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予期せぬ来訪者

「あ”ー……クッセェなぁ……」


 シルフォード家当主、ランドとの邂逅から2日が経過したが、スレイヤは未だに簀巻きで囚われていた。

 しかし、数日も汚物を垂れ流し続けたことで、部屋は悪臭に包まれていた。

 流石にこのままでは病気になりかねない、と下っ端である男は一人で部屋を掃除させられていた。

 そんな状況に、ついブチブチと不満が溢れ出す。


「はぁ……これが女の方ならまだやる気が出るってのに……」


 溜息をつく男だったが、すぐにいやいやと首を振った。脳裏に浮かんだ『ミ ナ ゴ ロ シ 』の文字を思い出したからだ。


「……なぁ、あの女ってのは……オレと一緒に捕まったやつか?」


 そんな男に、ずっと黙っていたスレイヤが声を出す。

 これまでーーそれこそ食事の時ですらまともに会話をしなかったスレイヤの予期せぬ発言に、男は目を丸くして見返した。


「珍しいな。気になんのか」


「……あぁ。一応はオレのせいで捕まったことになるしな」


 珍しいスレイヤの殊勝な態度を訝しみながらも、男は特に隠す必要もないかと神鏡の仲間だという謎の存在との会話を説明し始めた。



 …………



「ーーってわけだ。その様子じゃ、アレの事はお前も知らなかったらしいな」


「……あぁ。初耳だ」


「ま、安心しろよ。どちらにせよお前の運命は変わんねーさ。それこそこれからはーー」


 事の顛末を話し終え、自分に声をかけてくる男。そんな男に、スレイヤは激情する事もなく、ただ静かに俯いた。

 それは、絶望にも似た虚しさからだった。


(……結局、オレは誰にとっても、どうでも良い存在なんだろうな)


 数日前まで、あれほどギラギラと燃えていた瞳の炎も消え失せ、スレイヤは最早空虚となった視線を檻の外に向けた。

 勿論、ここまで拘束され続けた疲労もあるが、2日前のランドの提案も彼の心をすり減らす原因となっていた。


(あのオッサンは公爵家を継ぐのがオレでなくても良いと言った。そして、あのオッサンは神鏡の女達とも繋がっている。もしも神鏡の女達がオレを必要とするなら、是が非でも助けようとするはずだ。つまり、神鏡の女達ですらオレになんの価値も見出してねぇってことだ)


 彼は兄弟からも、家に仕える従者達からも、何よりも実の父からも必要とされていなかった。むしろ邪魔者扱いを受け続けており、こんな状況を作り出した母親を恨むほどだった。


(……もっとも、ババァはもうおっ()んでんだ。恨むだけ無駄だがーー)


 自分は誰からも必要とされていない。学園にいる友人たちにしても、自分が公爵家の息子だから近づいていた節がある。自分の為に体を張るほどの信頼関係など築けていなかった。



 数年前までは信じていた。努力の先には幸せが待っていると。愛をささやく女性にも出会えた。だからこそ、理不尽な日々にも耐えていた。

 

 だが、結局はそれも幻想だった。自分を愛すると言った女は、公爵家の息子という肩書にしか興味が無かった。スレイヤのマークス家での立場を知った彼女は、本命の伯爵家の跡継ぎに嫁いでいった。


 そこで全てに絶望したスレイヤは非行に走るようになった。仲間を集め、情報を集め、様々な手段を用いて伯爵家の跡取りを実家から廃嫡させた。そしてかつて愛した女は、散々に(なぶ)って捨てた。

 


(そして最後の最後がーーこのザマかよ……。なんでオレは生まれてきたんだろうな……)


