マフィア強襲
エレナは二人の護衛を連れて街に来ていた。料理の材料や縫い針に糸などの買い付けの為だ。
先日、サラとクレアの前で自分の不甲斐なさを実感したエレナ。その上、大切な友人である彼女達に黒い感情を持ってしまったことで、自己嫌悪に陥っていた。
それでも、そんな自分の弱さと向き合いたいとも感じていた。それこそ、サラやクレアのように。
しかし、実家の懐事情もあるのでお金のかかる事は難しい。勉強にしてもこれまでにも散々時間をかけたので、今更多少何かをしたところでロイド達に並べるとも思えなかった。
そこで比較的自分に出来る事、家事能力を上げようと思って練習用の材料を購入に来たのだ。本来ならば貴族の娘が家事をするなど褒められたものではないが、今のエレナにとっては周囲からの評判などより、大切な友人達の役に立つことの方が重要だった。
「お二人とも、私の我儘に付き合わせてしまってすみません……。その上荷物まで持たせてしまって……」
「いえ、これも命令です! お気になさらないでくださいブラウン様!」
「その通りです。理由は聞いておりますし、何よりも貴方はお嬢様のご友人ですから」
「あ、ありがとうございます……」
彼らの発した『友人』という言葉を聞いて、エレナの頬が赤くなる。
彼らはブラウン家の者ではなく、シルフォード家の兵士達だ。ブラウン家の治める地域の治安は悪く、個人的な理由で兵を連れまわすなど出来る筈もなかった。
だが、それをサラに伝えた所『何かあっては困るし、荷物持ちも必要だろう』という理由でシルフォード家から護衛二人をつけてもらったのだ。エレナとしても、そんな事をしてもらう訳にはいかないと再三断ったのだが、有無を言わさないサラの圧力に負けてしまった。
エレナはあまり社交的なタイプでは無かったし、見ず知らずの男達と買い物など、とも思っていたのだが、サラはその点も気をつかってくれたらしい。彼らは優しく親しみやすい人物だった。
「そ、それにしても……お二人とも、とても話しやすい方々で良かったです。正直、恐い方だったらどうしようと思っていたので安心しました」
「はは! そう言っていただければ幸いです。帰宅まで、我らがバッチリお供いたしますよ!」
「おいおい。張り切るのは良いが気を抜いてヘマをするなよ? お嬢様の顔に泥を塗る事になるぞ?」
「うぐ……。分かってるよ……」
「ま、気持ちは分かるけどな。お嬢様からのご指名だしな」
「へへ……だよな……!」
そう言ってくつくつと笑う兵士達。どうやら彼らはサラに対しても深い忠誠を抱いているようだ。
「お二人共、サラ様の事がお好きなのですね」
サラの指名という事が誇らしげな二人。そんな彼らを見ていると、つい口から思った事が出てしまった。
「「…………」」
「あ、ご、ごめんなさい! い、今のは……」
エレナの言葉にポカンとしてしまった二人。何か失礼な事を言っただろうかと慌てて謝罪する。しかし、護衛二人はそんなエレナが微笑ましかったらしい。
段々と目尻が下がっていく。
「あぁ、いや、失礼しました。少し驚いたので。そうですね。私達はお嬢様の事が好きですよ。勿論、現当主であるランド様の事も尊敬しております」
「そうそう! お二人は文武両道でカッコいいし、オレ達みたいな者にもメチャクチャ優しくてーー」
「おい、口調」
「ーーあっ!? も、申し訳ありません」
言葉遣いを指摘され、慌てて頭を下げる男とそれに呆れる男。仲の良さがよく分かる彼らの会話にエレナもついついほころんだ。
「構いませんよ。付き合っていただいている身ですから。それに私も喋るのはあまり得意ではないので、自然体でいてもらえれば」
「お気遣いありがとうございますエレナ様。しかし我々も仕事ですからそういう訳にはーー」
「いやぁー! 流石お嬢様のご友人! 懐が深い!」
「ーーお前な……」
豪快にカラカラと笑う相棒に、ガックリと肩を落とす。そんな彼らの様子が面白くてエレナははにかむ。
