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勇者、見参

こんにちは。

はたまた、お初にお目にかかります。


これは始め短編集に乗せようと思っていたのですが、どうも長くなりそうなので一つの小説として立ち上げました。


かなりの不定期更新が予測されますが、生暖かい目線で見守ってやってくださいまし。

 


漸く、出会えた………。


「お前が、勇者か……?」


私が仕えるマディリック公国王直属の神官が受けた神託により、この村に訪れてから実に2ヶ月余りが経とうとしていた。


「まあ、俺をそう呼ぶ者もいるが……? ククク、何だオッサン。俺に何か用か?」


―――全ては、あらゆる悪と魔の誘惑の根源、魔王を倒すために。


王直々に魔王討伐の勅命が下った時、私は余りの事に肌が泡立つのを感じていた。……齢42にして騎士としての久々の実戦が、このような名誉ある行為であるとは。


………なのに。


実際は地図の端も端にちょこり、と炭で印した様な辺ぴな村に押し込められ、明日来るのか3年後なのかさえ分からないが取り敢えず神がのたもうたから等という勇者が来るのを、只待つのみ。


後々勇者に聞いた話に寄ると、この村を通るつもりは愚か、まずここに人が住んでいるかも知らなかったらしい。


……まあ、百歩譲ってそこは妥協しよう。どんな形であれ、出会えたのであればこれもまた運命。


しかし。


「ククク、良いぜェ。俺はアンタみたいな人間、嫌いじゃないからなァ。」


その2ヶ月間、ずっと待ち続けていた男がこれだとは。


……どうしても信じたくは無かった。


 


 


「……何の話をしている。」


私は訝しげに勇者を見やる。その男は、私より幾分若い様な風体をしており、俄かに勇者とは信じがたい服装であった。……そこいらの自販機に、夜中急にジュースが飲みたくなって買いに行く時の様だ。もっとも、この村にはそんな物はないのだが。


それでも私が男を勇者と判別出来たのは、その背に負う破魔刀、ブルーシャイン故だった。


あれは、選ばれし者にのみ神より授けられる破魔武器の一つ。その者の手の内のみにて力を発揮し、その者死す時共に消える。……私は残念ながら持ち合わせてはいない。


勇者はニタニタとした笑みを浮かべながら近付いてくる。私は咄嗟に身構えた、が………消えた!?


「なんだァ、怖いじゃねぇか。……手、放せよ。」


気付けば完全に勇者に背後を取られていた。いつの間に……! 後ろから抱き付くように、左手は私が手に掛けた剣から指をやんわりと引き剥がし、右手では尻を撫で回してくる。


……ゾッとした。こんな男に背後を取られた悔しさに勝って。まさか、この歳になってから男に尻を撫でられる日が来ようとは。


勇者は私の後ろでクククと不愉快な笑い声を漏らすと、私の耳元をねっとりと舐めあげた。


「なァ……。良いコト、しようぜ……オッサン。」


「辞めろ!!」


私の我慢は限界だった。力に任せて勇者……これをそう呼ぶ事すら汚らわしい! を、投げ飛ばし、一気に抜刀、尻餅をつくその男の鼻先にぴたり、と切っ先をくっつけた。


「冗談も程々にしろ、小僧……。」


実際そういう年齢なのかは定かでは無いが、私より年下なら皆小僧だ。


「あーあー、怒っちゃって。そんなんじゃモテないぜ。」


勇者はまだニヤニヤ笑いながらまるで剣の存在を気にしてなどいないように手をヒラヒラと振り、尻を払い立ち上がった。私は呆れて剣を下ろし、鞘に納めた。今思えば少し、大人気なかったかもしれない。40も過ぎた今、既に人生も半ばだ。少し位余裕を持たねば。


「それにさ……アンタから誘ってきたんだろ……?」


奴は急に、声を低め私を優しく抱きながら耳元に囁いた。悔しい事にとてつもなく良い声だ。こんな奴に、勿体の無い。……ん?


……おかしい。何故か体が動かない。腕が上がらない。腰にも力が……。


「何をする、放せこの変態が!」


「嫌だね。クククク、こんな抵抗されたら、屈伏させてやりたくなるよなァ。」


「な……!」


辞めろだの放せだのと叫ぶ私の声を無視して、勇者は己より一回りは大きいであろう私の体を軽々と持ち上げ、その後騒ぎ疲れぐったりとした私をそのままに、いかがわしい空気で満ちる村外れのテントまで悠々と歩いていく。


……人がいない。勇者は極めて機嫌が良さそうだ。私は怒りに顔が歪む。こんな屈辱初めてだ。薄暗いその汚れたテントはどうやらこの男の私物らしかった。中に投げ入れられる。


「ッツ……!」


直ぐさま勇者が私の上に伸し掛かってきた。私はここで漸く己の本当の失態に気付いた。ああ、何故あの時剣を収めてしまったのか……!


「………ふっ。」


勇者は私の両腕を頭上に纏め、片手で押さえ込むと、体重をかけてくる。その目は完全なる捕食者のものであり。それは私の中に今までに無かった新たな恐怖に似た感情を生み出した。……しかし。


……畜生、このままでは、このままでは……!!


