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12話





 数分前、大聖祭本戦会場。

 ドルトムントの一撃に合わせたリリックの雷手、それに一瞬遅れて放たれる羅刹の魔弾の連鎖。爆発に似た衝撃を生み、全員の攻撃がメディックに届いたかと思われたが。


「へぇ、良いね君達」


 リリックの雷手を掴み、ドルトムントの攻撃を手で受け止め、羅刹の攻撃を足で防いでいた。さきほどからいくら攻撃しても、その場から動かす事すらできない。

 既に魔人化を発動させていたリリックも、限界に近かった。


「羅刹、向こうで戦っている者を連れて退け。これはもう『無理』だ」

「……諦めるのか?」

「諦める以前の問題だ、これはもう勝つか負けるかではない。既に生きるか捕らえられるかのどちらかだ」


 相手の力量を測りそこねる事はそうないドルトムントだったが、その観察眼をもってしてもメディックの力を見破る事はできなかった。単位がミリの物差しでメートルが図れないように、ドルトムントとメディックの力量はそれほどまでに離れていた。


 膨大すぎるほどに。

 間違いなくロメオという男よりも格上。


 その力は勇者に匹敵するかもしれない


「退くといってもどこへだ? 結界のせいで外にも出られないぞ」

「そのとおりだね、あの結界は認識を遮断する大魔法さ。外の人間は例え勇者であろうとこの会場を認識する事すらできない。もちろん、中からこの結界を壊すなんてどうやっても不可能だよ」


 笑いながら説明をしたメディックに、ドルトムントは背に汗を感じる。

 無理。


 その言葉の意味を羅刹も理解しているようだったが、それでも戦うしかない。既に少年兵の何人かは連れ去られ、ロメオを相手していた者達はもう限界に近い。ロメオがこちらの戦いに加われば負け以外にない。


 否、メディックを相手にしている時点で、負け以外にない。

 ここからできる事といえば、負けの被害を少なくする事くらいだ。


 なにより、


「はぁ……はぁ……」


 リリックが限界だった。


 なぜ立っているのかもわからない。

 根性だけで立っているのだろう。


 戦うどころか、生きている事さえ不思議なほどの重傷だ。

 目の焦点も合っていないし、メディックの攻撃を受けた右腕は折れた骨が皮膚を突き破っていた。


「ん~そろそろ良いかな?」


 唐突にメディックが呟き、ドルトムントは緊張した声で応える。


「何がだ?」

「外で勇者を引き付けていた二人がやばそうでね、俺も仕事をしないといけないんだ。君達と戦うのは楽しいけど、時間をかけすぎるのはよくないし」


 だから、

 メディックは片目を閉じながら笑い、両手を合わせてウィンクをする。


「捕まってくれないかな?」


「それよりざぎに、でめぇが死ねぇ!」


 喉を潰しながら叫び、リリックが拳を打ち込んだ。

 しかしそれは簡単に、まるで羽毛を止めるかのように受けられる。


「お前はいいよ、死んでも。どうせ要らないし」


 その言葉と同時に放たれる周り蹴りはリリックの腰を捕らえ、まるで弾丸のように空を飛んで闘技場の壁に叩きつけられた。


 勝ち目がなくとも、どうにかしなければならない。

 ドルトムントと羅刹は同時に攻撃を放つ。


 だが――、


「うん、君達は捕まえるよ」


 言葉を耳が受け取るよりも先に、ドルトムントの腹を掌底による衝撃が貫いた。内臓がせり上がる感覚と共に、膝の力が抜け落ちる。


「ヌゥン!」


 それでも踏ん張り右の裏拳をメディックに打ち込もうとするが、鋭すぎる蹴りで喉を潰される。


「————!」


 酸素を吸収する術を失ったドルトムントは血を吐きながら崩れ落ち、暗く閉じようとする視界は、同じように喉を潰される羅刹の姿を映していた。


 敗北。


 気を失ったドルトムントの脳内を占めるのは、その二文字だけだった。





 ××××






 アイニールの放つ無数の棘はロメオの肌すら貫く事なく、その切先がすべて折れて砕け散る。アイニールが現在使える中で一番の火力を持つ『破城槍』も真正面から潰され血を流す事すらない。


