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第十六話 真夜中の税吏


「さて、それじゃ領主様の屋敷に忍び込まないと」


ベルセネットの街は0時を回りつつある。まじないの街灯のために歩ける程度の明かりはあるが、通りに人の姿はない。この大きさの街にしては寝入りが早いが、アトラに気づくよしもない。


「うーん、でも領主様の屋敷ってガケの上にあるんだよな。すごい所に建ってるなあ」


岸壁の上、30メートルほどの高さが高台になっており、そこに瀟洒な屋敷が鎮座している。

外見だけなら宗教的建築物かと思える立地、いかに領主と言っても、そのように街に君臨する屋敷には威圧感の過ぎるきらいはある。街を見張ろうとする権力者の意志の現れか、あるいは独立の機運が高いという都市において、その屋敷を要塞として機能させる意図もあるのか。


「谷の上まで行って、模型に入ったまま落ちようかな」


だが崖の上までは80メートル以上ある。かなりしんどそうな道のりであるし、あのような立地ならば谷の上に見張りがいてもおかしくない。崖から落ちて、うまく屋根の上で止まる確証もない。


「あるいはボウガンみたいなもので、僕が入った状態の模型を射ち出す」


だがボウガンをどうやって調達するのか。入ったまま射出など出来るのか。窓をぶち割って入ったとして、そこから隠密行動など可能なのか。ちょっと考えただけでも無理そうな理由がいくつも立ちはだかる。


「誰かに模型を運んでもらう」


これが一番ありそうな手に思える。領主様への贈り物だとか、見張りの役人への差し入れだとか言って模型を建物の中に持ち込むのはどうか。


「うーん、でも誰に運んでもらえばいいんだろ。もう真夜中だし、こんな時間に届け物だなんて怪しいよなあ」


「扉を開けよ」


声にはっと硬直する。

道の奥。闇に溶けかけるほどの距離を置いて、誰かが戸を叩いている。それは黒い帽子に黒いマント、顔の下半分を黒い仮面で覆った人物であり、黒革の手袋でどんどんと無遠慮に扉を叩く。


アトラは何となくそちらに近づく。


「おい、兄ちゃん、こっちに入れ」


するどく声がかかり、アトラの腕を掴む人物がある。

そのまま引き込まれて入ってみれば、どこかの民家のようだ。

もう深夜であるというのに家人は寝付いておらず、婦人らしき女性が木窓の隙間から外をうかがっている。照明も食卓の上の蝋燭しかない。


「どうしたの?」

「徴税だよ。今日は七日に一度の徴税の日なんだ」


アトラを引き込んだ男はまたそっと木戸を開ける。アトラもその隙間から覗き込めば、黒マントの人物に向かって果物籠が差し出されたところだった。


「ああやって徴税竜銀ドルムを集めてる。戸を叩かれた家は、十分な量の竜銀ドルムを払わなきゃならん。支払えなければ連行されて、竜銀ドルムの採集に遠くの砂漠まで連れていかれる」

「徴税……? 税金ってああやって集めるものじゃないでしょ?」

「兄さん旅の者だな。あれは夜戸税ナッダリアという特殊な税なんだ。あの格好をした役人には逆らっちゃいかん。役人がどの家の戸を叩くかは誰にも分からん。そういう税だ。昔は財産を溜め込んでいる悪徳商人の家とか、脱税の疑いがある家を訪問して税を収めさせる手段だったらしいが、ここ数年は手当たり次第だ。訪問する家の数も増えてるし、通常の税に上乗せする形で税を取られてるんだよ」

「そんな、それじゃまるで強盗じゃ」

「声がでかい!」


はっと口を抑えられる。

だが、そのアトラの声が風に乗って届いたものか、街全体が息を潜めている中では火薬の爆ぜるように目立つ言葉だったのか。


どん、どん、と木戸を叩く音が。


「扉を開けよ」


目の前で亭主が唇を噛みしめる。


「くそっ……」


そして婦人が籠を持ってくる。念のために用意していたものか、銀色の砂利の入った籠である。まじないのかかったペンやナイフも入っている。


「仕方ねえ、それを渡せ」

「……」


ぴん、とアトラの黒髪が跳ねる。もごもごと動いて口を押さえる手から抜け出す。


「ちょっと待って」

「ど、どうした」

「お願い、必ずお礼に来るからこれを……」


ややあって、ぎいと扉が開かれる。


「遅い、く応じよ」

「は、はい、申し訳ありません」


そして籠が差し出される。


「うむ、竜銀の粒に、この模型は何であるか」

「え、ええと、その、家内が昔に買ったまじないの品だそうで」

「確かに、銀無垢である。よかろう」


そして役人は去っていき。

壮年の夫婦はただ、不安げに視線を合わせるのみだった。





「よいしょっと」


一時間ほども経過しただろうか。どこかに運び込まれた気配を受けて外へ出る。

模型の中が非常に明るいために、出た直後は真っ暗に思えた。


やがて目が慣れてくると、周囲にあるのは物置小屋の眺めである。


棚には数多くの剣や槍が並んでいる。まじないのかかった白銀の鎧、宝石で飾られた篭手や盾。絨毯や鏡台のような大きなものもあれば、万年筆や腕輪のような小さなものもある。


