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5話 ただ一言で救われた




 気を失った状態のフリーシェを背に抱え、ルイスは学校へと戻った。そしてクロードを呼び出し、事の顛末を伝えた。フリーシェが悪魔憑きだったこと、その悪魔がイフリートだったこと、そしてそれを討伐したこと。


 全てを聞き終えたクロードは、目を閉じて数回頷いた。


「まさか、イフリートが憑依していたとはね」

「知らなかったのか?」


「知っていれば教えないわけがないだろう。君の実力は信頼しているが、それでも命にかかわるような事について情報を制限して渡すような真似はしない。それより、フリーシェ君は大丈夫なのかい?」


「治癒魔法をかけておいたから、あと数時間もすれば目も覚めて動けるようになるだろう」


 ルイスはベッドで横になるフリーシェの頭を撫でた。

 彼の体は今、イフリートが体内から抜け出したことにより、軽いショックを受けている。後遺症がでるほどではないが、安静に眠らせておくのが一番だろう。


「君は察しているだろうが、この学校にはその子のように並々ならぬ事情をもった子が大勢集まって来る。君と同じ半魔の少年や、産まれながらに魔眼を宿す少女、そして——哀れな一人の魔導兵器さ。その子達は皆王都やらで匙をなげられ、この学校にやってくる」