「ウオオォォォオオォ!」


 だが棘の欠片を死角にして、二方向からメイアとリリーが武器を手に襲い掛かる。


「うざってぇなぁ」


 渾身の二撃。それはロメオの首筋を捕らえたが、武器の方が砕けてしまった。魔力を込めた剣術により強化したはずの剣、それを防御すらせず打ち砕く。


 溜息をついたロメオは、そのまま踏み込むとリリーの腹部に拳をねじ込む。肋骨の折れる音が周囲に響き、同時に血を吐きながらリリーの体は吹き飛んだ。


「リリー!」


 もはや戦力は残っていない。

 先ほどまでいた大聖祭出場者は皆、気絶して動かない。


 ジェームズも、バイエルンも、ルーサントスも、ブラッドも、マクリースも。

 警備にあたっていた衛兵ですら、誰一人立つ者は居ない。


 ロメオに相対するアイニール、メイア、フリーシェ以外は誰も。最後の一人であるリリーすら、倒れてしまった。


「フリーシェ、逃げてください。逃げてどうか、隠れてください」


 結界のせいで外にも出られず、恐らくだが外からも会場の事は見えていない。

 会場の外で警備をしている衛兵が、この騒ぎで誰一人来ないのがその証拠だ。


「でも、アイニール!」


「私が時間を稼ぎます。メイアを連れてどうか! 生き抜いてください!」


 メディック=ワーグナーを対応する羅刹、ドルトムント、リリックの三人であっても、勝つことは不可能だろうと一目でわかる。


 どこからか現れたゴーレムが、既に倒れた少年兵達を飲み込んでいた。


「——無限の(インフィニティ)苦痛(ニードル)!」


 例え通用しなくとも、時間さえ稼げればどうにかなる。外の戦況は有利なのだから、いつかルイスが駆けつけてくれるかもしれない。それが無理でも他の勇者が。


 それまでどうか、時間を。

 アイニールは全身の魔力を込めて無数の棘を天から下ろす。


「メイア、フリーシェを連れて逃げてください!」

「アンタとリリックを置いて逃げられるわけないでしょ!」

「この状況を考えなさい! もう全員生き延びることなんてできるはずない!」


 少年兵を呑んだゴーレムは、結界を抜けてどこかへ消えていった。

 どういうわけか、この場では殺さずに連れ帰るらしい。


「——デュアル・ニードル!」


 アイニールは棘を使ってメイアを掴むと、フリーシェの傍まで投げ飛ばす。

 そして棘で柵を作り、メイア達を分断した。


 こちらへ来れないように、相手がメイア達を追えないように。


「生きてください、私にとってアナタ達は私の命よりも大切な人達なんです」


 リリックも逃がしたい。

 だがロメオよりも確実に格上の、メディックの隙を突くなど不可能だろう。


 だから、時間を稼ぐ。

 棘の壁を叩く音が、アイニールの耳に届く。


「アイニール! これをどけて、早く!」





  ××××






 これまで奴隷として生きてきた。

 魔道兵器として、人以下の扱いも受けてきた。


「アイニール!」


 だから学校での日々はアイニールにとって、かけがえのない大切な宝だった。

 初めて得た、幸せだった。

 十分すぎる程に貰った。


 心から笑えた。

 人を愛するという事の幸せを初めて知れた。

 人に愛される事の温かさを初めて知った。


――ありがとう。


 自分の気持ちを伝えられる言葉がみつからない。どれだけ礼を言っても、この気持ちを全て伝える事はできないだろう。それでも受け取れるはずがなかった幸せをくれた皆に、受けられるはずもなかった幸せを与えてくれたみんなに。


 だから恩返しのように。


 自分を犠牲にしてでも、守り抜く。


 何があっても必ず。


 守ってみせる!


無限(インフィニティ)破城槍(マレットニードル)!」


 地面から生まれた、無数の巨大な『破城槍』すら上回る棘。

 それを生み出す魔力を補えるはずもなく、アイニールの全身に痛みが走る。


 魔法には二種類ある。

 限界を迎えれば発動できなくなる魔法と、限界を超えても命を削れば発動する魔法。


 アイニールの魔法は後者だった。だからルイスには、何度も発動してはいけないと言われていた。それでも、アイニールにはこれしかなかった。


 口内に鉄の味が広がり、体中が燃えるように痛む。

 視界がぼやけ、手足が痺れる。


 これが命を削る感覚。

 これが命を削る痛み。


 それでも、これまで目的もなく耐えるだけの痛みに比べれば。

 大切な人たちを守るための痛みならば、いくらだって耐えられる。


「あああぁぁぁああぁ!」


 雄叫びと共に放たれる棘はロメオの腹に突き刺さる。だが棘が貫く事はなく、腹筋に防がれていた。


「おォ!?」

「まだまだぁ!」


 腕から棘を生やし、それを鷲掴みにする。

 全霊の力を込めて放つ棘は、ロメオの掌に止められた。


 だが、


(初めて防いだ)