「ぬあああああああああああああああああああああああああ!! 嘗めるなこの糞ガキがあああああああ!!!」


私は渾身の力で勇者のバカかと思う程強い握力から両腕を振りほどき、勢いに任せ勇者の右頬をぶん殴った。


勇者は吹き飛び、テントの左側を破壊した。


「―――ッ!」


出会ってから初めてみせる歪んだ顔をして腕を付き起き上がる勇者を横目に見ながら、自分も体を起こし、勇者から距離をとり剣の柄に右手を沿わせる。


「……お前のような者が神に選ばれし救世主……? ハッ、笑わせるな。ならば、神は何をもって勇者の選定を行ったのか問うてみたいものだな。………私は、お前と肩を並べ共に邪悪なる者を討ち果たさんと我が王に遣わされて来し者。この意味が分かるか、小僧よ?」


勇者は上体のみ起こした状態で顔を上げ、私の目を見た。


「………あー……、アンタ、あのバアさんの手先か。」


殴られた右頬に構わず乱れた前髪を掻揚げながら、勇者はうんざりした様な声を上げた。……どういう事だ?


「バアさんだと……? 何の話だ。」


我が王への愚弄ではあるまい。そもそもの性別が違うため想像は容易だ。


「……ん? 違うのか? 夢の中に出て来るヒスババア。俺の……否、アンタもか。の、旅の原因だ。」


「……………もしや、大祖女神ネルクレバの事ではあるまいな。」


私は直接「見」た事は無いが、我が国の祭る女神ネルクレバは、何かを伝えんとする時、その者の夢に現れると言う。姿は地上の者には考えも及ばぬ程美しいらしい。


「あーあー、ソレだ、多分な。全く、面倒臭ぇにも程があるぜ、魔王退治なんてよォー。まぁ、行かなきゃ仕方ねぇんだけどよ。」


「……なっ……!」


何なんだこの小僧は! こんな名誉な事を、「面倒臭い」だと!?


「あー、まあオッサンには解んねぇだろーなァ。ククッ、剣一筋云十年……だろ? クククッ。」


「……それがどうかしたのか。」


怒りを抑えつつ、低く唸る様に言葉を吐き出す。


「どうもしねぇよ? 只、真面目だなーッてだけさ。」


「ほざけ。お前の様な輩に何が解る。」


勇者のへらへらとした態度は、私の神経を余さず逆撫でる。


「クスクス、良いよなァ、オッサン。俺、プライド高そうな奴、好きなんだよねェ。……なぁ、一寸俺に抱かれてみねぇ? きもちィーぜ、目茶苦茶な。」


「黙れ! これ以上私を愚弄すると切り捨てるぞ!」


私は怒りに任せ、一気に剣を引き抜いた。


「フフ、そんなにカリカリしてたらこれから先保たないぜ。神託っつったら、オッサン、俺に付いてくんだろ?」


……!!


そ、そうだ。怒り余り失念していた。私は、これから彼奴と<共に>魔王の討伐をせねばならぬのだ……!


「……チィッ、何と言う事だ……!」


神は我を見放したのか………!!


「ククッ、ひでぇなぁ、オッサン。アンタ、剣士なんだろ? 俺は、命に変えて守るべき勇者様なんだぜ? 魔王を倒すってのが、アンタの使命なんだろ?」


………。


……そう、なのだ。幾ら私の腕が立つからと言えども、勇者の破魔武器がなければ、魔王は倒せない。故、悪を滅ぼさん為には、己が身を滅ぼさんとも勇者を魔王の元へ送り届けねばならないのだ。……それが、私の役目であるからが故。


しかし等という言い訳は有効ではない。守るべき家族すらいない私ではあるが、しかし、それ故に祖国への忠誠は人一倍厚いとの自負がある。そしてまた、その国に暮らす者に平和をもたらすこの使命にも。


ならば、その天務全うするのが剣士の役目。これは、隣りでニヤニヤと笑みを浮かべる愚か者ではなく、我が王、また我が国の民の為、……そして、己が為だ。


「……ふぅ、勇者よ。」


「何だァ、オッサン。」


私は勇者の目を見据えた。奴は出会った瞬間と変わらず不愉快な笑みを浮かべている。大方、私の決意を察したのであろう。


「お前はハッキリ言って気に食わん。が、付き合ってやろう。我が祖国の為に。」


「ククッ、そう言うと思ったぜ。俺の名はレオン・キルリード・ディアバロス。エレナ出身だ。」


「……レオンか。貴様に似合わぬ良い名だな、勇者よ。私はジズハルク・ルイス・ウルフアイだ。出身はサルローズだ。」


お互いに名乗り有ってから、勇者が右手を差し出した。握るのは正直不愉快だったが、まあこれから共に旅する者同士だからと自分を宥めて己も右手を差し出して、それを掴んだ。


「よっと。」


急に掴んだ右手を引かれ、体勢を崩した私に、勇者は又もや伸し掛かってきた。


「辞めんか、貴様何度も何度も……!」


「クククッ、オッサンが不用心なのが悪いんだぜ。」


勇者は相変わらずの笑みを見せながら私の耳元に顔を寄せた。


「これから……宜しくな、ジズハルクさんよ。」


 


 


私の魔王退治は、かなり前途多難な様だ。

 


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