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八咫烏のタイムダイバー  作者: 銀河 径一郎
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第2章 古相寺さんの重大事件



「あ~あ、なんで私が行くの~? タイムマシンなんてヤやわ~~」


 クリーム系のタートルネックセーターにジーンズという平凡な私服の古相寺はソファーで手と足を同時に上下に振り揺すり喚いている。

「旭子様が決めたんですから、しょうがないではありませんか」

 キッチンから壬生野が声をかけた。


 ここは八咫烏結社桜受家の地下三十階建ての本部内地下九階にある居住区だ。

 太陽光がドライエリアにしか入らない点を除くと普通のマンションの若者向け1Kと変わらないが、今はもう秋の夜七時なので外は暗い。

 巫女の勤務を終えた二人は本部内にあるコンビニで弁当を買って今、壬生野の部屋で食べ終えたところだ。地上コンビニチェーンの揚げ物ばかりの弁当と違い、本部内食堂に勤める栄養士のお母さん達が作ってくれる和定食なので美味しいだけでなく健康志向で安心できる。

 トレイにカップと紅茶ポットを乗せた壬生野がゆっくりとした足取りで進み、ソファーの隣に座ると、古相寺は足を引き寄せてソファーの上で体育座りになる。

「しょうがなくない~っ」


 壬生野はポットを持ちふたつのカップに注いでやる。香りが湯気とともに立ち上がり二人にささやかな癒しをもたらす。

「美穂、どおぞっ」

 美穂は古相寺が小学校に通う時に自分で決めた名前だ。桜受家では全ての民が桜受家に直属なので強いて言えば桜受古相寺が姓名にあたるが、桜受の名を秘した古相寺に自分で美穂と名を加えたと考えてもらってもよい。壬生野がその名を呼んでカップをテーブルの古相寺側に置いて淡いピンクの縁どりの眼鏡をすっと指で上げると、古相寺は「ありがとー」と言って両手で包むように持ち上げた。


「だけど私なんかじゃ茜に申し訳ないよ」

 茜というのが壬生野自身が名付けた名前である。

「いいんだよ、私は」

「よくないって、ずっと茜はタイムマシンに乗りたがってたじゃない、たしか中学生ぐらいから言ってたよね」

 すると壬生野はちょっと首を傾げて訂正を入れる。

「タイムマシンに乗りたいて言い出したのは小学校五年からかな。ケネディーに会いたいて思ったのは中学二年だけど」

 普通に聞いてればあり得ない話だが、結社の娘達は社会常識の洗脳や決めつけから自由な面があるのだ。

「そんなタイムマシンに熱い茜を差し置いてさ、巫女として一番出来の悪いアタシが派遣されるなんておかしいっしょ?」

 壬生野はうっかり素直に頷きかけて「うっうううん」と首を横に振った。縦に動きかけてたのを急に横に振ったせいか首が痛い。

「そっんなことないよ、美穂ちゃんはよくやってるよ」

(慌ててフォローしちゃった、あざとくてばれたかな)

 壬生野は紅茶を飲みながらちらっと古相寺を盗み見たが、どうやら気付いてないようだ。

(鈍感だなあ、でもそのおおらかなとこが美穂の長所なんだよね。羨ましい、ビビリな私に半分、わけてくんないかな)

 と思いながら壬生野は高校2年1月に起きた神咒式術実践講座の時の古相寺の大失敗を思い出す。


   ○


 あれは二人が高校二年の冬。

 結社の巫女は神社でお守りを物販してるようなバイト巫女とは全く違う。時には結社を守るため、時には天子様を守るため、最近では陰謀による人工地震から国を守るために、霊的結界を張ったり、敵の結界を解いたりと様々な神咒式術を駆使し実行しなければならないから真剣そのものなのだ。

 そのため中学生ぐらいで結社の女子は揃って巫女の基礎教育を受け、三年かけて選抜されて素質のある者は高校入学と並行して正式の巫女修行が始まる。じゃあ男子が楽でいいかというとそうはいかない、男子は男子で結社を守るために武闘術の厳しい訓練を受けなければならない。その中から素質のある者が特務員にスカウトされる点も同じだ。


