身辺調査1
「まさかここに来て王家に邪魔されるとはな……」
婚約破棄と賠償を求めたタイミングで王家が介入してくるというのは、ガスクにとって全くの予想外の事だった。王家に調査をすると言われれば、流石に計画を動かすことも出来ない。
(知らせたのは間違いなくメルクだろう。素直に傀儡としての役割を果たせばいいものをーー)
そこまで考えた所で、ドゥーク侯爵の事件が頭をよぎった。
(いや、確かドゥーク侯爵は守護騎士に魔人との繋がりを暴かれたんだったな。まさかメルクが報告するまでもなく、魔人の関与に気づいていたか? 面倒な)
だがそれもただの一時しのぎにしかならない、とガスクは考えていた。
いくら王家が調査すると言った所で、いつまでも引き延ばせるわけもない。証拠が無い事は勿論、彼の立場を考えればドゥーク侯爵の時のような強硬策も取れはしない。彼もこれ以上動くつもりもなく、仮にメルクが糾弾しようとした所で、教皇達が彼を裏切れない以上、何の障害にもならないだろう。
「精々あがくがいい。だがどの道、2神教は私のものだ」
…………
「サラちゃん」
「玉木、お帰りなさい。今日は何かわかった?」
オレは事件から2日。ずっとガスクを監視していた。ドゥークの時のように、何らかの情報が得られるかもと思った。……だが。
「ううん……ごめん。今日も一日ガスクの周囲に張り付いていたけれど、特に新しい情報は得られなかった」
「そう……。大聖堂やハーディー邸は?」
「いや、隠し部屋の可能性も考えて、建物全体を確認しながら調査したけれど、それでも手がかりはなかった。カイウス君の痕跡も見当たらない……」
「魔人や教皇様との接触は?」
「無かった。寧ろ、次回の会議も当分延期するからしばらく来なくて良いって言ってた。多分、事が済むまで出会うつもりもないんだと思う」
恐らく、これから暫くは動く気配も無いのだろう。王子達が時間を稼いでくれているとはいえ、長くはもたない。
「分かったわ。一応、ここ二日のガスクの行動を教えて」
「了解。一日目はハーディ邸から何処にも外出せずに、殆どを執務室で過ごしてた。
午前中は朝食を取った後、ずっと執務室でテレーズ家への婚約破棄や賠償の為の書類を確認してた。
昼食は執務室に運ばれてきた食事をその場で食べて、午後は引き続き通常業務をしてた。
その後、夕飯を一人で食べていた。どうやら奥さんとは仲が悪いみたいだね」
「そうらしいわね。メルク様によると、奥様はガスクの異常な権力欲についていけないそうよ。ただ、ガスクの恐ろしさもよくご存じだそうで、極力関わらないようにしているみたい」
「それで、その後は寝る準備をしてそのまま就寝。昨日報告した、自分の部屋で独り言を呟いたっていうのはこの時だね。『まさかここに来て王家に邪魔されるとはな……』と『精々あがくがいい。だがどの道、2神教は私のものだ』って」
昨日はこのセリフで、完全に真っ黒であることが確定したのだ。今日こそは何か手がかりをつかめるかと思っていたんだが……
「驚くほどに何もありませんね。ガスクの書いていた書類の内容は確認したのですか?」
「うん。ただ、特に怪しい点はなかった。暗号とか、音で連絡を取ってるとか、色々可能性は探ってたんだけどね」
「そう……。それで今日の行動は?」
「今日は朝食を食べてから、大聖堂に向かった。どうやら数日に一度は顔を出してるみたい。
それで、午前中は参拝客と雑談してた。枢機卿として、信徒に顔を見せておく必要があるんだろうね。国民からも慕われているみたいだった」
「厄介な話ですね。国民から慕われているとなると益々安易な行動は出来ません」
