16話 ルイスの夢
王城にある大浴場に浸かりながら、ルイスは天井を眺めていた。
このところ、いつも風呂に入っている気がする。
湯船につかるルイスの二メートル程隣にはレガリア王がいた。
それ以外は誰も居ない、侍女も外で待たせている。
「ルイス、お前は今クロード領に居るらしいな」
「ええ、そこで教師をしていますよ」
「そう畏まるな、こんな風呂場で権威を持つ王がいるものか」
「そっか、まぁアンタが言うなら良いんだけど」
ルイスとレガリア王は、かなり複雑な関係である。
その関係性を知る者は、ガイリックを含めた数人だけ。
だがレガリアが即位する前は一時期だけ、行動を共にしていた。
つまりルイスが勇者になる前からの付き合いだと言う事だ。
「それで、一体何の用で来たのだ?」
「言ったでしょ、顔見せに来たって」
「そんな事で王城にまで出向くお前ではなかろう。余とお前の仲だ、話せ」
ルイスは溜息をつき、首だけでレガリアの方を向いた。
そして心の中で自分を奮い立たせ、その言葉を話す。
「この世から迫害を消したい、その為にここへ来た」
「…………!」
湯船の床に腰を下ろし腕を組んで胡坐をかいていたレガリアは、ルイスの言葉に動揺していたようだった。
「お前、何があった? 余が知るお前は、迫害という敵に対して抵抗はしても、立ち向かうような事はしなかったはずだ。ましてや消したいなどと……」
「考えを変えたんだ、何世代かかかるだろうけど。それでも半魔に対しての迫害を消したい。だからここへ来た」
ノヴァとの約束を果たすため。
ルイスの中では生徒達を勇者に育てるという目標の次に、心に決めている事だ。
例えどれだけの時間がかかってもいい、それでも半魔に対する迫害を無くす。
それが、ルイスの目的だ。
「……お前を英雄にするか、英雄として扱わないか。貴様等勇者達が魔界に出発してから二週間後にその会議が行われた。結果は知っての通りだがな」
答えは追放。
ルイスは英雄になれなかった。
「その際に議題に上がったのは、お前の迫害に対する受け止め方だ。お前は自分や自分の親しい者に害が及べば、その火の粉を薙ぎ払う事をしようとも、自ら迫害を消そうなどとは考えない。言ってみれば『諦めた者』だった」
自分の境遇をそういう事として受け取り、その上で理解し諦める。
覆せない物として受け止めている、というのがルイスの思想だ。
少なくとも、これまでの。
「だからこそ、お前は英雄になれずとも諦めると思っていたのだろうな。特に文句も言わず、しばらくは不平不満を言いつつも、いずれ諦めるだろう。それが二十六室と、宰相達と……そして余の考えだった」
「そこは認めるよ、私は昔そうだった。だけど今は違う」
ノヴァと出会って変わった。
彼の思想に動かされ、ルイスはこの世界を変えると誓った。
ただ彼とは違う方法で。
力ではない方法で。
「この世界から迫害を無くすために、私はやれるだけの事をする。どれだけ時間がかかってもいい、けど私はこの世界を変えると誓った」
「その為に、余に会いに来たと?」
「ああ、使える物は何でも使う。その上で訊きたい、私は今からでも英雄になれるのか?」
「……ふ~む」
ルイスの言葉に、レガリアは顎鬚を撫でて考える。
難しい問いだろう。
「お前が英雄になる、というのは可能だと思う。だがそれにはいくつかの段階を踏まねばなるまい」
レガリアは指を二本立てると、順を追って話し始める。
「まずは宰相、そして二十六室達の説得だ。宰相の内二人、そして二十六室のうち七名は貴様を英雄として扱うべきと申していた。だがそれは裏を返せば残る宰相二人と、二十六室のうち十九名が貴様を英雄として扱うべきではないと主張していると言う事だ」
その多数決の結果、ルイスは英雄になれなかったという事だろう。
だが七名もの人が、ルイスを英雄として扱うべきと主張していたのは意外だった。