 さて、そんな巫女修行の中でも高度な術に入る 十種 神宝 神咒 というものがある。

 これは正式に行えば死んだ者を甦らす事も出来るという霊験すさまじい式術だ。

 ただ必要な十種の神具を揃えるのが大変で、瀛都鏡おきつかがみ、邊都鏡へつかがみ、八握剣やつかのつるぎ、生玉いくたま、死反玉まかるがえしのたま、足玉たるたま、道反玉みちかえしのたま、蛇比禮おろちのひれ、蜂比禮はちのひれ、品品物比禮くさぐさもののひれ、これらにひとつひとつに魂を入れ、さらに死んだ者の魂を召喚して神咒を正しく唱え聞かせなければならない。


 この式術を伝授出来るのは桜受家でも数名しかいないが、引退してる巫女や先代の秘巫女の手を煩わせるのは心苦しいし、旭子も最新の巫女候補の様子を把握しておきたい気持ちがあった。

 そこで今日は旭子が助手の巫女橋口を伴い、直々にきらびやかな秘巫女の正式衣装で講師にやって来ているのだ。

 もちろん結社の娘たちにとって秘巫女はなれるものならばなってみたいという憧れの存在ではある。しかし、それが実習の先生で自分に評価が下されるとなると、ほとんどの生徒たちは憧れよりも緊張と恐怖でガチガチになってしまっていた。


 講師の旭子が魂を入れた十種の神具を並べたテーブルに、名札をつけたジャージ姿の生徒が一人、甦らせる対象のハムスターを乗せたトレイを持って来る。ハムスターを甦らせるといってもたかが結社講義でいちいちハムスターを死なせていてはむしろ教育的に問題があるので、死なせたものではなく冬眠させてあるハムスターを使う。

 そこで生徒は指で秘伝の印形を作り、暗記してきた神咒を唱えてハムスターの霊を呼び覚まし、さらに神具からの霊力を作用させるという実習だ。


 ハムスターはうつ伏せで、まるで死んでるかのようにぴくりとも動かない。

「では壬生野さん、始めなさい」

 旭子に促された壬生野は「はい」と返事して指を覚えた形に組み、覚えた神咒を唱え出す。指に力が入りすぎて合わせた指の表面が白くなってゆき、眼鏡が立ち昇る息で曇ってゆく。


 神咒のポイントは一般に簡略版が知られたひふみの正式な数詞で、『一二三四五六七八九十瓊音 布留部由良由良 由良加之奉 』にあり、これを正しい古代の発音で唱えられた時、神霊界の神具の玉がゆらゆらと揺れては互いに当たり合い弾き合う、なんとも言われぬ美しく凛々たる旋律を奏でて死者の魂をこの世の体に引きずり込み瞼を開かせるのだ。


 壬生野は次第に神咒を大きな声で唱え続けた。

「由良由良と祓ひ 由礼由礼と祓ふ

 比礼比礼と清め 比良比良と清めよ」

 すると突然に、

 ハムスターはぶるっと身震いし、つぶってた目をパッと開いた。


 ハムスターの神経に見えない小さな雷が落ちて血流が堰を切ったように活発化したのだろうか。聞き耳をしっかりと立てたハムスターはつぶらな瞳で周囲を見回すとひげをもたげてちょろちょろと動き出した。


 ワーッ! すごい!

 見物してた生徒たちから歓声が上がり拍手が起こる。

 実は旭子も後ろでこっそり念を送ってやるので間違いなく神咒を唱えられれば確実にハムスターは冬眠から覚醒するのだ。


「おめでとう、見事でしたよ」

 秘巫女の旭子が褒めると壬生野はポーと上気した頬で礼を言いお辞儀する。

 旭子は頷いて受け止める。今回の式術はいわば冬眠覚醒用の簡易版だ。本当に死者を蘇らせる式術の全てはまだ教えるわけにはいかない。しかし、このように成功体験を与えてやったことでこの子らも自信を持つであろう。子供にはそれが何より大切なのだ。


