17話 邂逅
≪Side リリック≫
快晴の下、リリックは王都を出歩いていた。
屋敷で呆けているよりは、気分転換にでもと思ったからだ。
王都にいる人間達は、自分の姿をみると目を逸らしたりヒソヒソと小声で何かを話すが、その程度ではリリックも表立って事を荒立てる気にはならない。
慣れたことだ。
ああいった目を向けられるのは、今までの人生で何度もあった。
しかし、コレには慣れない。
「あー、あんな所に服屋があるわよ。ねぇリリック、寄っていい?」
リリックの隣には、メイアが並んでいた。
彼女はリリックが散歩に向かうと知り、大喜びで後をつけてきた。
久しぶりの王都を楽しみたいのと、荷物持ちを探していたからだと言う。
「あーん、クロードさんにお小遣いもらったけど使い道に悩むぅ。ねぇリリック、服を買うか美味しい物を食べるかどっちがいいと思う?」
「知るかよ、俺に訊くな……」
「あーでもフリーシェとアイニールにもお土産を買わないと駄目だし、そうなると美味しい物の方が良いかなぁ。でもフリーシェに似合いそうな服があるのよねぇ、ねぇどっちがいいかな?」
「……さぁ?」
適当に応えつつ、リリックは足を進めた。
ただ気分転換に散歩をしにきただけだというのに、なぜこの女のお守りをしなくてはならない。
リリックは胸の中で、何度もそう愚痴をこぼしていた。
「ちょっと、ツレないわね! ちゃんと答えてよ」
「うるせえな、俺ァ荷物持ちなんてぜってェしねえからな!」
「女の子に重たい物を持たせる気なの? あんたモてないわよ?」
「余計なお世話だ(そんなに太い足なら荷物だって持てるだろうが)」
「何か言った? まぁいいや。ほら、さっさと店に入るわよ!」
リリックは腕を引っ張られ、服屋の中に連れ込まれた。
「フリーシェって意外とオシャレなんだけど、もうちょっと男らしい服を着た方が良いと思うのよね。それにアイニールにもスラっとした服が似合うと思うんだけど、リリックはどっちがいいと思う?」
怒涛の情報量に、リリックは肩を落とした。
ここでこの女を置いて逃げれば、きっと屋敷に戻った後また喧嘩になる。
ならばもう付き合うしかあるまい。
「俺はどうでもいいかなぁ、どうせ服なんざ肌を隠せれば何だっていいだろ」
「わかってないわ~、もうないわ~」
両掌を上にして、メイアは首を横に振る。
「ダサい服を着てたら他の人にナメられるのよ、服は内面を映す鏡! 良い服を着てたら、他の人からそれなりの目で見られるのよ」
「でも、俺達は学校以外の人とほとんど会わねえじゃねえか」
「そんな事どうでも良いじゃない。あ、可愛いワンピース!」
最後の言葉で、メイアはショッピングができればどうだって良いのだと理解した。
「やれやれだ」
その後、フリーシェとアイニールの服を二着ずつ購入し、メイアが選んだリリック用の服を五着(オシャレの魅力を知らせるために多めに購入)そしてメイア用の服を三着程購入し、ルイス用の服を三着購入した。
「やっぱルイス先生もカジュアルな服を着た方が良いと思うのよね、あの人スタイル良いからフォーマルが似合うけど、カジュアルも軽く着こなせると思うわ。その服着て一緒に散歩とかしたらすっごく楽しそう」
「お前、クロードさんから貰った小遣い全部使ったのか?」
「そうよ、いっぱいくれたからいっぱい使わなきゃあの人に悪いでしょ?」
「……なんか、お前のそういう所、ちょっと尊敬するよ」
「急に褒めちゃって、何のつもりよぅ! このこの!」
荷物持ちをさせられていたリリックの脇腹を肘で突いたメイアは、笑いながらそう言った。
この女には皮肉が通用しない。
理解してはいたが、重症なようだ。
「じゃあ美味しいもの買って帰りましょ、あの二人も退屈してるだろうし」
「そうだな、じゃああそこので良いんじゃねえのか?」
リリックの提案で近くにあったお菓子を購入し、二人は帰路に着いた。
気分転換の散歩だったはずが、思わぬ疲労感を得る羽目になった。
次に散歩に行く時は、見つからないようにしよう。
心の中でそう決心し、リリックは屋敷を目指して足を進める。
「——―てください」
ふと遠くから声がして、リリックは立ち止まった。
「どうしたの、リリック?」
「今何か声が聞こえなかったか?」
「声?」
二人が同時に耳を澄ませると、人でにぎわう大通りの喧騒にまぎれて、どこからか子供の声が聞こえてきた。
「何か叫んでない?」
「みたいだな」
「見に行ってみる?」
「——まぁ、そうするか」
そんな会話を交えながら二人は、声のした方へ向かって足を進める。
どうやら声は路地裏から聞こえているようで、リリックは買い物袋を高く上げて移動した。
「お願いします、やめてください!」
声がだんだん近くなり、やがて曲がり角の先にまで近付いた。
そして物陰から体を出すと、そこには赤黒い肌を持った少年が胸倉を掴まれ締め上げられている光景があった。
その地面には一人の子供が横たわり、締め上げられている子供は必至の形相で助けを求めている。
「何やってんだ、お前ら」
