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花という薬

作者: オキアミ

For my grandpa,

the one who battled Alzheimer and rests now in peace

   風が吹いた。




 




 最後の落ち葉が落ちる頃、野原一面は白銀の雪に覆われていた。沈黙を破るのは、時々枝から落ちる雪の音だけだった。鳥は南に行き、残った者は木の中で暖をとり、春まで淡い夢の中で一休みした。




 




 




 数百年生きた柏の木の麓に小さな穴があり、そこに兎の王とお妃が住んでいた。王は白銀の毛に透き通る赤い眼を持っており、お妃は深い海の様に青い眼と茶色の毛を持っていた。お妃は貧しい者には服を与え、困った者には耳を傾けた。




 




 年月が経った。一匹、あと一匹と子供が増え、三匹の可愛い子うさぎに恵まれたそうだ。名前は、アイリス。ノリス。アレス。アイリスは白色の毛にくりりっとした丸い青い目。ノリスはふさふさの長い茶色の毛とそれに隠れるようにあった茶色の眼。アレスは母親にそっくりで青色の眼が茶色の毛からのぞいていた。




 




 王はお妃や我が子達を溺愛し、大切にした。




 




 




 幸せだった日々は、続くと思われた。だが、お妃が次第に変わっていった。




 




 時々、不意に突然怒り出し、理由を問うと何気ない事ばかりだった。




 




「あなたは何歳だったかしら?」とノリスなどに度々聞き、返事をすると、遠い目で




「もう、そんなに大きくなったのね」と優しく笑う。




 




 一回だけではなく、数回。毎日あった。毎回あった。何度言っても、同じ質問があり、答えると同じ反応。繰り返すのが嫌になり、無視すると不満が募った。




 




 山の雪が溶け、川がまた動き出し、鳥のさえずりが森に響いた。王は、ハツカネズミの占い師を呼んだ。




 




 苔のじゅうたんが敷かれた部屋に木の根でできた椅子があった。そこでウサギの王は座っていた。ハツカネズミがおじぎをした後、兎が喋り出した。




 




「お前に聞きたいことがある。私の妻が最近おかしいのだ。子供の頃の事は鮮明に覚えているが、最近の出来事は忘れてばかりいる。物の名前もだ。子供の年齢もわからなくなっておる」彼は両手を広げた。




 




 




「何が原因だろうか?」




 




「殿下、それは不治の病です。昔、記憶の魔女が戦争を止めるために流行らした物忘れの病気の一つです」




 




 壁に灯された蝋燭が揺れた。




 




「薬はあるか?」




 




 無い。




 




 そう占い師は、答えられなかった。




 




 




「次の満月の明かりの元で占ってみます」と返事した。




 




 




 次の満月の夜、雲はあまりなく野原がまるで昼間の様に明るかった。ハツカネズミは少しかたくなったパンが入った袋を腰にぶら下げ、野原の端にあった小さな池の水に問いかけた。




 




 頭から尾まで真っ白な鯉が黒い池の中でゆっくりと泳いでいた。




 




「水の精霊よ。この国のお妃が重い病にかかっている。薬が無いのだがどう答えれば良いのだろうか?」




 




 鯉が水面を飛んで答えた。




 




「記憶。魔女」




 




 鯉が沈み、また顔を出した。




 




「聞く。西。十日」




 




「ありがとう」占い師はパンをちぎり、鯉に渡した。




 








 占い師は自分の野原にある藁の家に帰り、棚にある一番良い酒を袋に入れ、西へ十日歩いて記憶の魔女に聞きに行った。蛇をさけ、雨の時は大きな葛の葉で傘を作り雨宿りした。




 




 ようやく辿り着いた記憶の魔女は一本杉に住む梟であった。ハツカネズミは持っていた杖を木製のノッカーに引っ掛け、数回鳴らした。すると自然とドアが開いた。




 




 お入り。旅人よ。




 




 シナモンや色々なスパイスの香りがする薄暗い部屋に入っていった。ポプリや赤い木の実がリースとして壁に飾られていた。




 




「初めまして、記憶の魔女よ。私は遠い野原から来たただのハツカネズミだ。貴女に挨拶に来た」




 




 ホーホー。ミミズクの魔女は言った。何かね?




 




ミード(蜂蜜酒)だ。朝の初雫のみを集めて、これで三つの秋を迎えたものだ」ハツカネズミはボトルを開け、一口飲んでみせた。「自分が作ったから言うのもあれなのだが、味は保証する」




 




 一杯試してみよう。




 




 音一つなく、ミミズクは飛び降りてハツカネズミの横に行った。




 




 




 しばらくして、ハツカネズミは切り出した。




 








「貴女が我の女王の記憶を消したのでしょうか?」




 




 




 私の魔法ではない。








 




 鼠の占い師は愕然と肩を下ろした。




 




 




 薬もないただの病だ。




 




 




 酒を飲みながら、魔女は言った。




 




 




 土産話をしてやろう。




 




「何でしょうか?」ハツカネズミは言った。




 




 東の果てにこの世に一番美しい花がある。それを求めよ。




 




「それは、薬になるのですか?」




 




