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第五話 時のゆりかご





まろび出るように小屋から出て、草地の上に転がる。息が上がっているのはタラップを登ったからだけではあるまい。


「し、死体が……」


あれは誰なのか。

祖父の言っていた神様とはあの人物のことだったのか。

祖父の言っていたことは格言なのか、それとも、あの人物のことを教えようとしていたのか。


「……そうだ! 爺ちゃんの日記!」


大急ぎで梯子へと走り、集まっていたニワトリが慌てて飛び退く。


梯子を駆け登り、そして登りきる一瞬、顔がひやりと冷気に触れるような感覚がある。模型の中と外で気温の差があったためだが、そんなことを気にしている余裕はない。

祖父の部屋にある本棚をひっくり返し、さらに倉庫も、物置も、床下も天井裏も探して真夜中になった頃。


「ないっ!」


ちからいっぱい断言する。


そういえば祖父が日記をつけてるところを見たことがない。バターライダーでは日記は大人のたしなみとされているのに、頑固者だった祖父が日記をつけてないのは意外だった。


もう一度、模型の中に潜る。ゆっくりと足先から降りてみて実感したが、やはり模型の中の世界は暖かい。バターライダーならば夏に近いほどの陽気だ。

そして小屋も探すが、やはり天井裏にも何もない。かまどの灰の中まで調べるが徒労に終わる。


この頃には地下の死体に対する恐怖より、疑問や興味の方が大きくなっていた。アトラが柔軟な少年の心を持っていたためでもあるし、この模型の中のあまりにも牧歌的な眺めが、その全身に降り注ぐ陽光が、恐れや不安を和らげるためかも知れない。


「なんでだろう。伝票もほとんどないし、ノートはあったけど模型のことしか書いてない……」


棄てた。


そんな言葉が浮かぶ。


「……わざと残さなかった? いや、そんなことより思い出せ。爺ちゃん、神様のことについて何て言ってたっけ……」


――神様はいつでも見てるぞ。


そう、たしか事あるごとにそう言っていた。さじの持ち方がおかしいとか、模型の練習で手を抜いたときなどに。


――ガラスの中からいつも見ている。


――わしらのことを見守ってくださる。


気付くべきだった。

祖父の死後、アトラが模型について学んだ様々な本。


それらの本で、ガラスの中に神がいる、などという記述を見たことがないのだ。


思えば、祖父のそれはどこか狂信的なものを感じる言葉だ。この時代、多くの人にとって神は漠然と心の中にあるだけで、ひたすらに祈りを捧げるものとは言えない。祖父の態度はマイナーな宗教の熱心な信者、という風に思える。

アトラにそこまで正確に表現できたわけではないが、ともかく祖父にとって、神とは存在を確信できるものだったのか。


「そう、たしか、あの時……」


――なんだよ! 神さま神さまって、そんなのどこにいるんだよ!


アトラは腕白ではあったが、あまり祖父を困らせることはなかった。そんな彼が珍しく反抗した時があった。きっと嫌なことが重なったのだろう。


――いるとも。いつもわしらのそばに。


そして、祖父は奇妙な言葉を呟いた。

それは、独特の響きのために形を留めたままアトラの記憶に沈んでいた。

今、この時に思い出せなければ、そのまま一生沈んでいたであろう、海底の沈没船のような言葉。


「……タイムラプスの揺りかごで、眠っている……」


ぶん


音がする。自分の右手側に突然、黒い四角が出現したのだ。


「うわっ!?」


何か接近したのかと思って飛び退く。だが、その四角は自分の動きにぴたりと追随してきた。


「な、何だ!?」


【Time lapse ×1】


黒い四角に浮かぶ、銀色の文字が目に入る。しかしアトラの知る言語ではない。


「何だこの文字? 統一語じゃないぞ」


すると文字が一瞬で書きかわる。


【時流速度 等倍】


「あ、今度は読める、でも意味がわかんない……」


すると、その黒い四角にかぶさるようにもう一枚、四角が浮かぶ。


【ジオラマ内における時間の流れを速くできます。二倍に設定した場合、ジオラマ内部で二日を過ごしても、外では一日しか経過しません。なお、ジオラマ内部の時間を遅くすることはNT関連法2-1により禁止されています】


