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黒煙の暗殺者~日本政府による異界侵攻奇譚~  作者: 透明度の高いホルモン焼き
さあ、戦おうか~Let us fight for our lives~
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天啓が使う魔法との邂逅

 俺は地雷の回収が終えて、次の目的を済ませる為に歩いていた。獣人どもの下に向かうのではない、騎士どもと火竜の処理だ。大きな穴でも掘って連中を埋める以外ないだろう。特に火竜はあの巨体を一度細かくバラしてから埋めるしかない。まぁ元々火竜は解体するつもりだった。時間をかけずに手っ取り早く終わらせよう。俺はそう思いながら少し浮足立ちだって、死体の転がっている戦場跡地へと戻ることにした。


「ロードぉ………なんだか楽しそう」


アシュタロトが俺に話しかけてきた。相変わらず不思議そうな表情を浮かべて首を傾げている。俺は鼻で笑いながら彼女の質問に答えた。


「当たり前だ、これからドラゴンの解体が出来るんだ。幻想生物の身体構造を知れる良い機会だからな。もうワクワクが止まらねぇ」


俺の気分は上々だ。これでも俺は傭兵時代に後方支援兼医療班に所属していた衛生兵(メディック)だ。医学科の大学に通っていた訳ではないし、医師免許も持っていない。だが医療に関する知識なら現役の医者にも劣らない自信がある。そんな俺にとって未開の生物の解体作業には関心がそそられた。


「さぁて何処から切ろうかなぁ。前頭にするか、胸部にするか、それとも大腿にするかなぁ」


地雷を踏んで肉片と化した騎士どもの死体は、地雷の回収ついでに既に埋めてきた。残りは先ほど殺しまくったドラーヴァたちだけだ。俺は意気揚々と手にスコップを構えて戻って来た。




―――――だが、そこに何も無かった。正確には血飛沫は緑の大地を染め上げている。死体がどこにも無いのだ。騎士も。火竜も。ドラーヴァの死体も無かった。

代わりに2人の男がその場に立っていた。


「っ………!?」


俺はすぐに浮かれた気分の状態から、思考を“殺戮兵器”の戦闘態勢に切り替える。向こうも俺らの存在に気付いたようだ。だが敵意を感じない。一体何者だ?


「おい、お前ら」


俺は一定の距離を保って警戒をしながら声をかけた。だが2人は俺の質問に答える素振りすら見せずに黙ったままだった。それどころか、まるで俺らのことを品定めするかのように観察している。その目は冷ややかで感情が欠いていた。


「お前ら、ここにあった死体を何処にやった?」


俺は質問をしながら2人の様子を観察することにした。もしドラーヴァの率いる部隊の生き残りなら、ここで今すぐ殺さなければならない。だが2人の装飾は先ほどのサジェルサス・タ王下騎士団のものとは大きく異なっていた。

 1人は民族衣装のような派手な服装をしている男だ。緑に赤に紫、主にこの3色が複雑にあつらえた模様を彩っている。決して動きやすい恰好ではない。顔は肌艶や目つきからして、俺と同じくらいの歳に思える。だがけた頬のせいで実年齢よりも少し老けて見えるのかもしれない。マリンキャップに似た白い帽子を被っており、背筋を正して立っている。まるで聖職者のような佇まいをしていた。

 もう1人は鎧を纏っていた。しかしそれはサジェルサス・タ王下騎士団の騎士どもが着ていたものよりも軽量化された鎧に見える。急所という急所が露出しており、果たして鎧として機能しているのか疑問に思えた。兜は被っておらず、オレンジ色の短髪に整った顔立ちのイケメンが露わになっていた。


「ピアーヴェ、全員運び終えたか?」


聖職者みたいな恰好の白帽子野郎がもう1人の方に声をかけた。どうやら鎧を着ている方がピアーヴェと言う男らしい。彼は白帽子野郎よりも後方に立っている。

しかし俺の質問を無視して話を始めるとは良い度胸だ。


「はい。滞りなく」


ピアーヴェは胸に重く圧しかかるような低音声で淡々と答えた。今の口振りからすると、彼が火竜を含め騎士全員分の死体をここから運んだことになる。それにしては身体がまったく汚れていなかった。普通なら少しの血でも付着しているはずだろうに。


