謎の女魔人
(ちっ……まさかこんなところで出くわすとはな……)
ゼルクは内心で舌を打った。魔人の強さは玉木から散々聞いているし、実際魔人級の強さを持つという4本腕の傀儡は、ゼリカと二人がかり、加えて玉木から情報を聞いていたのに苦戦した。
目の前の女からはあの時の傀儡と同等のプレッシャーを感じる。だというのに、今はゼリカもいないうえ、この女の特徴に聞き覚えがない。どんな能力なのか見当もつかなかった。
(……この細身……速さではオレより上だろう。と、なると逃げる事も難しいか……)
絶体絶命の事態に、ゼルクは死ぬ覚悟を決めた。すると、魔人が口を開いた。
「待て。戦う気はない」
そう言って、両手を上に挙げた。意外な行動にゼルクは驚くが、それでも油断なく問いかける。
「それを信じろってのか? 悪いがテメェのようなヤツ相手にそんな簡単にーー」
ゼルクがそこまで言いかけた所で、女は両手を下げて腰のナイフに手を添える。
(来るか!?)
ゼルクは大剣を構え、両足を踏ん張る。だがーー
ーーカランカランーー
女は腰に刺さっていたナイフを全て地面に捨てた。
「これで少しは安心出来る?」
そして再び両手を挙げる魔人。そんな様子に、さしものゼルクも困惑するほかなかった。
「……なんだ? どういうことだ?」
「だから何度も言っている。争うつもりはない。その証拠に、ここにいた見張りも含め、私は誰も殺してない」
真顔で淡々と語る魔人。だが、相手の目的が分からない以上、油断は出来なかった。
「やり合う気はない、だと? ならなぜテメェはここにいやがる。目的はなんだ」
ゼルクは気を緩めずに魔人を睨みつける。だが、魔人はそんなゼルクにぷふぅーと長い息を吐いてからゼルクを見返した。
「……理由は一つ。ここにいる、スレイヤを助け出す為。……まぁ、断られたけれど……」
「なに?」
(どういうことだ? なんで魔人がスレイヤをーーそれに、断られた……? 無理やり連れていく気もないのか?)
魔人の返答に、ゼルクは瞬時に思考を巡らせる。そんなゼルクに魔人は再び声をかける。
「私としては寧ろ何故貴方が彼を助けるのか知りたいけれど……まぁ、貴方が助けるなら別に理由はいいか。じゃあ、退いてもらっても? 落ちてるナイフは回収したいから拾わせてもらうけど」
「……あぁ。良いだろう」
(どうせオレ一人で勝てる相手じゃねぇ。退いてくれるってんならそれに越したとはねぇ、か)
大剣を構えたまま、にじりにじりと後退する。そんなゼルクを横目で見ながらも地面に落としたナイフを拾った魔人は、ナイフをしまってゼルクに背を向け歩き出す。
(……簡単に背を見せる、か。本気で戦う気がないらしいな。まぁ、舐められているともいうんだが)
そうして一触即発な魔人との邂逅は、大きな戦闘もなく終わるのだった。
…………
魔人の女が去ったアジトでは、想像通り何人もの男達が気絶させられていた。
頭である、あの傷の男すらも気付いた時には気絶させられていたという。だというのに、男達は全員が無事、いや、それどころか傷一つ無かった事を知り、ゼルクはむぅ、と唸った。
「ーーそうか……。だが、それならあの女の目的は何なんだ……?」
「知らねぇよ。そんな事はあのガキに聞いてくれ。アイツだけが無事だったんだからよ」
傷の男が悪態をつく。
「そうだな。さっそく案内してもらうぜ」
「あぁ。ゲイグスからも話は聞いている。こっちだ」
こうして案内された先には、スレイヤがぶすっとした表情でうつぶせになっていた。勿論、彼の体は未だに簀で包まれている。
「よう。オメェがスレイヤだな」
「……なんだ、テメェは……」
「……今後は口の利き方も教えなきゃならんな……。まぁいい。オレはゼルク。神鏡の使い手の仲間だ」
