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ワールドエンド・テラリウム ~模型屋アトラと竜たちの歌~  作者: MUMU
第五章 模型屋アトラと暗がりの竜
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第四十七話 少女と騎兵






翌日、朝一番で買い揃えた服に袖を通し、アトラとスウロは出掛けてゆく。


その施設の名は「ケイニオン加護の館」

街の大通り沿いにあり、高い鉄柵に囲まれ、鐘楼を備えた古めかしい建物である。


「ケイニオンの街って大通りが一本しかないんだね。すごく細長い街……」

「カラトルム山脈のふもと、ケイニオンは鉱山の町であると同時に、かつては街道の宿場街だったのデス。カラトルムの山越えに挑む旅人や商人を相手にしていたのデスね」


作物の育ちは悪いが、乾きだけは潤すことができる。恵まれた土地だと言えるだろう。街道沿いには数千の家が立ち並び、南北に細長い市街地を形成している。その長さはすなわち、街の歴史の長さである。


孤児院の門を叩く。ほどなく内側からゆっくりと扉が引かれ、皺ばかりの老婆が姿を見せる。


「よくお尋ねになられました。恵まれぬ子どもたちに救いの手を差し伸べんとするお方とお見受けいたします。ケイニオン加護の館をお尋ねいただいたことをまずもって感謝いたします」

「私は旅商人のスウロ、こちらは我が夫のアトラと申すデス。お願いいたしたい議のあって参りましたデス」

「どうぞこちらへ」


老婆は真っ黒の長衣を着て、フードを深めに被っている。眼の色が分からないほどに落ち窪んだ眼。灰のように白い髪。あらゆる艱難辛苦を刻み込んだ皺深い顔。アトラは少し怖気づいたが、何とか顔には出さなかった。


視線を感じる。見れば白い衣服を着た少年少女が窓に張り付いている。十人以上もいるだらうか。期待のような不安のような、単なる興味の現れのような眼。アトラが視線を返すと、さっと身を隠してしまう。


「隠れることないのに」

「お客様、どうかなされましたか」

「あ、いえ」


案内を受けて応接用の部屋へ。


この時代、人々の心から宗教心というものは薄れており、神の像に祈ったり、聖句を唱える者はごく稀だった。

それはこのような養護施設でも例外ではなく、壁に古いまじないの絵がかかっているぐらいで、信仰の対象になるような飾りはない。


「左様ですか、商売でご成功なされたと」

「ええ、遠く谷間の町ベルセネットを通り、ここケイニオンに至る王の南道サウクトヴィア。それを渡る行商の旅デス。他にもアンセランカ、ジュザフォルまでぐるりと回りました。数年がかりの旅でしたが、ようやく一区切りがつき、故郷のバターライダーに戻ろうと思った次第デス」


アトラは何も言わず、スウロだけが話し続けている。この時の彼女はドレープをたくわえた婦人用のドレスに、銀と宝石で飾られた腕輪をつけている。それはスウロが持っていた私物のようだが、おそらく術を使うための竜銀ドルムの器物だろう。


「それで当院から子供たちを、という訳でしょうか」

「はい、聞くところによればバターライダーは野良の竜の襲撃を受け、大きな災禍に見舞われたと聞いてるデス。しかし人づてによれば、我々の商会の土地は被害を免れたとのこと。我々は新たに街を築き上げねばなりません。子どもたちにはいずれ、バターライダーの街にて商売を手伝って欲しい、そして復興の担い手となってほしいのデス」


立て板に水と言うべきか、すらすらと言葉が出てくる。

しかし実のところ、竜の災禍に襲われたバターライダーに連れ帰るというのは、アトラの感覚で言っても妙な話である。


事前に聞いてたことによれば、大きな嘘によって小さな嘘を覆い隠す、という手法らしい。旅の商人が子供を引き取る、という不自然さを、バターライダーに連れ帰る、という一回り大きな不自然さで糊塗ことするのだとか。


「子どもたちを、労働力として求める、という事でしょうか」


そう取られても仕方がない、とアトラは思う。それではまるで奴隷商である。スウロは間を置かずに答える。


「労働とは生きる糧デス。バターライダーの復興は有意義なる仕事だと思っています。それと言っておくならば、子どもたちには十分な教育と豊かな環境、栄養のある食事を約束し、成人した暁には我々の土地に一人一軒の家を与えるデス」