「君か。ドラーヴァ隊長たちを葬り去ったのは」


突然白帽子野郎が俺に話しかけてきやがった。俺は右手に銃を、左手にはダガーナイフを握りしめた。


「………だったら、どうする?」


俺は身を屈めながらすぐにでも動ける体勢になった。


「ていうかよ、質問に質問で返すな。俺が先にお前らに質問したんだから、そっちをまず答えろよ。なぁ?お前らがここにあった死体を運んだのか?」


俺は相手を威圧するように低く押し殺した声で尋ねた。


「そうだとして君に何の関係がある?」


白帽子野郎は鼻につく話し方で首を傾げた。アシュタロトとは違って俺を見下しているような目つきだ。背は俺の方が2人よりも遥かに高いが、ここからでも感じ取れる威圧感は、彼らが只者では無いことを物語っていた。


「いやぁ、まぁ………個人的な話だけどよ」


俺は白帽子野郎に狙いを定めて銃を構えた。


「アシュタロト」


「はい」


「下がってろ」


「Yes、ロードぉ………」


俺は背中越しにアシュタロトに命令する。後ろにいて見えないが、ふわふわと浮きながら後方に下がったのは気配で分かった。

 さて。明らかに異様な気配を放つ2人組。ドラーヴァどもを相手にした時は異なる感覚に、俺は全方位からの攻撃を警戒しながら引き金に指をかけた。


「俺はこの辺に転がっていた死体どもで遊びたかったんだがな。余計なことしてくれたよ」


俺は銃口を白帽子野郎に向けたまま話しかける。だが俺のことなど意に介さず、奴らの視線はアシュタロトの方に移していた。そしてピアーヴェが驚いた表情で


「あれは………ドラーヴァ殿が使用していた組織化された兵器では?」


「そうだね。でも不思議だ、本来であれば他人の装置を着用するのに最低でも3日はかかるはずだ。それも精霊を出すとは………」


「はい、大した“法力(ほうりょく)”です」


ピアーヴェと白帽子野郎が俺を無視して勝手に話を進めている。俺は左手も銃に持ち替えた。舌打ちをして苛立ちを露わにした。


「なぁおい。せめて会話をしようぜ?」


俺は呆れながら2人に話しかける。そして2人に向けて引き金を引いた。撃ち放たれた銃弾が確実に彼らへと向かって進んで行く。先手必勝。コイツらは今ここで殺さなければいけない、俺の勘がそう告げていた。


 だが、俺の銃弾は彼らに届かなかった。ドラーヴァの時は違う。炎の壁が現れて防がれたのではない。弾丸が2人に命中する直前で停止したのだ。喉元を確実に貫くはずだった銃弾はまるで空中に固定されたかのようにピタッと止まる。


「おいおいおい………」


流石の俺も困惑する。ドラーヴァの炎の壁とは理屈が異なる。あれもあれでどうして炎を操れるのか不明なままだが、銃弾が炎に焼かれて蒸発するのはまだ頭で理解できた。だが今まさに目の前にしたのは本当の意味での幻想(ファンタジー)。まさかこれも魔法だって言うのか?異世界に来てから非現実的なものを散々見せつけられてきたが、いよいよここまで来たか―――――。

 冷や汗が頬を伝った。こんなのは米軍とガチでやり合った時以来だ。あの時は傭兵団と米軍との抗争で本気で第三次世界大戦が始まると冷や汗をかいた。いや、上海で反政府軍を単独で相手にした時にも冷や汗をかいたな。あの時は数少ない信頼できる仲間のおかげで事なきを得たが………。

俺の冷や汗はあまりに理解できない場面に遭遇した時に流れる。それは俺の本能が発する危険信号でもあった。


「ありがとう、ピアーヴェ」


「当然のことをしたまでです、監事殿」


まるで当然とばかりの反応を見せる2人。だが2人は俺から視線を外すことはなく警戒を続けている様子だった。


「今の銃撃は予想以上の威力だったね。騎士団団員に支給されているものとは比較にならないよ。圧倒的な破壊力だ」


白帽子野郎が感心して溜め息を吐き、饒舌になる。どうやら俺の小銃の威力に素直に驚いているようだ。一方で、ピアーヴェはまだ澄ました顔をしていた。


「ですが、この銃弾でも火竜の鱗に弾かれていましたから。それなら私の防壁に防げないはずがありません」


ピアーヴェが誇ったように笑みを浮かべる。なんとも苛立つ表情だ、今すぐにでも殴り飛ばしてやりたいくらいだ。


………ちょっと待て。今、何て言った?