 かもな。




 




 ミミズクは酒で赤くなりながら答えた。




 




 




 




「花だそうです」ハツカネズミはウサギのもとで報告した。




 




「アイリス。君は大きくなった。お前の母の為に東の果てに行き、そこでこの世で美しい花を求めよ」




 




「はい、父上」




 




 




 アイリスは東へ何日も行った。道路無き道を切り開いて行った。東へ東へと行った。




 




 




 そこで、白百合の花を見つけ、何十日もかけて帰ってきた。




 




「これを母上に」




 




 そう言ったが、アイリスは運ぶ時に間違えて噛んだ百合の根の毒で死んだ。




 




 




 百合はお妃を治さなかった。




 




 王は何日も悲しんだ。




 




「何故、泣いているの?」お妃は不思議そうに聞いた。




 




「悲しい事が起こったからだよ」王は答えた。




 




「みんな集まって楽しいわね」お妃は葬式の列を見て言った。




 




 












 それを見た、ノリスが声をあげた。




 




「今度は、私が行きます」




 




 ノリスは、何日もかけて東へ行った。途中まではアイリスが作った道を行き、残りは自分で作った。そして、たどり着いた所で美しい黒い兎と出会った。




 




 




 ノリスは、その黒い兎と恋に落ち、ノリスの故郷へ連れて帰った。




 




 王は、喜んだ。黒いウサギのもとから色々な花や品物が届き、市場が栄えた。




 




 




 だが、お妃は治らなかった。




 




 夜に柏の木から半日離れた所で見つかった時もあった。




 




「孫ができたよ」ノリスは鼻歌を歌う母親に言った。




 




「ほら、眼がこんなに似ているだろ?」




 




 鼻歌は続いた。




 












 




 最後に、アレスが声をあげた。




 




「僕が行ってみる。今度こそ、この世で美しい花を見つけてみせる」




 




 アレスは東へ東へと行った。兄弟が作った道を通り、山や谷を越え、狼からも逃げ、東へと進んだ。




 




 




 そして、辿り着いた。




 




 




「あれ?」




 




 それは見覚えがある所だった。




 




 




 自分が育った柏の木の草原だ。




 




 何処かで間違えたか?いや、そんな事はない。




 




 柏の大木の側に一面の白い花があった。アレスは一つ取り、母の所へ行った。




 




 王がお妃の側にいた。ベッドに横たわる母親は目をつぶっていた。皺だらけの顔に唇を噛む父の姿があった。それを見たアレスは嫌な予感がした。




 




 一見、綺麗に部屋は見えたが、後片付けされた汚物の臭いが少し残っていた。




 




「アレス。間に合ったか」




 




 数ヶ月会わないうちに、何十年も歳とったように王は見えた。




 




「これを」




 




 アレスは何処にでもあるような花を渡した。クローバーだった。




 




 




 王はそれを見て、ボロボロになった息子の服を見比べて目を瞑った。




 




 アレスは、ああ、やはり間違ったのかと思った。




 




 だが、








「ありがとう」王は小声で言った。「ありがとう」




 




 




 それだけ言った。




 




 




「起きて見てくれ。アレスが持って来たよ」




 




 お妃は、弱々しく眼を開けた。




 




「誰?」




 




「誰って、は…」アレスは言い出したが、王は手で遮りアレスは止まった。




 




「君の友人だ。君の息子が持って来てくれたこの世で一番美しい花を見ておくれ」




 




 花を見て、お妃は笑った。




 




「あら。あの人がくれた初めての花だわ。彼何処にいるの?見せたいわ」彼女はアレスの方を見た。




「あら、ご親友かしら?」




 




「彼は、少し用事で離れているだけさ。ここに居るのはただの老人と知り合いさ」




 




「そう。ありがとう」




 




 アレスはそして気づいた。




 




 この部屋にある壁、ドアには沢山のクローバーの花であふれていた。風が吹き、白い花が揺れた。




 




 その数日後の夜、お妃は息を引き取った。




 




 皆にも守られて、最期は穏やかに眠るように旅立った。




 




 名前を忘れ、家族の顔も忘れ、生きることも忘れた。




 




 












「我が望んだ事は無駄であっただろうか?」兎の王は杖をつきながら柏の木の側に作られた墓を見て言った。




 




 花を求めている間、他の王は彼を馬鹿にし、戦争を起こし、奥の山までの領土はもうこの柏の木の周りの草原だけだった。




 




「無駄ではないですよ」同じく白くなったハツカネズミは言った。




 




 




「王は平和を愛し、他国への道を作り、他の者と物流を始め、花で溢れる場所となりました」




 




 ハツカネズミは言った。




「誰も、貴方を責めるものはおりません」




 




 




「そうか」白兎は夕日が溢れる草原に揺れる白い花を見て言った。「そうなのか」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 哀しいけれど、どこかあたたかい作品ですね。 それは、誰かのために何かをしよう、守ろうとしたからだと思います。 [気になる点] アイリスとノリスが、後半混ざっております……。
[良い点] 人生の渋みがある童話で、大人こそ読んで得るものがある内容が良かったです。
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