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日本から殺し屋への依頼

日本政府の命令で異世界へ転移することになった暗殺者、その目的は異世界の国王暗殺。

魔法使いに銃口を向け、ドラゴンにはアサルトライフルで乱れ撃つ。

現世界と異世界の2つの世界を舞台に政略と謀略が織り成すダークファンタジー。

 俺は殺し屋だ。

まともな職業でないことは自分でも分かっている。汚濁にまみれた不愉快極まりない仕事だ。もちろん俺だって物心ついた頃から殺し屋を志していた訳ではない。これまでの俺の人生には色々とあった。マフィアや傭兵と、まさに山あり谷ありの人生を送ってきた。普通の人間なら歩まむはずのない紆余曲折の道、俺はそんな道の果てに今の仕事に従事している。


「さて、依頼内容を聞こうか」


 俺はテーブルの上に置かれた小切手を見つめながら言った。そこに記されている額は$50,000,000。日本円じゃない、米ドルだ。この業界では別に大した金額ではない。仕事の内容によっては報酬の額が桁外れになることもしばしばある。実際に俺がこれまで受けてきた依頼で、同程度の額を積まれたことは何度かあった。某国のリーダーの暗殺、某テロ組織の破壊工作の未然阻止、某マフィアの銃密輸ルートの確保………。どれも思い出すだけで虫唾が走るほど危険な仕事ではあった。

だが俺もプロだ。プロとして一度引き受けた依頼は必ず完遂してみせた。

 けれど俺は今、目の前に提示された巨額に顔を曇らせて警戒している。理由は単純だ。これまで俺が受けてきた依頼はすべて他国からのものだった。それに対して日本という国は俺が殺し屋ということで毛嫌いしている。一度だって依頼を寄こしたことは無い。あまつさえ俺のことを国際指名手配にしようと企てているらしい。

 だが今回は日本政府が俺に直接依頼を持って来た。一体どういう風の吹き回しなのか、しかも高額の小切手を携えて。これで警戒しない訳がないだろう。


 俺が今いる場所は都内にあるオンボロのビルの最上階。日本の拠点にする為に購入したビルだ。そこへ政府の連中が突然ズカズカと上がりこんで来た。ソファでくつろいでいた俺を前にして、奴らは横一列に立ち並ぶ。その中から一際高そうなスーツを着た男が俺と対面するように目の前のソファに腰を下ろした。そして小切手をテーブルの上に差し出して今に至る。


「前金だ。君にとって都合の良い金額を提示するだけの準備はできているよ。これはその為の意思表示だ」


 その男は顔色ひとつ変えずに淡々と言った。俺は彼を良く知っている。

牙王がおう神代じんだい。内閣官房副長官を務める男だ。日本にいるすべての官僚の実質的トップ。メディアへの露出こそまったく無いが、国家における影響力は凄まじいだろう。

 俺は神代のことを良く知っていた。それは何故か?何を隠そう、この男は俺の親戚だ。お互い大した付き合いはないが、見知った仲ではある。だがそれでも神代は親戚である俺に対して他人行儀に接した。


「依頼は2つ、どちらも秘匿性を持つ。国家としても非公式であるのは当然のこと、書面による契約は結べないこと、不要式契約にすら該当しないことを先に伝えておこう」


神代は相変わらず無機質な表情で説明をする。俺は彼のくどい言い回しに舌打ちをして答えた。


「法的拘束力は無いってことだろ?よくある話さ。俺が依頼をミスった時に簡単に切り捨てるつもりなんだろ?別にいいよ」


わざとらしく溜め息を吐いて、テーブルに足を乗せた。これくらいの無礼はお互い気にしない。


「その為の前金って訳だ」


「その通りだ」


神代が能面を崩し不敵な笑みを浮かべる。どうやらこれから超法規的な依頼をされるみたいだ。まったく嫌な話だ。


「さっさと仕事の概要を説明しろ。依頼を受けるかどうかは内容次第だ」


俺は頭をかきながら苛立ちを態度で示す。内閣官房副長官がわざわざ出向いてからの直々の依頼。国家がここまで俺に頼るなんて絶対にまともな仕事でない。そんなことは一目瞭然だった。

