8話 魔眼を持つ少女
勇者。
救世を定められた九人の戦士をそう呼び、彼らは世界に危機が訪れると決まって現れる。
魔王の復活、吸血鬼の群生、天使の反逆。
世界が危機に陥る度に勇者は現れ、世界を救う。
ならば、その勇者はどう選ばれるのか。
世界に危機が近付くと、最初に神々が動く。
そして神々は、天界で創造した九本の『神造武具』と呼ばれる武器を人間界へ落とす。
剣、槍、杖と様々だが、それらの武具を人間界に落とし、その武具に認められた者が勇者となる。ルイスの持つ刃が包帯で覆われた剣もその一つだ。
どうやって認められるかはとても簡単で、その武具を手に取るだけでいい。
認められていない者が触れば、武具はピクリとも動かない。
つまり、武器が使い手を選ぶ。
太古ではエルフやドワーフ、そして半魔が選ばれた事もあったというが、ここ数世紀は人間しか選ばれていなかった。
ルイスのような半魔が選ばれたのも四百年ぶりだったという。
「つまりその武具には意思があるって事か? 武器が使い手を選んでいるってことはさ」
ルイスの授業を聞いていたリリックが、そんな質問を投げてきた。
「難しい質問だね、答えはイエスでもあるしノーでもあるんだ。確かに神々の作った武具には意思や人格と呼べるものが芽生える、私の持つ勇者の剣も例外ではないんだがこいつは無口でね。それよりも武具にいつ人格が芽生えるのかだけど、それはその武具を使いこなしてからなんだよ」
「使いこなす?」
「一説によると長い時間武具を使用しているうちに勇者の人格が一部切り取られ、それが武具に移って人格が形取ると言われている。だから人間界に落とされたばかりの状態だと意思と呼べるものがあるのか判っていないんだ」
「先生の武器はいつごろ人格を持ったの?」
今度はフリーシェがそんな問いを投げる。
「そうだね、私はかなり遅かった。剣に頼らず自分の魔法ばかりを使っていたというのもあるんだろうが、九人いた勇者の中では一番最後だったよ。剣と意思の疎通をしたのは」
へぇ~、とフリーシェが感心したようなリアクションを見せた。
「そして次に勇者がいつ誕生するのか、これについてはよく判っていないんだ。明日かもしれないし、百年後かもしれない。決まっているのは世界に危機が訪れれば現れると言うことだけ、昔は三百年も勇者が現れなかった時があったらしい。だが早いので言えば、勇者が選ばれ魔王を封印してから、たった三年で次の勇者が選ばれた。なんて事もあったらしいよ」
ルイス達の場合は、前回の勇者が選ばれてから二〇年後に選ばれた。
これも統計的にみれば短かったらしいが。
「そのさ、前の勇者が選ばれて、次の勇者が三年後に選ばれたってことは、三年前の勇者も生きてるだろ? つまり、勇者が九人以上いる場合もあるってことか?」
「そうだね、先代の勇者が存命であれば……そういったケースもあるだろう」
「今は居ないのか?」
勇者はその使命を果たした後は英雄として王都に凱旋し、その後はほとんどが騎士として王に仕える。
しかし勇者は、王に仕えた後の行方を公開しない事が多く、理由は主に暗殺防止だが、それ以外にも色々と問題はあるという話だ。
ルイスのように辺境地で教師をする者など、歴代勇者を一人ずつ調べていっても、そうある話でもない。
「私も詳しくは知らないんだが、二十年前の勇者、そして六十年前の勇者の内、何人かが今も生きているらしい。だから現在生きている勇者の数は九人以上二十七人未満だね。ただ噂話なんだけど五百年前勇者に選ばれたエルフが今も生きているらしくて、正確な数は判らない。いくら長寿なエルフでも、長生きしすぎだよねぇ」
ルイスは先生らしく授業を始めた。
クロードに貰った白い服を着て、だ。
体を鍛えたり、魔法を覚えたりするのも大切だが、自分達がどういった存在を目指しているのか、それをよく知っておくべきだとルイスは考えた。
実際、フリーシェとリリックは熱心に授業を受けてくれている。
「じゃあもう一つ質問いいか? 勇者が三百年も生まれない時期があったって事はさ、今からもそうなる可能性だってあるんだろ? つまり、俺達が死ぬまで勇者の選定が無いってことが、あるかもしれないんじゃねえのか?」
「それはないと思う」
ルイスは王都で聞いた言葉を、思い出しながら答えていく。
「どうやら勇者が生まれる間隔が、どんどん短くなっているらしくてね。学者の先生達は『特異点』だとか言っているけど、それはよく解らなかった。だけど三十年以内に生まれる可能性は高いみたいだよ」
「三十年か……」
半分が悪魔のルイスや、ハーフエルフのリリックは人間とは違い長い時間を生きる事ができる。半魔の平均寿命は二百年で、ハーフエルフは三百年。リリックが死ぬまでにはきっと勇者が生まれるだろう。