「さて、もう良いだろう」

 

白帽子野郎が首を鳴らして小さく呟いた。そして俺に近づくように前に出て来る。俺は警戒心を最大限まで高めた。一体何をする気なのか分からない、だが敵意を俺に向け始めたのは感じ取れた。

少し歩いて足を止めた白帽子野郎は、袖で隠れていた右手を露わにさせて手の平を上に向けた。そして指の関節を軽く曲げて、厳かにその言葉を唱える。


峻険を歩む(ロゾ・アルガネ・ダ)


「―――――ッ!?」


俺はとっさに後方に下がった。瞬時に地面を蹴り上げて高く跳び、後方転回する。そしてすぐさま体勢を立て直して彼らを睨みつけた。俺が先ほどまでいた場所が目に映る。なんてことはない、ただの草が生えた大地。しかしその草生い茂る大地は影も形も無かった。まるで腐りきって変色したように枯れて、地面は泥のように溶けている。

有り得ない。溶解液の類いでも射出したというのか?それにしては何も目視で確認できなかったし、気配すら無かった。まさか不可視の攻撃なのか?


「なっっ、まさか!?監事殿の魔法をっ!?」


俺が内心で驚いていると、俺以上に2人が目を見開いて驚愕していた。ピアーヴェは表情を歪ませながら叫び声をあげて、白帽子野郎は口をだらしなく開けたまま放心している。


「いやはや………」


しばらくしてから白帽子野郎が感嘆の溜め息を吐いた。


「これでも初見殺しで名高い僕の魔法が避けられるなんて………」


「奴は未来予知の魔法を使っているんでしょうか………」


険しい表情を隠せずにいる2人。どうやら俺が何かの魔法を使ったと勘違いしているようだ。

 俺は先ほどの瞬間、無意識下に“予測”をしていたのだ。俺の未来予測は、俺の知らない事実に対しても本能が勝手に働いてくれる。白帽子野郎が魔法を使用したと判断した時に俺の身体は最も最善の選択肢を自動的に選んだという訳だ。故に俺には死角も不意打ちすらも通用しない。


