洗脳魔人
学園での授業が終わった頃。まだ夕暮れには早いというのに、青髪の生徒は1人、足早に校門へ向かっていた。
彼の名はカイウス・ヴォルク。双竜ゼリカの弟子でかつ、皇太子シルヴァのライバルだ。
彼は先日、メルクが魔人との戦いに参加出来ない事を聞かされた。そして理由はメルク本人に聞くようにとも。
だがーー
(サラ嬢が確認したのだ。ただの我儘を許す筈もない。なら、オレが聞いたところでどうにもなるまい。そんなことよりも早く魔力の訓練を進めなければ)
彼にとっては人の事情よりも自分が強くなる事の方が大事だった。そんな彼に声がかかる。
「あら、カイウス様。奇遇ですね? 今お帰りですか?」
茶色の髪をポニーテールのように後ろで束ねた少女。
「あぁ、リリー。お前もか?」
リリー・パトローズ侯爵令嬢。彼女はカイウスの婚約者だ。伯爵家のカイウスよりも実家の爵位は上だが、彼は双竜の弟子だということでつりあいが取れている……らしい、としかカイウスも認識していなかった。お互い、あまり相手に興味を持っていないからだ。
「えぇ。カイウス様は戻って訓練を?」
「そうだ。先日話したろう? 魔人との戦いに備えてな。茶会も参加できず悪いな」
「構いませんよ。貴方が戦果を挙げれば、それはパトローズ家の戦果にもなりますから」
「お前は相変わらずだな」
「でもそのくらいの方が楽でしょう? お互いに」
「そうだな」
彼らはお互い婚約者として、相手に迷惑をかけない事を前提に、自分の事だけを考えている。彼女も趣味の読書を茶会で潰される方が嫌だそうで、一緒にいる時間など無くても何も言ってこない。するともう一人、天然パーマな珍客が現れた。
「おや。珍しいお二人ですね。ごきげんよう。リリー、カイウス様」
「あらマリア。ごきげんよう」
「ごきげんよう。そちらこそ珍しいな。マリア嬢がオレ達に声をかけてくるなんて」
本当に珍しい事もあるものだ、とカイウスが思っていると、マリアが理由を話し出す。
「それがですね? 先日、メルク様から私と婚約した事情をお聞きしたのです。これまで政略結婚など、くだらないものと思っていましたが、深く事情を聞くと面白かったのです。
そこで! 貴方方の事情も聞いてみたいと思いまして!」
マリアの言葉は段々と熱を帯びていく。そんなマリアに、カイウスは冷や汗を流して後ずさる。
(不味い……。マリア嬢のこの感じは非常に不味い。めんどうな気配しかしない……)
隣に立つリリーも同じ事を感じたようだ。
「……マリア? そういった事は貴族同士で話す事はしないの。興味があったとしても聞くのはご法度よ?」
「むぐぐ……む? そういえばカイウス様はメルク様が参加されない理由をお聞きになりましたか?」
「? いや、サラ嬢が既に確認しているからな。別に聞かなくてもーー」
「いけません!!」
「マ、マリア嬢……?」
腕を掴まれたカイウスは、自分が選択を間違えたと気づく。が、もう遅い。
「メルク様は魔人と戦う貴方方には、自分の口から説明したいと仰っていました! 聞いていただかなくては困ります!」
「い……いや、あのな?」
「この話は私との政略結婚の話も絡んできます! 丁度私は今日、メルク様から大聖堂に来てくれと呼ばれています!! カイウス様も一緒に行きましょう!! そして、政略結婚のお互いの事情を教え合いましょう!」
(イ、イカン……これは本当に不味い……!)
「い、いや……オレは訓練をーー」
「訓練などいつでも出来るでしょう!!」
「あ、いや、だが、オレは婚約者もいる身だ。だからマリア嬢とはーー」
「構いませんよ? 私はカイウス様を信じていますから」
「おい!? リリー!?」
どう切り抜けるかと頭を回していたところで、思わぬ裏切り者が現れた。リリーは笑顔で答えているが、その顔からは面倒事をさっさと終わらたい、という想いが透けて見えた。
(リリーめ! さっさと帰って本を読みたいという事か!? オレだって急いで訓練をーー)
「では、問題ありませんね!! さぁ! カイウス様!!」
「いや、待っーー」
(くっ!? 意外と力が強い!? だが本気で振り払うわけにもーー)
「あらあら、カイウス様? 駄々をこねてはいけません。さぁ、マリア? 私も手伝うわ」
「おお!! ありがとうございますリリー!!」
「構わないわ。私達の仲だもの。カイウス様? 浮気だけはしないようにお願いしますね?」
リリーの取って付けたような言葉に、カイウスは心の中で叫ぶ。
(こ……この冷徹女がぁぁぁぁぁぁ!!!!)