「すごい数だなあ、遠征隊が補給していった後のはずなのに……」


ざっと見渡すが、竜銀ドルムの粒は見当たらない。


「ええと、竜銀ドルムはまじないの品に変えて保管するんだっけ……この品物がそうなのかな」


万年筆を手に取ってみる。雪のように淡く光って見えるが、それは真の闇の中でわずかに感じられる程度だ。

この倉庫に明かりはなく、魔法の品が光っているためにものの位置が分かる。


「これで50億ドルム? そんなに強い光でもないし、骨董品には見えないけど」


目利きの腕はないが、美術品と中古品の区別ぐらいはつく。いくつか価値のありそうな品はあるが、「神秘的な」というより「年期の入った」という印象だ。ここは宝物庫というより、一時的な保管庫なのだろう。

倉庫には扉に覗き窓があった、そこから外をうかがうが、見張りの気配はない。


「よし、これなら出られる」


アトラはまず銀の短剣を手に取り、服のベルトで短剣と模型を結ぶ。短剣には音が鳴らないように布を巻き付けておいた。

そして短剣を覗き窓の外に放り投げ、素早く模型の中へと飛び込む。短剣の重みでベルトが引かれ、模型もするりと窓を通り抜けた。


「よし出られた、なんか冒険小説みたいだなあ」


外に這い出てみれば薄暗がりの中。

おどけるような声がする。


「いやあこのような高級品をお求めとは、さすがはカディンゼル卿ですなあ」


アトラは柱の隅に模型を置き、その中に潜んで声だけを伺う。外の景色は水中から地上を見るように歪んでおり、この状態なら顔は出ていないはずだ。なんだか魚にでもなった気分だった。


「世辞など要らぬ、それより所望のものは持参したのか」

「はいはい、すべてここに」


重々しい黒の上着を羽織った大男、それと髭を生やした小男がいる。


(ええと確か……この街の領主様の名前がカディンゼル・ドミ・ベルセネット……)


二人は机を挟んで会談していた。小男の方が革張りのケースを机に置き、もったいぶった動作で留め金を外すと、ゆっくりと領主の側へ回す。


領主はそのケースから何かをつまむ。腕輪のようだ。


「うむ……竜銀ドルムの確かな輝きがある。一級の品か?」

「はい、それはもう。竜銀ドルムの付与量もさることながら、素材の金や宝石、彫刻も含めて、美術品としても第一級のものでございます」

「そうか」


がり、と音がする。


(……?)


首を伸ばしてよく見れば、歪んだ像の中で、領主が腕輪を噛み締めていた。

黒髪は八方に尖り、髭の濃い獣のような顔。燭台の灯を受けて白く輝く犬歯、その下で金の腕輪が噛み潰され、宝石の留め爪がひしゃげて、翡翠のような翠がかった石が奥歯で擂り潰される。


(ひええ、なんだあれ。偽金にせがねを確認するのに金貨を噛むことがあるって聞くけど、そういうやつかな?)


領主は噛み潰した部分を手布ハンカチの中に吐き、その残骸を指で漁る。銀色の蒸気のようなものが手から発散されており、領主はその手布を丸めて懐に納める。


「うむ……すべて買おう、いくらだ」

「はっ……このぐらいで」


小男が片手を開く。


(うひゃあ、500万ドルムか、すごいなあ)


「5億か、分かった」


喉から声がまろび出るかと思った。


「オパールと紙幣で払おう。また持ってこい」

「はは、これはこれは……本当にありがたいことで、私などには過ぎたる商売です。先の遠征隊がよほどの額を落として行ったようで……」

「要らぬ口を効くな」


ぴり、とひりつくような空気が場に流れる。柱に取り付けられた燭台の明かりがわずかに揺らめく。


「部下に送らせよう。いつものように地下から外に出るがいい」

「は、はい」


(地下……そうか。地下に竜銀ドルムを溜め込んでるんだったな。ここが領主様の屋敷なら、きっともっと地下に……)


やがて足音が遠ざかり、使用人が燭台の灯を消して去っていった後、アトラはゆっくりと模型を出た。


夜戸税ナッダリアとやらも終わり、もう街も寝静まる時刻のはずだが、屋敷には奇妙な緊張が残っている。

屋敷のどこかに大型の猛獣がいて、よだれを流し、眼を血走らせて、獲物がいないかと歩き回っている。


そんな想像が頭をよぎった。


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