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ヒーロー像

 夕暮れの中、パッカパッカと蹄が響く。

 今日の訓練も終わり、オレ、サラちゃん、フローラさんはいつものように馬車にて帰宅する。


「それにしても皆、大分動きが良くなってきたよね」


「そうね。でも、やっぱり悔しいわ。私も強くなれたら良いのに」


「こればっかりはね……。オレの能力も強いとはいえ決定打にかけるからねぇ……」


「玉木はもう充分役に立ってるじゃない。私は結局、貴方やお父様と皆をつなぐパイプ役でしかないもの」


「いや、大事なことだよ? そもそも、オレを召喚したのはサラちゃんだし、オレだって召喚主がサラちゃんじゃなかったらここまで従わないよ。だから、オレの功績は全部サラちゃんのものだよ」


「むぅ……。やっぱり貴方は口が上手いわよね。そう言われちゃうと否定し辛いじゃない」


「だってホントの話だし? 大体、それを言ったらフローラさんの貢献度なんてーー」


 ふっとフローラさんを見る。いつもなら、冷たい目をオレに向けながらカウンターをかましてくる。が、フローラさんは黙ってオレをジッと見つめている。どうしたのだろうか?


「フローラ? どうしたの? 珍しいわね。玉木の挑発に乗らないなんて」


「ホントだよ。あんなにデッカイ釣り針を用意したのに」


「……玉木、貴方私の事をなんだと思っているのですか?」


 はぁ、と溜息をついたフローラさんは改めてオレを見据える。


「玉木。貴方は今後、スレイヤ様には近づかないつもりですか?」


「え? あぁ、うん。仲間にはしないって結論になったし、見張っておく必要もないでしょ」


「……そうですね」


「珍しいわね。フローラがそんなこと言うなんて。何か気になることがあるの?」


「いえ、ゼルク様と玉木との会話、私も納得しています。魔人の戦いは遊びではありません。スレイヤ様が足手まといになる可能性がある以上、仕方がありません。ただーー」


 珍しく考えがまとまらないのか、フローラさんは天井を見上げた。


「ーー本当に、これで良いのかが分からないのです」


 フローラさんがポツリと漏らす。サラちゃんと顔を見合わせるが、サラちゃんもフローラさんの言いたいことが良くわからないようだ。


「どういうこと? フローラもスレイヤ様の事を嫌っていなかった?」


「えぇ。お嬢様を侮辱したクソガキの事など、どうでも良いと思っています」


 えー……。さっきの話の流れでクソガキ? スレイヤ君の事が心配なんじゃないの?

 オレがクビを傾げる横で、サラちゃんがフローラさんに問いかける。


「なら何が気になるの? スレイヤ様が私達の敵になる可能性がある、とか?」


「マフィアに所属すればそうなる可能性はありますが、そのことではありません」


 そうしてフローラさんはもう一度オレに視線を向ける。


「玉木が、スレイヤ様を見限った事が気になるのです」


「オレ? どういうこと?」


「玉木はーー私について、どう思っていますか?」


「……は?」


 なに? どういう質問? 顔を赤らめているわけでもなし、ただただ真面目な顔だからそういう話ではないんだろうけどーー


「どうって……散々言ってるじゃない。仲間だって」


「えぇ、そうですね。ですが正直、私は貴方の事を仲間である以上に、恩人だと思っています」


「恩? サラちゃんを助けた事?」


「それもありますがね。もう一つあります。その説明の前にーー貴方は何故、私を嫌わないのですか?」


「へ? 何故って言われても……」


「私は貴方を一度殺そうとしています。その上、私は貴方を散々に罵倒しました。普通ならば嫌われこそすれ、仲間だと思われる筈かありません。お嬢様の為に仕方なく仲良くしているのですか?」


「いや、そんな事は無いよ!? 何度も言うように、オレはフローラさんの事を仲間だと思ってるよ! そこにサラちゃんは関係ない!」


 大声を張り上げ、フローラさんの問いかけを否定する。すると、少しの沈黙の後にフローラさんがフッと笑った。


「……でしょうね。だからこそ、恩人なのです」


「んん? どういうこと?」


 フローラさんの言葉に腕を組み、頭をひねる。


「オレがフローラさんの事を仲間だと思っているーーから恩人?」


「えぇ。貴方もご存じのように、私は口が悪い。ですので、私はこれまで素を出せる友人などいませんでした。同僚に対しても同様で、過去には私の不用意な発言が、結果としてお嬢様を傷つけた事もありました」


