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22話 一件




「フ――!」

「ほらぁ、怖くないわよぉ?」


「フリーシェ殿、どうか本当に男なのかどうか証明してくれ!」

「シャァ――!」


 まるで天敵に相対した猫のような声を上げるフリーシェは、アイニールの後ろでもう色んな事が限界のようだった。アイニールの背中を全力で掴みながら、本人は声で威嚇するしかしていない。


 その向かい側にはドルトムントとリリーが居る。前者は何か話そうともがいていて、後者は舌をベロベロさせている。時折視線がアイニールを捉えている気がするのだが、多分気のせいだろうと適当に誤魔化しておいた。


「んなァにやってんだよお前ら」


 不意に隣から声がして、目を向けるとリリックがいた。


「あ、リリック。丁度良かった、フリーシェの番を変わっていただけますか?」

「変わるって、もう猫みたいになってんじゃねえか」


「シャ――!」


 猫の手のように拳を握るフリーシェの襟首を持ち、リリックの方へ移すとそのままフリーシェはリリックの背に捕まって隠れた。そして背から顔を半分だけ出して、ドルトムントとリリーを威嚇する。

 相当トラウマになっているのだろう。


「おお、我が恋敵よ。どうかフリーシェ殿と話をさせてくれまいか?」

「おお、えっと、我が恋敵よ。どうかフリーシェちゃんをペロペロさせてくれまいか?」


「いつから俺はお前らの恋敵になったんだってば」


 フリーシェにされるがまま掴まれるリリックは、呆れたようにグラスに入っていた酒を飲み干す。


(よし、逃げましょう)


 あの二人を相手にするのは色々と面倒すぎるので、アイニールはバレないようこっそりと移動し、近くにあったテーブルの椅子へ腰かけた。


 フリーシェの事を、あの二人から守り通せる気がしない。

 なんて事を考えながら同じテーブルに居る一人の少年を見ると、顔を皿に近付けて料理を豪快に食べる姿があった。


 その少年はやがて皿に残ったステーキを一口で飲むと、喉に詰まったのか自分の胸を叩いて飲み物を探していた。


「はいはい、お水はここですよ」


 そう言ってアイニールが水を差し出すと、その少年は一瞬でそれを奪い去り、それを一気に飲み干した。のどに詰まったものが無くなったのか、少年は溜息と共に目尻に浮かんだ涙を拭く。


「あぁ~死ぬかと思った」

「誰も取らないんですから、ゆっくり食べればいいのに」


「わかんないでしょ、誰かが俺の肉を奪うかもしれないし」


 そう言ってまた少年は、近くにあったステーキをまた頬張る。

 見ていられなくなり、近くにあったサラダを差し出すと、少年は顔を明るくした。


「お前良い奴だね、俺の子分にしてあげてもいいよ」

「遠慮しておきます」


 ウォルフォート=マンティス。

 勇者だと聞いていたが、こうしてみるとそんな風には全く見えない。むしろ十九歳という年齢すら怪しく、もっと子供ではないのかと疑ってしまう。


「あれ、お前ってルイスの弟子だっけ?」

「ええそうですよ、知らなかったのですか?」


「う~ん、前に聞いたような気がするけど。別に興味なかったもん」

「へぇ」


 面と向かって興味がないと言われるのは、それはそれで何か腹が立つような気もする。


「ウォルフォート、よろしければ私達の知らないルイスの話を聞かせてもらえないでしょうか?」

「ルイスの話?」

「ええ、何か面白いエピソードがあればぜひ」


 アイニールの知らないルイスの話が聞きたい。

 そう思って話しかけてみただけだが、ウォルフォートは口に物を入れながら話し始めた。


「面白いエピソードねぇ。あ、これはガイから聞いた話なんだけどね、あのね、ルイスってお酒を飲むと暴れるらしいよ?」

「暴れるですか?」


「うん。ジューナもそうなんだけど、お酒を飲むとアルコールから未知の成分を抽出してるってくらい暴れるらしいよ。キス魔になったり、ツンデレになったり、あと普通に暴れたり、面白かったらしいよ」

「へぇ、それは初耳ですね。でも前にルイスがお酒を飲んでいるのを見ましたが、特に変化はありませんでしたよ?」


「高いお酒だったんじゃないの? 安酒を呑むほど酒乱率が上がるって言ってたよ。そうだね、この店でお酒を飲むと暴れるんじゃないかな?」


 そう言ってウォルフォートがルイスの居るテーブルを向くと、その先にはジューナとルイスが二人並んで交互に瓶を自分のグラスに注いでいた。何かあったのだろうか、二人の間に会話はなく、ただ二人ともグラスに入った飲み物を口に運ぶだけだ。