「……そうか」


 ルイスはこの学校が勇者を育成する場だという事を思い出した。

 フリーシェは、イフリートが憑依するほどの素質を持っている。このままルイスが鍛えれば、間違いなく勇者になれるだけの力はつけるだろう。

 ルイスはクロードに向き合い、口を開く。


「イフリートの討伐報奨金は、君が受け取っておいてくれ。もしフリーシェがここに住みたくないというのであれば、移住する頭金にでもしよう」

「おいおい、ここで生徒にならないんだったら、君がそこまで面倒をみる必要もないだろう」

「別に構わないだろ、私が得た金なんだし」


 クロードは頭をかきながら、溜息まじりに肩を落とした。


「わかった。ただその少年はできればこの学校で面倒を見たい、少しくらいは説得してくれよ」


 ルイスは一度だけ頷き、再びフリーシェに目をやった。

 彼の過去は、クロードから受け取った資料で知っている。

 だからこそ、ルイスは哀れで仕方が無かった。


「ルイス、さん……」


 フリーシェが横になったまま虚ろな目を開き、首だけを横に倒してルイスを見上げる。


「どうしたんだい? フリーシェ」

「ありが、とう」


 ルイスはフリーシェの手を握り、優し気な笑みを向けた。


「どういたしまして」


 フリーシェは一度だけ頷くと、そのまま気を失うかのように眠りについた。




××××





≪Side フリーシェ≫




 昔は元気に走り回っていた。

 近所の友達と遊び、夕方になれば両親の手伝いをしに家へと戻る。

 自分で言うのもおかしいと思うけど、僕はそれなりに良い子だったと思う。


 そんな僕が『良い子』から『悪い子』になってしまった日を、今でも鮮明に覚えている。

 いつものように寝て、いつものように夢を見るはずだったのに、その日見た夢は僕の人生で一番恐ろしいものだった。


 赤い顔をした誰かが夢の中に居て、僕に何かを話しかけてきた。

 何を言ったのかは聞き取れなかったけど、とても怖かったのを覚えている。

 やがてその赤い顔をした人は僕に歩み寄り、そして僕の体に入り込んだ。


 何度もやめてと叫ぼうとしたけど何故か声が出なくて、体が燃えるように熱く感じた。

 いや、燃えるように感じたのではない。


 僕自身が燃えていたんだ。


 僕から溢れた火は周囲に燃え移り炎となる。

 けど、炎の壁に囲まれても僕はちっとも熱くなくて。

 ただ焦げた匂いだけが鼻を嫌というほどに刺していた。


 早く夢から覚めろと何度も心の中で叫ぶ。

 何度も、何度も、何度も、


 永遠とすら思える時間を夢で過ごし、目が覚めてあれは夢だったと安心した。

 しかし、そう安堵した次の瞬間には目を疑うような光景が広がっていた。

 一面の炎。


 僕の家が燃えていた。

 そこで初めて気づいた。

 あれは夢なんかじゃない。


 僕が家を燃やしてしまったのだと。

 お父さんは炎で焼け死に、お母さんは火傷が原因で翌日死んだ。


 僕が殺した。


 どうしてこんな事になってしまったのだろう。

 何度自問しても答えは出てこず、代わりに頭の中で誰かの声がする。


 翌週には僕は研究所という場所へ連れていかれ、そこで体の隅々まで調べられた。

 けど僕の頭の声は一度も止まず、眠りにつくと周囲を燃やし尽くす日々。


 死んでしまった方が楽だと思って首を吊っても、僕の中にいる誰かが縄を燃やした。

 ナイフを胸に突き立てようとしても、僕の中にいる誰かが邪魔をする。


 僕なんか、居ない方が良いのに。


 何度もそう思った。

 僕が死ねば皆が幸せになって、お父さんとお母さんに会えるかもしれない。

 毎日毎日、二人が恋しくて仕方がなかった。


 誰も僕に近付こうとはしない、燃やされるのが怖くて近付かない。

 一人は嫌だと思っても、どうしようもない。


 誰かに助けてほしいのに。


 誰かに側にいてほしいのに。


 燃えるように熱くても、僕は誰かの温もりを求めていたんだ。








「ここは……?」


 目が覚めると見知らぬ天井が広がっていて、首を傾けるとベッドの側で腕を枕に眠るルイスさんの姿があった。

 月明りがルイスさんの顔を照らし、長いまつげが淡く輝いている。


「そうか……思い出した」


 僕は病気を治すためにこの場所へ連れてこられたんだ。

 そして、ルイスさんが僕を治してくれた。

 感謝してもしきれない。


「ありがとう、ございます」


 起こさないように小さな声でそう告げると、僕はベッドから起き上がり部屋を出る。

 僕は色んな人を傷つけた。

 お父さんもお母さんも、僕が燃やしてしまった。


 なら責任を取らないといけない。

 僕は死に場所を求めて学び舎から外に出ようと扉に手をかけ――


「どこへ行くんだい?」


 突然声がして、振り向くとそこに居たのはルイスさんだった。

 上着を袖を通さずに羽織り、笑顔のまま壁にもたれかかっている。


「死ぬつもり……なのかい?」


 小さな声でルイスさんは僕にそう訊ねた。


「僕は、お父さんとお母さんを殺してしまった。だから、僕は死ななきゃ、駄目なんです」


 まるで自分に言い聞かせるかのように、僕は繰り返す。


「責任を取らないと」


 ルイスさんは小さく頷くと、そのまま僕の目の前で膝を着いてーー僕を抱きしめた。

 力強く、僕を抱きしめた。


「大丈夫、怯えなくても良いんだよ」


 そう言ってルイスさんは、僕を抱く腕により一層の力を込めた。


「君は悪くない、だから大丈夫。安心していい」


 僕の背中を何度もさすり、ルイスさんはそう言い聞かせてくれた。

 繰り返し、何度も。

 その抱擁はとても優しくて、とても懐かしい感覚がした。


「私は君の味方だ」


 あぁ、温かい。

 あんなに熱いのを嫌っていたのに。


 ルイスさんは陽の光みたいに温かくて、涙が溢れた。

 お父さんとお母さんが死んでしまった時も泣けなかったのに、今は涙が溢れて止まらない。


 とても優しい温かさで、僕は気付いた。


 僕が求めていた物を、やっと手に入れたのだと。


「ごめんなさい、ごめんなさい……」


 涙を流しながら何度も謝る僕を、ルイスさんはずっと励ましてくれた。


「大丈夫、君は悪くない」





  ××××






 ルイスが目を開けると、右腕に重みを感じ、目を向けるとフリーシェが腕を枕にして寝息を立てていた。安心したように眠っているが、それでも少しだけ目が腫れている。きっと泣きつかれてしまったのだろう。


 ルイスは起こさないよう慎重に腕を引き、痺れる腕をぶら下げながらベッドから立ち上がる。そしてテーブルの上で紅茶を一杯入れ、椅子に腰かけると唇を濡らした。


 寝返りをうつフリーシェを眺めながら、あれほど大人びた雰囲気を持つ子でも、寝顔は年相応な可愛らしい子供なのだなと、少し笑ってしまう。


(さてと、どうするか)


