28話 激闘
少年兵達の控室は基本的に個室なのだが、リリックとアイニールは同室になっていた。
同じ学び舎で暮らす生徒同士なのだから、同室の方が良いだろうとルイスが判断したからだ。
「ふぅ~」
そんな控室の中、リリックは溜息をついた。
先ほどから手足の先が冷たいまま一向に温かくならない。緊張しているつもりはないが、体は正直なのだろう。
「緊張しているのですか?」
机を挟んで向かいに座っていたアイニールが、薄く笑みを浮かべながら問いかけてきた。
「さぁな、お前はどうなんだ?」
「私ですか? 緊張していますよ」
当然の事のように呟いたアイニールは、手を擦って体を温めているようだった。
「この三か月、ルイスは私に尽くしてくれました。それに少しでも応えたいのですよ。リリックはどうですか? この大聖祭は単なる通過点ですか?」
「……俺か?」
答えようとして、リリックは言いよどんだ。
勇者になるためには、この大聖祭で優勝しておくに越したことはない。だがたとえ優勝できなくても、勇者になる方法などいくらでもあるのだ。実際にルイスは一度も大聖祭に出ていない。
「そうだな、通過点だと思う」
「ハハハ、それは良いですね。羨ましいです」
自嘲するようにアイニールは笑い、そのまま両手を上にあげて伸びをする。
その姿を見て、リリックはふと疑問を思い出した。
彼女が戦う理由、それを聞いたことはない。
「アイニール、お前はなんで勇者になりたいんだ? フリーシェのようにルイスさんに憧れたのか? それともメイアみたいにルイスさんの傍に立ちたくてか? それとも俺みたいに、誰かを見返したくてか?」
生半可な気持ちでは勇者になんてなれるはずがない、それがルイスの言葉だった。
だからこそ、アイニールが流されているだけでこの場に立っているのではないかとリリックは不安だった。
「勇者になる、理由ですか? そんなの簡単ですよ」
そんなリリックの不安をよそに、アイニールは笑顔のまま続ける。
「もう二度と奴隷のような生活を送りたくない、アナタ達と一緒に暮らしたい。そのためならいくらでも強くなれるし、勇者にだってなってみせますよ」
勇者にだって。
その言葉を聞き、リリックは声を押し殺して笑う。
彼女の過去について、リリックはある程度聞かされていた。
だからその言葉の意味を理解できないわけではない。
「そうか、じゃあ頑張れよ」
「ええ、頑張ります」
その言葉を最後に、アイニールは控室を後にした。
××××
広さに関して言えば、百メートルはくだらない円形闘技場。
高い壁に囲まれ、その上には多くの観客が中を見下ろしている。
まるでコロッセオ。
そのピッチの中、東西対局に一つずつ門がある。
『ながらくお待たせしました! これより大聖祭本戦を開始いたします!』
どこからか聞こえる声と共に、案内役の衛兵が闘技場を指さした。
それを合図と判断し、アイニールは闘技場に足を踏み入れる。
『クロード辺境地、私設兵代表“アイニール=レストレンジ”五級兵士!』
瞬間訪れる歓声がアイニールの全身を叩いた。
見上げれば数えきれないほどの人々が、こちらを見て目を輝かせている。
これが大聖祭。
未来の英雄を決める戦い。
その意味を改めて理解した。
(アイニール!)