「なんと……!」


その部分は嘘ではない。子どもたちは模型に入るが、そこでは食事と睡眠、衣服は保証される。望めば家だって持てるだろう。


しかし教育はどうだろうか、とアトラは思う。本はいま200冊ぐらいだが、それで十分なのか。アトラは通ったことがないが、都市部にある学校というものを作るべきではないか。その場合、教師は誰が務めるのか、レンナにやれるだろうか。


「なんか嫌がりそうだなあ」

「はい?」


我知らず呟きが漏れていた、アトラは慌てて手を振る。


「あ、な、なんでもないです」

「……そちらのご主人は、どのようにお考えですか。まだお若いようですが、子どもたちの親となる覚悟はございますか」

「それはもちろん……」


もちろん、と言って目を見つめるが、その先が出てこない。

何か言えば偽りしか出てこなさそうで、口がうまく動かない。カインたち15人は緊急避難だったが、孤児とはいえ積極的に人を招くことが正しいのかも分からない。アトラの心は常に揺れている。


ボロが出る前に話を代わってもらおうとスウロを見る。彼女はといえば落ち着き払っていた。貴婦人然としていて、サロンの顔役のような貫禄である。

後でわかったことだが、そもそも彼女はこれが交渉であるという認識すら無かったらしい。この時代、子を引き取るという申し出は基本的には奇特なことであり、孤児院はいつも困窮していたのだ。


「院長。我々はこちらの孤児院の活動を称賛いたしますデス。この時代にあって立派な建物を構え、何人もの子どもたちを養う。頭が上がらぬほど尊い行いデス。また、ケイニオンの人々からの寄進もあることでしょう。その慈悲深き心にも感嘆いたしますデス」

「ありがとうございます。そのように言っていただけて、私どもも活動を続けていた甲斐があるというもの」


心なしか、老婆がやや前のめりになった気がする。


「ならば、私どもにもその活動を応援させていただきたいデス。つきましては500万ほど寄附をさせていただきたいと」


ばさり、と紙幣の束が置かれる。アトラにはほとんど見る機会のなかった紙幣の束である。組紐でしっかりと縛られている。


「まあ……なんと有り難い申し出でしょうか。この時制にそのような徳の高いことを仰られる方がおられるとは、まことに感謝の念に耐えません」


その紙幣を指でなぞる。感謝していることは間違いないが、どこか戸惑うような、困惑よりもやや暗鬱な響きを帯びた声が流れた。


「あの……紙幣なのでしょうか。銀で受け取るわけには……」





「シュナです。9歳です。好きなことはお絵描きです」

「テゾーです。10歳です。得意なのは、その、脚が速いこととか」

「ウィルカン! 8歳です! お前は歌がうまいって! ほめられます!」


「ええと、これで12人か」

「どうデス。連れていきたい子はいたデスか」


面談のために用意されたのは椅子と机だけの小部屋だった。数時間かけて面談を終えて、スウロが尋ねる。


「ううん……というか、そもそも選んでいいのかな? 選ばれなかった子がかわいそうだし……」

「仕方ありません。里親になるとは簡単なことではないのデス。引き取ったあともうまく親子の関係になれるとは限らない。誰でもいいとはとても言えない。選ぶこともある意味では誠実なことデス」

「そうかあ……ええと、次が最後だね。エイワンか」


リストには13人の名がある。エイワンという子が最後だ。


「遅いデスね? お手洗いにでも行ってるデスかね」


どたばたと、廊下の方から騒々しい音がする。やがてその子が入ってきたとき、背後に院長の姿もあった。どうやら送り出されてきたらしい。


「失礼のないようにするのですよ」

「うるさいな、勝手にやるよ」


その子は後ろ手にドアを閉め、ぎろりと二人を睨む。痩せていて背は低いが、その眼に強い意志があった。


白いワンピースに、背中に垂らした三つ編み、エイワンという少女は、特にアトラを強く睨みつける。


「それで? あんたらが弟たちを買いたいって人?」

「買う、って……僕たちは奴隷商じゃないよ。旅の商人で……」

「似たようなもんでしょ。言っとくけどあたしは買われてなんかやらないからね。あたしを選ぶってんならその耳引きちぎって犬に食わせてやるわ」


大変な言われようである。スウロもさすがに目を白黒させる。


「あの、誤解があるようデスが、我々は」

「あのババアに五百万握らせたんでしょ。こっちはいくらでも聞き耳ぐらい立てられんのよ。にしても子供を買う額じゃないわ。胡散臭いったらありゃしない」


鋭い視線を放つ切れ長の眼、遠慮ない言葉をぶつける小さな唇。外見はまだ少女の域を出ないが、その印象は炎のよう。何かしら強い憤り、様々な不満をその内で燃やすかのようだ。

