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結束

「お嬢様、ミルクをお持ちしました」


「ありがとう。フローラ」


 ドゥーク侯爵の屋敷に向かった魔人は、未だに帰ってこない。

 彼の言うようにもし、朝になっても戻って来なければ、それはサラ達の完全な敗北を意味する。


「お嬢様、これを飲んだらお休みください」


「え? でもーー」


「もし、魔人が戻らなかった場合、あの魔人の言うようにすぐに逃げる必要があります。逃亡ルートは確保していますのでご安心を。その時、寝不足で動けない方が不味いのです」


「それは……そう、なんだけどね……」


「眠れないのもわかります。あの魔人の生死はそのまま私たちの生死です。しかし、それでもーー」



 そこまでフローラが口にしたところで、部屋にノックの音が響く。

 フローラが警戒しながらも扉を開けた先には、あの魔人が立っていた。

 だが、様子がおかしい。召喚直後の浮かれた姿でも、出ていく前の神妙な姿でもない。


「魔人様?」


「どうしました? まさか!? 貴方の存在が!?」


「いえ、サラちゃんの迷惑になるような事はありませんでした。えっと、部屋に入っても?」


「え、ええ」


 フローラは魔人を招き入れ、彼からドゥーク侯爵家でのやり取りを確認する。



 …………



「ーー以上が彼らの会話です」


 屋敷での会話をサラちゃん達に説明する。ただ、話したのはネズミが殺される前までの話だ。

 ……そこから先はただの間抜けな男の話だ。報告する必要はないだろう。


「予想通り魔人が関わっていたのね。だけど、まさか魔人召喚をすることまで予定通りだったなんて……」


「肝心の裁判での打ち合わせも既に終わっているとは厄介ですね。しかも警戒レベルを上げられたとなると、執事長達の調査も更に慎重にさせる必要があるでしょう」


「そうね。でも、どうして魔人様が召喚されたのかしら?」


「わかりません。ここまで予測出来る者でも想定外という事は相当な異常事態なのでしょう。この魔人の言うことが全て本当なら、ですが」


「流石にそこは信じましょう。そこを疑えば何も出来なくなるわ。それに召喚されたのが魔人様で幸運だったじゃない。異常事態でも私たちにとっては奇跡よ」


「ものは言いようですね……。さて、ならばどうすべきか」


「まず、今分かっていることを整理しましょう。ただ、今日はもう遅いわ。明日からーー」



「……どうして何も聞いてこないんですか?」


「「はい?」」


 黙って聞いていたが、つい、言ってしまった。彼女達はとても鋭い。なら、オレでも考え付くようなことに至らない筈が無い。今の報告だけでも、オレが魔人に認識されないのはわかった筈だ。ゴーストに効果があるかどうかはともかくーー


「あの魔人の後をつければ……黒幕の存在を知れた筈なのに……」


「えぇ。そうでしょうね。貴方の報告で後をつけなかった事はわかりました。何か理由があったんでしょうがそれも報告が無い、という事は取るに足らない理由なのでしょう?」


 フローラさんが淡々と答える。多分……オレの心は見透かされている。でも、言わずにいられなかった。


「っ! ……はい。オレは……単純にあの魔人にビビって動けなかったんです。昼にあんなデカい口を叩いておいて……頭では分かっていたのに体が動かなかった。サラちゃんもフローラさんも命をかけて戦ってる。ならオレも……なんて軽く考えていた。その癖、最後の最後で腰抜けだった!!」


「それで? 自分の失敗を責めて欲しかったのですか? それとも慰めて欲しかったのですか? 昼の話では貴方は30も過ぎた男なのでしょう? 私たちのような小娘相手に随分と甘えたことを言いますね」


「ぐっ……」


 そうだ。オレは自分が楽になりたくてこんな事を口走っている。フローラさんは確か23。サラちゃんは15。これだけ歳が離れた相手に何を言っているんだ? どんどん自分が情けなくなってくる。


「っ……失礼しました。それじゃあオレはこれでーー」


「魔人様?」


 サラちゃんが近づいてくる。


「一度ゴーストを解除していただいても?」


「え? わかりました」


 ゴーストを解除する。するとサラちゃんが抱きついてきた。


「え? サラちゃーー」


「良いじゃない。甘えたって」


「サラちゃん?」


「魔人様? 私ね? ずっと公爵令嬢として生きてきたの。そしてシルヴァ様の婚約者になってからは甘えてはいけないって思ってた。将来は女王になる可能性だってあったもの。弱みを見せたら潰されちゃうわ」


「それは……」


「その上私は昨日から、人生で最も濃い時間を過ごしてる。ずっと憧れていたシルヴァ様との婚約は解消されるし、よりによってその相手の暗殺をしようとした女にされるしね。もう散々よ」