ふと声が聞こえたような気がして顔を上げると、観客席の中でも一際豪華な場所から仮面をつけた恩師の顔があった。
(ぶ、ち、か、ま、せ)
歓声にかき消され、口の動きからしか分からないが、それでも確かにそういった。
ならば答えなければならない。
アイニールは全身に力を籠め、西の門に目を向ける。
『続きまして南方戦線より“バイエルン=エボーチカ”準二級兵士!』
その声と共に、現れた一人の男。
筋骨隆々な肉体に垂れた目が特徴的な男だ。
常に薄く笑みを浮かべ、歓声を送って来る観客たちに笑顔を向けていた。
『大聖祭本戦、その第一試合の兵士が入場しました! 未来の勇者を決める戦い、いざ刮目して見届けましょう!』
大声を張り上げる実況を眺め、アイニールは記憶の片隅から魔力によって声を増幅させる魔石があるのを思い出した。ルイスから聞いてはいたが、実際に目にするのは初めてだ。
「噂によると、お前はあの半魔とお仲間らしいな?」
唐突に、正面にいたバイエルンがそんな事を言い出した。
ニヤケ面のまま、ただこちらを嘗め回すような目で。
「あの半魔とは、リリックの事ですか?」
リリックが半魔と呼ばれる事を嫌うのは、アイニールも知っている。
それを知った上で、この男はそう呼んでいるのだろう。
メイアから、リリックがこの男と揉めたと聞かされていたからだ。
「笑えるぜ、半魔みたいな気持ち悪ィ奴と仲良く家族ごっこなんてな。普通の脳ミソしてたら恥ずかしくて、そんな事できないと思うがな」
その言葉にアイニールは溜息をついた。
彼女自身は迫害を受けたというほどではない、貧困故に家族から売られ魔法の実験体として生きてきた。だがルイスやノヴァのように、迫害を受けてきたわけではない。
それでも自分の中に居たあの男が、どれほどの思いを受けてきたのかを知っている。
だからこそ、この男と同じようにルイスやリリックを馬鹿にすることなど絶対にありえない。
「私が恥ずかしい事をしているのか、それともしていないのか。それを決めるのは私であってアナタでは無いと思います。なんにせよ、アナタは少々不快ですね」
苛立ちを隠し切れずにアイニールは相手を睨む。
「フハハハ、半魔のために怒るって、テメェ本当に救いようのねえ馬鹿だなァ?」
薄く浮かんでいた笑みを深くして、バイエルンはまた笑う。
心底馬鹿にするかのように。
嘲笑うかのように。
「そこまでにしましょうか、お二人とも」
唐突に声がして、目を向けるとそこに現れたのはジューナだった。
直接話したことはないが、ルイスのパーティーメンバーであり、そして勇者の一人でもある女だ。
「私は本戦の試験管を担当するジューナ=オ=ラスクです、あらかじめ言っておきますケド、大聖祭の目的は次世代の勇者を決める事、そしてエルドリア王国にいる少年兵の層の厚さを見せるためのものです。なので正々堂々戦ってください」
端的に話すジューナだったが、一瞬だけこちらに笑顔を向けた。
だが次の瞬間には無表情に戻り、戦う二人を交互に見る。
「卑怯な手を使って得た勝利など、霞ほどの価値もない。努々それをお忘れなきよう」
その言葉を最後に、ジューナは闘技場の端に移動した。
中央に残るのはアイニールとバイエルンのみ。
「なァ? おい、なぜ半魔の肌が黒いかしってるか? そりゃお前もちろん汚れすぎて洗っても落ちねえからだぜ? ハッハッハ!」
まだ尚挑発を繰り返すバイエルンに、アイニールは黙って目を向ける。
「胸糞の悪い人ですね。半魔を害することで、アナタにいったい何の得があるのですか?」
「得? んなもんねェよ」
当たり前だろ。
そう言いたげなまでの表情に、アイニールは溜息をつく。
「俺がウザいと思ったからアイツらを殴るし、痛めつけるし、時には殺す。なにより俺ァ強いからな、強い奴はどんな理屈であれ我を通せる。お前が俺の事を否定したいってんならまずお前が俺を屈服されりゃぁ済む話だろうが。ハッハッハ!」
