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ロイドの調査 side Aクラス1

 次の日の朝。

 エレナは登校中、校門近くでクラスメイトらに絡まれていた。

 それは先日、エレナの陰口を叩いていた生徒達だった。


「あら、これは奇遇ですね~。おはようございますエレナ様」


「流石優等生。いつもお早いですね~」


「婚約者様は置いてけぼりのようですけど~」



 ニヤニヤと笑う彼女らにエレナのはらわたは煮えくり返ったが、ここでカッとなっては思うツボだと無視を決めこんで先に進む。それでも彼女らは行方を遮るように立ちはだかってくる。

 エレナは観念したように目をつむり、改めて彼女らを見返して口を開く。


「……なんの御用ですか?」


 あからさまな不快感を示すエレナだったが、そんな反応も彼女らにとっては面白いものらしい。その笑みは崩れることなくエレナを見据えていた。


「あら、朝の挨拶を返してくださらないなんて失礼ですね」


「でも、誰にでも不機嫌な時はありますよね」


「だから気にしないで良いですよ。私達、貴方にお伝えしておくことがあって」


 わざとらしい彼女らの言い方に、いい加減、眉も吊り上がる。が、エレナはそれでも平静を装う。

 しかしそんなエレナをあざ笑うかのように、エレナにとっての禁句が彼女らから飛び出した。


「実はね~? 私達、ロイド様に声をかけていただいたの~」


「……は?」


 彼女らは何を言っているのだろうか。声をかけられた、というのはどういうことだろうか。一瞬考え込むが、エレナはすぐに理解した。


(ーーあぁ、そういうこと)


 ロイドはいつも自分と言い争ったあとは、自分への当てつけのように浮気する。そして昨日、自分はロイドと揉めてしまった。つまり、今回ロイドを慰めるのは彼女らということなのだろう。

 

(私への復讐に最適な人材ね。流石はロイド様)


 もはや全てがどうでも良くなってくる。エレナが呆然としている間も彼女らの口からは自慢が聞こえてくる。


「楽しみね~。どんな風に愛してくださるのかしら」


「女として求められるなんて光栄よね」


「ホントね。あ、ごめんなさい。エレナ様に言うべきではなかったですね。とっても『かわいそう』ですもの」


 昨日の事を覚えているのだろう。自分への挑発を繰り返してくる。

 ただ、エレナはもう怒る気力すら残っていない。俯き、黙り込んでしまう。


 そんな様子に彼女らはエレナを小突く。反応がないのがつまらないのだろう。


「ちょっと。なんか言いなさいよ」 


「昨日みたいに怒ってみなさいよ」


「人を無視するなんて失礼なーー」


 いつまでも何も言わないエレナを突き飛ばそうとする彼女ら。だが、その腕を一人の男子が掴む。彼の髪は雪のような美しい白銀だった。


「ーー失礼なのはどちらだ?」


「「「なっ!? 殿下!?」」」


 突然現れたシルヴァに驚嘆の声を上げる。そんな彼女らを、シルヴァはぎろりと睨んだ。


「朝から随分と不快なものを見せてくれるな」


「い、いえこれはその……」


「た、ただの戯れで……」


「わ、私達、エレナ様と仲良くなりたくて……」


 この期に及んで言い訳を並べる彼女らにシルヴァは呆れたが、あまり衆目を集めても面倒だと掴んでいた手を放す。


「……まぁいい。授業もある、早く行け」


「「「は、はいっ!」」」


 シルヴァの睨みに、彼女らは脱兎の如く逃げ出した。そんな姿に嘆息しながらシルヴァは振り返る。しかし、エレナは俯いて黙りこんだままだ。シルヴァがどうしたものかと思っていると、エレナが力なく口を開く。


「……殿下、ありがとうございました」


 助けられておきながら、シルヴァに視線も合わせないエレナ。下手をすれば皇太子に不敬だと責められかねない。しかしシルヴァは不快に思ったような様子も無く、むしろエレナを気遣うように声をかける。


「いや。私が勝手にやっただけだ。むしろ無遠慮に介入してすまなかった」


 そんなシルヴァの気遣いに、普通なら感謝するものなのだろう。が、エレナの心に浮かび上がってくるのは、ただただ惨めな気持ちだった。


(殿下に庇われた上、こちらの不敬も目をつぶっていただくどころか気を使われて……)


 シルヴァと話していると、自分がどれだけ矮小な人間なのか思い知らされるかのようだった。


「……っ! そ、その、ありがとうございました。失礼いたします!」


 エレナは溢れそうな涙をこらえて頭をさげ、すぐに教室に向かって走り出す。シルヴァはそんな彼女に呆気にとられつつも見送った。


(私はどこまで……どこまで……!)


