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ポンニチ怪談

ポンニチ怪談 その8 ジコセキニン

作者: 天城冴

外国の勢力により前政権が倒された国家。前政権を擁護していた者たちは収監され、人里離れた場所に閉じ込められていた。”彼”は独房で外の会話を聞くが、その内容は”彼”にとって恐ろしいもので…。

ある、晴れた日。

“おい、ここらしいぜ”

人里離れた工場の跡地。

ポツンとたった建物の中に声が聞こえてきた。

「なんだろう、久しぶりだな。他の人の声を聞くのは」

目を覚まし、珍しく聞こえてきた外の声に驚く彼。

何を話しているのか、おそるおそる耳をそばだてる。

“いよいよ、今日だぜ”

“楽しみだ”

“いい席取れたから、よく見えるぞ”

“わああ、楽しみ、楽しみ”

外から歓声が聞こえる。

彼は思わず耳を塞いだ。

「まさか、きょ、今日なのか、ホントに今日なのか」

冷たい壁に囲まれた一室、鉄格子の嵌った窓から、明るい日差しが入った。

そして、聞きたくもない聴衆の声

“いい天気だ、よかった。今日の会場は、例の競技場だろ。観客が大勢入るから、いいよな”

“天井空いてるから、雨の日は使えねえんだよな、あの競技場”

“せっかく公開してくれるんだから、客は多い方がいいよな”

楽し気な会話だが、彼にとっては恐怖そのものだ。

“いやー、占領軍様も頭いいぜ、独裁ヤロウのお仲間を裁いて、処刑の様子を俺ら庶民に公開するなんて”

“いかにも違う人間でござい、とか威張ってた奴等が裁かれるのはホントすっきりするな”

“ま、庶民の娯楽ってのを、わかってるんだろ、占領軍も。独裁国家打倒した後、上の奴等を処刑するってのは、よくあるしな。『処刑を国民に公開することで、占領下の不満の矛先を前政権と、その支持者に集中させ、占領を円滑するための手段であり』ってことで”

“なんだ、亡命した野党の奴等の受け売りかよ。その続きは『人道的には許されず、我々は抗議する』だろ、あいつらも自分達を追い出した独裁政権なんぞ庇うことないのにな”

“ま、人権重視だからな、あいつらは”

“で、俺らの人権無視してた前政権の奴等の死刑を阻止って笑える、ホント、与党も野党もバッカじゃねえの、国民の人権無視した奴等の人権なんて守る必要あんのかよ”

“そーだよな、人をバカにして踏みつけて、いまさらワタシの人権とかいうなよな。ほんと自己責任とか言いやがって”

“じゃ、アイツらが拷問されて処刑されるのも自己責任だよな”

「だ、黙れ」

折られた右腕を庇いながら、彼は叫んだ。尻もヒリヒリと痛む。満身創痍の状態なのに手当もされないので、傷は一向に治らない。足の指はつぶれたまま、すでに腐りかけている。体の痛みと心の痛みで耐えられないほどの苦痛を感じる。

だが、外の会話は止まない。

それどころか、ますます、大声になっていく。

“あいつらには、嫌な思いを散々させられたからな”

“おう、貧困も、ブラック労働も、被災するのも、自己責任だとよ。税金納めた政府に期待するなってよ。それじゃ、民主国家の意味ねえだろっていったらよ”

“甘えだ、本人が悪いんだなんぞ、ぬかしやがって。親が貧乏とか、就職した会社がたまたまブラックてのも、本人のせいかよ。自分の運がいいだけのくせに、それを棚に上げて、人をこき下ろすとは、まったく性根の腐った奴等だぜ”

“かえって、生きるのに大変な民族とかのほうが、自己責任いわねえよな”

“わかってんだろ、個人の力じゃどうにもなんねえこともあるっての。だからかえって相互扶助なんだろ”

“甘やかされて、運が良いだけの奴の方がかえって自己責任言いがちだろ”

“だから、因果応報、こういう目にあうんだろ”

ハハハ、笑いだす人々。

「言いたい放題いうなよ、畜生」

彼は思わず唇をかむ。

“今日はあの、太鼓持ち芸人だろ、ヤラレルのは”

“親が才能ある人間だからって勘違いしたアレか”

“貧困は自己責任だってよ、テレビとかで偉そうに言いやがって”

“そんで、今は独裁政権のお仲間として、逮捕、投獄、裁判、処刑のフルコースかよ、ひゃはは”

「や、やっぱりそうか、ぼ、僕なのか」

外の声の意味が分かった途端、彼は震えだした。

“いい気味、早くやれよ”