「君が魔法で予知したのかい?」


白帽子野郎が急に俺に興味を示して話しかけてきた。どうやらやっと真面に会話をする気になったようだ。

「さあな。お前に何の関係がある?」


「ほう………面白いね、君」


俺は意趣返しで不敵な笑みを浮かべた。すると白帽子野郎も気味の悪い笑みを浮かべやがる。まったく不気味な奴だ。

だが俺はもう白帽子野郎とは話し合う気すら無かった。俺の興味は完全に別に移っていた。ピアーヴェだ。奴はさっき確かにこう言った。




――――――――――


「ですが、この銃弾でも火竜の鱗に弾かれていましたから。それなら私の防壁に防げないはずがありません」


――――――――――




俺は聞き逃さなかった。


「おい、お前ら………」


俺は鋭い眼光で2人を睨みつける。


「俺らの戦いを覗き見していたのはお前らだな?」


俺のこの言葉に白帽子野郎がハッと目を見開いた。ピアーヴェは俺の発言を耳にして、懐に帯刀している剣に手をかけた。


「いったい何処から………いや、この際どうでもいい。問題なのは《《何時から》》俺のことを見ていた?ってところだな………」


俺は彼らを威圧しながら尋ねた。並みの人間なら気絶するほどの気迫を出す。案の定、奴らはわずかに後退し始めた。


「君はやはり見込んだ通りの逸材のようだな」


白帽子野郎は吐き捨てるように言った。俺は銃を再び構えて狙いを定める。


「勝手に逸材認定してんじゃねえよ。良い加減さ、俺に殺されろよ」


俺はすぐさま発砲した。しかし、やはり銃弾は奴らには届かなかった。


「君とここで争うつもりはないよ。もう充分君を理解したから」


「さっきからグダグダ言いやがって、うるせぇ野郎だな。俺の何を理解したって言うんだ?」


俺は不敵な笑みを崩さない。精神的マウントでは俺の方が有利なようだ。そしてこいつらはここで殺さなければいけない。俺は左手で手榴弾を握りしめた。

 だが、既に事態は動いていた。ピアーヴェが左手を背に伸ばしてそのまま空を掴むような仕草をする。すると突然彼らの背後が割れた鏡面ガラスのように赤黒い亀裂が走った。まるで空間が割れたように亀裂が広がる。


「ここは一端引こう。もしかしたらまた会うかもしれない」


白帽子野郎が亀裂に手をかけた。ピアーヴェも同じように亀裂に近づく。


「名前を訊いておこう。君は誰だ?」


「ふざけるなよ、シラミ未満のゲロカス野郎ども。お前らに名乗るほど俺の名の価値は落ちてねぇんだよ」


俺は即座に察した。あの亀裂の向こう側に行かれたら並の手段では彼らに追いつくことができない、と。しかし今の俺にはこの状況を打開できる手段を持ち合わせていなかった。


「ふん、やはり面白い………では御機嫌(ごきげん)よう。黒髪の暗殺者くん」


その言葉を最後に2人は消えて行った。まるで亀裂の中に吸い込まれるように奴らの身体が消えていく。そしてそこには最初から何も無かったかのように亀裂は綺麗に消えた。


 俺は虚空を見つめながら立ち呆けていた。風が頬を撫でる感触が妙に気持ち悪かった。全身の神経が逆立っている。今までにない事態。奴らは姿を暗ましたのか?ステルス?いや、気配がどこにも感じない。まさか空間転移でもしたと言うのか。すぐには信じられないが、あのような非現実的な光景を見せつけられてしまえば嫌でも納得せざるを得ない。


「………なぁ、アシュタロト」


俺は背をむけたままアシュタロトに話しかける。


「はい」


「あの白帽子を被ったクソ野郎は魔法を使ったのか?」


「Yes、ロードぉ………。さっきのは紛れもなく魔法」


アシュタロトがふわふわ浮きながら俺に近づいて来る。俺は彼女に向き直って再度尋ねた。


「本当に魔法だったのか?OWを使った様子は無かったぞ」


通称OW、組織化された兵器オーガナイズド・ウェポン。白帽子野郎はドラーヴァの時とは違い、見る限りOWを使った形跡は無かった。だがあれは魔法だ。確実に魔法を使ったんだ。


「Yes。あれこそが私の言っていた“天啓”持ちの魔法使い。道具を持たず、自らの意志で魔法を使用できる天賦の才の持ち主」


「なるほどね………あれが天啓持ちか」


俺は空を見上げた。目に映る空は俺がいた世界と大差無いというのに、ここでは理解しがたい現象が次々に起こる。異世界の戦闘はこうも勝手が異なると言うのか。


「アシュタロト、俺にも魔法は使えるのか?」


俺は薬指に嵌めている指輪を見つめながら尋ねる。指輪は淡い輝きを放っていた。


「Yes。そもそも精霊を顕現できるのは魔法使いの素質がある者だけ。魔法の才の無い者が着用しても意味が無い」


「あっそ………教えてくれてありがとよ」


俺は近づいて来たアシュタロトの頭を撫でてやった。


「んふぅ………ロードぉ………」


アシュタロトが気持ちよさそうに吐息を漏らす。そんな彼女を見ながら俺は心に決めた。別に俺は魔法使いになるつもりは無い。だがこの異世界で生き抜くには魔法についてより理解を深める必要がある。そうでなければ生き残れない。俺はそう確信した。


「俺について来い、アシュタロト。俺がてめぇの新しい(ロード)だ」


俺は風が吹く空を睨みつけながら言った。

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