7話 誰が敵か誰が味方か
台所にて、パン生地をこねながら、ルイスは彼の経歴を思い出す。
彼は三年前までは地方の軍人で、一年前には王都へ召集されていた。
周囲との関係は良好ではないが、優秀な人材だったらしい。
それが半年前、急に解雇されている。
理由は自分の所属する隊の半数以上を負傷させたからだという。
どういった経由でそうなったのかは分からない。
クロードもそれは知らなかったようだ。
ただの粗暴者であれば警戒する必要がある、しかし数回言葉を交えただけだが彼がそのような人間だとルイスには到底思えなかった。
何か込み入った事情でもあったのだろう。
「先生、大丈夫?」
頭を捻りながら考え事をするルイスを心配したのか、フリーシェが顔を覗き込みながら訊ねてきた。フリーシェは今、髪を一つに束ね、エプロン姿で共に料理を作っている。このエプロンもクロードが用意したものだ。
こんな事で心配はかけられない。
ルイスは自分にそう言い聞かせ、フリーシェに笑顔を向けた。
「大丈夫だよ、それより下ごしらえは終わったかな?」
「終わったよ、けどこれ何の料理? 苺がドロドロになってるけど」
「苺のパンさ、昔の仲間が私に作ってくれてね。とても甘くて美味しいから楽しみにしているといい」
ルイス達は今朝老人からもらった苺を、潰した後に少量の水で煮込んでいた。手順はあっているか記憶を引っ張り出しつつ、溶けた苺をゆっくりと混ぜる。彼は料理が得意なのだが、こういった菓子類は経験がないので、ずっと苦戦していた。
しかし、どうにかして完成させなければ。
リリックとの距離を縮めるためにも必要だ。
「ねぇ先生、あの人僕のせいで怒っちゃったのかな?」
生地をこねていたルイスに、フリーシェは静かに訊ねる。うつむいたまま、顔を上げずにただ思いつめたかのような口調。リリックが怒ったことで、罪悪感を覚えているようだ。
「フリーシェ、君は半魔と呼ばれる者を知っているかな?」
火属性の弱い魔法で、手を温めながらパンの生地をこねる。
「この世には君に憑り付いていたイフリートのような魔物が沢山いてね、そんな魔物と人間が子を作ると半魔とよばれる半分人間、半分魔物の生物ができるんだ」
「半魔?」
「そう、そして私も半魔だよ。悪魔の母と人間の父の間に生まれた」
フリーシェは驚いたような表情でルイスを見上げた。
「そして半魔と呼ばれる者はひどい迫害を受けるんだ。そりゃそうさ、半分人に害をなす魔物なんだからね。私もここに来るまでひどい扱いを受けた。この地はそれほどひどくはないけど、王都なら半魔は人として扱われないほどの徹底的な迫害と差別だらけさ」
引っ張り出した記憶で手順を確認しつつ、生地をこねながら徐々に球体に丸めていく。
「そしてリリックも半魔なんだ、彼はエルフとのハーフだから私に比べれば、扱いはマシだったろうが……それでも彼にとってはひどい扱いは受けてきたのだと思う。だからフリーシェが怖がった時、腹がたったんだろう」
「僕、そんなつもりじゃ……」
「解っているさ、けど彼はやっぱり悲しんだと思う。だから後で謝ろうね」
そう笑いかけると、フリーシェは大きく頷いた。
生地をこね終わり、ある程度の大きさに分けて窯に入れる。
少し時間がかかるが、手間をかけた分おいしくなるだろうと、ルイスは鼻息を鳴らした。
「先生」
ルイスの裾を掴み、フリーシェが声をかけてきた。
そして瞳を見つめながら、静かに笑う。
「先生が半分悪魔でも、僕は先生が大好きだよ」
ルイスは、一瞬だけ言葉に詰まる。
そして教師を引き受けてよかったと、心の底からそう思った。
「ありがとう、フリーシェ。私もフリーシェが大好きだよ」
ルイスはそう微笑みかけた。
××××
苺のパンを作り終えたルイスは、再びリリックの部屋に訪れる。
室内に入ると荷解きは終わったようで、私物の武具、防具、それと服が数着。それ以外に私物はほとんどない。随分と殺風景ではあるが部屋が完成していた。
