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第九話 虚無の帯



バターライダーの港に竜が停泊して、はや72時間。


「勇者」フィラルディア=ギリスは遠征都市の上を歩いている。

周囲は蒸気の吹き出す音と、地の底から響くうなりが繰り返される。砂海に響く槌音、男たちの掛け声、そして竜銀ドルムの放つ蒸気。クレーンや銀櫃牛ギバークから放たれるのは、高音の水蒸気が混ざった排気だ。


「居住区の整備は間に合いそうか」

「はい、中規模の住居がもうすぐ積み終わります。仮宿舎については船上で設営を続けております」

「浄水塔の増築は」

「魔法使いによれば明日には終わると。竜銀ドルムの追加を求めております」

「500万ほど回してやれ、物品請求書は出港の日までに提出するように」


工事の進捗を管理し、人材の割り当てと資材の振り分けも行う。この第十八次遠征隊の司令官として仕事は引きも切らない。

それは、遠目に見れば木製のそり。しかし実態は二つの森を切り開き、数万本の木材を組み合わせ、竜銀ドルムで強化した大型艦船である。鉄よりも強靭で変形が少なく、百あまりの建物を乗せての旅に耐える。

タールを塗った床は茶褐色に輝き、その上を高い靴音を響かせて歩く。


工事は出発してからも続く。建物をすべて竜銀ドルムのまじないで強化し、さらに食料や水もまだまだ足りない。いくつもの街を回っての旅支度となる。

書類の決済もせねばならぬと、フィラルディアは己の執務室へと向かった。ひときわ高い石の尖塔を登り、最上階の部屋へ。


「……む」


石造りのドアの前で把手を握る瞬間、フィラルディアの動きが止まる。


「……刺客か? いや、まさかこんな南方にまで」


鍵を壊された形跡はない。だが油断せず、一気にドアを押し開けて踏み込む。


「わっ!?」

「おっと……これは面妖な」

「あっ、やっぱり勇者様! よかった合ってた! ここまで3日もかかっちゃったよ!」


そこにいたのは短髪の少年である。快活な印象だが手足は細く、日の短い街で育ったせいか肌も白い。


「君は……たしか先日の」

「勇者様! 大変なんだよ! 終戦派のやつらが!」

「とにかく静かに……近くに人がいないか見てこよう。見つかったら大変なことになるぞ」


アトラの様子はと言うと、その興奮には興味がやや含まれていた。天井に届く本棚には見たことのない本が詰まっている。黒檀の机には印章と、封蝋のための蝋燭が置かれている。上等な万年筆と真鍮の文鎮。部屋の壁には地図もかけられている。壁一面を埋めるほど大きなものだ。