だが、前金でこの額は魅力的だった。世界を滅ぼすなんて荒唐無稽な依頼でも無ければ引き受けても良いだろう、この時の俺はそんな風に考えていた。


「では単刀直入に言おう。これから話すことはオフレコで頼む―――――君には“異世界”へ行ってもらいたい」


手を組み、ソファにもたれかかる神代。彼は真面目な表情をしていた。目を鋭く尖らせ、低いトーンの声で真剣に話している。

 しかし流石の俺も発言の内容に思考が止まった。


「ん?ちょっと待て」


「そして異世界でこちらが提示する依頼を完遂してもらいたい」


「いや待てって言ってんだろ」


「1つ目は暗殺だ。異世界には強大な王国があって………」


「人の話を聞け!異世界ってなんだ!!異世界って!!」


俺は思わず立ち上がって声を荒げる。彼の話に理解が追いつかなかった。


「気でも狂ったか?」


「いや、私は至って真剣に話している」


「仕事のし過ぎで頭が沸いたんだろ。早く帰って寝ろ」


「心配してくれてありがとう。だが私は仕事に充足感を得ているし、家族サービスでストレスも解消されている」


「なら映画の見過ぎか?指輪物語か、ナルニア国物語か?」


「映画は最近観れていないな。懐かしいラインナップだな」


問答をのらりくらりと(かわ)す神代。どうやら嘘は吐いていないようだ。俺の長年の勘で彼が真実を告げていると察する。


「………マジなのか?」


「ああ」


神代が俺を睨みつけてくる。俺は観念してソファに座り直し、小刻みに貧乏ゆすりを始めた。国の中枢に鎮座する男がここまで来て冗談を言う理由が無い。いや、だとしても異世界という言葉には耳を疑った。


「………分かった、もういい。じゃあその“異世界”について説明してくれ。まったく理解できてないから」


俺は問いただすのも諦めて溜め息を吐き、頬杖をついて尋ねた。


「話はそこからだ」


どうやら今回の依頼、ヤバいものになりそうだ。


「では異世界について簡単に説明をしようか」


 神代はそう言って、ソファの後ろで立っている部下を手で招いた。部下のうちの1人が脇に抱えていたバッグを持ち上げて、俺たちの前に表れる。中から一冊の分厚いファイルを取り出してテーブルの上に置いた。


「これに軽く目を通しながら話を聴いてくれ」


神代が前屈みになって、ファイルを指で小突いた。俺はそれを手に取ってまじまじと見つめる。

“機密文書”。背表紙にただそれだけ書かれた一冊のファイル。かなりの重量があり、膝の上でズシンと重さを感じた。

軽く中身をパラパラと見てみる。大量の資料を(つづ)っているせいで、読み終わるのに時間がかかるだろう。少なく見積もっても一日を費やしてしまいそうだ。俺がファイルに綴られた資料を見ている最中に、神代が説明を始めた。


「民間からの報告により、謎の構造物を発見した。人工的に造り出されたと思しきその構造物の調査に、様々な研究機関を動員させた。結果、その構造物がこの世に存在するどの物質にも該当しないことが判明した」


「つまり未知の素材でできた物体って訳だ。まったく信じがたい話だな」 


俺は相槌を打ちながらファイルに目を通す。この世に存在しない物質。そんなオカルトチックな言葉を聴くだけで、俺の心に不信感だけが積もっていく。


「私たちはその構造物を確保し、今は政府の管理下に置いている。『対象a』と呼んではいるが便宜上、“異世界への門”と言った方が分かりやすいだろう」


「異世界への門、か………」


 俺が何気なく開いたページにその『対象a』―――――つまり異世界への門の写真が添付されていた。

フランス、パリの凱旋門に似ている造形だった。高さ8m、幅5m、奥行き1m。色は黄土色が主体、だが角度によって黄緑色や群青色、赤褐色に変化すると資料に記載されている。細かく彫り込まれた外装の模様は、何やら文字のようにも思えた。だが読むことはできない。俺はこれでも地球上に存在する言語はすべてマスターしているが、何を意味して掘りり込まれているのか見当もつかなかった。

 俺は添付されている写真とデータを熱中しながら読む。すると、神代が身を乗り出してファイルを指差してきた。


「実験記録は全部ファイルに記されているから見れば分かるだろう。次のページを開いてくれ」


俺は言われるがままページを進めた。そこにはさっきのページとは別の実験記録が載せられていた。そして新しい写真。門の中央に張られた薄い膜を写した写真だ。それは玉虫色に輝いていて、不気味な雰囲気を醸し出している。


