぬるでな」

 これには命知らずの男たちも感極まって「もったいない」と涙を流した。


   ○


 島崎部長が「皆様、搭乗コード端末機の時計を確認ください」と言った。

 五人は腰に巻いたカーキ色のウェストポーチの覆いを開いた。そこには緑色の液晶数字があり、SET TIME TO MOTHER とか SHOW PROGRAMED PLACE & TIME などと表示されたボタンが7個並んでいる。

 液晶には行く先の時刻である 1944Y 10M 15D  15:00 が表示されている。地理的にも好きな地点に移動可能だが、今回は同じ神社の境内の座標が表示されているようだ。

「ではSYNCHRONIZE と書かれた黄色いボタンを押します」

 すると六個の端末の液晶数字が一斉に親機のタイミングでぐるぐるとめまぐるしく動き点滅し始める。

「数字が一桁になったら読み上げてください」

 と次の瞬間、ピコーンと音がして秒表示がゼロゼロになり、五人は声をそろえて秒を数え始める。

「ひと、ふた、みい、よー、いつ、むゆ、なな、やー、ここの、たり」

 島崎部長がすかさず言う。

「あと9分50秒でワープします」


 そこで白岩が旭子に挨拶する。

「秘巫女様、それでは桜受のタイムダイバー隊、出動します」

「うむ、頼むでな」

 旭子が頷くと、五人の隊員たちは地面に釘で打ち付けられたテープが描く円弧に沿って互いの距離を取って並んだ。安全のため一人の占める空間は半径1.3メートルまでとマニュアルにあり、隊員たちは隣の者と2メートル近く離れた。

 映画「ターミネーター」のタイムマシンでは全裸の格好で送り込まれていたが、幸い桜受家のタイムダイバー隊は服を着たまま替えの服と下着の入ったナップザックを背負い、搭乗コード端末の入ったウェストポーチを腰に巻いたままである。変わった携行品としては矢吹や松丸、望月はドローンやスマホ、太陽光発電板などを携行してゆく。古相寺はこっそり口紅と基礎化粧品、日焼け止めを持った。


 東屋でタイムダイバー隊を眺めていた旭子は島崎部長に尋ねる。

「この前の実験では地下にいたが、近くにおってもよいのか?」

「大丈夫です。米国のビデオを見ましたが搭乗端末を持った者だけがワープし、持たない白衣の研究者は親機に近くてもそのままなのです」

 島崎はそう言うとデジタル腕時計に視線を落とし、部下が「あと30秒です、28、27、26、25、24」とカウントダウンを始めた。

 小屋の中央を包む黒い霧は次第に濃くなってゆき自転を始め、小さな稲妻が霧から外に向けて光を放つ。

 島崎が叫んだ。

「カー・ニューマン・ブラックホールが極限に達します」

 

 さすがに男たちは緊張に満ちた引き締まったいい顔で秘巫女を見つめていた。ただ古相寺は何を思ったのかVサインを裏返して頬にあて首を傾げている。


 旭子が意識を読むと(永遠の別れかもしれないのに真面目にしてるのはきつすぎだからこうしてやる。悪気はないのはわかるけどどうして私が派遣されなければならないのか納得いかないもの。特務員の方だけでよいような気もするもの)という思考が読めた。

 旭子は先方には読み取れないのを承知で念を古相寺に送った。

(仕方ないのだ。この仕事は熱意があり、物怖じを知らないお前でなければうまくゆかない。こらえてやり遂げておくれ)


「9、8、7、6、5、4、3、2、1、0」

 島崎の部下のカウントダウンがゼロに達すると、つむじ風が通り抜けたと思った瞬間、5人の隊員たちの体が宙に50センチも浮き上がった。

 だが今までの実験を見てきた隊員たちは声をあげるでもなく、冷静に旭子の方を向いていた。

 次は伸張が起きる筈だと旭子が考えていると、隊員たちの体はびょーんと小屋に並んだ方向に50センチほど伸びた。

 さすがに東屋の巫女たちから小さな悲鳴が起きた。ただ菊高だけは(こんな危険な派遣は馬鹿げてるわ)と冷ややかに眺めている。

 

 次の瞬間、隊員たちの姿は音も声も立てず跡形もなく消えてしまった。


 後には風が運んだ枯れ葉が次から次へと飛ばされて来ては、またどこかへと去ってゆくのみだった。



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