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第七話 終戦派



道が舗装され、民家が商館に変わり、さらにずっとずっと街の奥まで進めば、そこは倉庫と工房の並ぶ、港の眺めとなる。


アトラの主観では数日経っているが、それでもナイフを突きつけられた経験をそうそう忘れられるものでもない。なるべく大通りを、注意しながら進む。


バターライダーの街には「夜明け前」という感覚が希薄である。人々は星明りの中で寝台から身を起こし、空のしらむ頃には仕事を始める。それは大都市だからという意味でもあるし、しじゅう船の着く港湾都市であるから、という意味でもある。ここよりも北方にある街からの船が、ここで補給を済ませて北に帰ってゆく街なのだ。


砂海を正面に見て築かれた港。それは丘を石組みで固めて船着き場としたもので、長さは1キロあまりに及ぶ。だがその時は、港の全部を使っても収まらないほどの巨竜が停泊していた。

ひっきりなしに人が出入りしている。重い荷を抱えたロバに、塔のようにたかだかと荷物を背負った荷運び人。そして竜銀ドルムを燃料として動く荷引きの台車。

それは金庫の左右に車輪を付けたような構造で、竜銀ドルムの粒を飲み込んで激しい白煙を上げる。そして木製のソリを履かせた積荷を引っ張っている。


「すげえ……銀櫃牛ギバークだ。バターライダーにあんなのなかったぞ」


噂には聞いている。北方で発明されたという内燃機械だ。北方では竜銀ドルムを使った機械が数多く開発されているとか。


そして港に近づくに連れ、山型のシルエットが存在感を増してくる。

それは街よりも大きく思えるほどの亀。首と手足を縮めて眠っているようだが、港全体に低い風のうなりが響いている。小屋ぐらいは吹き飛ぶほどの鼻息が漏れているのだ。

ようやく明るくなり始める時刻、アトラが仰ぎ見れば、その亀には甲羅の部分に何十もの鉄杭が打たれている。まだ距離があるから小さく見えるが、おそらく時計塔ほどもある鉄杭だ。

そこから数十本の鎖が伸び、後部に伸びるソリのようなものに繋がっている。そしてソリの上には街ができている。何もかも冗談のような大きさだ。


男たちは石組みの築地を降りて砂地を歩き、そのソリに荷を積んでいく。ソリの上では三から五階建ての建物がいくつか並んでおり、まるでジオラマのようだ。


「おい仕事くれよ、あるんだろ!」

「食料買ってくれよ、家畜もあるぞ」


港には様々な年代の男たちが集まっていた。広々とした港湾内でいくつかの塊を作り、兵士風の男が竜銀ドルムの詰まった袋を見せて叫ぶ。


「ちゃんと並べ! 食料の買取は相場の二割増しだ! 兵士の希望者は向こうだ!」


都市曳航竜が港に来たのはつい昨日のはずなのに、街はすでに沸騰しつつあった。商人風の男たちも港に散らばり、街の男たちと交渉している。都市曳航竜に乗り込んでいるのは都市を代表するほどの豪商だと聞いている。


「なあ大工の働き口はないのか。都市曳航竜だろ、大工だって要るはずだ」

「これはカーボギルデで建造されたばかりの船だからな、まだ補修は必要ない。機械工ならもう少し乗せてもいい」

「それなら俺ができるぞ、クレーンも動かせる」

「よし、あっちだ、あの赤い服の男から話を聞け。これから建物の積み込みもあるからな」

「のろそうな竜だな。食料もっといるだろ、買ってくれよ」

「それはいくらでも買う。どうせ、これからヴァスカンとベルセネットにも寄って買い付けをせねばならんからな」


腰の曲がった商人が、数人の男たちとてきぱきと商談を交わしている。

アトラは都市曳航竜についての知識は少なかった。祖父が北方世界についての話をしなかったからだが、噂では数十の建物を乗せたそりを竜に曳かせ、遥か北方、魔王の根城まで数年かけて旅をするのだという。実際こうして目撃するまで、アトラにも信じられなかった。