「じゃあ僕は勇者になる前に、お爺ちゃんになってるかもしれないね」
フリーシェが唇を尖らせながらそんな事を言った。
確かに人間であるフリーシェにとって、三十年というのは途方もない時間だろう。
「そう悲観しなくてもいいよ、確か六〇歳で勇者に選ばれた人間もいたはずだし。鍛錬して強くなれば、きっと勇者になれるから大丈夫さ」
そう告げながらルイスは考える。できれば自分が生きている内に勇者になって、二人が夢を叶える瞬間が見てみたい、と。
「やぁやぁ失礼するよ! 勉学は捗っているかい? それにしても、やはり僕が選んだ服はよく似合っているねぇ」
部屋の扉を開けて能天気に入ってきたのはクロードだった。
今日は手ぶらのようで、荷物は見当たらない。
「どうしたんだ? 今は授業中なんだけど」
「なに、いつもの事さ」
クロードは懐に手を入れると、一枚の羊皮紙を手渡してきた。
ということはつまり、
「喜べ、新しい生徒が来るぞ」
笑顔でそう言ったクロードの肩を叩き、ルイスは受け取った羊皮紙をひらひらと回す。
「提案なんだけど、入学予定の子が書かれたその紙をまとめて渡すのはダメなのかな?」
「そんな事をしたら、サプライズ感がなくなってしまうだろう?」
「あまり求めてないんだけど」
そんな事を言いながら羊皮紙に目を通し、名前や経歴を確認していく。
名前はメイア。
今年で十七歳になる人間の女の子。
例に漏れずこの子も何かあるようで、備考欄に『魔眼』の持ち主と書いてある。
「喜べフリーシェ、リリック。女の子が来るよ」
からかうように笑いながら二人を見ると、リリックは肩をすくめ、フリーシェは首を捻っていた。
「俺は人間の女に興味ねえな、ルイスさんが思ってるほど喜んでもねえよ」
「女の人とうまく話せるかなぁ……」
二人ともあまり嬉しくない様子に、ルイスは肩透かしな気分を味わった。
「それでクロード、この子は今日にでも来るんだろ? いつごろ到着するんだ?」
「ああ、それがね。実は今朝には僕の城へ来ていてね、ちょうど良いから色々教えた後そのまま連れてきたのさ」
そしてクロードは部屋の外に顔を出すと「入っておいで」と声をかける。すると部屋の外から一人の少女が顔を出し、ゆっくりと中へ入ってきた。
「はじめまして、メイア・ガルルートよ」
静かに、そして冷たい声でそう言った少女。
端正な顔立ちに、前髪を揃えた黒髪の長髪と、丈が膝まである黒いワンピースがよく似合う。膝の下も黒のストッキングで隠しており、はっきり言って全身が黒尽くめ、長いまつげが目を引き、その奥には栗色の瞳が静かにルイスを見つめていた。
女の子にしては背も高く、百七〇を超えている。
「じゃあ、僕はこれから仕事があるので失礼するよ」
そう言い残してクロードは部屋を出て行った。
これだけの用事なら部下に任せればいいのではないかと、ルイスは溜息をつきながら見送る。
「はじめましてだね、私はルイス。君の教師になるんだ、よろしくね」
「えぇ、よろしく」
冷淡な口調でそう返すメイアは、暗い瞳でフリーシェとリリックを一瞥する。
そして溜息をついたかと思えば、
「私はどこに座ればいいのかしら?」
そう言った。
「とりあえず空いている席に座るといい、まぁ今日の授業は終わりだから特に話す事もないんだけどね」
今は授業の最中だが、途中か入ってもついてこられるか分からない、ならば一度中断してお喋りでもすればいいだろうと、ルイスは考えた。二人に教えたことは、後でメイアにも教えればいい。
「初めてここに来たわけだし、何かお喋りでもどうだい?」
「お喋り?」
「趣味は何かとか、好きな食べ物とか……あとはどうして勇者になりたいのか、とかね」
「別にいいです、私は勇者になる気はないから」
冷たく答えたメイアに、誰よりも先にリリックが反応する。
「おい、ここは勇者を育てる場所だろうが。勇者になる気が無いってんならどうしてここに来たんだよ」
少し苛立っているようで、口調が荒くなっている。リリックは勇者になるための意気込みが他とは違う、だから仕方ないといえばそうなのだが。
「私は自分の眼をコントロールするためにここへ来たの、私が住んでいた場所よりは自分に集中できると思ったからココへ来ただけに過ぎないわ」
「眼をコントロールだぁ? 何を言ってやがる」
見下すようにリリックが言葉を発した瞬間、メイアの眼が淡く輝いた。
だが、それに気づいているのはルイスだけのようで、フリーシェもリリックも反応していない。自分だけに見えるということから、メイアの眼は輝いているのではなく、魔力が集まっているのだと判断した。
(魔眼の発動? 何をする気だ?)