 フリーシェには身寄りが居ない。

 このまま王都に帰っても大人になるまでは孤児院で暮らすか、そのまま軍の育成所に入所することになるだろう。ならばこの学び舎で育てたほうが良いと思うが、フリーシェはどう思うのか。


 彼が勇者になりたくないと言えば、ルイスは黙って身を引くつもりだ。


「う~ん……」


 伸びた声と共に、フリーシェはゆっくりと体を起こす。ベッドの上で足を開きながら、眠そうな顔でただ座っていた。まだ半分夢の中にいるのか、重い瞼を持ち上げようと何度も目をこすっている。


「フフフ、おはようフリーシェ。よく眠れたようだね」


 見ていて面白いものだったので、もう少し見ていたいという気持ちになったが、ルイスは小さな声をかけることにした。


 するとフリーシェはゆっくりとルイスへ振り返り、目をこすってベッドに座ったまま頭を下げる。


「ルイスしゃん、おはようございます」

「まだ眠いかい? 寝てても良いよ」

「いえ、大丈夫です」


 まるで蚊の鳴くような声でそう言ったフリーシェは、ベッドから起き上がりふら付いた足でルイスのそばにあった椅子に腰かけた。


「よく眠れたようだね、紅茶でも飲む?」

「はい、頂きます」


 照れたように笑いながら、フリーシェはルイスから紅茶を受け取った。

 そんなフリーシェを見ながら、ルイスは茫然とした。


(すごい寝癖だな)


 ルイスは棚から櫛を取り出し、フリーシェの髪を梳いていく。

 まるで鳥巣のような髪を撫で、根本から毛先へと櫛を入れる。くすぐったそうにフリーシェは笑うが、ルイスはお構いなしに櫛と梳き続けた。


 そして、ルイスはゆっくりと口を開く。


「フリーシェ、この学校で生徒になる気はないかな?」

「生徒ですか?」

「この学校は勇者の育成を目的としていてね、君にはその素質がある」

「勇者、ですか?」


 フリーシェは反芻しながら、考え込んでいるようだ。


「危険な仕事だ、時に命を落とすことだってある。怖いのなら遠慮なく断ってくれてもいい」

「なります」


 思いがけない即答に、櫛を持つ手が止まる。


「ルイスさんは勇者なんですよね、ここに来る途中教えてもらいました」


 フリーシェは振り向き、笑顔を見せた。

 屈託のない、年相応な顔。


「僕はルイスさんみたいになりたいんです、昨日僕を助けてくれたみたいに、僕も誰かを助けたい。そう思ったんです」


 満面の笑みでそう話すフリーシェを、ルイスはただ黙って見つめる。

 そして、紡がれる言葉を聞いた。





「ルイスさんは、僕の英雄なんです」





 その言葉を聞いた瞬間、ルイスは息が詰まった。





 私が、英雄?





「だから僕は、ルイスさんみたいになりたいんです。ルイスさんみたいに、誰かを助けられる人になりたいんです」


 目頭が熱くなるような感覚を覚え、ルイスはグッと堪える。

 そして自分に笑顔を向けてくれるフリーシェを、そっと抱きしめた。


「ルイスさん?」


 突然の事に困惑をみせるフリーシェを無視して、ルイスは腕に力を入れた。


 この思いを伝えるように。

 溢れる気持ちを伝えるように。




「ありがとう、フリーシェ」





 魔王を倒しても、誰も自分を英雄とは呼んでくれなかった。

 命を懸けて、世界を救っても、誰も自分を知らない。

 魔王を倒しても、唾を吐かれ、拒絶された。


 半魔なのだから仕方ない、汚らわしい存在なのだから仕方がない。

 汚れた血が悪いのだと。



 そう自分に言い聞かせていた。

 仕方ない事——だと。

 諦めていた。


 そんな自分を、初めて英雄と呼んでくれる人が、目の前にいる。



(そうか……)



 誰かに認めてもらえるというのは、これほどに心地いいことなのだと、ルイスは初めて理解した。


「ならばフリーシェ、君は私の生徒第一号だ」

「本当ですか、やったー!」


 笑顔を見せるフリーシェを見て、ルイスは一粒だけ涙を流す。

 ルイスは、今日得た幸せをきっと忘れない。


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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