「くそ、黙ってろよ」

一人、部屋で丸くなる。できるだけ声が聞こえないよう、重い鉄の扉のそばに寄る。

わかってはいても、聞きたくない。

目を背けたい非情な現実。

「ううう、なんでこんな目に」

だが、まるで効果はなかった。

半泣きになりながら、うずくまる彼の耳に容赦のない罵声。

“親の七光りと上の連中にすり寄ったせいで、メディアに出してもらえて、つまんねー本とか売ってもらったくせにな”

“だいたいよ、そういう連中ばっかだろ、上級は”

“たいして頭もよくないし、ホントの業界人からは陰でバカにされてるような奴がのさばってたからな、あの独裁総理のときはよ”

“そんでも、終わる数年前からはボロボロ、汚職、不祥事、暴言がでてたじゃねえか”

“あんときゃ、さすがにみんな気づき始めたし。まだ擁護してるやつドアホとか思ったけど”

“甘い汁すってた連中は、そうだろうよ。総理をヨイショしてりゃ、花見でごちそう、良い酒も飲み放題。講演会だのなんだのって依頼がきてウハウハだったんだろ”

“そりゃあ、やめられねえな。でも、きちんとツケがまわってくんだよな”

“ま、バカばっかが上にいりゃ、国は駄目になるわな。下にみてた周辺諸国に追い抜かされたあげく、外国に支配されてりゃ世話ねえわ”

“で、人種差別、人権無視、独裁政権とそのお仲間、太鼓持ちってことで捕まって、牢屋かよ”

“ほんと、独裁国家の末路の王道だよな“”

“気が付かなかったのかよ、ホント、アホ”

“早々に野党側に鞍替えしようとしたのもいたよな、あいつ、どうなった”

“さあな、マスコミに飽きられて出してもらえなくなったから、どっか逃げたんじゃねえの”

“野垂死にしたって自己責任だろ”

“招いた結果はジコセキニン、ジコセキニン。俺らが思いやってやる必要はないの”

“援助も、擁護も、支援も必要ないの、奴等もジコセキニン”

“弁解なしの裁判うけて、拷問されて、見せしめに処刑されるのもジ・コ・セ・キ・ニ・ン”

“ジーコーセーキーニーン”

「そ、そんなつもりなかったんだあ」

大声で彼は叫ぶ。かつて自分が公共の場で、SNSで、何度も言った言葉、自己責任。

それが、今まさに彼の耳に入る。何気に使ったその言葉が、大きな災厄となって彼の身に降りかかる。

“あー、ほんと、よく考えないバカだよな”

“バカだから人の気持ちなんてわかんねえし”

“アホだから、独裁ヤロウについた末路が想像できない”

“考えなしに人を貶めたら、どういう反動が来るか予想もしてない”

“それで他人には自己責任か、よくわかってなかったんだろ”

“勉強もしてない、調べもしない、自分の好きなことは鵜呑み”

“で、理解できない、耳障りなことは無視、他人の不幸は自己責任”

“だから、こんな目にあう”

“だから、ツケが回ってくる”

“だから、報いをうける”

「た、助けてくれ、償いはするから」

震えながら、彼は祈るようにつぶやく。

だが、聞こえてきたのは非常な言葉だけ。

“命乞いかよ”

“今更遅い”

“手遅れだよ”

「や、やめてくれええ」

“アハハハ”

“ギャハハ”

“ヒャハハ”

「わあ、勘弁してくれえ、やめてくれえ、たすけてくれえ」

バンッ!

鉄の扉が叩かれた。

「うるさい、静かにしろ!」

怒ったような看守の声。

「うううう、グスグス」

「泣くんじゃねえ、うっとうしい、処刑の日を早めるぞ」

「きょ、今日じゃ」

彼の問いに看守はぶっきらぼうに答える。

「今はまだ大臣、閣僚連中が先だ、お前みたいなのは、まだまだだよ。だが、あんまり騒ぐようなら、早めに処刑場に連れていったほうがいいと、上のほうに報告するぞ」

「は、はい、大人しくします」

彼は小さな声で返事をした。

「わかったか。お前みたいな小物がたんといるから、さっさと始末したいんだが、順序というものもあるしな。ま、ひょっとしたら、恩赦ってやつもあるかもしれんから、耐えてるんだな。出るまで俺たちがちゃんと可愛がってやるからよ」

ヒヒヒ

看守の下卑た笑いに怯えつつも、彼はほっとした。

部屋の中はすでに薄暗くなり、あの声も聞こえない。

彼は背伸びをして窓の外をみた。

鉄格子の入り、四角く区切られた窓の外から見えたのは地平線に沈みつつある太陽。他に目に入るのは鉄格子とコンクリート出てきた高い塀と、木々もロクに生えていない荒地ばかり、人影どころか鳥一羽、見えなかった。


独裁政権の末路はたいてい悲惨なものです。我が世の春だ~と思っていたら、あっというまに転落、地獄行き。そういった歴史に学んでいただきたいものです。

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