ルイスがそんな考えを巡らせた瞬間、メイアが口を開く。
「ハイエルフの戦士と人間の間に生まれ、父親が死んでからは軍に入隊。しかし半魔であるため周囲に馴染めず、やがて暴力をふるって除隊……見かけ通り粗暴な人間なのね。まるでアナタのおに――」
瞬間リリックが椅子を蹴飛ばしながら立ち上がり、メイアに近づく。
一触即発の気配を感じ、ルイスは慌てて間に入った。
「リリック、これから仲間になる人に対して向ける殺気じゃないね。何をする気だい?」
「決まってんだろ、そいつは俺を半魔と呼んだ。それに、どうして俺の過去を知っている? 答えろ」
リリックを掌で制しながら、ルイスもメイアに目を向けた。
おそらく魔眼の力なのだろうが、他人の過去を暴く能力を持った魔眼なんて、ルイスはこれまでの人生で聞いたことがない。
「別に、見えたから話しただけよ。この程度で怒ったの?」
煽るな。
ルイスは心の中でそう叫び、リリックを抑える手に力を入れた。
「メイア、人には暴かれたくない過去もあるし、言ってほしくない言葉もある。君がまず謝るんだ」
するとメイアは、ルイスにも目を向けると、再び眼に魔力を溜める。
リリックの過去を暴いたように、自分の過去も見るつもりだろうとルイスは判断した。なんにせよ人の思い出に簡単に踏み込んでもらうわけにはいかず、ルイスは自身の脳内に結界を張った。
「見えない? どうして?」
「魔眼に対する対策はいくつかあるが、君のは記憶を見る事ができる魔眼のようだね。ならば私の脳に何重ものプロテクトをかければ、君は私の過去を見られない」
自分の過去を見てどうするつもりだったのかは理解できないが、なんにせよ扱いの難しそうな子だと、ルイスは猛烈に感じた。
「…………まぁいいわ、授業がないなら私は部屋に戻るから」
「おい、待てテメェ。俺の話は終わってないぞ」
「私から話す事なんてないから、まったく最後のつもりだったのに、とんだ災難だわ」
最後にそう言い残し、メイアは教室から出ていった。そして怒り心頭のリリックを抑えつつ、ルイスは肩を落とした。
「リリック、とりあえず怒りを鎮めなよ」
「……クソッ!」
初対面の印象としては最悪の部類に入るだろうが、何にせよ、早急に対処しなくてはならないと、ルイスは腹を括った。
××××
魔眼とはそもそも何なのだろうか。
フリーシェにそう訊ねられたルイスは、どういったものかを説明した。
本来は魔法の一つであり、自らの眼に魔力を与えることで特殊な能力を得るというものだ。魔力の流れを見るものだったり、相手の弱点を見るものだったりと様々だが、基本的に『見る』ことで能力が発動する。
戦闘においても重宝され、ルイスも簡単なものなら使う事ができるが、メイアの持つ魔眼はどうやらそれらとは一線を画す物であるとだけ理解している。
相手の過去、または記憶を覗き込む魔眼など聞いたことがない。
厳密に言えば違うのかもしれないが、類似した能力で間違いないだろう。
「さてと……」
ルイスは二人を置いて教室から出ると、部屋の前で一つ深呼吸をする。これから共にこの学び舎で暮らすのだから、人間関係も良好なものにしたい。そのためにはまず話すことも大事だろう。
数回ノックをし、中から声がするとゆっくりと扉を開ける。
「やぁ、今いいかな?」
「別にいいわ、何の用?」
先ほどと変わらない冷たい物言いに、ルイスは身震いしながら微笑む。
「これといった用事はないんだけどね、少し話に来た。入ってもいいかい?」
「……どうぞ」
その言葉に甘え、ルイスは部屋にあった椅子に腰かけた。そして部屋の中を眺め、荷解きがもう済んだのだなと感心する。私物は少なく、女の子の部屋にしては質素なものだが。
「女の部屋を眺めるのが趣味なの?」
「まぁ見ていて飽きる物ではないでしょ?」
メイアは鼻で笑うと、ベッドに腰掛けてルイスを見つめる。
その時再び眼が淡く輝いているのを見て、魔眼を使っているのだと気付いた。
ルイスの脳にはまだプロテクトがかかっているから見る事はできないだろう。しかし、腹を割って話すのであれば、自分の事を知ってもらえるのは話が早い。ルイスはそう思って脳内にある結界を解いた。