ゼルクはしゃがみ込み、スレイヤの顔を覗き込む。
「シルフォード公爵から話は聞いているな? オメェの腹づもりはどうあれ、とりあえずはオレと共に来てもらう」
そんなゼルクに、スレイヤは自嘲気味に笑う。
「はっ……。オレに選択肢が無いってのはあのオッサンから聞いてる。逆らう気もねぇ。アンタラの思惑に乗っかってやるから安心しろ」
スレイヤの回答に、ゼルクは訝しんだ。玉木から聞いていたスレイヤの人物像は、素直からはかけ離れたものだった。そんな男がこんなに簡単に自分に従うだろうかと疑問が浮かぶ。
だが、ゼルクの考えに気づいたのか、スレイヤは再び自嘲するように笑う。
「そう心配そうな顔すんじゃねぇよ。特に何もたくらんじゃいねぇよ」
「そうか。なら、素直に従う気になった理由を聞いてもいいか?」
ゼルクの問いかけに、スレイヤは口角を不気味に歪めた。
「簡単だよ。テメェらの案に乗るのが一番旨味があるってだけだ。あの魔人の女も大したメリットを提示してこなかったしな」
スレイヤから出た魔人、という単語に、ゼルクの顔色が変わる。
「魔人の女だと? アイツに何を言われた」
「くく……気になるよなぁ。でもな、別に面白い話じゃねぇ。ここから助けてやるから自分の弟子になれってよ」
「なに?」
「断ったけどな。魔人の弟子になったところでメリットなんざ何もねぇからよ」
「……そうか」
スレイヤの話を聞き、ゼルクはすっくと立ちあがった。
これ以上ここで話をしていても得るものは無いと判断したからだ。
(細かい話は玉木も加えて、だな。エレナ嬢も連れ出さにゃならんし、ここでダラダラと話をする必要もねぇ)
こうしてゼルクはスレイヤと共に、エレナの元に向かうのだった……
…………
エレナちゃんの元でボーっとしていると、牢屋の前にゼルクさんがやって来た。スレイヤ君も連れているから交渉は上手くいったんだろう。
「あっ! ゼルクさん!」
見知った顔がやって来たことに、エレナちゃんは破顔してゼルクさんに駆け寄っていった。
「おう、エレナ嬢。無事だったか。助けに来たぜ」
そうしてゼルクさんが鍵を開けると、エレナちゃんは安心したのか、その場にへたり込んだ。
「……良かった……ほんとに……グスッ」
散々に泣いたはずなのに、それでも涙が流れるらしい。グスグスと泣き続ける。そんなエレナちゃんの背中をさすりながら、ゼルクは護衛二人に目を向けた。
「サラから聞いてるぜ。お前らもご苦労だったな」
これまで、ずっと険しい顔を崩さなかった護衛二人だったが、ゼルクさんからの思わぬ労いの言葉に、二人の目が悔し気に滲む。
「いえ、自分達は……」
「お嬢様から指名していただいたのに、何のお役にも立てなくて……」
そんな二人の様子に、ゼルクはニカッと笑みを向けた。
「そう謙遜すんな! たまーー神鏡の使いからも聞いてんぞ。お前らがエレナの為に必死になってたのは」
ゼルクの言葉に、エレナも泣きながら同意する。
「そ、そーーです。役に立てなかったのは私でーー私が迷惑をーー」
「おいおいエレナ嬢、お前が悪い訳でもねぇだろ。皆が頑張ったってことで良いだろ」
そうして再び泣き出すエレナちゃんをゼルクさんが慰める。そんな様子に、護衛二人もつられたのたか悔しそうに涙を流し出す。
「ぐっ……く……」
「クソ……情けねぇ……」
「あーあーあー。お前らまで泣いてんじゃねぇ。とりあえずキリもねぇから帰るぞ。神鏡の使い手、いるか?」
へたり込んでいたエレナちゃんを何とか立たせ、オレに声をかけてくる。
「ピッ!」
「おし。じゃあお前はいつも通り周囲を警戒してくれ。帰るまでは油断せずにな。後で色々と聞きたい事もあるからよ」
こうしてスレイヤ君によるマフィア達とのいざこざは、無事に終わりを迎えたのだった。