口を大きく開け、高らかに笑う。
「お前のお仲間だってそうさ、ハーフエルフが勇者になるだって? 笑えるぜ、どうせ使いつぶされて終わるだけのカスが粋がった所で碌な最期にならねえのによ! いいか、半魔に産まれた奴は一生地べたを這いずり回る虫みたいに暮らすしかねえのさ!」
アイニールは口を挟むことなく、ただバイエルンを睨みつけた。
これ以上、聞きたくない。
「少しその口を閉じていただけませんか? 不快すぎてどうにかなってしまいそうです」
「じゃあ黙らせてみろよ」
言うまでもない。
そのつもりだったアイニールは、両掌に魔力を貯める。
『今日、未来の英雄が決まる! 大聖祭本戦、第一試合。開始ィ!』
実況の声を聞き終える前に、アイニールは地面に手を付く。
「インフィニティ・ニードル」
かつて自身の中に居た男の持つ技。
キレも精度も遠く及ばないが、それでもルイスと共に鍛えた技。
地面から放たれる無数の棘が、四方八方から襲い掛かる。
客席からも歓声が上がり、無数の切先がバイエルンに向かった。
「貯蔵解放」
だが、棘は一本たりともバイエルンに刺さる事はなかった。
全ての棘が、バイエルンから放たれた武器によって叩き落されたからだ。
暗器なんてレベルではない。
どう見てもバイエルンの体積よりも多くの武器が彼の体から放たれた。
「俺の魔法は体内に武器を貯蔵し、それを取り出すっていう単純なモンだ。ただ体から武器を取り出し、それを相手に投げつける。シンプル過ぎる魔法だ。だがな――」
撃ち落とされた棘が地面に突き刺さり、その中でバイエルンは笑う。
「二六四二本。それが今、俺が貯蔵している武器の数だ」
その数がハッタリなのかどうか。
アイニールには判断できなかったが、それでもただ息を飲んだ。
「お前の棘は何本だせる? さぁて、持久戦と行こうじゃねえか」
××××
「使い方がなっちゃいねえんだよな、まぁ半魔なんてカス共とつるんでるような奴なんだから仕方ねえよな」
そう呟くバイエルンの対面、そこでアイニールはボロボロになりながらも顔を上げた。
魔力がもう底をつきかけている。
その一方でバイエルンは余裕な表情を崩さない。
「たいそう強い魔法なんだろうが、攻撃はバラバラ、防御も雑、その程度なら宝の持ち腐れってモンだよなぁ? どうだ、俺の奴隷になるか? そしたら魔法の使い方も、男の喜ばせ方もおしえてやれるぜぇ?」
そう言って笑うバイエルンを、アイニールは一蹴するかのように笑い飛ばす。
そして地面に手をついて、ゆっくりと立ち上がった。
「くだらないですね」
背中には4本のナイフが突き刺さり、足は切傷だらけ。
不思議と痛みは感じなかったが、満身創痍というのはこういった状況をいうのだろう。
血を流しすぎたのか、意識も朦朧としてきた。
「私が得たこの力は、不本意なものでした。ですがこの力を使いこなすために、私はルイスに師事し続けますよ。アナタ程度では役者不足です」
それでも、アイニールは意思を告げる。
決して彼らを迫害する側には回らない。
それは、彼女が自分自身で決意した事だ。
「あっそォ~、じゃあいいや。もう、死ねよ」
その瞬間、バイエルンの四肢から放たれた剣が襲い掛かってきた。
魔力の放出によって軌道を変え、まるで追尾するかのように切先が来る。
「グッ――!」
「ホラホラホラホラァ! 死んじゃうよォ?」
バイエルンが腕を振るたびに、小さなナイフが空を舞う。
具現化させた棘を握り撃ち落としていくが、それでも捌ききれずに体に刀身が突き刺さった。
「じゃあなクソ女、後でお前のお仲間である半魔もあの世に送ってやるよ」
意識がだんだん遠くなる。
周囲を見渡す余裕もない。
ルイスは自分を見て何を思うだろうか。
メイアは、フリーシェは、そしてリリックは、こんな自分を見て哀れに思うだろうか。
(いやだなぁ……)
負けたくない。
それなのに体が動かない。
仲間を馬鹿にされて悔しいのに、体がいう事を聞かない。