「アンタか、何の用だ?」
「課外授業だよ、外出するからついておいで」
リリックは怪訝な顔つきでルイスを睨み、考え込むような素振りを見せる。
「……わかった、支度をするから待っていてくれ」
しばらく考え込んだ後承諾し、リリックは上着を羽織って共に部屋をでた。
そのまま二人ならんで廊下を歩いていると、沈黙に耐えかねたのかリリックが口を開く。
「なぁ、一つ訊きたいんだがアンタ強いのか?」
ルイスは足を止めて振り返った。クロードから自分が勇者であると聞いていないのだろうか、それとも勇者としての実力を疑っているのか。
「どうしてそんな事が気になるのかな?」
「別に、俺が教えを乞うに値するか知りたいだけだ」
「そうだねぇ、多分君の百倍は強いと思うよ」
笑いながらそう答え、玄関で先に待っていたフリーシェと合流して三人は外に出る。苺のパンはブレットケースに入れて、フリーシェが一生懸命に運び、その後ろをルイスとリリックが並んで歩く。
「どこに行くんだ?」
ルイスの方には目を向けず、ただ遠くの山を眺めながらリリックは呟く。
「少し用事があってね、散歩みたいな物だから気にしなくていいよ」
「散歩? 魔法の訓練か剣術の修行をするんじゃねえのか?」
「ここに来て初日でしょ? なら今日くらいは楽にしようよ」
「ケッ……」
また機嫌を損ねたのか、リリックはそっぽを向き、それを見たルイスは単純な疑問を頭に浮かべた。
なぜこの子はこんなにも強さを求めるのだろうか。
「ねぇリリック、君は何故強くなりたいのかな?」
「強くなれば、皆がきっと俺を見返す」
「見返したい人がいるのかい?」
「俺を見下した奴ら全てだ、俺がエルフの血を引いているからと侮辱した奴らを全員黙らせる。それが俺の目標だ」
「そうか……」
リリックが力を求める理由は、ルイスにも理解できる。
ルイスも昔はそうだった。
迫害され、奪われるのが嫌で力をつけた。
きっと本質は変わらない。
「もう一つ訊いていいかな? 君は王都で軍を解雇されている、一体何があったんだい?」
リリックは足を止め、深い隈のついた目で再び睨む。
「どうしてそんな事が知りたいんだ?」
「君の事を知りたいだけだ、他意はない」
「…………」
リリックは歩みを再開し、空を見上げながら話を始める。
「昔はエルフの村で育ったんだ、けどエルフの父親が死んでからは居場所がなくなっていって、地方で軍人になった。魔法は学んでいたからすんなりと入隊できたよ。だが誰も俺を認めなかった。いくら武功をたてても、俺がエルフの血を引いているからと、俺が半魔だという理由で、誰も認めなかった」
静かにそう語るリリックの顔は、悲しくもあり、そして同時に怒っているようだった。
きっと軍に居た頃もこんな顔をしていたのだろう。
「結局王都に召集されるまでそれが続いた。王都に行けば何かが変わると思っていたけど、むしろ王都のほうがひどかった。皆が俺を恐れ、そして俺を侮辱した」
「それで同じ隊に手を出したと?」
リリックが振り向き、再び睨む。
だが次の瞬間には、何か諦めたかのような表情になり話を続けた。
「あいつらは俺を、そして俺の父を侮辱した。エルフの誇り高き戦士である父を侮辱され、我慢できなかった。だから思い知らせてやったんだ、お前らが侮辱しているエルフはお前らよりも強いのだと」
そして、リリックは同じ隊の人間を攻撃した。
「俺は自分の体に流れるエルフの血を誇りに思っている、父が残してくれたこの血を。その強さを証明するために俺は勇者になるんだ」
触れる物全てを傷付ける、まるでナイフのような男。
しかし同時に、ルイスはとても羨ましくも思う。
ルイスは自分に流れる悪魔の血を忌々しく思っても、誇った事など一度もない。
この血さえなければ、この肌さえなければ。
そんな事をいつも考えていた。
「良い目標だと思うよ」
「……そうか」
素っ気ない返事で会話が終わり、それと同時に三人は目的地へと到着した。