 その言葉にサラちゃんの表情が曇る。どうやら、思い当たることがあるらしい。


「ですが、貴方は私の数々の暴言にも屈しないーーいえ、それどころか自分から話しかけてくる。これがーー私にとってはとても大きなことなのです」


 そう言って、フローラさんはサラちゃんに視線を移す。


「私にとって、一番の優先事項はお嬢様の幸せ。私が足を引っ張るわけにはいきません。それでもーー貴方ではありませんが、感情を抑え込むのには限度があるのです」


 フローラさんの言葉に相槌を打つ。

 そうだろう。自分を殺し続けていれば、余裕もなくなる。余裕が無ければ自分の本意ではない言動だってしかねない。実際、この間までのエレナちゃんが同じような状態だったのだ。


 そこまで考えて、オレの頭にも「タマキン」と呼んでくる友人の顔が思い浮かんだ。一年もの間苦労して、ようやく取れた受注。その後、どうしてオレがアイツと呑みに行ったか。単純だ。何の遠慮もなく話せるからだ。

 客先ではどうしたって自分を殺す必要がある。それに会社の同僚にしても全員が全員、気の置ける仲間という訳でもない。


「ですがそんな私でも、貴方には自分の素を出せる。正直……貴方のような存在は、私にとっては他に得難いのです」


「えっと……話は分かったけど、それがスレイヤ君とどう結びつくの?」


「スレイヤ様も私と同様、ねじれているそうですね?」


「え? あぁ……うん。まぁ、そうね」


「私は貴方に救われました。ただ、だからこそ……これからも、貴方には同じような人たちを見捨てないでいて欲しいのです」


「いや……それはーー」


「分かっています。私にはそのような事は出来ない。だというのに、その理想を玉木に押し付けている事も。それらが全て私のワガママにすぎないことも。ですから、貴方にそうしろと言うつもりも、出来なかった時に否定するつもりもありません。それでも、これが私の素直な気持ちです」


 フローラさんに頭を下げられる。だが、正直言って困惑しかない。

 だって、これは子供がヒーローに夢を見ているのと同じだ。憧れの人の悪い面は見たくない、自分の理想の人物像であって欲しい、というやつだ。この場合は、スレイヤ君の事が心配なんじゃなくて、オレに理想の恩人であって欲しいってことだよな?

 嬉しくないわけでもないけれど、そんなことを言われても……


 しかしそんな風にオレが目を白黒とさせていると、反対側のサラちゃんにまで頭を下げられる。


「……サラちゃん、そのお辞儀はひょっとして?」


「えぇ。私からもお願い。正直、フローラの言いたいことも分かってしまったの。私にとって、貴方は優しいお兄ちゃんだから。貴方が損得で誰かを切り捨てる、という姿を見たくないって思ってしまうの」


「う、うぅ~ん……」


 サラちゃんまでそんな事を……。そりゃあオレだって物語のヒーローやヒロインになら願うよ? 『みんなを救ってくれ』って。だけど、そもそもオレにとってはサラちゃんやフローラさん、それに王子やクレアちゃん達こそ物語の登場人物なんだ。オレみたいな物語にも登場しない男に何を期待するんだよ……。


「はぁ~~……」


 ついつい出てしまうクソでか溜息。だけどこのくらいは許して欲しい。オレはヒーローでも聖人君子なんかでもない、ただの一般男性なんだ。


「も~……。分かったよ。二人からそんな風に言われて断れるわけないじゃんか……。オレの見れる範囲でスレイヤ君の事は気にかけておくよ。

 だけど、スレイヤ君の力になれるかは期待しないでね? それに、オレの優先順位はやっぱり二人を含めた今の仲間達だ。そっちに被害が出そうになったら、オレは遠慮なくスレイヤ君を見捨てるからね?」


 オレの言葉に二人は感謝と謝罪を口にする。仕方ない。オレの召喚主はこの二人だ。彼女らがそう望むなら、オレもやれるだけの事はしてみよう。

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