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序章 第四話 夜を旅する


雷撃が勢いを増す。

盗賊たちの持っていた武器や装身具に火花が飛び、全員が慌てて下がる。


「食らうがいい!」


腕を突き出す。電撃が、蛇のようにアトラへと向かう。

アトラは右腕を上げ、その雷撃を受け止めるかに見える。


「なっ」


瞬間。


その雷気がアトラの手の中に消える。水を壺に注ぐように、何の手応えもなく。


「な……何をした!?」

「これも模型です。内部に雷を入れただけです」


アトラは模型を握っていた。スノードームのような手のひらに収まる模型。アトラが左手を天に向けると、雷撃が真上に向かって放散される。光の樹のように、天のあらゆる場所に散っていく青い光。


スウロはふうとため息をついて、ぴしりと指を振り上げる。


その指から炎が上がる。周囲の景色を漂白するような煌々たる光、バーナーのような激しい火炎に、そこに収束されてる力の純度を感じさせる。


「こちらの戦力のが上デス、あきらめなさい」

「うう……」


村人たちは身を寄せあい、盗賊がその周囲を守るように固める。


「皆さん、提案します」


アトラが、盗賊の一人が持っていた模型を指差し、声高に言う。


「その模型に入りませんか。中には豊かな村も、娯楽もあります。きっと豊かに過ごせるはずです」


盗賊たちはまた視線を交わし、そして老人が発言する。


「だが、あんた、確か虚無の帯デッドベルトを越えて北に向かうって」

「そうです」


アトラは言う。


「北方に行きます。北の果て、魔王の住まうという「銀の都」を目指します」


老人は首を振る。


「……無理だ。北は地獄の戦場と聞いている。仮に模型に入れるのが本当として、あんたの背中に背負われていけば、それは死地に向かうことと何が違う」

「僕は、必ず……」

「この村に残ってくれ」


ばたり、と老人が両手足をついて地に倒れる。


それを見て周囲の盗賊たちも、また村人や子供たちまでもが。


「そ、それは……」

「頼む! その模型さえあれば村は安泰なんだ! それでいいではないか! なぜ北の戦争なんかに行く。魔王など「勇者」が倒すと、あんたが言っていたことじゃないか! この村にいてくれるなら、村の全員であんたに仕える。どんな命令でも聴く、だから」


「交渉決裂デス」


ぴし、と人差し指を立てる。瞬間、その場で起きる巨大な爆発。広範囲に煙と硫黄のような臭いを撒き散らす煙幕が村人の目をくらませる。


煙が晴れたとき、そこには旅人たちの姿はなかった。


アトラも、スウロも。


そして様々な奇跡を見せた、あの不思議な模型も。





夜の砂漠。


鱗を持つ四つ足の獣、騎竜に乗って、二人は砂漠を進んでいた。


「なんでだよ……村の人を助けたかったのに、盗賊なんてやらなくて済むようにしたかったのに」


騎上に二人、後ろ側に乗るのはスウロ。宵闇に溶ける黒いローブ姿で、白い足だけをぶらぶらと揺らす。


「当たり前のことデス。いくら物を出しても、豊かさを得ても、そんなことは一時いっときの夢。この砂の時代においては、泥舟のように不確かなものデス」

「じゃあ何もするなって言うのかよ! 何もしないで、村を迂回して行けばよかったって……」

「その方がアトラのやった事よりマシなのデス。いいデスか。アトラはとても残酷なことをしたのデス」

「……どういうことだよ」

「彼らは模型を知ってしまった。あれはまさに永遠の象徴。これから一生、一夜の夢を忘れられず、辛い日々を生きていくのデス。この世の摂理に従って生きている人々に、摂理を逸脱した存在が、永遠という夢が、どれほどまばゆく見えることか」


ぎり、と奥歯を噛み締めるような気配。


「どうしてこうなるんだ。この模型じゃ、誰も救えないっていうのか。この世はもう完全に詰んでて、誰がどう足掻いても滅びるしかないって言うのか!」

「そんなことはありません」


スウロは、それはアトラに言うというわけでもなく、空を見上げ、星座の片隅にそっと置くように呟く。


「その模型はまさに神秘の極み。この世の摂理を書き換えるほどの宝なのデス。今はただアトラが、そして我々が、あまりにも模型の神性に対して愚鈍であり、脆弱であり、その真価を引き出せていない、というだけのこと……あれ、えっ?」


と、スウロはふと前の方を見る。騎竜のたづなを操る旅の供連れのことを。


「アトラ泣いてるんデスか!?」 

「な、なんだよ、悪いかよ」


彼は泣いていた。立派な戦士としての実力を持つ彼が、玉のような涙を流して。


「えっなぜ!? 泣くようなポイントあったデスか?」

「か、悲しいじゃないか。僕はまだ何もできない。こんなにすごい模型があるのに、誰の役にも立てない。こんなことじゃ、虚無の帯デッドベルトを越えたって何ができるか……」


スウロは茫然とそれを聞いていたが。ある瞬間、全身の筋肉を弛緩させるように肩を下げ、口の端をゆるりと落としつつ、誰にも聞こえぬ声でつぶやく。


「うわむっちゃカワイイ……」

「な、何か言った?」


がば、と背後から両腕が回され、手綱が乱れて竜がいななく。


「うわ!? ちょっと!」

「んーカワイイ! アトラほんと愛らしいデス。さあさあ動いて疲れたでしょう。もう少し進んだら、「町」の温泉に入って休むのデス」

「ちょ、ちょっと、しがみつかないで! 危ない!」


砂漠と夜は果てしなく続き。

アトラたちの旅も永遠に続くかに思えるような。


そんな、静かで騒がしい、ある一夜の出来事である。




旅は続き、星は巡る。

竜の歩くその後に、わずかに香草の残り香が降りた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 会話がやはりいいね。 人物が幻視できるみたい。
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