エレナの苦悩
「わぁ! これ、とっても美味しいです!」
「本当ですね。あ……こちらも美味しい……。流石はサラ様のお菓子ですね」
学園での昼休み。
エレナはサラ、クレアと昼食を共にしていた。因みに同じクラスのシルヴァはカイウス達と共に行動し、リリーとマリアはそれぞれ自由気ままに過ごしているらしい。
持ってきたおやつが好評なのを見て、サラもご満悦のようだ。
「ふふ……。クレアもエレナも気に入ってくれたようで何よりだわ」
「うーん……これ、どうやって作ってるんですかね?」
「あら、クレアは作り方に興味があるの? でもごめんなさい。これは買ったものだから私も知らないの」
サラにも詳しい事は分からないらしい。それでも何とか似たものが作れないかと、クレアはお菓子を手にまじまじと眺めている。そんなクレアの様子がおかしくて、エレナはクスクスと笑った。
「クレアさん、お料理上手ですものね。初めて一緒にお昼当番した時は驚きました。クレアさん手製のお菓子も美味しかったです」
「料理は昔からしてましたから。でも、エレナ様だって手慣れてましたよね? 貴族の方は家事をしないって聞いてましたけど、針仕事まで出来るなんて驚きでした」
エレナの実家は貧しく、何度もドレスを買う事は出来なかった。だから着れなくなった服を、自分で手直しする事も多かった。シルヴァ達の修行の際には、破れた衣類をクレアとフローラと三人で修繕した事だってある。
「私の家は貴族といっても貧乏ですから……。使用人も多くは雇えないので、私も手伝わされてきました」
「貴方も苦労してるものね……。でも、悪い事ばかりじゃないと思うわよ? 私はこれまで家事なんてしたことがなかったしね。本当はこんなことを言ってはいけないのだけど、何でも自分で出来る貴方たちが少し羨ましいわ」
そうして困り顔になるサラ。身支度もフローラに任せているので自分一人では普通の生活も出来ないかもしれない、とぼやく。
そんなサラにエレナは内心で驚いた。家事をする令嬢など社交界では嘲笑の的だった。だからせめて身の回りだけは綺麗にしなければと、ドレスの着こなし方も髪のまとめ方も必死で学んだ。その事がコンプレックスでもあったのだが、どうやらあれも無駄な日々では無かったようだ。
「確かに……。私は使用人がいなかったので仕方なく、でしたがーーいる場合は彼らの仕事を取る訳にもいきませんからね」
「そうなのよ。フローラ達は身支度以外にも色んな事を手伝ってくれるけど、その分私は何もさせてもらえないの」
フローラはエレナから見ても何でもこなす完璧なメイドだ。だからこそ、サラもフローラへの依存を自覚しているのだろうとも思う。
そこまで考えた所で、『フローラはいつ休んでいるのか。そもそも休日はあるのか』という疑問が思い浮かんだが、彼女なら休みだろうとなんだろうとサラの為に働くだろうとそれを脳裏から打ち消した。
「そっかぁ……。私は単純にお貴族様って良いなって思ってましたけど、そんな悩みもあるんですね。でも、そこは皆さん流石ですよね。マリア様もリリー様も家事はした事ないそうでしたけど、仕事を覚えるのはあっという間でしたもんね」
「あの二人もアレで侯爵令嬢だもの。伊達じゃないわよ」
クレアとサラの会話に、エレナは二人の様子を思い浮かべた。
エレナ達、いわゆる婚約者勢はシルヴァやクレア達が修行している間は、昼食の準備や手ぬぐいの洗濯などをはじめとした手伝いをしている事が多い。勿論、彼女らが来れない場合や休憩時間などはクレアや男衆達もこれらの家事をするが、基本的にはこういったことは彼女らの仕事だった。
エレナが仲間になった頃にはマリアもリリーも既に手慣れており、自分よりも高貴な身分の令嬢達がテキパキと働いている姿にエレナも驚いたものだった。
特にリリーは『急いで済ませて彼らの修行を観察したい』と言って、いつも誰よりも熱心に仕事を終わらせてしまう。その熱心さに、多少の不純さを感じないでもないが、それでも仕事が早い事に変わりは無かった。
マリアも仕事は真面目にするし、疑問に思った事はなんでも聞く。それが結果的にクレアやシルヴァ達に新たな気づきを与える事も多く、エレナから見ても彼女らの影響力は大きかった。
そんな彼女らを思い出し、エレナの胸はチクリとした。その痛みを振り払うように、エレナは話題を変えた。