「異世界への門にある『a.4』に干渉する実験が行われた」


「『a.4』ってのはこの玉虫色の被膜のようなやつを言ってるのか?」


「その通りだ」


俺の質問に神代が首を縦に振って頷く。


「まるで門を塞ぐように張っている膜のようなもの。これに触れる実験が計10回行われた。その結果として―――――」


ここで神代は言葉を途切れさせた。目を瞑り出して、少し考え込む素振りを見せる。何事かと思い俺はファイルから顔を上げると、神代と目が合った。


「―――――その結果として、謎の膜に接触………つまり、門を潜るように『対象a』を通り抜けることで、未知の地点に転移することが分かったんだ」


 彼の声はわずかに震えていた。恐らく興奮が未だに冷めやらぬのだろう。俺もファイルを握る手に力が入った。こんな非現実的な話を聴かされて、しかもそれが現実に起こっている事実なら誰だって興奮するはずだ。

 俺はページをさらに先へと進めた。そこに門を潜った先で撮られた写真が貼られていた。

良くある青空。

良くある大地。

武装した先遣隊が銃を構えている様子を写している。そして明らかにその場所が異世界であると分かる、決定的なものが写っていた。


「これは………」


俺は思わず絶句した。こんなもの(・・・・・)が本当に実在するというのか。


「私たちはそれを形式的に『別領域移動個体1号』と名付けているが………まあ君も察している通り、紛れもなくドラゴンだ」


全身を覆うゴツゴツとした鱗。隆起した筋肉。トカゲのような頭に、熊のような巨体。背中には2対のコウモリのような羽が大きく開いている。

神話や寓話、御伽噺(おとぎばなし)の世界にしか存在し得ない生物。これをドラゴン以外に何て呼べばいいだろうか。


「確かに、これはドラゴンだ………」


 俺は目を見開いて写真を食い入るように凝視した。まさか加工したものではないのか、そんな疑いがまだ晴れていなかった。これでも自分の目利きには相当の自身がある。俺は血眼になって加工の跡を探した。だが、何も見つからなかった。


「門を通った先に辿り着く場所、現代科学では解析不明の地、それこそが“異世界”だ」


神代の言葉が痛いほど頭の中に響いた。

俺は昔から神代を信用していない。彼の言うことを鵜呑みにするつもりもない。だが、この世にはまだ未解明、未発見の事実が星の数ほどあることを俺は知っている。仮に“異世界”なんてものがあっても不思議ではないだろう。

俺は頭の中で飽和するように溢れる疑問を飲み込み、無理矢理にでも目の前の現実を納得することにした。


「OK。だいたい分かった」


 俺は重たいファイルをテーブルにドサッと投げるように置いた。そして静かに考える。異世界に出向かなければならない依頼、果たして俺に務まるだろうか?そんな考えが頭を過った。だけど俺はすぐに答えを出した。


「ふん」


 俺は膝の上で頬杖をつきながら鼻で笑った。自分の中で答えは出た。依頼内容がどうであれ、異世界そのものに興味がある。それだけで依頼を受ける価値は充分にあるだろう。


「異世界について分かってもらえたかな?」


俺が何も言わずに黙っていると、神代が尋ねてくる。俺は不敵な笑みを浮かべながら答えた。


「ああ、分かったよ。なんとなくだけどな。異世界なんて荒唐無稽な嘘にも聞こえるが、現実として存在するなら話は別だ」


「それは良かった。実を言うと君に信じてもらえるかどうか不安だったんだよ」


神代が嬉しそうな笑みを浮かべる。俺はそんな彼を睨みつけた。


「ふざけたことを抜かすな。お前が確証の低い事物の為に自ら動くことなんてねぇだろ」


「いやはや………君は私のことを理解しているみたいだね」


「ほざくな」


 神代は自分が少しでも不利な状況に陥ったり、不可能と判断すれば即座に身を引く。別にそれ自体は悪いことではない、戦略的撤退も時には必要だろう。だが彼の場合は自分だけが撤退をするのだ。平気で周囲の人間を見捨てて、涼しい顔をしながら逃げる。他者を一切考慮しないタイプの男なのである。これで信用しろと言う方がおかしい。