リリックの声に気が付いたのか、男はこちらへ目を向けてきた。
年はリリックと同じくらいだろうが、それでも肉体は比べるまでもないほどに筋肉で膨れ上がっている。
垂れた目尻と、常に上がった口角が特徴的な男だった。
(——強いな)
男を取り巻く魔力が、常人とはかけ離れている。
自分とほぼ同格。
リリックは男の戦闘力をそう分析した。
「アン? おめー誰ヨ? こいつらの知り合い?」
男はこちらを見ると、眉をひそめて問いを投げてきた。
「知り合いじゃなくても子供が虐められてたら止めるでしょーが!」
警戒するリリックを無視して、メイアは怒鳴った。
この男が悪意をこちらへ向ければ、どのような事になるのか考えていないのか。
「虐めただなんて人聞きのわりー事言うネ、俺は物乞いをしてたこの餓鬼をしつけてるだけだぜ?」
「しつけって、アンタ頭おかしいんじゃないの! どう見てもやりすぎでしょ!」
「うるせえ女だな、お前も虐めちゃうぞ?」
「あぁン! 上等じゃないの! ほら、行きなさいリリック!」
「俺頼みかよ!」
なんて突っ込みを入れている場合ではない。
この男、少しばかり危険だ。
メイアを背負ったような状況では戦えない。
「まぁこの馬鹿の言い分はさておき、そんな子供相手に楽しいのかよ。お前」
「ああ、楽しいね。アレ? もしかして同じ半魔として同情しちゃったり?」
「半魔——だと?」
リリックは持っていた買い物袋をメイアに押し付け、両手をフリーにした。
「俺を半魔と呼んだ奴がどんな末路を辿るか、教えてやろうか?」
「ハッ、上等じゃんか。いいぜ、かかって来いよ」
男も同じように戦闘態勢に入り、二人の間を緊張した空気が満ちる。
改めて解るこの男の力。
その戦闘力に、リリックも覚悟を決めた。
だが、
「バイエルン様、どうかその辺りで――」
不意に声が聞こえ、目を向けると男の後ろに一人の女がいた。
桃色のロングヘア―に、手ぬぐいのような物で目を覆った女だ。
「ナニ? 邪魔するつもり?」
「いえ。ですが大聖祭を間近に控えたこのタイミングで、騒ぎを起こすのは得策ではないかと」
「それを邪魔っていうんだよ! わかんない?」
バイエルンと呼ばれた男は、そう怒鳴ると女の顔を裏拳で殴り飛ばした。
思わぬ衝撃に驚いたのか、女は地面に倒れこむ。
「ネー、俺を苛つかせないでよ。マジでさぁ、お前の顔マジ潰しちゃうよ?」
そしてバイエルンは拳を握り、女の顔へ打ち込もうとする。
しかし、その拳は女の顔に当たらなかった。
「おい」
リリックの手が、男の拳を止めていたからだ。
「どこまでも胸糞の悪い野郎だな、テメェ」
「半魔風情がさ~、なに俺っちの腕掴んでるわけ?」
「これで二度目だ、覚悟しろよ」
そしてリリックが拳を引いた瞬間、二人の間を何かが貫いた。
リリックの目前を通り過ぎバイエルンの鼻をかすめて。
とっさに引いたリリックが地面に目を向けると、ナイフが石作りの地面に突き刺さっていた。
「この馬鹿が、何をしてやがる」
ナイフが落ちてきた方へ目をやると、そこには家の壁に立つ一人の男がいた。
いや、男というよりは少年といった方が正しいだろう。
幼い顔つきに低い背。
四肢の細さと青白い顔が目立つ男だった。
「ら、羅刹――その、違うんだ! 俺だって暴れる気はなかったんだが、」
「黙ってろ、言い訳は聞きたくもない」
羅刹。
そう呼ばれた少年は、壁から飛ぶと地面に着地した。
「すまなかったね君達、怪我はないか?」
心配して、なんて声じゃない。
ただ機械的に、そう声をかけるべきだからかけた。
そんな声だった。
「ボクの身内が迷惑をかけた、こちらで言い聞かせておくからここは勘弁してくれ」
そう言って羅刹は笑う。
(なんだコイツ……)
強者ではあるのだろう。
実際バイエルンの委縮した姿を見るに、相当な実力者だと理解できる。
だが、これまで会ってきた者の気配ではない。
もっと不気味で冷たい、何か暗い感覚だった。
「お、おい羅刹。俺は――」
「次に口を開けば、お前の顔を削ぎ落すぞ……」
バイエルンを黙らせた羅刹は、こちらへ一礼すると背を向けて去っていこうとする。
だが、リリックはそんな彼らを一瞬だけ引き留めた。
「おい、一つ聞かせてくれ。お前も大聖祭に参加するのか?」
「ボク達も参加するよ。君も参加するのかい?」
「……ああ、そうだ」
「そうか、なら楽しみにしておくよ。君は強そうだ」
そして羅刹と呼ばれた男は振り向く。
「君の名前は何というんだい?」
「……リリック=ワーグナー」
「そうか。ボクは羅刹、じゃあまたね」
その言葉を最後に、彼らは視界から消えてしまった。
後ろに目隠しをした女と、バイエルンを引き連れて。
ただ静かに消えていった。
「何なの、アイツら」
「さぁな、けどかなり強いぞアイツ」
「魔眼使えばよかった」
「別に良いだろ」
適当に返しつつ、リリックは傍で倒れていた半魔の少年を立たせた。
怪我をしているが、それほど深い傷ではない。
リリックは少年たちの介抱を続けた。
そろそろ二章の登場人物紹介も投稿しておきます。




