5話 破壊の勇者
王都北東部。
破壊の勇者ウォルフォート=マンティスが担当する地域に、ルイスは足を踏み入れた。
「うっわぁ、こりゃ酷いな」
その惨劇に、思わずそんな声が漏れた。
王都の北東部にあるのは真っ二つに切り裂かれた魔物やゴーレムの死骸、裂け目の底が見えないほどに深く刻まれていた斬撃の跡、その中でゴーレムの死体に腰を下ろす一人の少年がいた。
「あ、ルイスだ」
ザバザバと全く整えられていない黒の髪、小枝のように細い手足と十九歳という若さ以上に幼い顔立ち。黒のマントを羽織っているが、それでも背の小ささが目立つ童顔さ。
「久しぶりだね、ウォルフォート」
「あれ、何でここに居るの?」
「大聖祭を見に来たんだ。まさかこんな事になるなんてね」
「ふーん、まぁどうでも良いけど」
そう応えて腰巾着に入っていた果実を齧るウォルフォートは、それを一つルイスに差し出してきた。
「コカの実だよ、ルイス好きだったでしょ?」
「うん、ありがとう。あ~疲れた」
溜息と共にそんな声を出し、ルイスは地べたに腰を下ろした。
南東部に居る魔物、総勢二万を討伐したルイスには待機命令が下されていた。ルイスとしてはこのまま西部から北部への魔物討伐に移動してもいいのだが、ここからまた魔物の増援がこないとも限らない。
「ねぇルイス、退屈なんだけど」
「じゃあ北部に行ってみたらどうだい? まだまだ魔物がいるらしいよ?」
「やだよ面倒くさい。それに勝手に移動したらまた怒られるもん」
「……また?」
前にも何かやらかしたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎるが、特に問いただす事もなく適当に流しておいた。
「君は元気だった?」
「うーん、変わらずかな。ルイスは最近何してるの?」
「勇者を育てる教師になった」
「ふーん」
「興味ないみたいだね」
「別にどうだっていいもん」
そう言ってまた果実を口に運ぶウォルフォートを横目に見る。
ウォルフォート=マンティス。
広域殲滅力ならば当代どころか、歴代勇者の中でも指折りなほどの力を持つ勇者だ。かつてはガイリックと大聖祭を争った仲であり、そして十五歳という若さでありながら勇者に選ばれた実績を持つ青年だ。
才能だけならばウォルフォートだろう。
かつてパーティーメンバーだった、ベヘリットという男が言った言葉だ。
確かに、とルイスも思う。
強さを極めるまでには、どんな者であってもそれなりの年数を要する。ルイスであっても子供の頃は魔法すら使えなかった。力を付けたのは二十代後半からだっただろうが、それを考えるとやはりウォルフォートが勇者に選ばれる程の力を付けた若さに驚く。
「ねぇ、僕達はいったいいつまでここに居れば良いのかな?」
「さぁ、どうだろうね。正直言えば別の戦局へ向かいたいんだが、後続が来た場合シャレにならないしね。やっぱりここで待機しているほうが良いと思う」
ルイスとしては北東部も南東部も、ウォルフォートが一人で担当できると考えている。しかしウォルフォートを一人にして不測の事態に陥った場合の事を考えるとどうも動ける気がしない。
「とりあえずガイリック達が頑張っているみたいだし、私達は休憩しておこうか。正直かなり疲れた」
「だらしないなぁ、僕なんてまだまだピンピンしてるよ?」
「君の神造武具と違って、私の剣は多数戦には向かないんだよ」
「あ、そっか」
掌に拳を乗せて感心したような顔をするウォルフォートに、ルイスは肩を落とした。
この少年は昔から変わらず、常に何を考えているのか分からない。多分何も考えていないのだろうが、それはそれで失礼だとも思う。
戦闘の際はとても頼りになる分、よけいに落差が酷い。
「やれやれだ」
そう呟いて肩を落とし、ルイスは大聖祭会場に残してきた生徒達の事を考える。
××××
外で起きている状況についてリリックには知る術がなく、メイアの魔眼に頼るのがほとんどだった。
「今どんな状況なんだ?」
「ちょっと話しかけないで、こんな広い場所を見るって難しいんだから」
「おい我が恋敵よ、彼女は何をしてるんだ?」
「あー、アイツは目が特別製でな。ここからでも戦況を見る事ができるんだよ」
「ほほう、それは凄いな。それほどまでの千里眼は俺も聞いたことが無いぞ」
「ちょっとお二人さん、会話に華を咲かせるのは良いけど動かないでくれる? 治療するのが大変なんだから」
「おお、済まないなリリー」
現在、リリックを筆頭とした少年兵達は大聖祭の会場に居る。大聖祭本戦の会場は、上流街と中流街を跨ぐようにして建てられているので、避難する必要もないだろう。
そんな中で、リリックはドルトムントのチームメイトであるリリー=フラストレーションからの治療を受けていた。フリーシェの話によると、可愛い子供相手ならば男女問わずイケる変態らしいが、あまりそう見えない。
「俺の治療までしてもらって悪いな」
「別に良いわよ、でもフリーシェちゃんと仲良くなりたいから、頼むわよ?」
目を輝かせてそう言ったリリーに、先ほどまで考えていた事を百八十度回転させた。