物珍しさは大の男でも変わりないのか、質問もいくらか聞こえる。


「あれ木材だろ、どうなってんだ、あんな重量を」

「竜銀のまじないだ。魔法使いも乗っている」

「あれが組み立て式のクレーンか、でかいな、40トンクラスか」

「あれもまじないで強化してある。160トンまで吊れる」


ぶしゅう、と道の脇から白煙が吹き出す。


「うわっ!?」


見れば、建物の一つに大柄な男が集まっている。

建物の根元部分に四角い機械が差し込まれ、側面についたハンドルを回す。回されるごとに四角い機械が白煙を上げる。竜銀ドルムが熱と水蒸気を吐き出しているのだ。


「な、何してんの?」

「家を土台からジャッキで持ち上げてんだよ。住居として買ってくださるそうだ」

「家を……すげえ、ほんとにやるんだそういうの」


覗き込もうとしたアトラを、その男は手を振って追い払う。


「邪魔だ! どけ! ケガしても知らねえぞ!」

「うわっと、なんだよ、ちょっとぐらいいいだろ……」


だが見物してる場合でないことも思い出す。アトラは目当ての人物がいないかと、周囲を見ながら歩く。


「うーん、港にいるとすれば、たぶん志願兵の受け付けに……」


どれほど集まっているかと思ったが、予想よりは多かった。すでに人だかりができており、鎧と槍を装備した兵士たちが列を整理している。アトラは人の間を縫って兵士に近づく。


「ねえおじさん」

「ん、なんだ子供か」

「勇者フィラルディアってここにいる?」

「なんだ? フィラルディア様はお忙しい身だ。子供の相手なんぞしてる暇はないぞ」

「大事な話があるんだよ! すっげえ大事なことなんだ!」

「ええい! 邪魔だ!」


その兵士が押しのけるまでもなく、別の男が割って入ってくる。


「おい、こっちの話が先だろ、給金の前払いはどのぐらいあるんだ」

「だから向こうで手続きしろと言ってるだろう。まとめて説明する」

「装備は支給されるのか。持ち込みなら買い上げてくれるとかないのか」

「それについては向こうの……」


さらに人が集まりつつある。暗鬱たる空気の流れていたバターライダーとはいえ、いざ遠征隊が組まれるとなればそれはこの時代で最大とも言えるイベントである。一足先に船に乗るほうが有利、と考える目ざとい連中もいるだろう。アトラは集まってくる男たちにはじき出される。


「くそっ、これじゃ近づけない……」


「みなさん!!」


はっと、周囲に沈黙が降りる。


「騙されてはなりません! 徴兵とは偽り! 我々の街から食料と武具を吸い上げる企みに過ぎません!」


周囲の眼を一手に集める、それは若い男である。

戦士に志願した男たちに比べると背が低い。銀縁の眼鏡をかけており、薄紫の髪が妙に艶めいて見える。大きく腕を振りながら、天にでも訴えかけるように叫んでいる。


「なんだ? あの男は」

「終戦派だろう、こんなところまで来たのか」


(終戦派……)


たしか、魔王との「戦いの終わり」を主張する人々と聞いている。やはり例に漏れず、祖父があまり語らないことだった。


「かつてはこのバターライダーにも凶悪な飛竜たちが来ていました! しかし! この10年ほどそれを見た者がいるでしょうか! 我らは気付かねばなりません! 魔王はすでに滅びているのです! 国王陛下はそのことを隠している!!」

「おい! 貴様何をやっている!」


当然のごとく、周囲から武装した兵士が集まってくる。だが、その男もまた仲間の男たちに囲まれていた。何人かが兵士たちとの間に立ちはだかる。


「魔王が滅び! 世界には荒廃だけが残った! そのような世界で竜銀ドルムが何の役に立ちましょう! 騙されてはなりません! 今や麦のひと粒は銀の輝きに勝るのです! 差し出してはなりません!  男手を街から出してはなりません! 王は偽りの遠征を繰り返している!!」

「この! 貴様ら! どかぬと突き殺すぞ!」


兵士たちが槍を構え、それを潮時と見たか、男たちがひとかたまりになって退いていく。中央の薄紫の髪の男を守るように円陣を組んで、そのまま細い路地に逃げ込む。何人かの男が兵士に取り押さえられていたが、何人かはもがきつつ逃げ出している。拘束の準備をしていたわけでもなし、兵士側にも本気で揉め事を起こす気はないと見える。


「困ったもんだな、終戦派の連中、やたら張り切ってやがる」

「どうする、追いかければアジトが掴めるかも」


兵士がそう話し合うのを、アトラが何となく聞き咎める。自分が近くにいるというのに遠慮なく話しているのは、アトラが眼に入っていないからだろう。


「鎧を着た我らを案内するほど間抜けでもあるまい。まあ心配ない、フィラルディア様が内偵されておるそうだ」

「そうだな、終戦派狩りも王よりの勅命だとか……」


(フィラルディア……)


物音がして、さっと路地の方を見る。兵士たちの拘束を振り切った男が、そこへ逃げ込むところだった。兵士たちは路地までは追う気がないのか、何か罵倒の言葉を飛ばして追い払うのみである。


方向の検討はつく。

アトラは小走りで駆け出し、逃げた男の後を追った。



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