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第十話 幻光の剣


紙を敷いて図を描く、大きな敷地に七つの建物、壁は分厚く全体は二重囲いを描き、上下水道の設備もある複雑な構造だ。


「こんな感じ……。これ、模型の発注の時に出された略図なんだ」

そら・・で覚えていたのか? 大したものだな……」

「この部分だよ、なんか変だと思ってた」


全体が二重囲いとなっている姿はまるで平城のようだった、その中で中央の一点を示す。


「この空き地、ここは倉庫と貯水プールに近いし、宿舎からも一本道で行ける。運動場ってわけでもないし何か不自然なんだよ。地下室か何か、あるんじゃないかな。財務官の爺ちゃんも、議事堂はいざというときに要塞になるって言ってたし」

「確かに、議会などは有事の備えがあるものだが……」


考えてみれば、模型の注文が急に反故にされたのは妙だった。それと時を同じくして港に竜が来たこと、そして終戦派の動きは関連していたのだろうか、何となくそう思う。

フィラルディアはじっくりと図面を確認し、同じ結論に至る。


「地下施設ということなら工事の前段階から作られていても不思議はないな。財務官ら上級役人が関わってるなら、その線が濃厚か。終戦派と街の有力者は以前より結託し、竜銀ドルムの武器を蓄えていたんだ」


フィラルディアは、どこか観念したような様子で顔を上げる。


「分かった、私が行こう。アトラ、道案内についてきてくれ」

「勇者様ひとりで?」

「一人のほうが身軽だ……。心配せずとも、先制さえ打てれば通常の・・・竜銀ドルムの武器に遅れは取らない」





バターライダーの官庁街の奥。

老朽化した複数の建物を取り壊した空き地に、ぐるりと陣幕のような布が張られている。その上から突き出すのは足場のやぐらだ。なぜかコート姿の男たちがゆっくりと周囲を巡回しており、建設途中にしては物々しい空気がある。


そこへそっと転がっていく、一掴みのケーキほどの模型。背中合わせになった男たちの視線に触れず、ゆるゆると陣幕の下をくぐった。


「よし、入れた」


中から出てくるのはアトラとフィラルディア。アトラは伸び上がって周囲を見るのに対して、フィラルディアは素早く身を屈める。


「建物はまだ基礎と、外側だけだね。資材なんかもほっとかれてるし、壁も作りかけだし」

「うむ……今は工事どころではないのだろう。中には見張りはいないようだし、中央へ急ごう」


建物の配置は頭に入っている。アトラたちは基礎のための溝をまたぎ越え、作りかけの石組みを乗り越えて中央へ。


果たしてそこには階段である。鉄の蓋が跳ね上げられ、その下に階段が伸びていた。


「なんか水の音がするよ」

「降りてみよう」


フィラルディアが剣を抜く、するとそれは白い燐光に包まれた。熱を感じぬ柔らかな光、それを頼りにして下へ。

建物で言えば三階ぶんほど降りる。すると十字の角度で水路にぶち当たり、そこに橋がかかっていた。橋の向こうには鉄の扉がある。

水路の流れはかなり早く、左右にごうごうと水音が唸っている。


「水路だ。これ下水だよ。なんでこんなとこに?」

「おそらく地下通路だろう。いざという時、この水路からどこかへ逃げられるように作ってあるんだ。あるいは、別の場所からここへ来るための通路か」

「ほへー、すごいなあ」


フィラルディアがアトラを追い抜き、ドアに至る。


「……中に誰かいる。しかし、気配はごく少数」

「踏み込もうよ」

「……ああ」


そしてドアを押し開けた、その先は。


「……え」


――誰かが倒れている。


部屋の外周にはいくつかの角灯。それがあかあかと照らし出す室内には、しかし混沌の眺めが溜まっている。


アトラはそれが何なのかの認識が遅れる。投げ出された手足、折り重なった脚と腕、だらんと開かれた口と、恐怖に固まったような顔。虚空を見る眼。喉をかきむしったような傷、自ら引きちぎった着衣、壁にもたれた男、口腔からこぼれている紫色の舌――。