「すげー……これ世界地図かな、バターライダーでは世界地図って売ってないからなあ」

「アトラ、どうやってこの部屋に入ったのだ? バターライダーの市民はこの塔には入れないし、忍び込めるはずもない」

「ええっと、門番の人の隙をついてとか色々、この部屋にはそこから」


指を指すのは書類の入った木箱である。部下に執務室に運ばせるよう言ってあったものだ。むろん、10歳の少年が入れる大きさではない。


「そこから……?」

「うん、模型に入って……いや、とにかくこれ見て」


アトラが取り出すのは透明な覆いのかかった模型。立ち木が一本だけ生えている。スノードームにしても簡素すぎる作りだ。


「これ、中に入れるんだよ、ほら」


実演してみせる。中に飛び込んだり、腕だけを外に出してぶらぶらと振ってみたり。


「それは……竜銀ドルムの魔法の品、なのか……? 空間を操るとはかなり高位の器物……」

「すごいでしょ、これなら砂漠の旅でも役に立つよ。遠征隊に役立ててほしいんだ」

「寄贈する……というのか」

「うん、その代わり俺も遠征隊に加えて欲しい。足手まといにはならないよ。あ、でも今日来たのはそれだけじゃなくて、伝えたいことが……」


そこで、アトラはわずかに硬直する。

フィラルディアが剣呑な気配を放っている。すがめた眼で自分を見て、口を真一文字に引き結んでこわばった空気を放つ。


「あ、あの」

「……アトラ、何も言わずにこの部屋を出るんだ」

「……!」

「今なら何も見なかったことにする。家に帰って、遠征隊のことは忘れるんだ。この船は君の立ち入る場所ではない」

「な……何でだよ、何でそんなこと言うんだよ。俺だって力になれるよ。早く戦争を終わらせたいんだよ、戦争が終われば、クイッカの父ちゃんだって帰ってくる……」

「……」


フィラルディアは、押し黙りながら言葉を探すかに見えた。怒りを秘めているような、それでいて棘のある花を撫でるような慎重さが感じられる。


「アトラ、あの地図を見てくれ」

「え……」


言われて地図を見る。じっと見ると、何だか寂しい印象を受ける地図だと思えた。

その地図は真ん中の部分が赤褐色になっており、三色旗のような印象がある。山脈や岩場などがいくらか描かれ、南にはアトラの知る街の名前もいくつか書かれているが、空白地帯の方が圧倒的に多い。


「あの真ん中の赤いのは?」

虚無の帯デッドベルトだ。赤道を中心として南緯北緯65度の範囲、気温は最大で110度まで高まり、魔物がうごめき、砂嵐の吹き荒れる過酷な大地、それが直線距離で2万キロも続く。竜を用いる以外では絶対に踏破できない、世界を分断する帯なのだ」

「そっか、あれが虚無の帯デッドベルト……魔王が砂漠に変えた土地って聞いたけど、あんなに広いんだね」

「この世界は、大きく南方と北方に分断されている。北では激しい戦争が行われ、南方の物資が北に吸い上げられている現状がある。南方の市民は詳しいことも分からぬまま、北からの砂と魔物に怯え、より南へと避難してきたのだ」

「う、うん……」


やはり戦争はあるんじゃないか、とアトラは思う。しょせん終戦派など信じるに足らない連中なのか。


「いいかアトラ、見てのとおり、南方に残された都市は残り少ない。人の住める土地は、もうわずかしか残っていないんだ。我々は、できれば南方の地をも守りたい。その模型は南方の今後に必要なものになるはず、この地に留めておくべきだ」

「でも……勇者様。俺は勇者様に死んでほしくないよ。険しい旅になるなら、この模型があった方が……」

「アトラ……君は勇者が何か分かっているのか」

「え……? ええと、その、英雄でしょ、大きな軍功を上げた人……」

軍功を上げる・・・・・・とは、英雄・・とは……」


ぶつ、と。


妙な音が聞こえる。


なぜかその一瞬、アトラの腕が粟立あわだつような感覚があった。

それは目に見えぬ不安のような、とても不気味で気持ちの悪い音。アトラはその短い音が耳の深いところまで届くのを感じた。


「……いや、もう、いい」


フィラルディアは眼を伏せ、深い憂いに耐えるように拳を震わせる。


「……?」


今のぶつ・・という音は何だろう、とアトラは思う。とても気になるのに、それについて考えてはいけないような気がする。


「……それ、より、アトラ。何か言いたいことが、あるとか……」

「う、うん、そうなんだ。実は終戦派が……」


アトラはなるべく細大漏らさず説明する。聞いた言葉や声の雰囲気、何人ぐらいが集まっていたか、フィラルディアが何度か質問し、可能な範囲で答えていく。


「そうか、終戦派が竜銀ドルムの武器を……」

「どうしよう、終戦派の人たち、この竜を乗っ取る気なんじゃ」

「……もし襲撃があるというなら、竜を沖合に出すべきだが、もろもろの作業中だからな……。兵士たちをなるべく固めておくか、できれば、こちらから踏み込みたいところだが」


勇者は口元を押さえつつ、低い声で話している。なぜかその額に汗の玉が浮いていた。


「そっか、終戦派のアジト……」


はっと、そこでアトラに気づきがあった。背中に板を通されたように背筋が伸びる。


「もしかして俺、アジトわかるかも」

「なんだって……?」

「ねえ、でっかい紙と、何か書くものある?」



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