幕間 フローラ・クエート2
「じゃあ、フローラ、玉木。行ってきます」
「行ってらっしゃいませ」
「行ってらっしゃ~い」
いつものようにサラを校門で見送る。
ここ数日、フローラは玉木と共に送迎を行っていた。
(……私とお嬢様二人きりの時間だった筈なのに忌々しい。何故お嬢様とのハッピータイムにこんな男の顔を見なくてはならないのか)
「……あの、フローラさん? 呪詛が口から洩れてるんだけど?」
「おや? 洩れているように聞こえましたか? 聞かせるようにしたつもりだったのですが」
「そう邪険にしないでよ。同じサラちゃんに仕える仲間じゃない」
「お嬢様に仕える? 貴方ここ最近はお嬢様に何も貢献してないでしょう。ただ浮遊しているだけではないですか。それで仲間とは笑わせますね」
「……でも、オレがサラちゃんのお世話とかしたらフローラさん、ブチギレるでしょ?」
「当然ではないですか。ただでさえ忌々しいのにそんな事をしでかしたら全力で排除します」
「横暴がすぎる……。ガキ大将でももっと寛容だよ……」
「さて、私は屋敷に戻りますが貴方はどうします?」
「今日はゼルクさん達と一緒にオレの戦い方を考えるよ。こないだの戦いでオレが出来たのは時計を落とすだけだったからね」
「そうですか。では、また夕方に。……訓練中、間違って双竜に殺されない事を祈っています」
「なんてこと言うの!? 本当にありえて洒落にならないよ!」
その後、玉木はブツブツと文句を言いながら飛んでいく。
魔人召喚をしてからというもの、毎日が騒がしかった。
サラの最近の趣味はフローラと玉木のやり取りを観察する事らしい。その事を本人の口から伝えられたフローラは溜息をつく。
(お嬢様を楽しませている事を喜ぶべきか、アレとセットにされていることを嘆くべきか。……まぁ嘆くべきですね。対策を考えましょう)
帰宅後、サラの部屋を一人で掃除するフローラ。
サラが冤罪を着せられてから晴れるまで、サラは常にこの部屋で過ごしていた。玉木と三人で打ち合わせをしていた時間が多かったために、この部屋に一人でいる事に違和感があった。
「しかし、こうしていると昔を思い出しますねーー」
~~~~~~~~~~~~~
「ーー旦那様、今日から入る見習いのご紹介をいたします。さぁフローラ。旦那様にご挨拶を」
当時、8歳だったフローラはガチガチに緊張しながらも、挨拶練習の成果を披露する。
「は、はじめまして。旦那様。フローラ・クエートと申します。きょ、今日からメイド見習いとしてこちらでお世話になります。よろしくお願いいたします」
「はじめまして。私がこの家の長、ランド・シルフォードだ。こちらこそよろしく頼む。さて、早速だが仕事の話だ。君には、私の娘の世話を頼みたい」
「旦那様の娘さーー」
「ご息女」
当時の執事長が訂正する。
「し、失礼しました。旦那様のご息女様のーー」
「ご息女で問題ない」
「か、重ね重ね失礼しました。旦那様のご息女のお世話ですか? 確か3か月前にお生まれになったのですよね?」
繰り返し注意されつつも話を聞く。彼女の雇い主は幼いメイドの言い間違いが微笑ましいのか、少し笑って続きを口にする。
「ふふ。あぁ、そうだ。妻はあの子を産んだときに亡くなってね。あの子には母親がいない。今は乳母に見てもらってはいるが、ずっと一緒にいてもらう訳にもいかない。だからあの子の遊び相手も君の仕事になる」
「わかりました」
「素直でよろしい。さぁ、付いてきてくれ。娘を紹介しよう」
そうして案内された場所には、文字通り天使がいた。
「これが私の娘。サラ・シルフォードだ」
「わぁ……可愛い。はじめましてお嬢様。私はフローラ・クエートと申します。これから、貴方のメイドとなります。以後、お見知りおきを」