 防ぐという事は、受けてはならない攻撃という事だ。

 それなら当たれば、当てる事ができれば、時間を稼げるかもしれない。


 口に血の味が広がり、涙のように目から血が溢れ出る。


「ゲホッ、ゲボッ……!」


 肺に血が入って思わず咳き込む。

 ルイスが止めた意味が分かった。


 恐らく自分は死ぬ。

 それほどまでに、命を削っている事を実感した。


 それでもいい。

 死んでもいい。


 ここで全てを使いきれ。

 ここを一歩たりとも通すな。


「ニードル・グランデ!」


 守り抜け!

 愛する人を守り抜け!

 命を賭して、貫き通せ!


「ハハァ、良いぜお前! 最高だぁ!」


 そしてロメオが此方へ掌を向けると、その中から魔弾が現れた。


(——なッ!?)


 蜃気楼のようにおぼろげな輪郭の魔弾は、アイニールが放った棘を砕き、メイアとフリーシェを守っていた柵までもを粉々にした。


「お前なら良い素材になりそうだな!」


 そして、再びの魔弾がアイニールの体を吹き飛ばした。






 ××××






 怖い。

 フリーシェの心を占めるのは、ただそれだけだった。

 どこか、遠くに感じていた。


 いつだってルイスの傍にいたから。

 いつだって守ってくれると思っていた。


 少なくとも、死ぬなんて事は大人になるまでないと思っていた。

 人間であるならば、いつかは死ぬだろう。


 それでも、それはずっと遠い事だと思っていた。


 なのに。


 それなのにフリーシェを包む冷たい空気は、いつか両親を燃やしてしまった孤独に似ていた。あの時いくら考えても、いくら夢だと思ってもどうにもならなかった。悪夢は覚めてくれなくて、それが現実だと知った。


