命をかけるだけのもの
「なんなのよ……。私が悪いっていうの……!?」
ロイドに厄介払いされてしまったエレナは1人、荒い足取りで廊下を歩いていた。
「サラ様やクレアさんには手を出さないと言っていたけど……わざわざ人気の無い所に移動して何をするっていうのよ……!」
苛立ちを紛らわすようにブツブツと呟くが、当然気持ちが晴れる筈もない。その上、それは余計な衆目を生んでしまう。
「ほら見て。エレナ伯爵令嬢様よ」
「あらあら。愛しのロイド様にフラれたのかしら」
「クスクス……女の魅力が無いって辛いわよね」
周囲の女子性徒が陰口を叩いてくる。それも自分に聞こえるように。エレナは俯きながらも無視して歩き続けるが、その拳は強く握られ、肩は小さく震えていた。そんなエレナが流石にいたたまれなくなったのだろう。一人の男子生徒が彼女らを注意する。
「おい。お前らそういうのやめとけよ」
それでも、女子生徒らは聞く耳を持たない。寧ろ、標的が増えたと嬉々として声を上げる。
「へぇ。貴方、エレナ様に気があるの?」
「あー。傷心している女はチョロいからね」
「アハハ! 確かに狙い目だわ! 伯爵家なら貴方から見ても格上だし丁度いいわね!」
自分の正義心をからかわれた男子生徒はムキになり、大声で否定する。
「ちげぇよ! なんか、『かわいそう』だろーー」
そこまで言ったところで突然、男子生徒はエレナに襟をつかまれ、壁に強く叩きつけられた。周囲はたじろぐが、エレナは周囲の生徒など視界に入っていないかのように男子生徒を睨みつけ、憎々し気に叫ぶ。
「『かわいそう』……!? 私がかわいそうですって!?」
つかみかかられた男子生徒は何が起きたのかと目を白黒させる。
「え!? いや……だって……あんなあからさまに陰口を叩かれて……」
「ならそれだけ注意すればいいでしょう! 『かわいそう』? 私がいつ同情してくれと頼みました!? くだらない義侠心の為に私を利用するのはーー」
そこまで言って、エレナはハッと周囲を見渡した。明らかに怪訝な目で見られている。その上、一部の生徒は教師を呼ぶべきかとまでささやいていた。
グッ、と言葉を飲み込んで男子生徒から手を放し、急ぎ足でその場を離れる。後ろからは先程の男子生徒の愚痴が聞こえてくる。
「んだよ……。せっかく庇ってやったのに可愛げのねー女だぜ」
「あらあらフラれちゃったね」
「でもわかったでしょ? ああいう女なのよ」
「あんな女の味方になったところで良いことないわよ」
言いたい放題言われるエレナの頬は濡れていた。誰にも聞こえぬようにポツリとこぼす。
「そんなのーー私が一番わかってるわよ……」
…………
ロイド君に断られたオレ達は、三人で帰路につく。
うーん……。ロイド君のあの様子。説得は難しいなぁ。どうしようかな。
そんな事を考えていると、クレアちゃんがリスのように頬を膨らましてる。え? なに? ちょっと可愛い。
「む~……」
「クレア? どうしたの?」
「……納得がいかないんです。ロイド様は自分が目立てないから嫌だって言いました。戦いに参加したところで、私とシルヴァ様の引き立て役、わき役になるだけだと。
でもそれが……一緒に戦うゼルクさん達をバカにされたみたいで。私、とっても嫌なんです」
「そうね。あの物言い。法具に選ばれた者以外は『おまけ』という認識だったわね」
「そうなんですよ! 私達は魔人と戦う仲間なのに! 誰が上とか下とかありません!!」
珍しくクレアちゃんが普通に怒っている。まぁ、あの言い方はオレも気になったからな。でもなぁ……
「クレアの言う事も尤もだわ。けれど、私はロイド様のおっしゃることも一部は理解出来るの」
「え!? どこにですか?」
「ロイド様が命をかけるに値しないと言った所よ」