「フローラ。君はしばらく乳母の彼女に指示をもらって働いてくれ。では、後は任せる」
「は、はい。頑張ります」
こうしてフローラはサラ専属のメイドとなった。幸い、乳母からも優しく仕事を教えられ、サラもフローラを慕っていた。そうして4年がたった頃、事件は起きた。
「ねぇ、何してるの? 私もーー」
「嫌ですわ。サラ様は私たち下々の者とは遊べませんわよ。皆、行きましょう」
「あ……そんな……。う……ぐすっ」
サラは公爵令嬢。どうしたって、他の貴族とは扱いが違う。そうした大人の態度に子供は敏感だ。理由はわからなくとも、誰が一番偉いのか、すぐに感じ取ってしまう。
「さて、次の仕事は……お嬢様!? どうされたのですか!?」
「フローラ……。もうやだ! どうして私は皆と違うの!? もう、パパの娘なんてやだぁ!」
「お嬢様……」
裾を掴んで泣きじゃくるサラに、フローラは何も言えなかった。今の彼女に爵位なんて分かる訳がない。
そしてまた、間の悪い事にサラを仲間外れにした娘の専属メイドが居合わせてしまう。
「ちょっとクエート。あんた何やってーーサラ様どうされたの?」
「……貴方の主に仲間外れにされたようです」
「あぁ、そんなこと」
「……そんなこと?」
(この女はーー何を言っている……?)
彼女の一言がフローラの逆鱗に触れる。
「当然じゃない。サラ様が他の貴族と違うのは。そんなこと、いちいち騒いでられないでしょ。それよりあんたさっさと掃除の続きをーー」
「……何をふざけた事を……。お嬢様は傷ついている。貴方の主は他人を傷つけて満足かもしれませんがね」
「ちょっとあんた何をーー」
「おや? 反論するのですか? 貴方はそれでも専属メイドですか? 主の行動を諫めるのも仕える者の仕事でしょう」
「なっ……!? それはーー」
「それとも貴方の忠誠心はその程度だとでも? いや、貴方の能力が、ですか? 主の愚行は従者の責任でもあるでしょう」
「あんたいい加減にーー」
「事実、お嬢様は傷ついて泣いておられます。貴方は主が立場を悪くされても構わないのでしょう? だから『そんなこと』などと言える。見下げた忠誠心ですね」
「……あんた。覚えておきなさいよ」
「えぇ。覚えておきましょう。他者を傷つける主と、それを諫められもしない無能なメイドを」
当時、フローラもまだ子供だった。だから、何も考えずに相手を罵倒した。常にサラの味方になる。それがサラの為になると信じて疑わなかった。だが、現実はそう単純ではなかった。
…………
後日、フローラは呼び出しを受けた。
「お嬢様が階段から突き落とされた!?」
「あぁ。すぐに病院に連れていかれたが、腕の骨が折れているようだ。しばらくは、介助が必要になる」
「なら、すぐにお嬢様の元へーー」
すぐさま動くフローラだったが、続く彼の言葉に動きを止める。
「いや、お前は暫く謹慎だ」
「な、何故ですか!? お嬢様はきっと泣いておられます! すぐにでもーー」
訳が分からずまくしたてるフローラに、執事長が冷たく問いかける。
「アルバーク家のご息女は知っているか?」
「は、はい。先日ーー」
「突き落としたのは彼女だ。だが、問題はその原因だ。原因は……お前だ。フローラ」
「なっ!? どういうことですか!?」
「お前は先日、アルバーク家のメイドを罵倒したそうだな?」
「うっ……。で、ですが、あれはあのメイドが主の愚行を諫めなかったことをーー」
「理由はともかく、結果として、お嬢様に危害が生じたのだ。
あのメイドは罵倒された後、屋敷でお前に対する愚痴を言っていた。それをアルバーク家のご息女に盗み聞きされたそうだ。
彼女にはお前が自分のメイドをいじめたように見えたのだろう。その結果がこれだ」
「な……」
執事長の言葉にフローラは唖然とする。
(私の発言が、結果としてお嬢様を傷つけた……?)