「んん……法律? 何の話?」


四角がかぶさる。


【原生文明への開示不可情報です】


「? 教えられないってこと? じゃあ何か話せることないの?」


【気温 華氏75度】

【天候 快晴】

【大気組成 窒素78% 酸素21% アルゴン0.9% 二酸化炭素0.04% 他微量】


「いま75度もないだろ?」


また四角が生まれる。


【原生文明の指標には未対応】


「……全然わかんないけど、なんか小馬鹿にされてる気がする」


どうやら質問には敏感に答えてくれるようだ。アトラは重ねて聞いてみる。


「ここは何なの」


【名称が設定されていません】


「ここって誰が作ったの?」


【原生文明への開示不可情報です】


「地下室にいた人は誰?」


【他者のユーザーデータは開示できません】


「何か他にできるの?」


【タイムラプス以外のオプションは削除されています】


どうも反応が悪い。アトラの聞き方が悪いのもありそうだが、そもそもこいつは何も教える気がないのではないか、という気がする。


「タイムラプス……時間を遅くできる……?」


また「時流速度 等倍」の表示が出てくる。


「じゃあ……10倍で」


【時流速度 10倍】


画面は変化したものの、特に何も感じられない。


「えーっと、いまジオラマに入ったとき、もう夜中の12時ぐらいだったよな。朝日が登るまでは8時間ぐらいか」


バターライダーにおいて、この時期は太陽が低い角度で昇ってくる。朝焼けの時間もとても長い。


「時計って出せる?」


ぶん、と空中にアナログ時計が浮かんだ。秒針は体感の通りに動いている。


「ちょっと眠るか……。時間が10分の一ってことは、ここで10時間寝ても、外では1時間……ホントかなあ」


考えることはたくさんあった。

しかし、あまりに多すぎて考えがまとまらない。それに、アトラの頭で考えられる事はさほど多くなかった。


藁の山に頭を乗せて、何度か時計に向かって問いかけてみる。しかし役に立つような答えが返ることはなかった。


「でも、すげえ模型だよな、これ……中に入れるんだから。もしかして、竜銀ドルムの魔法ってやつかなあ……」


「畑もあるし、玉子も採れそうだし……」


陽光は段々と傾いていく。

全身を包む暖気と、程よい風の流れ、アトラの家の布団にくるまれるよりずっと心地良い寝床だった。


「明日……具がたっぷりのスープ、と……、目玉焼き、を、パンにはさんだ、やつを……」


やがて。


10歳の少年は、深く深く眠った。このところ模型作りであまり寝ていなかったこともあって、泥のような眠りであった。

とりとめのない夢を見て、形にならない思考が綿雲のように浮かんでは消える。


ちち、と鳥の声で目を覚ます。


「ん、ふわ……」


深く眠ったわりには起き心地は良かった。気だるさの欠片もないし、ぱちりとまばたきをすれば、一気に目がさえてくる。


「あれ、朝……」


太陽が木立の向こうに昇っている。あちらが東だろうか。

角度はだいぶ高い、60度以上ある。


「っ! ねえ! 今何時!?」


時計が浮かぶ。時刻は10時過ぎである。


「ああああ!! く、クイッカが朝ごはんに呼びに来るよ!! 大変だ! 俺がいなくなったと思って!」


どたたた、と起き抜けの体にしては素晴らしい動きで梯子を昇る。

見えない天井を突き抜ける瞬間、やはりひやりとした感覚が。


「……え」


作業机の上に立ったアトラは、茫然と窓の外を眺める。

日はとっぷりと暮れていて、あたりはまだ夜のうち。


長い夜はまだまだ続くと、フクロウたちが鳴き交わす只中であった。


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― 新着の感想 ―
[一言] さて、どう悪いことに使えるかな……?これは絶対に強い!
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