「そ、そういえば……玉木様は今もサラ様の側におられるのですか?」
「いいえ。今日はゼルクさんの元に行ってるわ」
「そうなのですか? しかしどうしてまたーー」
「あ、そういえばゼルクさん、今日は玉木様の武器のメンテがあるってソワソワしてました」
クレアが今朝の二人の姿を思い出したように答える。
そんなクレアの言葉にエレナは頭に疑問符を浮かべる。
「ソワソワ……ですか? 玉木様の武器はボウガンでしたよね? 何か特殊な改造をするのでしょうか……?」
「あぁ。今日はボウガンについてじゃないと思うわ。多分、胡椒玉とか唐辛子玉ね」
クスクスと笑いながら解説するサラだったが、エレナの疑問は更に深まった。
「胡椒玉に唐辛子玉……? それが武器になるのですか? それに何も面白い事はないと思うのですが……」
「そりゃあ、魔人相手には使えないかもしれないけどね。でも、アレはアレで中々に強力よ? エレナ。例えば何もないところから、いきなり胡椒を振りかけられたらどうなると思う?」
突然の質問にエレナは目が点になる。それでも何か意味があるのだろうと考え込むが、当たり前の答えしか思いつかなかった。サラの表情を伺いながら恐る恐る答える。
「……ゴホゴホと咳きこみますーーよね?」
「クスクス……合っているからそんなに怯えなくてもいいわ。そうね。胡椒を振りかけられたってその程度ね。だけど、それが戦闘中ならどう?」
「え……? ーーあっ」
「そう。致命的なスキになる。上手くハマれば、その辺りの兵士なら私でも倒せるわ」
「ふふ……ゼルクさんもゼリカさんも悪い顔してました。ガラスや金属の破片を入れるとか、火薬を詰め込むとか。中身によっては私の力とも連携出来るかもしれませんし、実は私もちょっと楽しみなんです。……肥溜めを入れるのだけは止めて欲しいですけど……」
「あぁ……それはイヤね……。相手の士気も下がるんだろうけど、糞尿まみれの相手と戦うなんて勘弁して欲しいわね……」
クレアの言葉にサラも渋い顔をする。そんな二人をエレナはただただ驚くように見つめていた。
簡単な手伝いしか出来ない自分は、敵と戦う事など思いもつかなかったからだ。
そんな事実に、エレナの胸には劣等感が去来した。見開いていた両目に、少しずつ陰が差す。
「エレナ?」
「エレナ様、どうしたんですか?」
言葉を失い、暗い表情をしていたエレナに、サラとクレアが心配そうに問いかける。
友人達の気遣いにエレナの心は温かくなったが、同時に胸の奥がズキリと痛んだ。しかし、その痛みを忘れるようになんとか笑顔を作って口を開く。
「い、いえ、私もまだまだ未熟で精進が足りないと痛感していました」
「そう? そんなことないと思うけれど……」
「いいえ。貴族としての心構えも、皆様の仲間としての覚悟も全然足りていません」
エレナはハッキリと断言した。
勉強はサラやロイドに敵わないし、家事だってクレアやフローラほどは上手くない。戦いに至っては論外だ。
ロイドに嫌われていた時から、自分は未だに変われていない。誰かに誇れるものは何一つないのだと、自分を改めて戒めた。
そんなエレナの苦悩は露知らず、クレアは魔人のような青い顔でサラに振り返る。
「サ、サラ様……」
「どうしたの?」
「貴族としての心構えって……エレナ様でも足りてないんですか?」
恐々とした様子で問いかけてくるクレアに、サラは少しだけ困り顔になる。
「うーん……。クレアには酷だけれど、精進が必要なのは私もよ? だから今も学校で勉強してるんだしね」
「そ、そんな……。サラ様でも足りないんですか……!?」
「そりゃあ私達が学ぶべきことは沢山あるもの。貴方は今、礼儀作法を叩きこまれているけれど、経済学に帝王学、心理学に社会情勢。学ぶべきことは山積みね」
サラの言葉を受け、クレアは涙目で項垂れる。このやり取りも最早恒例になってきた。
「うぅぅぅぅ……心がくじけそうです……」
「そんなこと言わずに頑張って! ほら、エレナもクレアを励ましてあげて」
「は、はい。クレアさん、一緒に頑張りましょう!」
いつものように泣き言を言うクレアに、困り眉で笑いかけるサラ。そんな彼女らに、エレナは自分の中に黒い感情が湧き上がるのを感じるが、表に出すことをこらえて、なんとか明るい声を出す。
こうして、胸に小さなしこりを残しながら、エレナはその場を取り繕うのだった。