「……こ、これ」


無数の人々が倒れている。折り重なって、物のように布きれのように。


部屋の奥には武器が山と積まれている。うっすらと白く輝く竜銀ドルムの武器。あるいは鏡や壺のような魔法の器物もある。その前に誰かがいて、手帳に何かを書き付けている。


「おや、これはこれは、司令官さま」


振り向くのは薄紫の髪に小さな眼鏡の人物。アトラはその顔に見覚えがあった。終戦派のザッカーだ。


「お早い到着ですね。もう少し武器を吟味したかったのですが」

「ザッカー……」


フィラルディアがその名を呼ぶ。苦々しい響きだ。二人は既知なのだろうかと思う。そして恐怖がだんだんと認識されてくる。

この部屋は恐怖と闇で満たされている。それがどんどんと嵩を増し、今まさにアトラの首元まで満たそうとしているのだと――。


「貴様、ここに倒れている人々に何をした」

「毒性のある鱗粉を吸わせました。ああ力場など張らずとも、もう十分に薄まっていますよ」


フィラルディアは剣を前に突き出している。光が極薄の布のような壁となり、球形にアトラたちを包み込んでいた。

だがアトラにそれを認識している余裕はない。次々と新たな肉体が眼に入る。若い男、高齢な男、役人風の男、女性もいる。

そしてひときわ立派な上着を着て、金の飾り紐で右胸を飾る人物は、まぎれもなくバターライダーの財務官――。


「こ、この人たち、死んで……」

「驚くことはないでしょう」


ザッカーはまだ武器を見ていたい様子だったが、アトラの声に反応して両手を開く。その声には興が乗ったような、皮肉を秘めた明るさがあった。


「終戦派の方々ですよ。恐れ多くも王の旗下たる遠征隊に牙を剥き、物資の供出に異を唱え、こうして竜銀ドルムの武器を集めていた反逆者ではないですか」

「無駄口をたたくな、ザッカー」


フィラルディアは剣を構える。ザッカーはやや背筋を伸ばして構え、目の前で人差し指を一つ立てる。

すると、その先端に蛾が生まれた。飛来したのでなく、火がともるように指先に出現したのだ。

蛾は角灯カンテラの赤い光に照らされてでなく、竜銀ドルムのように自ら光っている。銀色の鱗粉がはらはらと散る。

アトラが、恐怖に足首を掴まれつつ叫ぶ。


「お、お前が、ここの人たちを殺したのか!」

「ハッ、坊や、まだ分かってないのですね。南方の方々は遅かれ早かれこうなる定め。それに加えて言うならば、私とそちらの勇者様に、大した差などないのですよ」

「な、何だって……?」


光を放つ蛾が指の周りを旋回している。それが何かの抑止になっているのか、フィラルディアは巨大な手に押し止められるように動けずにいる。


「むしろ、殺してきた数で言えば比べ物にならない。坊や、勇者とはどういう者のことを指すか分かりますか」

「そ、それは……英雄のことだ。大きな功績のあった人……」


ほんの数刻前、どこかで同じ問答をした。ザッカーは唇をゆがめて嘲笑わらう。


「それは正確ではありません。勇者とか英雄というのはね、大いなる何かを殺した者のことです」

「殺す……!?」

「ああ、むろん、大勢の命を救って英雄となった人もいるでしょう。しかし北方ではそうではない。そんな善行など何の意味も持たぬ地獄なのです。北方で何が起きているのか、南方には何も正しいことは伝わらない。虚無の帯デッドベルトの彼方から戻ってこれる方はほとんどいないからです。北方で起きていることとはね、人間同士の殺し合いですよ」