畑の近くに建ち、外から見ただけで年期が入っていると理解できる一軒の民家。
その民家の傍で、一人の老人が切り株に腰を下ろしていた。
「おや、誰かと思えば先生じゃありませんか。どうされたんです?」
三人の姿をみつけるなり、そんな声をあげたのは今朝ルイスとフリーシェが出会った老人だった。彼は現在、休息中のようだ。
「今朝ぶりですね、頂いた苺でパンを作ったのでお礼にお裾分けをと思いまして」
「僕も手伝ったんだよ!」
「まぁ、ありがとうございます。茶を煎れてくるので少し待っていて下され」
「おじさん、僕も手伝うよ」
そう言って老人とフリーシェは家の中へと入り、呆気にとられるリリックにルイスは微笑みかける。
「ここでお昼を食べよう、君の分も作ってある。馴れ合うつもりが無くとも一緒にお昼を食べるくらいは、いいだろう?」
「別に、その程度なら構わねえよ」
吐き捨てるようにリリックはそう言うと、近く転がしてある丸太に腰を下ろし、ルイスもそれに続いて隣に腰を下ろした。そしてフリーシェから受け取っておいたバケットケースから苺のパンを一つ取り出してリリックに差し出す。
「あまり味には自信が無いんだけどね」
照れながら言うルイスを無視して、リリックはパンを受け取るとそのままかぶりついた。そして、しばらく咀嚼をした後、もう一口パンを齧る。
「美味しいかい?」
「まぁまぁだな」
「そこは美味しいと言ってほしかったなぁ」
なんて掛け合いを二人がしていると、フリーシェと老人が盆に茶をのせて歩いてきた。そのままフリーシェの持つ盆と、パンを二つ交換する。
「ありがとう、フリーシェ」
「どういたしまして」
フリーシェと老人は少し離れたところでパンを食べ、何か楽しそうに話し合っているようだ。そしてフリーシェは周囲を見渡し、大慌てでパンを食べ始める。何をそれほど急いでいるのか気になったが、ルイスは黙ってパンを齧る。
「なぁ、あの人は領主さんの関係者か?」
「いや、直接話した事はないらしいよ。どうしてだい?」
「別に、ただ気になっただけだ……」
再びパンに噛り付くリリックを見て、彼が何を考えて居るのか解った。あの老人が、半魔である自分達へ、気さくに話しかけてくるから少し戸惑ったのだろう。王都ではあまり無かった経験だろうから余計に。
「君は人間が嫌いかい?」
「嫌いだな、反吐がでる。自分達と姿が違うってだけで迫害をする糞共だ」
「なら私の事はどうなんだい?」
リリックは一瞬だけ言葉に詰まったようにして、その後ためらいがちに口を開く。
「……人間と馴れ合ってる奴も嫌いだ」
「ハハハ、酷い事を言うね」
ルイスもパンを咀嚼して、苺の酸味が丁度いい感じになっているパンに口角を上げた。
自分の、菓子作りの腕も捨てたものではない。
「あのガキだって嫌いさ、俺達みたいな経験をしてないからあんな風に笑ってられるんだ。半分しか人間じゃない俺達と、人間が分かり合える訳ねえだろ」
ルイスは口の中にあったパンを紅茶で流し込み、横目でリリックを見る。
自分達のような経験——か。
「あの子もああ見えて、辛い過去を持っているんだよ。彼にはイフリートが憑依していてね。そのせいで自分の両親を焼いてしまったんだ」
「イフリート? まさか三大精霊のか?」
パンを食べていた手を止め、リリックは目を見開く。
「そう、フリーシェの体を乗っ取ろうとしていたんだ。今はもうイフリートも死んだけどね」
「イフリートが討伐されたなんて話、聞いてねえぞ」
「そりゃそうさ、だってほんの五日前の事なんだから。それなりに手強かったよ」
「まるでアンタが倒したような口ぶりだな」
「そりゃそうさ、私が倒したんだから」
リリックはパンを齧る手を止め、鼻で笑いながらルイスを見る。
「ハハ、じゃあイフリートを倒したアンタは何者だよ」
「何者って、勇者だけど」
リリックから表情が消えうせ、困ったように頬をかきながらルイスを見つめる。
この様子だとやはり、クロードからは聞いていなかったのだろうと、ルイスは判断した。