「奴らの思惑は様々だろう。半魔という『汚らわしい存在』を英雄にするべきではないといった者、これはジャンパーノを筆頭としていたな。そしてもう一つはお前が英雄になった場合、この国の不平不満が爆発するのではないかと懸念していた者達もいた」
「不平不満が――爆発?」
「ああ、この国でなぜこれほどまでに迫害が蔓延しているか。お前は考えた事があるか?」
この口ぶりだと、半魔を恐怖したのが原因というわけではないだろう。
クロードから貰った最高機密の文書とは、また違った理由があるのかもしれない。
「その原因は恐れであったり、半魔が罪を犯した罪の被害を受けた者だったりと様々だ。しかしそれ以上に迫害を生む理由があるのだが、貴様は解るか?」
ルイスは首を横に振った。
これまで迫害について進んで考えなかったからこそ、年月の割にルイスはあまり迫害についての知識がない。
だからレガリアの言葉は、ルイスにとって新しい見解をもたらしていた。
「『何も持っていない者』達だ」
レガリアは端的にそう言った。
どういう意味なのか理解しかねたルイスは、口を挟まずにレガリアの言葉へ耳を傾ける。
「自信もなく、能力もなければ金もない。そういった者達にとって、自分達が『人間』であるというのは、とてつもない誇りになるのだ。奴らは人間であるという事、それ以外に誇れるものが何もない」
「…………」
「だから奴らは『半魔』を迫害して悦に浸る。自分より下の物を作り、それに向けて不満をぶつける。上を見るのを諦め、自分より下の立場を痛めつけて楽しむ者達だ。なにより大きな問題が、こういった者達が非常に多いという事だろう」
人間は多くの半魔を虐げている、だから人間である自分も凄い。
レガリアの言葉を要約するのであれば、こういう事だろう。
「虎の威を借る狐——という言葉があるが、そういった者達にとっての虎が『人間』ということなのだろう。だから奴らは半魔への迫害を止めない、半魔への迫害を止めれば自分達より下が何もないと気付いてしまうからだ」
それが、国民が半魔を虐げている理由。
しかしそれならば、新しい疑問が湧く。
「だがレガリア、貴族に関してはどう考える。奴らは貴族として確固たる地位を築いているぞ。わざわざ半魔へ迫害をしなくとも、いくらでも下はいるだろう」
例えばジャンパーノ。
彼は貴族の代表として宰相の地位を得ているが、彼もまた半魔への迫害心は相当なものだった。
ルイスが勇者になる際、一番衝突したのも彼だ。
「半魔を迫害する貴族の場合は――選民思想だな。奴らは半魔であろうが下民であろうが関係ない、自分達にとって有用な者以外は邪魔か、虐げるべき対象としてしか見ていない。もっとも、それ以外にも半魔の迫害があれば都合がいいと考えている者達もいるがな」
それが一部の貴族にだけ当てはまる言葉だと、ルイスも理解していた。
例えばメリッサも貴族ではあるが、彼女は半魔への迫害心を無くしている。
「まぁ一言で言い表すのであれば」
「『王政に対する不満から目を逸らすため』に、半魔への迫害を許容している――という事か?」
「なんだ、解っていたのか」
レガリアは感心したようにルイスを眺めてきた。
これはクロードと討論した際に、ルイスが思いついたことだ。
「今言った事は、迫害を止めるための壁では、わずか第一段階でしかない。お前が英雄になるだけならば、これを無視するのも可能だろう『半魔の中にも優秀な奴がいるのだな』その程度で終わるからだ。かつての仲間に声をかければ、いまでも可能かもしれない」
それだけでは足りない。
ルイスが求めているのはそれ以上なのだから。
何より――、
「ガイリック達の働きがあっても、私は英雄になれなかった。その理由は?」
無視できる事以外にも、なにか理由があるという事だろう。
「ああ、それについても理由がある。お前は“半魔崇拝”という名の組織を知っているか?」