「時間はどう?」

 旭子が聞くと助手の巫女橋口は「13分21秒です」と答えた。

「10分を切ったのは菊高さん一人だけね」

 旭子のつぶやきを聞いて菊高麗子はふふと微笑んだ。隣の同級生達が褒めそやす。

「麗子さんは先代の秘巫女さまの姪やから当然といえば当然やわ」

「うちも旭子さまの次の秘巫女は麗子さんで決まりやと思うとるよ」

 菊高は傾げた頬を手で支えて照れて見せる。

「やだ、困りますわ、まだ正式な巫女になる前からそんなプレッシャーかけられては」


 次の生徒は古相寺だった。どのクラスにも一人はいる、順番を逃げて逃げて一番最後にまわってしまうタイプ、それが古相寺だ。 

 古相寺はトレイにうつ伏せになったまま動かないハムスターをじっと見詰めていた。その目には本気で心配してるような真剣さが浮かんでいる。

(美穂、がんばって)

 壬生野が古相寺の横顔に無言の声援を送った。


「では古相寺さん、始めなさい」

「はい」

 旭子に促されて古相寺も指を決められた形に組み、ゆっくりと神咒を唱え出す。

 見物している生徒と助手橋口は古相寺の式術が10分を切れるか注目していたが、ハムスターはぬいぐるみのようにじっとしている。

 やがて生徒たちの間に沈黙のうなずきが広まった。

(やっぱり10分は切れなかったね)(ま、そうなりますわ)


 古相寺の神咒を唱える声は次第に小さくなってゆく。

(あれ、なんかおかしくない?)

 生徒たちのあちらこちらから、かすかなざわめきが生じた。

 古相寺の声はゆっくりと小さくなってゆく。


「古相寺さん」

 旭子が声をかけても古相寺は答えず、その代わりゆっくりと前傾してテーブルに額をつけ鼻をつけ頬をつけてしまった。


「やだ、この子、寝ちゃってる」

 助手の橋口が古相寺の肩を起こそうとしてそう告げると、旭子は古相寺の息を確かめて無事を確認した。

 一体、何が起きたのかを思い巡らすと旭子は生徒の群れを見回して、菊高麗子を見つけ出して聞いた。

「菊高さん、あなた、何かしてないわよね?」

 式術の補助に徹していた旭子にはっきりと察知出来たわけではなかったが、もし神咒を術者に逆に返す高度な秘術を行えるとすれば菊高麗子に違いない。


 菊高は腕組みしてた手を胸の前に挙げると左右に大きく振った。

「えっ、私が? まさか、神咒返しですか?

 そんなこと出来ません。仮に出来たとしても動機がありませんわ。

 古相寺さんのような、こう言ってはあれですが、あまり式術の出来がよろしくない方をわざわざ苛めても少しも面白くないではありませんか」

 旭子は菊高の意識を読もうとしたが(きっと古相寺さんは徹夜して神咒を覚えたので、疲れて本番で寝込んだんだ)という台詞がびっしりと繰り返されていた。それはまるで琵琶法師説話で耳なし芳一の全身に鬼を避ける経文が隙間なく書いてあるのを思い出させたが……。

「それもそうね」

 旭子は一応納得するとそれ以上の詮索はしなかった。


 古相寺は脈を確かめても大きな不調はなさそうなので、スケジュールのタイトな旭子は帰ることとし、助手の橋口と親友の壬生野を残して生徒達を帰した。


「美穂、大丈夫かな?」

 壬生野のつぶやきに橋口が応じる。

「まあ落ち着いてるようだし大丈夫でしょう。この式術も本格的にすると術者はものすごい体力を消耗するのだと旭子様も言っておられましたから、古相寺さんが特別疲れやすい体質だったのが原因かもしれませんね」