こうして彼は無理やり馬車に詰められ、マリアと二人、大聖堂へと向かう事となった。
…………
「さぁ! カイウス様! つきましたよ!」
「……あぁ」
カイウスは何もかも諦めて、素直に従う事にした。だが、カイウスとしても最早メルクの事情などどうでもよく、彼に文句を言わないと気が済まなかった。
「場所はこちらの礼拝堂の奥。あの扉の先です。そこの通路をまっすぐ行った、会議室に来てくれとのことでしたから」
「……そうか」
そう言って足を進めるマリア。
その後ろをカイウスもついていく。大聖堂の大きさはまるで、城に礼拝堂がくっついているかのようだ。彼は基本的に無神論者であり、教会に来る機会などなかった。だが、この大聖堂のあまりの大きさには内心驚いていた。
しかしキョロキョロと辺りを見ましていると、人の気配が無い事に気づく。
(人の気配がない? まさか貸し切りか? メルクのやつ、幾ら父が枢機卿とはいえ、こんな施設を私的に利用できるのか?)
そんなことを疑問に思いつつもマリアについていき、とうとう一番奥の部屋にたどり着いた。
「ここです。この会議室に来てくれとのことでした」
「随分大きな扉だな。しかもこの位置。外観から考えてもかなり大きな部屋じゃないか? メルクのやつ、そこまで他言出来ない事情なのか?」
「うーん……。まぁそうですね。洩れたらハーディ家が潰されるかもしれませんね」
「はぁ!?」
(サラっととんでもない事を口にするなこの女!? お前の婚約者だろう!?)
そんなことを思いながら、部屋に入っていく彼女の後を追う。しかしその部屋にいたのはメルクではなく、その父。ガスクだった。
いや、そんな事は大した問題ではない。問題なのはーー
「あら? メルク様は?」
「はぁ? なんで男連れなわけ?」
「双竜の弟子だと? 何故ここに?」
そこには肌の青い女が立っていた。それは師の家で見た、サラの魔人と似た姿。
「くそっ!!」
すぐにマリアを抱えて走り出す。
「え? え?」
「マリア嬢! アレは魔人だ! すぐに逃げるぞ!!」
「へ~。意外と良い動きしてるじゃ~ん。ガキだと思ったけどいっが~い」
何故魔人がここにいるのか? もしかするとメルクが協力できない理由とはーーと考えていた所で、彼は背中を蹴り飛ばされる。
「ぐぁっ!?」
「きゃぁっ!!」
マリアを庇い、なんとか受け身をとる。そして顔をあげた先にはあの魔人が立っていた。
自分はすぐに走り出した。人を抱えているとはいえ、いくらなんでも追いつかれるのが速すぎるとカイウスは驚嘆する。
「へ~。手加減したとはいえ受け身まで取れるんだ? や~る~。てゆ~かさぁーー」
言いながら魔人が首元に手を伸ばしてくる。
(……今だ!)
マリアを離し、空いた手で魔人の腕を掴んで投げ飛ばし、関節を極めて拘束する。
(よし! 速度では勝てないがこの程度なら……!)
だが、自分の甘さにすぐに気づくことになる
「……ちょっと? あたし今しゃべってたよね? 何投げてくれてんの? ーー殺すよ?」
「なっ!? ただの腕力だけで拘束を!?」
「おらぁ!」
「くっ!」
そのまま腕の力だけで投げ飛ばされる。
(クソッ!? 完璧に極まった筈だ! 腕力だけで解くなど、どんな化け物だ!?)
何とか着地するが、この時点でカイウスに勝ち目が無い事は明白だった。
「これも受け身をとる? なんかむかつく~」
「おい。何を遊んでいる」
「は~? 遊んでるってなに? あんたの計画が杜撰だったからこんなのが付いてきてんでしょ?」
「婚約者に一人で来い、と言われた女が男を連れ込むなど読める訳がなかろう」
「はいはい。素敵な言い訳ですこと」
ガスクが魔人に話しかける。まさかガスクが魔人と繋がっているとは思いもしなかったカイウスはただ茫然と見つめるしか出来なかった。それにこの女の特徴はサラの魔人から聞いていたーー
「……洗脳……魔人……」
「は? なにそのダサい呼び名? てゆーかあたしの能力までバレてんじゃん。おっさん。あんたらに内通者でもいるんじゃないの? クソすぎなんだけど?」
「……疑われるのも気分が悪い。だが、その小僧が情報を知っているのは事実か。確認しよう」
「ちゃんとしてよね~? ほんとあんまり足引っ張るようなら要らないんだけど?」
「わかっている。すぐ確認する」
ガスクと魔人の会話を見ながらも、カイウスは必死に打開策を考えていた。だが、仮に槍を持っていても隙をつくことも難しかった。無力な自分に歯噛みするカイウスをよそに、魔人が近づいてくる。
「ま、いーや。とりあえずどっちのガキもあたしのモノになってもらおっかな。男の方は人間の割に使えそーだし」
「なっ!?」
「抵抗しても無駄だよ? 無理やり目を開けさせるから」
そう言った魔人の手が、再度首元に伸びてくる。
だが、最早カイウスに逃れる術はない。
(こんな所で……。スマン、シルヴァ……。もし、オレが洗脳されたらその時はお前がーー)