この女、色んな意味で怖い。
「それにしても、待機など退屈だな。俺も戦場を駆けたかった」
「何言ってんのよ馬鹿、アンタ起きてるのが不思議なくらい怪我してんのよ?」
「どうってことないぞ?」
「そりゃアンタが馬鹿だからよ」
そんな会話を繰り返す二人を眺めながら、リリックは控室を見回した。
ここには大聖祭に参加した少年兵達が多くいる。
例えば二次試験でアイニールにボコボコにされたらしいルーサントスや、ドルトムントのチームメイトらしいジェームズまで。
しかしいくら探しても、羅刹の姿はなかった。
ルイスの話によれば、あの男はアイニールと同じ境遇に立たされていたらしい。それについて話しをしてみたかったが、わざわざ探してまで話し合いたいとも思わないのであっさりと諦める。
なぜ生徒にならないのか。
それを訊いても意味があるとは思えない。
「メイア、そろそろ見えたか?」
「うん、見えたわよ」
そう答えたメイアは、近くにあった地図を持って歩いてきた。
「今ルイスさんは王都の北東部にいるわ。それに北から西にかけて、かなりの魔物がまだ残ってる。ガイリックさんやメリッサさんも戦ってたわ。あとジェイクって人だっけ? あの人も王城の上で弓を打ってた」
「当代勇者そろい踏みだな」
「まぁ敵の数が多いしね。それでもかなり均衡というか、むしろこっちが優勢みたいよ」
「十万相手に優勢ってのも、また凄い話だな」
率直な感想を述べて、リリックは床に寝ころんだ。
戦いの基本は数なのは間違いないだろう。しかしそれを補って余りある程の勇者という戦力、その大きさを改めて思い知らされた。
「なぁドルトムント」
「何だ、我が恋敵よ?」
「ダブルシックスって何だ?」
表彰式の時に現れ自爆した男は、確かにそう名乗っていた。
俗世に疎いリリックは、その意味がよく理解できない。
「半魔崇拝、つまりダブルシックスは半魔こそが志向の存在という教義を持つ宗教だ。俺もそれほど詳しくないのだが、奴らはその教えに則り王国中にいる半魔の保護をしていたらしい。だが、それが突然テロリズムに走るようになった」
「テロリズム?」
「暴力によって思想を貫こうという行為だ。だがそのほとんどは些細なもので、田舎で事を起こす程度だった。王都もまさか十万もの魔物を用意しているなんて思ってもみなかっただろうな」
「……トップはどんな奴なんだ?」
「分からない。だが俺の知る限り、半魔崇拝とは十一人の司教が直接的な運営をしている宗教だったはずだ。一から十一まで、それを全て足して六十六、つまりダブルシックスという事なのだろうな」
「なるほどな」
「お前にしてみれば迷惑な話だろう。真っ当な手段で認められようとしている最中、こんな事件を起こされて。半魔への風当たりがまた強くなるだろう」
「……まぁ別に、どうだっていいよ」
××××
千里眼。
見えるはずのない場所を見るという単純な魔法であるが、その条件は大まかにわけて二種類ある。一つはメイアが行ったように、自身の目を使って直接見るというもの。しかしこれは難易度も、必要な魔眼の能力も桁違いに多い。
それ故にほとんどの場合は、人の視界や動物の視界を借りて遠くの場所を見るというものがほとんどだ。
「なるほど、流石は勇者と言った所だね」
魔蟲の視界を千里眼によって写し見たメディックは、一騎当千のようにゴーレムを蹴散らしていくメリッサを見て思わずそう呟いた。
「別に楽観視してるつもりはなかったけど、こうしてみるとマジで笑えてくるわね~」
「まぁそれでも人間の限界というか、一人で全方向のゴーレムには対処できてないね」
続いてタチャンクスとムスリムジョーが、そんな事を呟いた。
「どうでも良いがよ、そろそろ俺達も出ようぜ! この窮屈な廃屋に押し込められてるのも面倒だ!」
二メートルを超える巨漢、長髪をドレッドヘアーした大男。
ロメオ=カウボーイが、苛立ちを含んだ声でそう言った。
「そう言うなよロメオ、既にゴーレムが連れ去ってきた敵兵士の数は三〇体を超えた。そろそろ俺達の出番もあるんだ。もう少し辛抱しておけ」
今回の作戦、その総指揮を務めるメディックは、千里眼によって戦況の確認をほぼ確実に行った。そして突くべき相手の弱点も、そして狙うべき場所の検討もついている。
「さてと、そろそろ俺達も戦場に出ようか。タチャンクス、お前は王都西部に向かいゴーレムを相手にしている奴らを殺せ。ムスリムジョー、お前は“タイタン”を召喚後、そのまま北西部に向かえ」
「りょーかい!」
「ん、わかった」
「お前達の仕事は、俺とロメオが仕事をしやすいように敵の戦力を引き付けておくだけでいい。戦況が変われば俺がまた指示を出す。何か質問はあるか?」
「タチャンクス了解よ」
「ムスリムジョー、了解」
「俺様はいつでも行けるぜェ!」
「アハハ、元気があって素晴らしいね。じゃあ黒のゴーレムを投入後俺達も戦闘に参加するから」
笑いながらそう言ったメディックは、肩を回して関節をゴキゴキと鳴らした。
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