 しばらく様子を見ていると古相寺は不意に頭を持ち上げ、何事もなかったように両拳を広げ伸ばしてウーンと唸って目を覚ました。

「あれ、今、何時? 本部の講義室? なんか特訓があるんだっけ?」

 橋口が吹き出した。

「古相寺さんたら、何も覚えてないの?」

「美穂、神咒を唱えててそのまま寝落ちしたんだよ!」

「えっ、えっ、何の神咒だっけ?」


 橋口が「ほら、冬眠してるハムスターを起こす十種神宝神咒よ」と言うと、古相寺はようやく思い出して叫んだ。

「そうだった、ハムスターが気持ちよさそうに寝てたからね、あの眠気が伝染してきて私も寝込んでしまったんだよ」

「はっ? アハハハハッ」

 いよいよ橋口と壬生野が噴き出した。

「そんなあ、あり得ないっしょ」

「人間同士なら眠気の伝染はたまにあるよね。けどねえハムスターから伝染して寝込んだなんて、美穂ちゃん、人類初かもしれないよ」

 ケラケラと笑う声が講義室に響き、古相寺は真っ赤な顔になりいたたまれなくなって叫んだ。

「もう、やめてよ」

 二人はびっくりして笑い声を止めた。

「今のは絶対秘密にして、お願い」 

 古相寺が柏手を打って拝むので橋口と壬生野はひきつりそうな笑いを裂いて止めながら「うん、うん」と頷いた。

 これが桜受家秘史に残る古相寺神咒寝落ち事件の真相である。


   ○


 古相寺のティーカップが空になったようだ。

「もう一杯どうや?」

 壬生野は頷いた古相寺に紅茶のお代わりを注ぐ。

「それにしても旭子様はどうして私なんかを選ばりはったのかな?」

 古相寺はまだ納得がいかないのだ。

「秘巫女様が決めはったんやから桜受家では絶対やき」

 壬生野が言うのに、古相寺は話を袋小路に追い込み始める。

「あ、もしかして危険だから出来の悪いうちにやらせた方が万が一の時に被害が少ないというソロバンか……」

「それは違うと思います。ソ連のライカ犬じゃあるまいし」

「何や、そのライカ犬て?」

 壬生野は眼鏡をそっと持ち上げ気味に図書館の虫らしい雑学ネタを披露する。

「宇宙開発の始まった頃、ソ連が宇宙へ送り出した野良犬の名前です。女の子です。帰還する装置の完成が間に合わなかったので安楽死させる予定で打ち上げられたんです。でも美穂はそんな事ないでしょ」

 壬生野の言葉を聞くうちに古相寺の表情が強張っていった。

「わからへんよ、そうかもしれへんやない!」

「それはないですっちゅうの」

「うち、今すぐ旭子様に直に聞いてくるわ!」

 立ち上がった古相寺を壬生野が止めようとする。

「そう言われても旭子様のお部屋は警備が厳重で近付けない筈やから。やめときや」


 古相寺は壬生野が止めるのも聞かず部屋から飛び出してみたが、自分が旭子の部屋がどこかなど知らないことに気付いた。しかし地下最下層三十階の奥殿秘巫女の居間には緊急時にすぐ旭子の携帯を呼び出せる直通の赤電話があるのを思い出した。


 古相寺は急いでエレベーターで地下三十階に降りた。巫女の控室兼事務室には夜間も当直の巫女が二名詰めている筈だ。

 古相寺は勢いをつけてドアを開いた。

「あら、古相寺さん、どうしたの?」

 今日は最年長の巫女39歳の奥山紅葉と、よりによってあの古相寺の秘密を知る4歳年上の橋口観月だ。

「あの、その、ス、スマホをどこかに忘れちゃったみたいで」

 古相寺はドギマギしながらスマホを探すふりを始めた。

「あら、そう。この辺にあればいいけど」

 奥山が言うと、橋口が余計な提案をする。

「ちょっと呼び出して鳴らせばすぐどこかわかるわよ」

「あ、いや、電話代がもったいないですから」

「出なきゃ電話代はかからないでしょ」

 橋口は事務所の電話で登録リストから古相寺のスマホを呼び出した。

 古相寺はポケットのスマホを撫でた。この階に降りる時はスマホ使用禁止なのでいつも習慣で機内モードにしてるのだ。そのおかげで嘘はバレずに済んだ。

「私、祈祷の間を探してきます」

「あ、いいけど、天子様の御座所と秘巫女様の居間には近寄らないでね」

「えっ、なんで?」

「警備装置の電源が入ってて警戒してるから近づくだけで警報が鳴って、怖ーい警備員が飛んで来るわよ」

 古相寺はこっそり唾を飲み込んで祈祷の間に入った。


(直接聞くしかないもの)