「つい最近、王都で勇者の凱旋をみたがアンタの姿はなかったぞ」
「それは私が半魔だからだよ、私は勇者で魔王を倒した。けれど半魔だから国民に顔見せはできず、英雄にもなれなかった。そしてこの地に送られて……今の生活さ」
「…………」
「嘘じゃないよ、なんならクロードに確認してみるといい」
「いや……信じるよ」
その程度の嘘を、つく理由がない。
リリックはそう付け足した。
そして彼はパンを食べ終わると、地面から腰を上げて汚れた尻を叩く。
次にルイスの顔を見ると、とても悲しそうな表情で、何かを考える様子を見せた。
「悔しくないのか? 英雄になれなくて」
「悔しくない、なんて言えば嘘になるけど満足はしているよ。今は生き甲斐も見つけている」
フリーシェが英雄と呼んでくれたから、あの時点でルイスはもう救われている。
「君が迫害を受け、悔しいと思う気持ちは解る。私も同じだったんだから」
ルイスも苺のパンを食べ終わり、紅茶を飲み干してからリリックの隣に立つ。
「その悔しさを私のように押し殺せとは言わない、ただ悔しさで自分の目を曇らせてはいけないよ」
「俺の目?」
リリックは何のことか判らないといった様子で、ルイスを見つめる。
そんな彼に、ルイスは笑いかけながら指をさした。
「少なくともあの子は、君を嫌っていない」
ルイスが指をさした先、その方向からフリーシェが小走りで駆けてきた。
手には何かが大切に握られている。
「あの!」
フリーシェは緊張した声でそう叫ぶと、手に握っていた物をリリックへ差し出した。
手に持っていた物、それは四葉のクローバー。
鼻の頭に土がついている様子から、彼はパンを早食いして必死に探し回ったのだろうと読み取れる。
「あの時怒らせてしまって……ごめんなさい!」
そう言ってフリーシェは頭を下げた。
一方リリックは困った顔をしながら、ルイスとフリーシェを交互に見る。
何か助言が欲しいだろうが、ルイスは完全に無視した。
そして意地悪をするかのようにそっぽを向く。
「僕、あんまり大人の人と話したことなくて。それで隠れちゃったんです! ごめんなさい!」
頭を下げたままのフリーシェに、リリックは困惑した表情を浮かべ、何かを決心したかのように口を開く。
「いや……悪意が無かったというのは解ったから。俺のほうこそ済まん」
リリックは迷いながらも、フリーシェからクローバーを受け取り、それを静かに眺めた。
するとフリーシェの後ろから老人がやってきて、笑顔のままリリックに話しかける。
「私が育てた苺は美味しかったかい?」
「えっと……はい。美味かったです……」
「そうか、そうか。また食べに来るといい」
老人はニコリと笑い、そのまま笑顔をフリーシェに向けた。
今度は君の番だよと、言うかのように。
「僕はフリーシェ、先生の生徒第一号です!」
そう言って彼は優しく笑う。
フリーシェが優しい子でよかった――ルイスは心から思う。
「お、俺はリリックだ。よろしく……」
リリックはかなり緊張しているようで、声が震えている。
きっと人と距離を縮めるなんて、初めての経験なのだろう。
「はい、よろしくです!」
ルイスにしてみれば、リリックの問題を解決できたとは思えない。
いや、彼の抱える問題はきっと解決する日は来ないのかもしれない。
人の差別心なんて、簡単には消えないのだから。
それでもルイスには、一つだけ確信できることがある。
「君が思っているほど世界は君に冷たくはない、少なくとも私達は君の味方だよ」
リリックの肩を叩き、ルイスは静かにそう告げた。
ルイスにとって、クロードやフリーシェのように。
誰にだって味方はいるのだから。
笑顔をこぼすリリックを見て、問題が解決しなくとも、彼は大切な一歩を踏み出せたのだと、ルイスは確信した。
「あぁ……ありがとう」
リリックは、小さく笑った。
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