 目前に広がるその光景は、それを連想させた。

 立ち上がらなければならないのに。


 皆と一緒に戦わなくちゃならないのに。

 守ってくれる人は、誰一人としていないのに。


 フリーシェの足は、力が抜けて立つ事ができなかった。

 仲間は皆、戦っていたのに。


 アイニールなんて、命を懸けていたのに。


 フリーシェは怖くて動けなかった。


 戦わなければ、ならないのに。


 怖くて、怖くて、怖くて。

 失うと分かっているのに。

 怖くて。


 また大切なものを失おうとしている。

 やっと得たはずなのに。

 ルイスに救われて、求めていた温かさを手に入れたはずなのに。


 それを失うと知りつつも、フリーシェは動けなかった。

 静かに涙が溢れるも、それを拭う事すらできない。


 ただ、耳を塞いで目を閉じてしまいたいほどに。

 目前に広がる世界は、絶望的だった。






 ××××





 頭から落ちるアイニールを受け止めて、メイアはロメオを睨んだ。

 気を失ったまま動かないアイニールは、息をするのさえ辛い様子だった。


 逃げるべきだったのかもしれない。


 それでも、アイニールを見捨てる事なんてできるはずがない。


「これで終わりだね、君達も抵抗は無駄だってわかっているでしょ?」


 左に視線を向けると、メディックがいた。

 既に羅刹、ドルトムント、リリックの三人は敗北し、リリックは闘技場の壁の傍で立ち上がろうともがいていて、残る二人は闘技場の中央で動くことができない様子だ。


 リリックは立ち上がれない。

 立ち上がる事でさえ、はるかに遠い。


 フリーシェは後ろで怯えた顔のまま動くことすらできず、恐怖が体を支配しているようだった。

 ルイスは今化物と戦っている。


 他の勇者もそれぞれの戦場を担当している。

 そもそも闘技場に張られた結界のせいで、何が起こっているのかすら、外に居る人間は気付いていないだろう。


 助けは来ない。

 絶対に。


「おいメディック、さっさとずらかろうぜ」


「そうだね、ゴーレムに呑ませて退こうか、俺達の仕事は終わりだし。でもその前に、俺と同じ血を引いている、あの出来損ないを殺してくるね」


 それがリリックの事を言っているのだと、即座に理解できた。

 恐怖に震える足を奮い立たせ、メイアはメディックの前に立ち塞がる。


「行かせない! リリックは殺させない!」


 気付けば涙が溢れていた。

 怖い。


 逃げ出したい。

 それでも、それでも。


 メイアも同じように、皆を大切に思っているから。




 ××××








 逃げて。


 フリーシェはそう叫びたかった。

 だけど声がでない。


 メイアだって怖いはずなのに、立ち向かっている。

 それなのに、自分は立つ事すらできない。


 それがどうしても嫌で、辛くて。

 自分の事を呪いたいとすら思ってしまった。






「邪魔をするなら殺すよ?」


 手を手刀の形にして、メディックは小さく言った。

 笑顔のまま、日常会話をするかのように。


 嘘ではない。


 魔眼を持つメイアには、それが分かっていた。


 本能が退けと叫ぶ。


 それでも心を奮い立たせて立ちふさがる。


「殺させない、リリックは絶対に私が守る!」


 できない事はわかっている。


 それでも、立ちふさがる事をするしかなかった。






 その光景をただ見る事しかできないフリーシェは、走馬燈のようにある夜のひと時を思い出していた。









 ××××







 フリーシェ。

 優しき心の持ち主。

 子供らしく、争いごとは苦手。


 親を亡くし愛に飢えていた彼は、いつもルイスの後ろを付いて回る。

 そんな、年相応に幼い男の子。


 学び舎では可愛がられ、それでもいつかルイスのようになりたい。

 そう思って、日々努力を続ける。


 見違える程成長はできないが、それでも着実に強くなっていた。


「明日勇者が選ばれるわけではないのだからゆっくりと、でも着実に強くなればいい。自分のペースで強くなればいい、君にはそれだけの才能がある」


 いつの日か。

 落ち込んでいたフリーシェの頭を撫でながら、ルイスは優しくそう告げてくれた。

 特級クラスの魔物である炎王イフリートが、憑依先に選ぶほどの魔力を持った少年。


 それがフリーシェ。

 言い換えれば八王の一角ですら、フリーシェの才能を見抜いていた。


 それほどまでに、彼の持つ魔力は膨大だった。


「ルイス先生、僕は皆に追いつきたい。皆と一緒に、僕も戦いたいんだ」


 いつまでも足でまといのままなのは、フリーシェだって辛い。


 しかしどう頑張ろうとしても、一歩が踏み出せなかった。


 怖いと感じて身がすくみ、動けなくなってしまう。


「弱虫で、すぐ泣いて、男らしくなくて。そんな僕が皆と一緒に戦いたいだなんておかしいよね……」


 泣きそうになるフリーシェを、ルイスは優しく抱きしめてきた。


 笑いながら、微笑みながら。


「きっとできるさ。だって君は私を救ってくれたじゃないか。君よりもずっと強いはずの私を、君は救ってくれた。それだけで解るさ、君は絶対に勇者になれる」


「……救う?」


「うん、そうだよ。君は私を救ってくれた」


 恩人であるルイスの言葉は、フリーシェの心をいつも変わらず温めてくれる。


 いつか追いつきたい。

 いつか追いつき、追い越すと決めた。


「良いのかな? こんな僕でも」


「ああ、できるさ」


 信じていいのだろうか。


 こんな自分でも――、


 自分のことが好きになれない、弱虫で泣き虫な僕でも――、









 ××××













 魔力の爆発。



 噴き上げる火山のような魔力が闘技場を満たし、メディックとロメオは同時に振り向いた。




「何だ!?」



 何なのだ。


 この尋常ではない魔力は。


 魔力に触れた体が燃えるように熱い。


 大海のような魔力が、先ほどまで動く事すらできなかった小娘から溢れている。


「なんだ……何なんだ、この馬鹿みたいにデカい魔力は――!?」


 先ほどまで取るに足らない、素材にする必要すらないと思っていたただのガキ。


 それが少女への評価だった。


 だが溢れ出る魔力量は、ロメオはおろかメディックの絶対値すら超えている。


「……フリーシェ?」


 リリックを守るために立ちはだかっていたメイアが、思わずそんな事を呟いていた。


 フリーシェ。


 それがあの小娘の名前らしい。

 フリーシェは溢れる魔力の中で、目尻に浮かぶ涙を拭う。





 









 長い髪を一本に結いあげ、フリーシェは立ち上がる。

 ルイスは認めてくれた。


 なら、信じてもいいのだろうか。


 こんな自分でも皆の力になれるのだと。


 信じてもいいのだろうか。


 自分のことを好きになれない、弱虫で泣き虫な僕でも――、












 あの人のように、



 誰かを救えるのだと!




第三章      十二話 覚醒の刻。



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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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