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スレイヤに必要なもの

「……玉木、『シルフォード家が終わる』っていうのは、比喩か何か?」


 そう呟き、鋭い視線をオレに向けるサラちゃん。彼女からこんな目を向けられた事は記憶に無い。シルヴァ君が大ケガを負った時に戦線から離れる提案をした時ですら、これ程のものは感じなかった。

 だが、この反応は予想していた事だ。オレは首を横に振り、冷静に彼女を見つめ返す。


「いや、言葉通りの意味だよ。シルフォード家は、サラちゃんのお父さんの代でお終いだ。ただ、オレの考えた方法ならスレイヤ君を本当の意味で仲間に出来るかもしれない。時間はかかるし、上手くいかないかもしれないけどね。まず第一に、彼がこの案を受け入れる保証もない」


「随分と曖昧な話ですね。そんな不確かなものに、シルフォード家の命運をかけろと?」


 オレの雲を掴むような答えに、フローラさんも厳しい目を向けてくる。当然だ。オレの言っている事は到底受け入れられる話ではないだろう。オレだってこの方法を取るべきかどうかは未だに決めきれていない。


「うん。だからこの話は、サラちゃんだけじゃない。サラちゃんのお父さんは勿論、フローラさんも真剣に考えてみて欲しい」


「それは……そのくらいしか方法が思いつかないということ?」


 流石はサラちゃん。こんな話にも感情的に否定するようなことはせず、ただただ冷静に話を聞こうとしてくれる。これほど説明のしやすい相手もいないだろう。


「うん。まず初めに、前提の話をしよう。今のスレイヤ君は精神的にあまりにも未熟だ。だからそれを矯正する必要がある。そしてそのためには必要なものがある」


「必要なもの?」


「そう。時間、環境、指導者、そしてーー目標の4つだ」


「「…………」」


 相変わらず、彼女らはオレを信頼してくれているようだ。シルフォード家が終わるなどと吐いたオレの言葉を、一言でも聞き逃すまいと真剣な顔つきで聞いてくれる。

 そのことに改めて喜びを覚えつつ、それを表に出さないよう気を配りながら淡々と説明していく。


「一つ目は時間。人を変える、というのは簡単な事じゃない。特に本人がそれを望んでいればともかく、他人の意識を変えようとするのは相当な労力と時間がかかる。具体的にどのくらいの時間がかかるかはオレにはわからないけれど、最低でも数年はかかると思った方が良い」


 ロイド君の時は驚くほどにすんなりと心変わりしてくれたけど、そもそもロイド君には元から目標ーーいや、夢があった。彼はそれを再確認しただけだ。それに何より、あの時はエレナちゃんも素直に謝った。それにつられてロイド君も素直に自分と向き合えたんだろう。

 だが、スレイヤ君は違う。原因であるマークス家がスレイヤ君に謝罪してくれるならまだしも、きっと彼らが心から頭を下げる事は無いだろう。だからこそ、スレイヤ君がすぐに改心するとは思えない。三年後の戦いまでに変わってくれれば良いけれど、期待しすぎてプレッシャーをかけてしまうのも不味い。


「次に環境。こういう言い方はアレだけど、やっぱり目的意識の高い人に囲まれれば嫌でも色々と考えるからね。あとは『しなきゃいけない』っていう形に追い込まれれば、ある程度は意識も変えざるをえなくなると思う」


 実際、オレだって就職前はあれほど仕事に向き合うことになるとは思わなかった。学生時代はもっと適当だった筈なのに、気づけば客先では何度も頭を下げ、会社では必死に事務作業をこなしていた。結局、殆どの人間は追い込まれなければ本気を出すのは難しいのだ。

 これに関して言えば仲間になれば解決出来そうな気もしないでもない。シルヴァ君をはじめとした皆の志は高いし、魔人と命がけの戦いになれば否応なしに追い込まれる。ただ、暫くは魔人とも遭遇しない可能性もある。そうなれば3年後の戦いなど現実味がないので、緊張感を維持出来ないかもしれない。だからこそもう一つ、彼が本気にならざるをえない環境が欲しい。


「そして指導者。これはこの間も話したよね。ようはスレイヤ君を真っ向から叱れる人物が必要だ。例えばゼルクさんとかね」


 元の世界での営業時代。オレも何人か新人を指導したが、素直な子が相手の時は楽だった。わざわざ叱らなくても注意で済んだからだ。だけど、それでは聞かない子達もいた。舐められて上手く叱れなかったり、𠮟責に耐えきれず逃げ出されたり。結果、そうした殆どの新人たちは職場に馴染めなかったり成果を出せなかったりして辞めていった。自分にもっと指導力があれば……なんて事は何度も思ったものだ。


「最後に目標。目的と言ってもいいのかもしれないね。先に話した三つはこれまでのスレイヤ君の人生にだってあったはずなんだ。なのに彼はどうして#燻__くすぶ__#っているのか。その理由こそが目標の欠如なんだと思う」


「でも、学園にはテストだってあるわ。それに将来は就職試験だってある筈よ。いくらでも目標は立てられるんじゃないの?」


「それをスレイヤ君が心から求めているなら良いんだけどね。でも、彼がそれを目標に出来るとは思えないんだ」


「どういうこと? 勉強が苦手とか?」


「勉強が苦手かどうかは知らないけどね。ただ、彼は独りの時にポツリとこぼしたんだ。『オレの価値を上げるってことはアイツらに得をさせる』って。それから『公爵家になんざ生まれてこなきゃ良かった』、とも」


「ふむ……。学業を目標とする事は、嫌いな者達ーーマークス家の益になるから出来ないということですか?」


「そういうこと。だから彼の目的は多分、実家が得をしない形で成り上がる事なんじゃないかな。正確には、自分を否定したヤツラを見返したい、って気持ちがあるのかもしれない」


「成程ね……。ひょっとして、スレイヤ様がマフィアの一員になろうとした理由はそれ?」


「多分、だけどね。彼についてはここ数日の様子しか知らないし、ひょっとしたら自分とウマが合うかもしれないくらいの気持ちだったのかもね」


 実際、奥底ではそんな風に思っていても本人が自覚していないパターンもあるだろうし、そもそもオレの分析が間違っている可能性もある。ただまぁ、結局は人を理解するには『こんな人ではないか』という風に仮説を立てながらその人の事を知っていく他ないだろう。


「それでーー貴方の話は分かりましたが、これがどのようにシルフォード家の終わりに繋がるのですか?」


「そうね。まだ肝心なところが聞けてないわ」


「うん。これから話すよ。オレが話すのはさっき話した4つの要素のうち、時間以外のものを全て満たす方法だ。だからこれを聞いたうえでやれると判断したらーーサラちゃんのお父さんも交えて話合って欲しい」


「分かったわ」


 さて、ここからが本命の話だ。そしてこの方法が皆に受け入れられれば、次はいよいよスレイヤ君の説得だ。

 オレは握りこぶしに力を入れ、前を向いた。

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