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第六話 都市曳航竜






クイッカがこれほど驚いたのを初めて見た。


美しい金髪を逆立て、眼をピンポン玉のように丸くしての硬直。肺がせりあがったのか、息が詰まってひゅうと音が鳴る。


「ちょ、ちょっと……何これ!?」


硝子屋はたっぷり七秒ほど硬直してから、それだけを言った。


古いテーブルに並ぶのは、アトラの家にある全ての食器だ。

煮沸して冷ました水が水差しにたっぷりと満たされ、中央にはクルミやナッツ類の入った深皿。

魚の干物で出汁をとったスープにはごろごろと野菜が沈み、中央にはマッシュポテトに目玉焼きが二つ乗っている。端が少し焦げているのは愛嬌というものか。


さらに山鳥の手羽を天火で焼いたもの、黒パンのスライスにはメープルシロップまで添えられている。魚の内臓から作った調味料はアトラの自家製だ。かなり苦味があるが、アトラなりにうまくできた自信作である。


「へっへー、すごいだろ」


思いきり背すじを反らせるアトラ。何しろ材料の調達から初めて、四日がかりで用意した朝食である。

しかし当然というか何というか、クイッカは驚いた直後に顔を青ざめる。


「アトラ! まかさお爺ちゃんの財産を売ったの!?」

「え?」


きょとん、とした反応を見せるアトラは、直後に慌てて否定する。


「売るわけないだろ! 全部俺が用意したんだよ! 魚だって釣ったんだからな!」

「そんな馬鹿なこと……川までは半日歩くし、こんな大きな魚なんて……」

「後で説明するから、まず食べようぜ」


ふふんと余裕を見せつつ、自分の席について食べ始めるアトラ。


「ほら食べてよ、せっかく作ったんだぞ」

「た、食べる……けど……」


朝早く、クイッカが起き始める時間に訪ねてきたかと思えば、いきなり朝食を作ったから食べようと言う。クイッカはまだ寝巻き姿だった。半信半疑のまま家に呼ばれてみれば、クイッカの感覚では結婚式なみのご馳走が出された次第である。


もう少し説明の順序を考えるべきだったのは確かであろう。アトラが作ったとあっては食べることを拒むわけにもいかなかったが、クイッカは終始、味など分からないままだった。

最後の食事、という言葉が天井いっぱいに張り付いていた。





「模型の、中……なの?」


クイッカは陽光の降りる芝生に立ち尽くし、まぶしそうに空を振り仰いでいる。髪を撫でるような仕草をしたのは防眩ゴーグルを探したのだろう。まだ夢から覚めきってない様子である。

ひととおりの説明を終えたものの、クイッカを地下室には入れるべきではないと判断した。誰かの死体があると説明したのみで、クイッカもあえて降りようとはしなかった。


「すごいだろ。爺ちゃん、こんなすっげえ魔法の模型を隠してたんだぜ。ずっるいよな、きっと玉子とかときどき食ってたんだぜ」

「そんな、こんな魔法……聞いたこともない……」


竜銀ドルムの輝きの知られる時代。魔法や神秘はさほど縁遠い存在ではなかった。バターライダーの街には街灯にまじないの火がともり、公衆浴場では竜銀ドルムの火をたたえる大型のかまども見られるだろう。そして北から逃れてきた傭兵などは、まじないの武器を持つものもいたのだ。


クイッカは少し考えて、小屋の方を見る。


「その地下にいた人って……どんな人だったの? 魔法使いっぽかった?」

「魔法使いって見たことないからなあ。分厚い服は脱がせないし、ガラスの面から顔が見えるけど、干からびてて人相が分からないし」

「ちゃんと弔ってあげたいわね……縦穴を担いで昇ってこれる?」

「うーん……ちょっと無理かも……。ロープで引き上げるしかないけど、二人がかりでもきついかな……」

「これって、その人の持ち物なのかしら……」


クイッカがまだ考え込んでるのを見て、アトラは頭を掻きながら言う。


「えっと、ほら、昔話にあるじゃん。魔人の封印されてたオルゴールとか、中から千羽の鳥が出てきた壺の話とか、ああいうのだよ。ありがたくもらっとこう」

「そう、なのかな……でも、これほどの魔法なんて……」


そこで、クイッカははたと思い出す。


真なる竜銀レアルドルム……」

「? 何それ」

「聞いたことあるでしょ。世界に魔法をもたらした魔王の血肉・・・・・。魔王はその血を大地に流し、それは魔法となった。魔王は自らの体から銀を生み出し、いくつかの獣に食べさせ、それは竜となった……。竜の無限の力の源、一枚だけ銀色に輝いてる鱗、それが真なる竜銀レアルドルム