「迫害、半魔、仲間、魔王、勇者? 勇者、追放、英雄……」
メイアは目を見開きながら、単語を羅列していき、やがて一度目を閉じた
「アナタ勇者には見えないわね。それに、悲しい人生を歩んでる……」
瞬きを挟み、メイアは小さな声でそう言った。
そして眼の光が徐々に薄れ、魔眼を解除したのかまた暗い瞳に戻る。
「そうだね、それなりに苦労が多いよ」
「あの二人だってそう、少し見ただけだけど……重い物を背負っているのね」
ルイスは、悲しげにそう呟く彼女に、どこか悲しげな物を覚え、同時に理性的な雰囲気を感じた。ついさっきまでリリックと罵りあっていたようにはとても見えない、穏やかで清楚な雰囲気だ。
「雰囲気が変わるでしょ? よく言われるの」
考えている事がわかるかのように、メイアはそう言った。
「私の魔眼はね、力が大きすぎるの。だから魔眼が発動すると考えが纏まらなくなって、思ったままの事を口に出しちゃうのよ。あの人を半魔と呼んだのは悪かったと思ってる、けど私だって悪意があったわけじゃない」
ルイスはクロードから受け取った資料を思い出す。
彼女の魔眼は生まれ持っての能力で、周囲の秘密を暴き、それを簡単に漏らす。
人間関係をどんどん壊し、やがて親からも見放されて一人になった。
そこをクロードが保護したらしい。
「君の魔眼はオートなのかい?」
「ええ、油断したらすぐに発動するの。だからいっつも疲れがとれなくてね……」
自嘲するようにそう言ったメイアは、膝を曲げて足の爪をいじりだした。
「色んな人の、色んな秘密を見てきたわ……私だって見たくもないのに。相手の考えている事まで見えてしまうから、私を嫌っている人や、気味悪がっている人はすぐ解っちゃうの。ルイス先生だっけ? アナタは私が気持ち悪くないの?」
ルイスは目を閉じて何度か頷き、顔を上げる。
「そうだね、私には秘密も多いし……他人には言えない事も沢山ある。けどそれを見られたからといって、君を嫌うような事はしないよ。なんたって君は私の生徒なんだから」
「そう、ありがと……」
オートで発動する魔眼。
発動中は意識のリソースを奪われ、意図しない事を口走ってしまう。
相手が傷つくと理解していても、その言葉を発するのを止める事ができない。
ルイスはそうまとめた。
しかし、彼女が魔眼で悩んでいるのなら、解決策は一つある。
とても簡単なことだが、それ故に難しい。
「こんな眼いらないって何度も思ったわ、けど……自分の目を潰すなんて事はできなかった」
「…………」
ルイスの考えていた事を読み取ったのか、メイアは自分を笑うように言った。
彼女が魔眼を要らないと思っているのなら、自分の目を潰せばそれで魔眼は消える。
しかし魔眼だけではなく、自分の眼も潰れ――二度と光を見られなくなる。
「私、空が好きなの」
唐突にメイアは微笑む。
「空が見たい、だから私はこの目を失いたくはないの」
「そうか……」
「ねぇ、私って悪い事したのかな? 私だってこんな眼は欲しくないし、要らないと思ってるのよ。けど生まれ持った物だから、仕方ないじゃない。私だって、こんな眼はいらないのに」
悲しそうにメイアは話し、そして続ける。
「私も頑張ってはいるのよ、昔は目が合っただけで勝手に発動していたし」
「魔眼のコントロールは難しいからね」
魔眼は取得難易度も桁違いに高い。
ましてメイアの魔眼は数多くの機能を兼ね備えているだろう。
なら制御の難しさも並みではないはずだ。
「私は魔眼についてそれほど詳しいわけじゃない、けどある程度は力になれると思う」
全ての魔法の基礎、それは同じ。
知り、学び、鍛え、繰り返す。
メイアの魔眼がどのような物かはハッキリしていないが、それでも魔法である限りこの法則からは逃れられない。
「ちょっと早い気もするが、君たちには魔法、そして魔力について教えよう。三〇分ほどで身支度を済ませて、玄関に来るといい。魔法のコントロールについて教えてあげるよ」
ルイスはそう言ってメイアの肩を叩き、笑いながら部屋を出た。
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