「いいかフローラ。我らはシルフォード公爵家の一員だ。我らの言動はそのまま旦那様やお嬢様への評価に繋がる。軽率な言動は主を貶めるだけだ」
「あ……。ーーはい。申し訳ありません……」
「1ヵ月、屋敷には来るな。お嬢様にも会わせん。この機会に自分の行いをよく振り返るように」
フローラは1ヵ月後、サラに謝罪した。当時の彼女は謝罪の意味がわからなかったのだろう。首を傾げていたが。
それ以降、フローラの口数は大きく減った。全ては大切な主の為にーー
~~~~~~~~~~~~~
夕方、校門に着くと、玉木がやってくる。
「おつかれ。フローラさん。サラちゃんが来るまではもう暫く時間がかかるかな?」
「そうですね。貴方の方はどうだったんですか? 戦い方は決まりましたか?」
「うん。まぁなんとかね。……しかしこの世界に来て、自分の弱さは自覚してたつもりだったけど、ここまでとは思わなかったよ。まさか、見えない上に透過出来るのに、ナイフを持っても正面から勝てないなんて……」
「そこまでの条件で負けるのですか? 人間相手に? 最早一種の才能ですね」
「ゼルクさんはあれ、人間なの? 別の生物にしか見えないんだけど……」
「まぁ……そうですね。双竜のお二人は別格なのは確かです。ですが、流石に貴方の能力を使って勝てないのはおかしいと思いますよ? 不意打ちし放題ではないですか」
「そうなんだよねぇ……。オレも流石に凹んだよ……」
「凹む? 貴方に凹む要素があるのですか? 薄っぺらな紙に凹みはつきませんよ?」
「ホントにレパートリー豊富だよね……。罵倒のバーゲンセールにも程があるよ……」
そう言ってげんなりとする玉木。フローラから見ても、玉木は明らかにサラに対して好意的だった。それに冷静さも持っている。自身の言動で玉木に嫌われたところで、それによってサラに迷惑をかける可能性は低いだろう。だからこそ、こうして遠慮なく喋っている。
サラの言葉が頭に浮かぶ。『玉木に嫉妬しちゃうなぁ。フローラが感情をぶつけるのは玉木だけなんだも』
(……確かに、私が悪態をつけるのはこの男だけだ、というのは事実ですね)
彼は、『負の感情を持つのは問題じゃない。重要なのはその使い方だ』と言った。そして彼女はその使い方を間違えやすい事を誰よりも自覚していた。
だからこそ、余計にあの言葉が勘にさわった。
『その時は誰かに頼ればいいよ。フローラさんの場合は…オレにぶつけても良いしね』
最近は感情の矛先を玉木にぶつけている。その結果、精神的にも楽になっているように思う。その上、そんな態度を取られながらも、未だに自分から話しかけてくる。
何か悔しいものは感じるが、彼の存在が自分にとっても有益であることは認めるしかなかった。
「……あれ? なんかオレ、不味い事言った?」
黙って顔を見ていると、不思議そうに聞いてくる。
「いえ……なんでもありません。さ、お嬢様が戻ってきたら馬車と同化していただきます」
「やっぱり? 最近サラちゃんもそれに違和感感じなくなってきちゃったもんなぁ……」
「いいではないですか。お嬢様は三人でいる事を望んでおられるのですから。形は大した問題ではありません」
「まぁ、そうだね。サラちゃんも楽しそうだし、オレも諦めるとするよ」
こうしてまた、騒がしい1日が終わりに近づく。
明日もきっと、騒がしくなるのだろう。