 エレナは独り、走りながら自己嫌悪にひたることしか出来なかった。



 …………



 その日の放課後、授業を終えたエレナはサラに呼び出された。先日のロイドとの話をエレナにもしたいと。エレナとしてはそんなもの、聞きたくなどなかったのだが、流石に公爵令嬢に面と向かって逆らう事も出来ない。

 諦めて向かった先にいたのはサラに加え、神鏡の使い手であるクレアと、今朝助けてもらったシルヴァだった。


(どうして……ここに殿下が……?)


 今朝の事もあり、今日は出来るだけ顔を合わさないようにしていた。そもそもサラの話とは、ロイドとそういう関係になったという話ではないのだろうか、とエレナは困惑する。

 そんなエレナを諭すように、サラは柔らかい口調で語り掛ける。


 魔人との戦いは、魔力を扱える才能のある人物でしか出来ないこと。その才能の持ち主は限られている事。ロイド様に才能があること。そして、現段階では彼には命をかけるだけの理由が無い事だ。


 サラ達とロイドの会話の内容は、エレナの思っていたものとは全くの別物だったとわかり、エレナは安心したような、恥ずかしいような複雑な心持ちだった。


「ロイド様に声をかけられていたのはそのような理由だったのですねーー私はてっきり……」


 恥ずかしそうに俯くエレナに、サラは少しだけ呆れたように笑う。


「そんなわけがないじゃない。私はシルヴァ様一筋だもの」


 本人の前で。それも婚約破棄した相手によくも堂々と言えるものだとエレナは呆れ半分に聞いていた。ただ、そんな風に素直に相手を想えるサラを羨ましいとも思った。

 そんなエレナをよそに、サラは話を続ける。


「それでエレナ。先ほどの話を証明したいんだけどーークレア、ウンディーネかドリアードを呼べる?」


 サラは振り返り、クレアに話を振る。だが、当のクレアは申し訳なさそうに返す。


「えと……ごめんなさいサラ様。今日は……ノームしか呼べなくって」 


「ノーム? 他の子かしら?」


「はい。ただ……彼はお話しするのが苦手みたいで……。説明は出来ないって言ってます」


「そうなの? 困ったわね。どうしようかしら……」


 顔に手を当て、うーんと唸るサラ。微妙に話についていけていないエレナはサラに質問を投げかける。


「あの……サラ様、どういうことでしょうか?」


「えぇと、さっきの話。いきなりあんなこと言われても戸惑うし、信じられないでしょ? だからクレアの守護騎士からも伝えてもらおうと思ったの。だけど……今日は無理そうだからどうしようかと思って」


 サラの言葉に、エレナは首を振る。


「い、いえ。皆様の立場を考えれば、そのような虚言を吐くことはないでしょうから。驚きはしましたが、特に疑いはしません。ただ……」


 そこで言葉を止める。

 先ほどの話を聞く限り、恐らくサラ達は自分にロイドについての話を聞きたがっているのだろう。

 だがそんなもの、こちらが教えて欲しいくらいだとエレナは内心で独りごちた。


「エレナ? どうしたの?」


「先ほどのお話……。ロイド様が命をかけられるものを私に聞きにきたんですよね?」


「え、えぇ。まぁ、そうね……」


「彼は……自分らしくある事をなによりも重要視しています。その為、彼が求めているのは自由です。そうなると、彼が命をかける理由を作るなんて……無理でしょうね……」


(あの方は縛られる事を何よりも嫌われる。だから誰かの言葉なんて、聞く筈が無い)


 尻すぼみに声が小くなるエレナ。サラ達もなんとか聞き取れはしたが、その言葉を最後にエレナは黙って俯いてしまう。

 ふさぎこんだエレナを気遣うように、シルヴァが声をかける。


「ブラウン嬢……? 何か悩みでもあるのか……? 差し支えなければ……君が悩んでいる理由を聞かせてもらえないだろうか?」


 ただ、それが今の彼女にとっては逆鱗だった。


(……何か悩み? 聞くまでもないじゃない。それとも、バカにしているの? 婚約者のことすら何も知らない私を? どこまで私は惨めなのか……!)


 エレナは俯いたまま、眼球だけをシルヴァに向ける。血走ったその眼に、隣にいたクレアは「ひっ!?」っと悲鳴をあげる。


「理由…? …なんですか? 婚約者に当然のように浮気されている。それ以外に理由があると思いますか?

 家の事情で、この婚約に対して私は何も言えない。ロイド様からは煙たがられている。これが悩まずにいられますか!?」


「それは……」


 シルヴァが言葉に詰まる。そんなシルヴァに余計に苛立ちが募ったエレナは顔を上げ、大声で怒鳴り散らす。


「女をバカにするのも大概にしてください! 聞いてますよ!? 殿下はサラ様の想いを知っていながら婚約破棄したのでしょう!? クレアさんとーーいえ、神鏡の使い手と結ばれるためですかね!? そんなあなたが私にどんな顔でーー」


「エレナ」


「っ!?」


 サラの言葉に、エレナはハッと我に返る。


(しまった、また……。私はどうしてこんなーー

 もう……嫌……! 誰かーー誰か、私を助けてよ!!)

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