「? 一枚だけ特別な鱗があるのは知ってるよ、それがどうしたの?」

「アトラ、この模型の土台ってどうなってた?」

「土台? 木枠で覆ってあるけど」

「一度出ましょう」


外に出て、模型の土台を覆っている木枠を外してみる。

果たして、そこにあるのは銀色の輝きだった。土台のすべてが竜銀ドルムでできているのだ。


「うわすげえ! 何これ、こんなピカピカしてる竜銀ドルムなんて見たことない!」

「すごい……これ何万ドルムあるの……」


竜銀ドルムとは、竜の足跡から見つかる銀色の粒である。

ハンマーで叩けば炎を上げ、かまどに放り込めば長時間燃え続ける。この時代、都市部ではこの竜銀ドルムを行政が買い取り紙幣を発行し、通貨として流通させていた。竜銀ドルム本位制経済とでも言うべきか。


竜銀ドルムは粒の大きさ、輝きの強さなどで価値が変わり、基本的には大粒で、白に近いものの方が価値が高い。その土台は輝きもさることながら。表面にアトラの顔が映るほど滑らかで、水銀のように揺れ動くかに思える。


「あれ、これ、ちぎれるぞ」

「え?」


好奇心のなせる技か、アトラはその一部を千切り取っていた。固めのパンのようにめりめりと剥がせたのだ。

コースターほどの大きさにもぎ取ると、不思議なことにまた透明な覆いがかかる。この大きさではまさにスノードームだ。


「ちょっと!?」

「いや、だいじょぶだよ、ほらくっついた」


元に戻すと、継ぎ目もなくピタリと一つになる。泡同士がくっつくようにドームも一つになった。


「嘘、どうなってるのこれ。固いのに、手で千切れる……たくさんの磁石の粒がまとまってるみたいな手触り……普通の竜銀ドルムとぜんぜん違う……」

「まあ細かいことはいいじゃん。それよりスゲーだろこれ、ご飯食べ放題だぜ」


クイッカは、テーブルに手をついてしばし考え込む。

長い時間が一気に過ぎ去るような熟考。その中で一度悲しげに眼を閉じて、そして強い眼でアトラを見る。


「アトラ、これは私たちが持ってていいものじゃない」

「え……」

「見て分かった。これはやっぱり真なる竜銀レアルドラムかもしれない。特別な力があるって聞いたことがあるの。これは個人が持つようなものじゃないのよ。特に今は、バターライダーから遠征隊が出るんでしょう? こんな品、砂海を渡る遠征でどれほど重宝するか」

「……」


それは理解できる。この模型が砂漠の旅にあれば、水も食料も無尽蔵に取り出せるのだ。これほど役立つものもあるまい。


「街に寄付しましょう。それがいいわ。きっと、遠征隊が立派に役立ててくれる」

「……」


アトラはふと、石ころのような無表情になる。

あまりに急な落ち着きに、クイッカも少しけげんな顔になった。


「……アトラ?」


模型屋はしばしの後、やおら手を打ち合わせて飛び上がる。


「そうだ! 相談できる人がいるんだよ! 俺、その人に会ってくる!」

「え?」

「今すぐ行こう! あ、この模型って千切れるんだよな、少し持ってこう!」


めり、と手で千切ると、手のひらに乗るほどの大きさの模型に変化した。半球のドームの中には木が一本だけ生えている。


「なんか変な感じだな、これ以上小さくはちぎれない。勝手にまとまってくるんだな」


指先ほどの大きさをちぎろうとしたが、勝手に一定量がくっついてくる。引き抜くときは冷たく、液体のようでもあり金属のようでもある手触りだった。


「見せるには一つあればいいか……それじゃ行ってくる!」

「ちょ、ちょっと!」

「昼には戻るから! その人も連れて来れるかも!」


上着を着て、水筒の皮袋を提げて、あっという間に身支度をすると、アトラはまだほの暗い中に駆け出した。


地平線の果てからゆるゆると朝日が昇ってくる。アトラの主観では数日が経っているが、街はまだ一日と経っていないはずだ。勇者の呼びかけにより徴兵が始まっているだろう。


「あ、そうだ」


少し道をそれて、高台に登る。

登ると立木や丘の影が下がり、北側に平坦な地平線が見える。そこに広がるのは広大な砂海。北の果てまで続くと言われる砂漠が存在するはずだ。


くろぐろとした影が見える。

東からの光を受けて、のたりと横たわるそれは半球型のシルエット。


「……亀、かな」


その大きさを何に喩えるべきか。巨大すぎて距離感すらつかめない。

そいつの周囲には仄白い煙が上がり、槌音のような工事の音が聞こえてくる。曳航する・・・・都市が・・・建造されているのだろう。


「でっかいなあ……別の竜を遠くから見たことはあるけど、あれもとんでもない……」


その全長は、実に2.7キロメートル。


世界最大の生物群にして、人智を遥かに超越した存在。ただ唯一、竜銀ドルムの輝きによってのみ使役されると聴く存在。



都市をく竜が、砂丘を枕に眠っていた。



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