そう。あの男の厄介な点はそこだ。ドゥークは周囲への気遣いは殆どしておらず、黒い噂も多かった。だが、どうもガスクのことを悪人だと知っているのは教会でも上層部だけのようだ。しかもほぼ全ての実権を握っているうえ、大司教や教皇にすら恐れられている。黒い噂も流れる前に潰しているのだろう。
「お昼は大聖堂で配給食をーー多分、浮浪者? と一緒に食べていた」
「浮浪者?」
「うん。どんな立場の人でも教会では受け入れるって言ってたよ。慈善活動の一種だろうね」
「人を利用して突き落としておきながら、同じ顔して慈善活動ですか。反吐が出ますね」
「そうね。それも自身の誠実さのアピールでしょうね」
「そうして午後は、そのまま1日目と同じような通常業務を大聖堂で片付けてた」
「大聖堂で?」
「うん。その事務仕事の書類の中に、次の会議の予定日が書かれたものがあった。でも、その書類を一瞥したあと、延期する旨を教皇に伝えるよう指示してた。関係がありそうな書類はそれだけだね。
あとはそのまま1日目と同じ。帰って夕ご飯を食べて、そのまま就寝してた」
「という事は2日目の収穫は、教皇様とは暫く合わないということだけですか……」
「ごめん……」
「玉木が謝ることじゃないわよ。なら、明日は教皇様の所に行ってもらってもいい?」
「うん。オレもそのつもりだった。メルク君には教皇の居場所も聞いているからね。これから向かうよ。王子達への報告は任せても?」
「勿論よ。大変だけどお願いね」
「了解」
こうしてオレは報告後、すぐに教皇の元へと飛んで、朝になるのを待った。
なんとか手がかりが掴めればいいんだが……
…………
「ふむ……。次の会議は延期……私も暫くは顔を出さなくとも良い、か……」
「はい。ご子息がテレーズ家のご令嬢に襲われ、更にそれを王家が調査する。などという状況ですからね。枢機卿も忙しいのでしょう」
「分かった。下がってくれ」
「は」
報告を聞いた教皇は使いの者を下がらせる。
そうして部屋に一人になった彼は、隅に立てかけている一枚の絵を拾い上げた。それは『お父様』と書かれた絵。絵の雰囲気的に彼の娘の絵だろうか。
この屋敷には教皇の家族らしき人物がいない。子供用のおもちゃも置いてあったが、暫く触られていないようで、埃をかぶっていた。だから、奥さんと揉めたか何かで出ていかれたのかと思っていたが……
「ルイズ……テレジア……」
切なそうにつぶやく。なんだ? ……まさか家族を人質に取られているとか? そうだとすれば今の行動にも、一応つじつまは合うが……
……試してみるか。オレはすぐにメモを書き、床に置いて音を立てた。
「!? 誰だ!?」
教皇が振り返るがそこには誰もいない。代わりにオレの書いた紙が置いてある。
「なんだ? 紙? 何か書かれて……なっ!?」
『私は神鏡の使い。貴方の家族はガスク枢機卿に囚われているのか? もしそうならこの紙を窓の外に投げ捨てろ。また、囚われている場所が分かればそれも書いておけ。だが、私もすぐには動けん。その為、投げた後はこのことを忘れろ』
「なんだ……!? 神鏡様の使いだと!? バカな……。いや、しかし……」
教皇は迷っているようだったが、そのまま窓に向かって紙を投げる。やはり人質か。しかし何も書かないという事は、監禁場所は知らないということか。
投げ捨てられた紙を空中で回収し、再度ゴースト化する。彼には空中で消えたように見えただろう。
「消えた!? 今のはまさか本当に……!? だが、忘れろとあったな……。神鏡様もガスクの事は警戒しているのか……? もしそうなら、私が足を引っ張るわけにはいかん。すぐに忘れよう」
賢明だな。ガスクは目立つ動きをしないだろうとはいえ、下手に動かれて感づかれるのも不味い。
さて、収穫はあった。取り急ぎ、サラちゃんに報告しよう。