 古相寺は迷うことなく秘巫女の居間の戸を開いて飛び込んだ。

 とたんに耳を刺すベルの音と腹を振るわす電子的なけたたましい警報低音が鳴り響き、赤色灯が赤い灯台のように周囲に光を放つ。

 古相寺はそれでも一直線に秘巫女直通の受話器を取って、反対の耳を左手で塞いで『もしもし、旭子様、もしもし、古相寺です』と叫んだ。


 奥山と橋口が大声で何か叫んでいるようだが古相寺には聞き取れない。古相寺は来ないでという風に手を振った。

 まもなく騒音の向こうで旭子の声がした。

『古相寺さん? えっ、何の騒ぎ、どうしたの?』

 古相寺は思い切り大声を張り上げた。

「私はライカ犬なんですか?」

『何の話? あなた、祈祷の間なのね、すぐ行くから待ってなさい』


   ○


 古相寺は事務室の椅子にかけてうなだれていた。


 警備員二人が神社の門にいる仁王像のように古相寺の両脇に立って睨みおろしている。

 ドアが開く音がして振り向くと入ってきたのは頭にはタオルを巻いたまま顔にはパックが貼り付いており高そうなシルクのパジャマを着ている女性だ。

 奥山が「部屋をお間違えじゃ……」と言いかけて絶句した。

「あ、旭子様、見違えしまいましたわ、古相寺さんがお部屋に入って警報が鳴ったんです」

 いつもこのフロアにいる時は秘巫女の正装ばかりだから、シルクのパジャマという現代の服装の旭子が全く想像できなかったのだ。

「古相寺さん、大丈夫?」

 古相寺は立ち上がってお辞儀した。

「旭子様、すみません」


 警備員は近づいて来るパック顔の女性に取り敢えず敬礼した。

「あの、旭子様ですか? 失礼ですが端末に認証していただけますか?」

「指紋でよいか?」

「はい、お願いします」

 旭子は警備員のタブレットに指を置いたが、なかなか認証されない。

「ああ、どうやら風呂上がりだから指紋の反応が悪いのだな」

 旭子は指紋認証をあきらめてパックを外してコットンで顔を拭いた。

 するといつもの顔が戻った。三十歳前後の風呂上りの顔はたっぷり水分と熱を帯びて美しいハリを保っている。しかもシルクのパジャマは胸の谷間が少し覗けそうなのだ。警備員はぽかんと口を開いて女性の顔がきれいになるのを眺めて「ああ、秘巫女様」と感嘆の声を漏らした。


「秘巫女様、認証の必要はなさそうですが形式ですのでお願いします」

 旭子がタブレットに向かうと今度はすぐに顔認証が通った。

「この子がうっかり警報を鳴らしたようだけど、始末書を書かせて明日届けるからそれでいいわね?」

「もちろんです、秘巫女様。では私たちは失礼します」

「ご苦労様。あ、今見た私の恰好を他の人にべらべら喋っちゃだめよ、今日は特別サービスだからね」

「はい、目の保養をさせて頂きました」

 旭子は笑って警備員を見送った。


「丁度食べかけてた時だったから持って来たの。よかったら食べなさい」

 旭子は袋からアイスクリームを出して奥山と橋口に渡した。


 そして古相寺の前にもひとつ置いて自分はカップを開けて食べ始めたが、古相寺はひどく緊張した顔で手をつけない。

「あの、旭子様に聞きたい事があるんです」

「ああ、ライカとか言ってたわね? 何なの?」

 古相寺はじっと旭子を見詰めた。

「ソ連は帰還できない宇宙船にライカっていう野良犬を乗せはったんです。ソ連のライカと同じように、タイムマシンが失敗するかもしれんから、被害の少ない、巫女として出来の悪い私を選ばりはったんですか?」

 旭子が真顔から一気に笑いに解き放たれた。奥山と橋口もびっくりして振り向く。

「ハハッハハハハハッ、あなたねえ、そんな事を心配してたの、フフフッ」

「違うんですか?」

「おあほねえ、あなたは自分で見つけた伊号潜水艦を使うって、きっとうまくいくって力説してくれたじゃない。私はあなたのあの熱意に感動して採用することにしたのよ。大きな事を成し遂げるには熱意のあるひとを入れることが何より大事なの。だからあなたは外せないと思ったわけ。

 タイムマシンの開発は米国で済んでて、既に何人も過去に送り出しているんだからその失敗を恐れることはないわ」

 古相寺の顔にじわじわと赤みが差した。

 それはまるで、秘巫女の神咒を聞いて古相寺が死から蘇ったようにも見えた。



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