「え? でも、サラ様の仰るように、国が無くなったら何の意味もないじゃないですか」
「うーん……。これが兵士全員、とか生徒全員、ならまだ納得いただけたんでしょうけどね。残念ながら、魔人と戦える才能があると判明しているのは、クレアを入れて8人しかいないわ。
だから、『どうして自分が命をかけなきゃいけないのか』と考えてしまうのも、仕方ないわ」
「ピッ!」
「玉木様もですか? 私、よくわからないです」
うーん、と唸るクレアちゃん。
そういえば、クレアちゃんだって自分から望んで戦いに加わったわけじゃないもんな。きっかけは神鏡に選ばれて、周りに強制させられただけ。そりゃあロイド君に腹が立つのも無理はないかもな。
「そうかもね……。貴方もなりゆき上、仕方なく戦わされているんだものね……。それは心苦しく思うわ」
申し訳なさそうに俯くサラちゃん。だが、そんなサラちゃんにクレアちゃんはムッとして口を尖らす。
「サラ様? 最初は確かにそうでしたけど、今は違いますよ?」
「え?」
驚き、顔を上げたサラちゃんの目をジッと見つめながら、クレアちゃんは言葉を続ける。
「サラ様に言われましたからね。『私が神鏡に選ばれたのは当然だと示せ』って。
それに玉木様にも『恐怖すらも力に変えて、大切な人を守れ』って言ってもらいましたから。
だから、私が戦うのは全部私の意思です! 私は自分の意思で、大切な人達を守るんです!!」
そう言って強い目をサラちゃんに。いや、きっとオレにも向けてくる。
……クレアちゃん。ホントに強くなったなぁ。ゼルクさんでなくても、目頭が熱くなる。
「……ごめんなさい。今のは失言だったわね。でも……流石クレアだわ! それでこそ私の友達よ!!」
「ピッ!」
「えへへ……。って、私の事は良いんです。ロイド様のことです」
クレアちゃんが一瞬照れた後、すぐに話を戻す。
「あ、そうね。えっと……貴方はそうした決意をしてるでしょ?
私もシルヴァ様も立場がある。だから国の将来を担う者として、命をかける覚悟があるわ。
カイウス様もシルヴァ様が戦うなら、そこに理由は必要ないんでしょう。
メルク様だってなりゆきではあったけど、先日の事もあって戦う事を決めたわ。
そして双竜のお二人は国の騎士だから言わずもがな」
「はい」
「でも、そもそも命をかけることって……簡単に出来る事じゃないわ。貴方だって神鏡に選ばれてすぐは、色々戸惑ったでしょ?」
「それはーーそう、ですね……」
そう。命をかけるって言うのは簡単だ。けれど、実際には余程の理由が無ければ、そんなこと出来る訳がない。
正直、サラちゃんと仲良くなった今のオレでも、透明魔人ともう一度出会ったり、ラスボスを目の前にしたりしたら、動けるかはわからない。
本当に……こうして考えると、皆の心の強さには頭があがらないよ。
過去の失敗や、皆との強さの違いに自嘲する。だが、そんなオレを見て、サラちゃんがクスリと笑った。なんだろう? そして、すぐにクレアちゃんに目線を戻す。
「今のロイド様には、命をかけるだけの目的が無いわ。それこそ、戦いに参加したら『この先の人生全てが保証される』くらいのことが必要でしょうね」
「え? でも……自分で言うのもアレですけど……魔人との戦いが終われば、国を救った英雄ですよね? 多少は保証されるんじゃないですか?」
「そりゃあ多少はね。だけどその代わり、しがらみも多くなるわよ? 貴方だってこれから貴族社会に巻き込まれるんだし」
「う……そうですね……。魔人との戦いよりもそっちの方が嫌です……」
「クスクス。そうでしょうね」
「でも、それじゃあロイド様の勧誘は諦めるんですか?」
「いいえ。それとこれとは話が別よ? 要はロイド様の認識を変える必要があるわ。次はその手段がないか、皆で考えましょ」
「そうですね! 頑張ります!!」
「ピッ!」