「あ……」


 まるで見てはいけない物を見てしまったかのように、ウォルフォートがそう呟いたのをアイニールは見逃さなかった。




 ××××




 メイアの目前で酒を飲みほすメリッサは、笑いながら空のグラスをテーブルに叩きつける。これで十杯目なのだが、一向に終わりが見えない。


「はい、まぁた私の勝ちィ!」

「クッ、子供相手に卑怯よ!」


「自分を子供っていうのは、大人になった証拠よ」


 よくわからない持論を展開し、メリッサはまたグラスに酒を命一杯入れる。

 先ほどから行われているのはメリッサとメイアの酒飲み勝負なのだが、メイアは一勝もできていない。それどころか酒を飲む速度が上がっているように思う。


「あー、もうだめ。無理……」


 十杯目に差し掛かったところで飲むことができず、メイアは机に突っ伏した。その一方でメリッサは、まだまだ飲んでいるのだから笑えない。


「だらしないわねぇ、そんなんじゃルイスの嫁なんて百年早いわね」

「別に私はルイス先生とそんな関係になりたいとかじゃないもん」


「でも前の時は怒ったじゃない」

「あれは、別に……」


 メイアが言いよどむと、メリッサはニヤけた面で笑い、そしてメイアの肩を叩いた。


「なるほど。あんたはルイスが知らない美人に取られちゃうって思っただけなのね、だから抵抗しただけか。恋じゃなくて独占欲なのね。なるほど、自分の知ってる人が誰かに取られるのが嫌ってだけなわけね」


「違うもん」


 口を尖らせたメイアは、酔った頭で何か反論を探す。


「私がルイス先生を傍で支えるって決めたのに、それを邪魔されると思っただけだもん」


 メイアにとって、ルイスやリリックといった学校の皆は、ずっと一緒に居てほしい人なのだ。それを見ず知らずの、メイアの全く知らない人に奪われるというのは、ただそれだけで我慢できない。


「じゃあ証明してみせなさいな、アンタだって結構いい才能持ってるんだし」

「私に才能なんてあるのかなぁ?」


「あるわよ、少なくとも昔の私よりはね」


 そう呟いたメリッサを見て、メイアは言葉を飲んだ。


「別に私は努力で強くなっただけだしね。オンリーワンの能力とか才能とかあんまりなかったのよ。だから、まぁアンタの眼ってのは、それだけ優れた力なんだから」


 これまで強さを求め、相応に強くなった。実際に勇者になったし、他に出ても顔負けしないほどの実績を積んできた。しかしルイスやガイリック、あるいは『ベヘリット』のほどの強さを持っていない。


 コンプレックスと言うほどではないが、それでも妬む事はあるのだ。


「だからアンタも頑張りなさいよ……って、寝てんのかよ!」


 そう発破をかけたメリッサの一方で、メイアは寝息を立ててテーブルにおでこを付けていた。酒に負けて、メリッサの言葉はメイアに届いていなかった。




 ××××




 ドルトムントとリリーを落ち着かせながら、腰に抱き着いてくるフリーシェをなだめていたリリックは、ふと店に入って来る人影を見つめた。似つかわしくない豪華な服だが、従者は一人たりともつけていない。ガイリックよりは年を取っているとは認識していたが、実年齢は三十そこそこだっただろうか。


 いや、そもそもこんな所に来るような男ではない。

 今日はリリックの祝いと、ルイスの旧友達との再会を祝した宴だったはずだ。


 だから、この人が来るなんて思ってもいなかった。


「なんで、アンタが?」


 同じように入って来た人物を見たドルトムントが、そんな事を呟いた。

 それはそうだろう。


 なぜならこの男はルイス達と同じように、この国の英雄なのだから。


「話に来ただけだ、邪魔をするつもりはない」


 ジェイク=ラストゥード。


 かつて勇者を率いたパーティーリーダーであり、そして天元の名を冠する勇者だ。そしてルイスを直接追放した人でもあると聞いている。だからこそなのだろうか、ガイリックはジェイクの姿を見るや否や、あからさまに機嫌が悪くなっていた。


 一方でルイスはジェイクに気付いてもいないのか、ジューナとまだ何かを注ぎ合っている。


「おい、何しに来たんだテメェ」

「用があっただけだ、ここに居ると聞いてな」


 端的に答えたジェイクは、そのまま一直線にリリックの前に立つ。

 無表情のままただリリックの前に立ち、そして見下ろしてくる。


「リリック、君に訊きたい事がある」


 いつの間にか、店内にいる者達の視線がジェイクに集まっていた。

 そんな中で、ジェイクはリリックに問いを投げる。


「“グレック=ワーグナー”この名前を知っているな?」

「……え?」


 グレック=ワーグナー。

 リリックの父親であるエルフの名前が、なぜか勇者の口から呼ばれた。




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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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