「ふふーー」
だが、ふと路地裏に視線を送った先で見知った顔を見つけた。
「……え? スレイヤ様……?」
「あ゛? ……テメェは確かーーエローーなんとか」
一応はクラスメイトだというのに自分の名前も知られていないらしい。とんでもない覚え方をされているようだ。
「エ、エレナです。同じクラスの……」
「あぁ、そんな名前だったか」
オロオロと訂正をするが、彼は自分に興味など無いようだ。明後日の方向を向いている。
「あ、あの……スレイヤ様はどうしてこちらにーー」
「あ゛あ゛!? 何でテメェに話す必要があんだよ!?」
「ひっ……!」
大声ですごまれて、つい後ずさりしていまう。それを見た護衛二人がすぐにエレナ達の間に割って入るが、スレイヤはそんな彼らに対し、不機嫌そうに舌をうつ。
「ちっ……。んな警戒しなくとも手を出したりはしねーよ」
そう言って振り返り、来た道を戻っていくスレイヤをエレナは呆然と見送った。その姿に、護衛二人が悪態をつく。
「なんだあの野郎……」
「……アレは確か、マークス家の問題児だ」
「問題児? マークス家っていったらウチと同じ公爵家じゃねーか。てことはアイツはそこの?」
「あぁ。一応、ご令息だ。しかし何故こんなところに……」
「グレて家出中か? 結構なご身分だな」
「そうだな。ただまぁ、シルフォード家と違って家庭内も複雑らしい」
「ふーん。ま、興味ねぇな」
「エレナ様、幸い何もありませんでしたが、あのような男に関わるのは危険です。彼は無視して帰りましょう」
護衛がエレナに振り返る。しかし、エレナは口を一文字に結び、震える体で路地に足を向けた。予想外の行動に、護衛達は狼狽える。
「エ、エレナ様!? どちらにーー」
「ス、スレイヤ様を追います」
「なっ!? い、いや危険ですって! あんなの放っておきましょうよ!?」
「そんな訳にはいきません」
「エレナ様、私も反対です。下手に関われば逆恨みでもされかねません」
「そうかもしれませんがーー彼は神鏡に選ばれた仲間の一人なんです」
「ア、アイツが!?」
「神鏡の仲間と言えば殿下やカイウス様と同じ……? しかしそこで何故エレナ様が……」
まさかスレイヤがそうだとは思いもしなかったのだろう。二人は大きく戸惑うが、エレナは迷いのない足取りのまま答える。
「私は直接魔人と戦う訳ではありませんがーーそれでも皆さんの仲間なんです。だから、私に出来る事は全力でやりたいんです!」
そう言って歩みを止めないエレナに、護衛二人は困り顔で顔を見合わせたが、仕方ないと諦めて急ぎ足でエレナを追っていった。
…………
カジノ帰りのスレイヤ君だったが、そこで遭遇したのはまさかの護衛を連れたエレナちゃんだった。というか、あの二人はサラちゃんの家で見たことがあるな。エレナちゃんの実家は貧乏だって話だったから、自分で護衛を用意出来なかったのかな。それをみかねたサラちゃんが手配したのだろう。
しかし、エレナちゃんにすごんだときはどうなるかと思ったが、思いの外あっさりと離れたな。アレは威嚇じゃなかったのかもしれない。女の子相手に物騒なとも思ったが、どうやら手先は器用でも性格的には不器用な面もあるようだ。ま、護衛がいたからかもしれないがな。もしもエレナちゃんに手を出すようなら容赦はしないが、そうでないなら要観察かな。
そんな事を考えながらスレイヤ君を追っていると、路地裏を抜けて小さな広場に出た。だが、街の裏側に位置しているせいか、周りに人の気配がない。
「ーーま、待ってください!」
すると背後から護衛を連れたエレナちゃんが息を切らしてやってきた。
「あ゛? まだなんか用か?」
背を向けながら、腹立たし気にギロリと睨むスレイヤ君。
しかし、本当にどうしたんだろう。いや、まぁ目的は恐らくスレイヤ君の説得なのだろうが、エレナちゃん、こんなにアグレッシブな子だったかな?