 こんな事を思っても、目からは涙など出てこない。かつて散々に泣いたのだ。とうに涙は枯れ果てていた。


「ーーおいガキ。聞いてんのか。おい!」


 スレイヤが呆然と檻の外を見ていた間、ずっと一人で喋っていた男は自分の話が一切聞かれていなかったと知り、スレイヤの腹に蹴りをいれる。

 だが、今のスレイヤにはそれに逆らう気力もない。ぐぅ、とうめき声をあげるだけだ。


「……つまんねぇな。もう限界だろコイツ」


 そう言って、再びスレイヤに向かって足を振り上げる。


「おい」


 すると、牢屋の外から女の声が聞こえてきた。

 思わぬ声に、男は驚いて顔を向ける。


「あ? ……は?」


 そして声の主の姿を見た男は、すっとんきょうな声を上げた。



 …………



「……まさか英雄殿を連れてここに来ることになろうとはな」


「はっ! 別にオレも来たくて来てるわけじゃねぇっつの。散々言ったろうが」


 スレイヤやエレナ達が囚われた洞窟に向けて、森を抜けていく二人の男。一人はスレイヤと対戦したマフィア所属の痩せ型の男。そしてもう一人は双竜、ゼルクだった。

 彼は玉木の作戦の一つ、スレイヤの引き取り及び賠償金の交渉の為に訪れていた。

 シルヴァやサラといった面々がマフィア、それも禁止されている人身売買組織と関わるのは不味い。しかし、あまりコトを大事にもしたくない。


 そういうわけで、この場にはゼルク一人が訪れていた。


「まぁ、最低保証とはいえそれなりの金額も貰ってはいる。こちらもこれ以上言う気はないがな」


「最低保証だぁ? よくいうぜ。あんだけの金額を吹っ掛けといてよ。人一人救うのに国家予算レベルの額を要求なんざバカじゃねぇのか」


「あのガキがどれ程の損害を出したと思っている。カモにされた客の数は10や20ではないのだぞ」


「そのカモ共から絞れなかったのはテメェらの落ち度だろうが」


「ふん。なんとでもいえ」


「あーそうかよ。じゃあ遠慮なくーーおい、ちょっと止まれ」


 もう少しイヤミを言おうかと思っていたゼルクだったが、前を歩く痩せ型の男の肩を掴む。

 いきなり肩を掴まれ、バランスを崩しかけた男は不機嫌そうに振り返る。


「なんだ?」


「テメェらのアジト……すぐそばだよな?」


「オレはゲイグスだ。アイツらとは関係ねぇが……まぁ、そうだ。その林を抜けた先だ」


 その言葉に、ゼルクの表情が強張る。そんなゼルクの様子に、ただ事ではないと察した男も表情を変える。


「どうした、何があった」


「……静かすぎる……」


「何?」


「他の周囲は木々やら獣やらの音がするってのに……この先からは音がしねぇ」


「それはそうだろう。アジトは洞窟だからな。木々なんかねぇよ」


「そうだな。だが……入口には見張りすらいねぇのか?」


「む……? いや、そんな筈はないが……」


「だろうな。なんかあったじゃねぇか?」


 そうして二人揃って警戒しながらアジトの入り口を覗く。すると、入り口で数人の見張りが倒れていた。

 恐る恐る近づき、彼らの様子を確認する。


「……息はしてる……。気絶させられただけか」


 ゼルクが呟き、アジトを睨む。そんなゼルクに、男は疑いの視線を向ける。


「アンタら……ここの情報をどこかにリークしたのか?」


「するわけねぇだろうが。力尽くでやるならオレと妹の二人いりゃあ充分だ」


「随分とハッキリ言うな……。だがまぁ、事実ではある、か」


「情報が漏れたとも思えねぇ。このアジトにしても具体的な場所はオレでも知らなかったからな」

 

「そうか。では他に考えられるのはーー」


「待て」


 思考の沼に潜ろうとしていた男をゼルクが制止する。


「どうした?」


「何かーー近づいて来てやがる。それも、何やらヤベー気配がしやがる」


「なんだと? ではこちらから仕掛けるか?」


「いや、洞窟ん中じゃあ大剣は使えねぇ。こっちに近づいて来てんだ。迎え撃つ。テメェは気絶したヤツラを連れて森に隠れてろ」


「分かった」


 男も荒事に自信が無い訳では無かったが、流石にゼルクと並べるなどと自惚れてはいない。大人しく気絶した男達を連れて森に向かった。

 そして数刻がたった頃、洞窟から一人の女が姿を現した。長身で細身の体。体系としてはゼリカに近い。腰には数本のナイフを持ち、そしてその肌は『青い』。

 ゼルクは改めて大剣を構えて呟いた。


「やはり……魔人か……」

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