やがて再び放たれた無数の剣が空を舞い、切先をこちらへ向け――
「もう――その辺で良いだろ」
聞き覚えのある声と同時に、全ての剣が雷によって撃ち落とされた。
闘技場を振動させ、撃たれた剣が弾け飛ぶ。
そして曇る視界を上にあげると、そこに居た男にアイニールは表情を明るくした。
「……リリック?」
そこに居たのは銀髪を靡かせる一人のハーフエルフ。
仲間である、リリック=ワーグナーだった。
「下らねぇ、心底吐気がするぜ。お前は――」
彼は怒りに口調を荒げ、バイエルンを睨みつけていた。
その体からこぼれ出る魔力は、周囲を蜃気楼のように歪めさせる。
『おっとここで乱入者だぁ! あれは第二試合の選手であるリリック=ワーグナーだ!』
実況の声を聞いていると、リリックは首だけで振り返ってきた。
そして彼は小さく笑い、傍で膝を付く。
「ごめんな、でも見てられなかったんだ」
ただ一言そう告げ、リリックは再び立ち上がる。
「俺の仲間を痛めつけてくれた礼はきっちりしてやるよ! 今ここで始めようぜ!」
「ハハァ! いいねェ!」
その瞬間、一触即発の空気が二人の間を包み、そこへジューナが慌てながら割って入る。
「お待ちなさい、リリック=ワーグナー。君の対戦相手はリリー=フラストレーションです。勝手な真似は許されませんよ」
もっともだ。
トーナメント表によれば、この後リリックとリリーの試合を行い、そしてドルトムントと羅刹の試合が行われる。
それを選手の都合で勝手に変更することなどできないだろう。
「待ちなよ、ジューナ」
だが、そんな中一人の男が降り立った。
闘技場の中央にて、仮面をつけた一人の男。
「ルイス……?」
「酷いやられようだね、アイニール」
そう呟いて、ルイスはアイニールを抱き上げた。
いつもと変わらない口ぶりに聞こえるが、それでもどこか重さを感じさせる口調だ。
だが次の瞬間には彼はジューナの方を見て、話しを始める。
「トーナメント表で重要なのは、ドルトムント、羅刹。あの二人をシード枠に入れる事でしょ? それならリリックやバイエルン君の試合を多少組み替えた所で問題はないよ」
横紙破りとは言えなくもない。
だがジューナは唸るようにして首を捻る。
「そうかな、まぁそれでもいいかな? じゃあバイエルン=エボーチカ、そしてリリック=ワーグナー。この二人の内の勝者が、リリー=フラストレーションとの戦闘になりますが、よろしいですか?」
振り返ったジューナは、リリックとバイエルンを交互に見る。
「俺は別にいいぜ?」
「リリック選手は?」
「願ってもねえよ」
「はぁ……仕方ないね。一つ貸しよ、ルイス」
ジューナはそう呟くと、控えていた衛兵を呼び出して何やら耳打ちを始める。
すると衛兵は大急ぎで移動し、実況がまた声を上げる。
『只今よりトーナメントのプログラムを変更し、リリック=ワーグナー、そしてバイエルン=エボーチカの戦闘を開始します!』
そんな声が聞こえ、プログラム変更がうまくいった事に驚いた。
「それでは、アイニール選手は退場してください」
ジューナがそう告げると、アイニールを抱くルイスが闘技場を後にしようとする。
だがそこでふとアイニールはリリックの方へ顔を向けた。
「リリック、ひとつ……よろしいでしょうか?」
「何だ?」
出血が多すぎて頭が回らない。
それでもアイニールはただ、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「怪我はしないで下さいね?」
「…………」
リリックは何も答えず、ただ一度だけ頷くだけだった。
それでも言いたい事は伝わった。
ならば、それでいい。
「さて、戻ろうか。リリック、約束は忘れてないよね?」
「ああ、破るつもりはねえよ」
「そうか、なら応援しておくよ」
ルイスとの会話も終え、アイニールは闘技場を後にした。
「これより、バイエルンvsリリックの試合を開始しますッ‼」