人間同士の。

その言葉が、アトラの耳にヒルのように張り付く。耳朶を食い破り、鼓膜の奥に忍び込んで無理矢理に理解させようとする。


「う……嘘だ!」

「嘘ではありません。「極北の魔王」はすでに姿を消し、世界には魔王の遺産たるべき「銀の都」と、魔王の血肉より生み出されし竜だけが残った。十七体しかいないはずの竜、ではなぜこの地に十八体目がいるのか。それはね、奪ったからです。竜を殺し、その喉元に一枚だけある鱗、真なる竜銀レアルドルムを奪って、新たな竜を生み出したからですよ」

「そ、そんな……」


後方から、フィラルディアの横顔を盗み見る。

彼女は何も言わない。奥歯を噛み締め、凍てつく風を受けるようにじっと耐えている。なぜ何も抗弁しないのか、それはザッカーの言葉が真実だからなのか。


「王の威光は絶えて久しく。都市曳航竜はそれぞれが数万の兵を積んだ要塞となり、無限に争い続けている。魔王の残した都、あらゆるものが竜銀ドルムで出来ている「銀の都」を掌中とし、その銀の玉座に座るために」

「嘘だ! 何もかも嘘っぱちだ!! 勇者様がそんなことするもんか!」


強く言葉をぶつける。しかしザッカーは微動だにせず、にやにやと蛇が鼠を見るような笑みを崩さない。


「愚かな子です。まだ気付かないのか」


その余裕は、それは言葉だけではなく、確たる証拠を示せるのだという余裕なのだと、アトラにそのような機微が分かる道理もない。


真なる竜銀レアルドルムは魔王の血肉、それはこの世で最大の神秘。獣を竜に、ただの鉄くずを神器に変える銀なのです。そして他の竜銀とはまったく隔絶した輝きを示す。水銀のような白熱灯のような、曇りひとつない完全なる鏡面、無垢なる光。よくご覧なさい、力を示しているときの、その剣の輝きを」


ザッカーが指を振り、蛾を飛ばす。それは白く輝きながらフィラルディアに迫り、彼女は剣を振ってそれを弾き飛ばす。ひどく重いものを弾き飛ばしたような、がいんという音が鳴る。


「――!」


そして、アトラは見る。

その剣の輝き、表面が鏡のように滑らかで、内部から水の噴き出すような鮮烈な光。ザッカーの後ろにある竜銀の武器とはまったく異なる神秘性。ザッカーは、これ以上ないほど口の端を吊り上げて笑う。


「それが幻光剣イムカウェンザ。真なる竜銀レアルドルムで作られた器物ですよ。これほど欲深いこともない。一枚で巨竜を生み、数万の人間を養える銀を、一振りの剣に変えるとはね。そこにいる勇者とはまさに人間の宿業の体現。個の欲望を突き詰めた姿がその女なのです」

「黙れ……!」


初めて、フィラルディアが声を放つ。


「この剣は、我が信念のために……」

「ハッ、勇者様と問答するほど道化なこともない。私は退散いたしますよ」


指を鳴らす。数十の蛾がどこからともなく生まれ、そしてザッカーと、背後にある武器の山を包み込んで消える。


後にはただ、二人のみ。


「あ……」


アトラは必死で今の一幕を打ち消そうとする。疑念も混乱も投げ捨て、思考をどこかの時点に巻き戻そうとする。

今の言葉はすべて嘘なのだと、あの男の適当な、根も葉もない口から出任せなのだと、そう告げてもらえれば、アトラは迷いなくそれを信じたやも知れぬ。


「う、嘘だよね。あんな話、何かの間違い……」

「何も違わない」


だが、フィラルディアは厳然と告げる。


「私こそは第十八次遠征隊の司令官にして、竜殺しの英雄、フィラルディア=ギリス」


そしてアトラを振り返るその顔には。

もはや、別人のような冷徹さだけが。



「やがて世界の覇権を握らんとする、勇者だ」



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