助け合う
「はぁぁぁぁっっ!!」
クレアが念じると左肩の鏡から小さな火の玉が現れ、目の前の丸太に飛んでいく。しかし、当たった火の玉は丸太の表皮を少し焦がしただけで消えてしまう。
「くっ……も、もう一度……」
「クレア、そのくらいにしておきな。もう一時間もぶっ続けなんだ。まだやるにしても少し休みな」
先日までは綺麗に整えられていた桜色の髪はボサボサになり、リボンは汗と砂ぼこりで汚れている。そんなクレアにゼリカが声をかける。
「はぁ、はぁ……でも、まだ……」
「ほら、もう限界だろう。いいから休みな」
肩で息をするクレアの腕をつかみ、無理矢理休憩させる。彼女はそれほどまでに自分を追い込んでいた。
彼女は元々ただの村娘だったが、真面目な性格から成績、生活態度共に優秀とみなされ、貴族が通う学園、聖クレイス学園に入学する事になった。
貴族が通う学校にただ一人の平民。友達はおらず、好奇の目にさらされることも、嫌がらせを受けることもあった。
だが、彼女を助けてくれる生徒もいた。それがシルヴァやサラだった。加えて彼女自身の誠実さによって、少しずつクラスメイトとも親しくなりつつあった。
(少しずつ皆さんと仲良くなって、私にも友達が出来るかも、って期待してた。……それなのにーー)
そんな日々も彼女が神鏡に選ばれた途端、大きく変わってしまった。クラスメイトからは再び距離を取られ、周囲の人間は彼女を敬うようになった。
そんな中での襲撃事件。
彼女の心はもう、ボロボロだった。
(今はまだ、私は一人じゃない。シルヴァ様は気にかけてくださる。ゼリカさんは妹のように可愛がってくれる。ゼルクさんもぶっきらぼうだけど優しい。でも、もし、私が神鏡からも見捨てられたら?)
彼女は自分の立場を自覚していた。
(皆さんはそんな事で私への態度を変えたりしないと思う。それでも、皆さんにはそれなりの立場がある。神鏡の使い手という私だからこうして甘えられるけど、そうじゃなくなったら?)
だからこそ、「神鏡の使い手」という立場は彼女を追い詰めるだけだった。
(私は神鏡の使い手として頑張らないと……いけないのにーー)
神鏡は祈りを力に変える道具と伝えられている。それは周囲を守ろうという気持ちを強く持つ必要があるとのことだった。
(でも私は今、寧ろ守られている。だから力が出ないの? それとも、私が薄情な女だから?)
「うぅっ……」
気を抜くと涙が出てくる。それでも、泣いてばかりもいられなかった。
「そんなに気に病むことはないよクレア。あんたは元々優しい子だ。守りたい気持ちが弱い訳がない。寧ろ、もう少し自信を持った方が良い。見込みの無い者が神鏡に選ばれる筈がないからね」
「おーう! クレア嬢ー! シルヴァが訪ねてきたから戻って来ーい! 報告があるらしいぞー!」
「おや? なんだろうね。クレア。とりあえず行くよ」
「はい……」
…………
「ーー以上が、報告となります」
シルヴァから、サラが魔人と契約したこと。その魔人と共に学園寮の調査をした結果、幻覚を見せる魔人が関与していることが分かったと報告を受ける。が、クレアは心ここにあらずといった様子だった。
そんなクレアをよそに、ゼルクは眉間に手を当てて唸る。
「あー……。どこから突っ込めばいいのかわからんな……。まず、サラ嬢のとこの魔人は信用出来るのか?」
「恐らくは……。勿論、彼女が操られていなければ、ですが。彼女と会えればよいのですが、下手な行動はドゥーク侯爵の目に止まります。今は彼女に会う訳にはいきません」
「それで? あたしたちにどうしろっていうんだい?」
「はい。魔人が関わっている事は分かりました。ですが、これだけでは、彼女の冤罪を晴らすことは出来ません。出来れば、侯爵が黒幕だという事を証明した形がベストです。
ですので、この方法について知恵を貸してください」
「って言われてもな……。流石にこんなややこしい事態にゃ関わったことがない」
「分かっています。私もこの場で答えが出せるとは思っていません。もう少しサラと情報を交換した上で、改めて相談に来ます。今回は一時報告です」
「あん? 一時報告? なんだってそんな事を?」
「報告は本題のついでに行っただけですから」
「本題?」
「はい。魔人から、クレア嬢への手紙を預かっています」
急に話を振られたクレアは、ここ数日で腫れぼったくなった目を開く。
「ーーえ? サラ様の魔人……様、からの手紙?」
クレアを庇うように立ったゼリカが質問を投げかける。
「……大丈夫なんだろうね。その手紙を見て、何か問題が起きたりしないかい?」
そんな二人を安心させるよう、シルヴァは柔らかな声で答える。
「手紙自体は私も読みましたので問題ありません。どうやら、サラの魔人は神鏡について知識を持っているようで、中身はクレア嬢へのアドバイスでした」
「……アドバイス? 私に?」
「ああ。なんでも、神鏡の力に出来るのは『祈り』ではなく『感情』なんだそうだ」
「感情?」
「ああ。とりあえず、読んでみるといい」