「では改めて依頼内容を話そうか。受けるかどうか君次第だけどね」


俺の気持ちを知らずか、神代はさっそく依頼の説明を始めた。彼は右手の人差し指を立てて口を開く。


「依頼は2つあるんだ。1つ目は異世界にある国の国王の暗殺だ。どうやら異世界にも私たちと同じような人間が生息していて、国を築いている。その中で最も力を持つ強大な国家を『タウル・ゼムス』と呼ぶんだ」


「タウル・ゼムス?国名なのか、それ?」


「そうだ。そのタウル・ゼムスの国王を暗殺して欲しい」


「国王の暗殺ね………OK。それで2つ目は?」


 今の説明の中だけでも、指摘したい点は山ほどあった。なぜ国王を暗殺しなければならないのか、皆目見当がつかない。もし支配する気なら傀儡政権でも置けばいいだろう。だがいちいち突っかかっていては話が進まなくなる。俺はそう判断して納得したように見せる為に首を縦に振った。

神代は次に中指を立てた。


「2つ目は異世界に存在する資源の調査だ。調べて欲しいのは単にエネルギーと成り得る資源だけではない。水産、農産、畜産、鉱産………様々な資源について調べてきてほしい」


「おいおい、やることがまるで学者じゃねえか。そういうのは他の研究員にでも任せておけよ」


俺は訳の分からない依頼内容に首を傾げた。エネルギー資源ならまだ分かる。資源に乏しい日本にとっては喉から手が出るほど欲しいだろう。だが水産?農産?そんなものを調べてどうするって言うんだ。


「今回の依頼は秘密作戦であるが故に、君に単独で実行してもらうことになっているんだ。政府としても、微力ながらサポートはさせてもらうよ。任せっきりは悪いからね」


神代はやれやれと首を横に振りながら苦笑いを浮かべた。“これは仕方のないことなんだ”そんな感じを出している。

 だが俺はすべてを理解した。神代の今の様子から依頼内容のことまで、すべてを悟った。


「一国の王を暗殺、そして資源の調査………お前らさ。異世界に《《侵攻》》するつもりだろ」


俺は静かな声で呟くように言った。そして案の定、俺の言葉に神代が反応を見せた。とっさに隠したようだが俺は見逃さなかった。神代の口元が一瞬、わずかだがピクリと動いた。


「俺にはその下調べと地ならしの為に独りで異世界に行ってこい、ってか?」


俺は立ち上がり、何も言わずに動かない神代に向かって顔を近づけた。口角を上げて笑ってみせて神代の神経を逆撫でするように悪態を吐いた。


「この事実が他国にでもバレたらどうなるだろうなぁ」


 日本政府がやろうとしてるのは侵攻だ。国家の頭を盗ることで国内に混乱を引き起こし、情勢を不安定にさせる。そこを日本が侵攻するという寸法だろう。資源の調査は支配権を拡大した後に管理する為のもの。いや、もしかしたらもっと酷いかもしれない。コイツらは、日本政府は悪魔だ。現実ではありえないような非人道的な行為を平気で行う。とにかく異世界のことを都合の良い養分としか見ていないのだ。


「………日本の領土で発見した。これは国内の問題に他ならない。政府が管理をすることに何の罪があるというのかね?」


 神代は顔色をまったく変えずに答えた。それどころか、当然のこととばかりに俺を睨みつけてくる。俺は確信した。神代にとって異世界は植民地、いやそれ以下の扱いなのだ。俺は不敵な笑みを浮かべて神代に言い放った。


「OK、それでいい」


俺はソファに戻るとテーブルにあった小切手を乱暴に掴み取った。


「俺がやってやるよ。海外だろうが宇宙だろうが異世界だろうが、依頼があるなら俺は受けるぜ」


 それが俺の答えだった。俺はプロだ、プロは依頼を完遂して金をもらう。

暗殺、謀略、拉致、諜報、拷問、殲滅………。例えどんな仕事でも完璧にこなす。それが俺のやり方だ。場所が変わろうと、依頼主が誰であろうとも、その信念は不変だ。


「異世界か………楽しみだよ」


これから始まる異世界侵攻。俺はその(いしずえ)。高鳴る胸の鼓動に身を委ねながら、俺は不敵な笑みを浮かべて笑った。

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