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第二話 勇者フィラルディア


「勇者……!?」


アトラが目を見張る。全身が電気が走ったように硬直し、背筋に震えが起きる。

聞いたことがある。それは大いなる軍功を挙げ、世界において唯一無二の人材であると認められた者への称号。


見ればその大剣は白銀の光を放っている。それは竜の輝き、通貨であり財産であり、光であり熱でもあるもの。竜銀ドルムの輝きを帯びた武器である。


「かの雌伏の時代はすでに百年! 大いなる砂海と混沌の大地を超え、魔王の根城へと挑んだ戦士たちは幾千万! 万霊の足跡が! 滅びた国の永き歴史の全てがこの時のため! 雄々しき戦士たちの剣戟を、偉大なる竜たちの歌を聴け! 臣民よ! 英雄たちの勇気を我が物とせよ!」


通りを行く人々も足を止めている。


「ゆ……勇者様だって?」

「そんな……もう徴兵なんて無いと思ってたのに」


畏れるように身を引きながらも、眼を放すことができない。そのぐらい、その人物の言葉には力があった。世界の果てまで届くような、枯れ果てた森に若芽が芽吹いていくような力が。


「いよいよ人類は「極北の魔王」へと攻めのぼる! 世界の南限たるこの街からも五千人規模の兵をつのっているのだ! さあ! 己の腕とはがねのみを頼りとせよ! まもなく船が着く、無限の砂海を渡る船に乗れ! そして大いなる栄光を手に入れよ!」


女性でありながら、それは間違いなく武人の、堂々たる徴兵の呼び掛けであったことは間違いない。


ざわめきと沈黙が入り乱れる。形にならぬ言葉が周囲に満ちる。

人々の反応は一様に困惑であった。

声にならぬ声で視線を交わし、フィラルディアに見咎められぬよう、黙過しつつその場を去る者もいる。

それは殴り倒された男たちも同様だった。


「お、おい、行くぞ……」

「報告だ、早く……」


視線を伏せ、悪態もつかず一瞥もくれず、もはや関わることを避けるように散り散りに逃げる。


それは無理からぬ反応であった。このバターライダーは人の世界の南端。ここに元から住んでいた人々以外は、つまりは戦乱を恐れて逃げてきた人々なのだから。

人々の顔には混乱があり、黄昏時たそがれどきのようにじわじわと降りる絶望が見える。

すなわち、とうとうこの街に戦火の指先がかかったのだと、もはやどこにも逃げ場は無いのだと、そういう顔だった。


「ふむ」


勇者フィラルディアは言葉を止め、しゃきん、と剣を背中の鞘に納めた。


「集まらんものだな、土地によっては百人かそこら群がってきたものだが」


と、そこでアトラの方を見る。アトラは内心どきりとするが、何とか膝の土をはらって立ち上がり、深々と礼をした。


「あ、あの、ありがとうございました」

「勇者として当然のことだ。何か取られなかったか」

「あ、封筒が……」


役場からの手間賃、わずかに3000ドルムほどだが、アトラにとっては貴重な収入であった。


「む、大事なものか、今すぐ取り返しに」

「い、いえ、もういいです」


あの男、痩せ細った男たちのことを思い出す。同情したとまでは言わないが、自分のような子供を襲うほど食い詰めてる連中だ、これ以上追い立てるのは忍びなかった。


「それは模型か? 駆けつけるのが遅くなって済まない、踏み潰されてしまったな」

「あ、いや、大丈夫、どうせ未熟な仕事だし……」


割れたガラスの一枚を手に取り、それをまじまじと見る。そこに映り込む己を見て心を落ち着けようとする。


「どうした?」

「えっと、模型屋はこうやってガラスを見て、ガラスの中の神様とお話しすると落ち着くって、爺ちゃんから教わって……」

「ふむ、ガラスで蓋をしているタイプの模型だな、飾りものをよく見る」


アトラは呼吸を整え、そして言うべき言葉を胃の奥で固めて、フィラルディアをきっと見上げる。


「あの! 勇者様! 俺も遠征隊に入りたいんだ!」

「……君がか?」

「何でもするよ! 雑用でも掃除でも、魔物とだって戦う! だから船に乗せてくれ!!」


勇者フィラルディアは、アトラの全身をまじまじと見て、そして言葉を探すようにそのへんの街灯を見上げる。

しかし彼女が何か言う前に、アトラの顔はさっと曇った。

それは明らかに、自分を傷つけまいとする言葉を探す仕草だったから。


「勇気ある少年よ、君の情熱はこの勇者フィラルディアの中に深くとどめておこう。だが君はまだ幼い。やがて来たるべき日のために、今はたくさんの経験を積んで、二度とない貴重な少年の日々を過ごしてくれ」

「少年じゃない、アトラだよ!」


アトラは勢い込んで叫び、フィラルディアはその前に片膝をつく。アトラは眼に力を込めて言う。


「……噂で聞いたんだ。もう徴兵はない。もしあるとすれば、次こそ最後の遠征になるって」

「そうだ、だがアトラよ、君のような子供を駆り出すわけにはいかない」

「子供じゃない、もう10歳だ」

「アトラ、どうか分かってくれ」


ぽん、と頭に手を乗せられる。それはあえて行った仕草だったが、アトラの顔がカッと熱くなる。


「人に貴賤なし。世界において万物に格差などない。何よりも大切なのは己を知ること。己と世界は一つ・・・・・・・。己にふさわしき役目を見定めることが、すなわち世界を知ることだ。人生において、何よりも称えられるべき振るまいというものなのだ」

「……! もういい!」


フィラルディアの大きな手を払いけて、アトラはこぼれた模型と、道具類を拾い集めると、その場から逃げるように走り出した。

フィラルディアはしばらくそちらに視線を送っていたが、やがて、吐息とともに視線を外す。


バターライダーの街に吹くのは、北からの風。


それは暗雲を呼び、砂嵐を引き連れ、竜の鳴き声を届ける。時代という名の風であった。



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