たんたん、と机を中指の節で叩きつつ、ぎろりと凄んで見せる。


「子供なんか後ろ暗い連中に頼めば10万で手に入る。わざわざ五百万出すってことは、すでに安く買える子はあらかた買ったってことよ。そこそこデカい組織ねあんたたち。でもそっちの男は筋者すじもんには見えない。とすれば答えは一つ。あんたたちは北方の軍人、いわゆる背広組。兄弟たちが連れてかれるのは北方。つまり、噂に聞く十八次遠征隊への徴兵ね」


一気にそこまで言い終えて、エイワンは椅子の背にどかりと体重を預ける。混乱するのはアトラばかりである。


「いや、あのね君、メチャクチャ言って」

「見事な推理デス」

「スウロ!?」


うんうん、と深く何度もうなずくスウロ、やや膝を乗り出して少女に語りかける。


「当たっているかはともかく、手に入る情報をすべて使い切っているデス。素晴らしいデス」

「ふん、あたしは魔王との戦いなんか行かないからね。この街で騎兵隊に入るのよ」

「騎兵、デスか?」

「そうよ、13歳になれば志願兵になれる。この街で大竜窟にいるハガネと戦うの。そのうちハガネを倒して大竜窟を開放するのよ。そうすれば兄弟たちも・・・・・戻って・・・くる・・

「なるほど、だから孤児院にいる子が12歳が上限だったデスね。13になれば皆、働くようになると」

「どこだって似たようなもんでしょ」

「そうデスね」


スウロは身を引いて、あらためてエイワンという少女を眺める。エイワンの方は見たいなら見ろとばかりに足を組んで、踵を膝に乗せる。アトラは目をそらしつつ眉をしかめる。


「面談は終了デス。お疲れさまでした」

「ふん、兄弟たちを連れてくことは許さないよ。下手な真似したらあんたらの正体を触れ回ってやるわ。ケイニオンの領主様に手紙を届けるツテもある」

「理解しておくデスよ」


アトラは、ばちりと火花の散る音を聞いた気がした。

見ればスウロの目は笑っていなかった。それは怒っているというより、その対立すらも楽しむような魔女の微笑み。それが少女の視線と激しくぶつかりあっていた。





「何なんだよあの子、勝手なことばかり言って……」


道端の石を蹴りつつ、アトラは不満気味である。


「人のこと人さらいだとか遠征隊だとか……出鱈目ばっかり」

「おや、間違ってないデスよ。我々は慈善事業ではなく、模型のために子供を求めているデスし、魔王との戦いに赴く途上デスから」

「もう! スウロまで!」


憤慨するアトラ、スウロはからからと笑って背中を撫でる。


「ところでこの街、何か妙デスね」

「? 何が?」

「最大の疑問はハガネという存在デス。あのトンネルはカラトルム山脈を突っ切っていて脇道など作れないはずデス。ではハガネはどうやって食べ物や物資などを手に入れてるデス? 当然、北側の出口も押さえているはずデス」

「ええと……食べ物は、あの鰐の竜を食べてるんじゃないの? 洞窟の中の生き物に銀を与えて、大きくして……」

「野菜などはどうします? 肉だけでは生きていけないデス」

「ううん……あ、そうか、ハガネも銀を飲んでるんだ。それで不死になってる」

「人間性を捨てる覚悟があるなら、それで一応は説明できるデス。しかしそこまでして居座ることにどんな意味が? なぜ騎兵隊と奇妙な拮抗状態が続いているのか? 洞窟からあぶり出すために何の手も打たなかったのか? そしてなぜあの子は・・・・あんなに人買いの事情に通じているのか……?」

「スウロ?」

「これは、調べてみないとデスね」


スウロが、謎めいた魔女が妙に積極的になる瞬間がある。

アトラも何度かの経験で理解していた。それは彼女の本来の役割、責務に関係することだと。


スウロはくるりとその場で回り、朗らかにアトラに呼びかけた。


「ではまず、領主様の屋敷に忍び込むデス」

「初手がおかしい……」



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