 そう。彼女はたった15歳でそれほどの目にあっている。ゲームをしてた時から分かっていた筈なのに、その言葉がより一層重く伝わる。


「でもね? こんな私にも味方はいたわ。お父様、執事長、そしてフローラ。私は今日、久しぶりに彼女に甘えたわ。無茶なお願いもした。でも、それでも彼女は私に応えてくれた。

 そしたらね? 恐かった筈の魔人召喚だって恐くなくなった。初めて知ったわ。人に甘えたら弱くなるかと思ってたけど、強くもなれるんだって」


 サラちゃんが優しく語りかけてくれる。そのことに安心している自分がいる。


「ねぇ魔人様? 魔人様は私の事を知ってたかもしれないけど、今日初めて会ったばかりでしょ? 命がかけられないのは当然じゃない。命はそんなに安くないもの」


 ……そうだよ。命は安くない。子供だって知っていることだ。それをオレは浮かれて忘れていたんだ。


「それでも私はそうやって悔しがってくれる貴方を見て、嬉しく思うわ」


 そこで一息ついた彼女は、満面の笑みをオレにむける。


「ありがとう」


 その言葉に、頬を熱いものがつうーーとつたう。そしてそれを皮切りに、こらえていたものが濁流のように押し寄せた。


「う……く……ぐっ……」


 オレは膝をつき、彼女にすがりついた。彼女はただただ泣くオレの頭を黙って撫でてくれる。フローラさんも何も言わずにいてくれる。オレは恥も外聞もなく泣いた。顔にかかった彼女の金髪が少しくすぐったかった。



 …………


 

 次の日、朝からサラちゃんの部屋に集まる。

 ただ、オレはとてもじゃないが二人の顔をまともに見れなかった。


「魔人様? 俯いたままでは話が出来ませんよ?」


「まぁ、あのような醜態を晒したのです。当然でしょう」



 くっ……顔から煙が出そうだ。魔人は睡眠の必要がないようで、昨日はあの後地下室で一人恥ずかしさにうち震えていた。


 よく考えたら1日のうちに急な異世界転移に加え、自分が化け物になって、帰れるかもわからない、更に命の危機にさらされて……ってなったらオレでなくてもパニックを起こすのも当然だった。

 問題はパニックを起こした結果、自分の半分も生きていない女の子に慰めてもらったことだ。

 死ぬほど恥ずかしい。


「くぅ……! というか、サラちゃんはよく平気だね?」


「そうですね。あれも人心掌握の一つですから。帝王学を学ぶためにも大事な能力です」


 うわぉ。聞きたくなかったそんなこと。ずっと天使だと思っていたかった。


「サラちゃん。君、将来絶対魔性の女になれるよ」


「それくらいでなければシルヴァ様の妻にはなれませんから」


 そうだろうね。王子様もチートだもんね。でも、王子が設定盛りすぎとか思ってたけど、サラちゃんも大概だったわ。


「当然。お嬢様は女神ですから。しかしその程度の理解力でよく、私の目の前で好きなどとほざきましたね? あの時はかなりイラっとしましたが、私のお嬢様への愛とは比べるべくもありませんね」


「ぐぅの音も出ない……。というかひょっとしてフローラさん……オレのサラちゃん呼びが嫌、というより羨ましくてオレに敵意を向けてた?」


 目を逸らされた。やっぱりか。まぁオレの場合、他人には聞こえないから許されてるだけだろうしな。



「呼び名といえば……魔人様のお名前を聞いても良いですか?」


「あ、そういえば名乗ってなかったね。オレの名前はーー」


 ふと、思う。この子に「隆之介様」とか言われたらオレ、耐えられるか? 今はまだしも三年後とかに言われたらマジで惚れかねない。それは不味い。非情に不味い。



「魔人様?」


「あ、ごめん。オレの名前は『玉木』っていうんだ」


 頭の片隅に「タマキン」と呼んでくる友人が出てくる。うるせぇ! んなセクハラが出来るか!!


「では玉木様ですね」


 サラちゃんが笑いながらオレの名前を呼んでくる。不味い。想像以上にクルものがある。これはイカン! ロリコンに目覚めてしまう!!


「玉木でお願いします。口調も砕けたものにしてください」


「そう? わかったわ」


 ふと、フローラさんの視線に気づく。すごい目をして睨んできている。ひょっとして砕けた口調で話してもらえる者は限られているのか? けど、言ってしまったものは仕方ない。軽く頭を下げて謝ると、溜息をついて睨むのをやめた。許されたのだろうか?



「さ、呼び名も改めたところで、フローラ、玉木。早速これからの方針を固めましょう」


「分かりました!」


「うん。了解」


 色々あったがオレもようやく落ち着いた。

 気を取り直してサラちゃんの力になれるよう頑張ろう。

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