「ス、スレイヤ様は……どうして学校に来られないんですか?」
「……どうでもいいだろうが」
エレナちゃんから目をそらし、めんどくさそうに歩き続けるスレイヤ君。
「マ、マフィアに……入る為ですか?」
その問いにスレイヤ君がギョッとして振り返る。護衛の二人も思わぬ単語に目を丸くしている。
「テメェ……ソレをどこで……」
「う、噂で聞きました。灰色の髪にバンダナを巻いた男が借金取りに紛れてたって……」
「ちっ……。そこまで噂になってんのか……」
スレイヤ君がバツが悪そうに舌をうつ。どうやらサラちゃんは皆にも情報を共有しているようだ。
「わ、私はサラ様達と同じ、魔人と戦う仲間です。だからこそ、スレイヤ様にも仲間になって欲しくてーー」
「うるせぇ!!」
青筋を立て、エレナちゃんの言葉を遮るように大声で怒鳴りちらすスレイヤ君。
「なんでオレがそんな事に協力しなきゃならねぇ!?」
「そ、それは……その……才能がーー」
「才能だ!? そんなもんの為にテメェはオレの人生を縛んのか!? 大体テメェらはーー」
そこまで発した所でスレイヤ君はハッと周囲を見回した。すると、広間に繋がるいくつもの路地から、何十人もの黒服が姿を現す。そしてスレイヤ君達を囲うように包囲していく。
「エレナ様! お下がりください!」
「な、なんだこいつら……!? どう見ても堅気には見えないが……」
護衛二人はすぐにエレナちゃんを庇うようにして、腰の剣に手を置く。
スレイヤ君も状況が分からないらしく、周囲を見渡しつつも警戒態勢を取っている。
だが、そんな彼らを無視して黒服らが一人の男に道を開ける。黒服の後ろから出てきた男は、スレイヤ君のポーカーの相手。やせ型の男だった。だが、何やら先ほどとは様子が違う。勝負の最中はその辺のチンピラのような雰囲気だったのに、今のこの男からは妙な覇気を感じる。
「なんだ。さっきの勝負に文句でもあんのか?」
そんな男が相手でも、スレイヤ君は態度を崩さない。ここで退いては自分の立場が危うくなることを知っているのだろう。だが、そんなスレイヤ君の虚勢はすぐに無に帰すことになる。
「文句? 当然だ。お前、さっきイカサマをしていただろう」
「あぁ? 何言ってやがる。さっきも言っただろうが。イカサマしてんならもっと勝ってるつーの。大体、オレが何をどうイカサマしたってんだよ」
「ふん。イカサマするやつがそんなあからさまな勝ち方をするか。テメ―のは常習犯の手口だ」
「あぁ? 難癖つけてんじゃーー」
「ウチが管理してる賭場が、ここだけだと思っているのか?」
その言葉にスレイヤ君が目を丸くする。
「テメェ……まさか……」
「そのまさか、だ。いくら公爵家の息子とはいえ、変装したお前にオレ達がすぐに気づいたのは何故だと思う?」
スレイヤ君の顔に焦りが浮かぶ。本人としては平静を装っているつもりなのだろうが、それでも瞳はどこか落ち着きなく揺れている。
「……ふん。やはり、か。まだまだガキだな」
「なっ!?」
「お前がどうやってイカサマしたかは問題じゃねーんだよ。このオレが黒だと言えば黒だ」
「そんなことーー」
「ガキに舐められてマフィアなんざやれねーんだよ」
有無を言わせぬ迫力でスレイヤ君にすごんだ後、右手を上げて黒服たちに指示を出す。
「悪いなクソガキ。一緒に来てもらおうか」