シルヴァから渡された手紙には、彼女の知らない神鏡の秘密が書かれていた。
そうしてその日、クレアは神鏡の力で自我を持つ魔人、守護騎士の召喚に成功したのだった。
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王子から、クレアちゃんが自我を持った守護騎士の召喚に成功した、と連絡がきた。
よし。これならオレの考えた作戦もいけそうだ。
この作戦は守護騎士が言葉を話せることが前提になる。
「クレアさんの守護騎士は問題なさそうね。でも玉木? クレアさんになんて伝えたの?」
あれ? サラちゃん神鏡の事はもう気にしてないの? クレアちゃんは何も悪くないが、それでも今回の騒動のきっかけだったのに。と、思ったら心を読まれたようで、サラちゃんが不満そうな声を出す。
「……ひょっとして、私が神鏡に選ばれなかったことを引きずってると思ってた? もう気にしてないわよ。失礼しちゃうわね」
「う……ごめんなさい。思ってました」
「なんてね。あ、もう気にしてないのはホントよ? 実際、ドゥーク侯爵に書類を突き付けられた時は、筋違いにもクレアさんを憎む気持ちもあったわ。でも、フローラに甘えて貴方に助けられて……。まだ私の容疑は晴れてない。こんな状態で不謹慎だけどーーそれでも、毎日楽しいもの」
ニッコリと宣言する。まったく……ホントにこの子はーー
「はぁ……。サラちゃんはホントに魔性の女だよね」
「あら? 私が引っかけるのは好きな人だけよ? フローラしかり、貴方しかりね」
「……先ほどから喜ぶべきかこの男を憎むべきか反応に困りますね……」
「オレを憎んでも何にもならないよ? ラブアンドピース。平和にいこう」
「煽っているのですか? ならご安心ください。大成功です。憎しみが殺意に変わりましたので」
「もう! それよりも!!」
サラちゃんがオレを急かす。
「ごめんごめん。えっと、オレ、この間クレアちゃんの様子を見に行ったんだよ。……随分追い込まれてた。どうもクレアちゃんは『誰かを守る』ことを意識しないと神鏡の力は使えない、って思ってたみたいなんだ」
「え? 違うの? 私はそれが神鏡を使うために必要な事だと思ってた」
「勿論、『誰かを守る』って気持ちは大事だよ? だけど、オレの知っている神鏡は……彼女の感情を力に変えていた」
「感情? そういえば魔人は憎悪など、負の感情で生まれるものと伝えられていますね。神鏡も同じものなのですか?」
成程。恐らく『守護騎士と魔人の違いは何の感情を元にしたか。』という風に伝えられているのだろう。オレ達の敵の魔人もそうかもしれない。けどーー
「うん。多分同じじゃないかな。だから、クレアちゃんには『自分の気持ちに正直に』って伝えたんだよ。憎悪や恐怖、怒りとか、そういった負の感情も含めてね」
「え? それだと悪の魔人が生まれちゃうんじゃないの?」
「その気持ちだけならそうだろうね。だけどさ、人の感情ってコントロール出来るものじゃない。負の感情を持ってない人間なんていないよ。だから、重要なのはその使い方だと思うんだ」
「使い方?」
「そう。例えばサラちゃん。君は誰かに『お前はシルヴァ様にふさわしくない』って言われたらどうする?」
「……何度も言われたわ。けど、実力で黙らせようとーー。あ、そういうこと?」
「そう。悪いのは感情じゃない。制御すべきは感情じゃなくてその矛先だよ」
「……ですが、その矛先をコントロール出来なかったらどうするのですか?」
何か思うところがあるのか、フローラさんがオレの目を見て聞いてくる。彼女も感情が激しい人だ。多分、それで失敗した経験があるのだろう。……けど。
「その時は誰かに頼ればいいよ。愚痴を聞いてもらったりね。だから人は助け合うんだよ、お互いの為に。フローラさんの場合は……オレにぶつけても良いしね」
普段のオレへの態度に対するあてつけのように笑う。
するとフローラさんも少し笑った後ーー真顔になった。
「正気ですか? 私が貴方に頼る? 何を自惚れているのですか? 大体先ほどの話も大方、先日のお嬢様に慰められた時の事を正当化しようとしているだけではないのですか?」
「ぐぅっ!?」
フローラさんの発言がトラウマを抉る。
「頼ればいい? 少女に慰められた自分を正当化出来るようにするために? なんと情けない男か」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
「元々の質問はクレアさんへのアドバイスについてですよ? 何を自己陶酔しているのか」
「やめてぇぇぇぇぇ!! こんな羞恥プレイは求めてないぃぃぃぃぃぃ!!!」
「もう、フローラ。そんなにいじめないの」
「申し訳ありません、お嬢様。つい」
ここで「ついってなんだよ!?」とか言ったら藪蛇どころか大蛇に食われるので言えない。
なんて容赦のない女なんだ。
「こほん。それはそうと二人とも? これで準備は出来たわ。玉木の作戦をもう少し練っておきましょう?」
こうして、着実に決戦の舞台は近づいてくる。