「ある程度は」
半魔崇拝という新興宗教について、ルイスは昔から知っていた。
実際にその宗派を目にしたことはないが、半魔であるならば興味深い相手だ。
「奴らは今テロリズムによって王国の思想を変えようとしている。お前が英雄として扱われた場合、奴らの士気を高めてしまうかもしれない。そういった懸念を持つ者も、複数いたぞ」
「…………」
ルイスは溜息を吐き、肩を落とした。
せめて自分が原因であれば納得のしようもあるが、他者が理由なんてたまったものではない。
「これがお前が乗り越えなければならない障害の中で最も大きい物だろう、奴らが存在している限り、お前が英雄になれる可能性は無いといっても過言ではない」
とんだテロリストが居たものだ。
ルイスは心の中で呟き、湯に顔を付ける。
「つまりだ。テロリズムに走った半魔崇拝を捕らえ、その後お前を他の勇者同伴の元英雄として国に知らしめる。そうすれば貴様の地位はあがるだろう。しかし――」
「それでは、私しか救われない」
ルイスだけが英雄になってもダメなのだ。
半魔全体を救うためには、それ以上が必要だから。
「ああ、そういう事だ。迫害を無くす事、それはとても難しく……そして途方もない」
レガリアは、顔に影を落として呟く。
彼もまた、迫害を解決するためにはどれほど膨大な時間と問題があるのかを理解しているのだろう。
国王という立場であれば、それ以上の問題があってもおかしくない。
「大まかではあるが、この国から迫害を無くすためにすることを挙げるのなら。政治の実験を握る者達を掌握し、半魔への迫害を禁じる。そして人間の最下層に居る者達を、ある程度の水準にまで引っ張り上げる。そうすれば迫害は少なくなるだろう」
少なくなる。
無くなるとは言わなかったレガリアを、ルイスは問い詰める気にもならなかった。
「私だって完全に消せるとは思っていない。だが迫害が極小になるのであれば、私はどんな手でも使うぞ」
全ての迫害を消せるとは思っていない。
だがそれでも、ノヴァのような者を生まない程度には減らしたい。
それがルイスの望みだ。
「ああ、だがルイス。余は現状、貴様に全面的に協力する気はない」
レガリアの言葉に、ルイスは黙ったまま目を向けた。
すると彼は悲しそうでいて、同時に当然の事を話すような。
そんな複雑な顔をしていた。
「最大多数の最大幸福、それが余の……そしてエルドリア王家の目指すものだからだ。迫害はあっても、それでもこの王国にいる大多数の人間は幸せだ。だからこそ、余は迫害を見て見ぬ振りをしている。少数達に不幸を強要している」
貴様も含めてな。
最後にそう付け足して、レガリアはまた目を向けてくる。
王政に対する不満から目を逸らすため。
その意味を深く話しているのだと、レガリアの言葉から解る。
「だが、これで良いとも思っていない。お前はノヴァと会ったのだろう? それが理由で迫害を無くそうと考えたのだろう?」
「…………知っていたのか?」
「今話してやっと分った事だ」
逆に言えば、知らないわけがなかった。
この国で歴代でも有数の犯罪者が、ルイスという半魔に出会ったのだ。
それを知らないはずがない。
「もしノヴァのような者がもう一人現れ、そして手を取り合ったのならば王国は滅びるかもしれない。もし貴様がノヴァと手を組んでいたならば、王国は滅びていたかもしれんのだ」
もしレガリアが言った事が現実となっていれば、ルイスにも王国を滅ぼせていた自信はある。
だがそれを阻むガイリックやメリッサといった、かつての仲間を前に戦えるのか。
それだけは、ルイスにもわからなかった。
ノヴァと手を取り合えなかった理由。それは人間でもかつての仲間のような大切な人たちがいて、そしてかつての仲間達は皆、人を殺すという自分の前に立ちふさがるからだ。きっと戦いは避けられない、殺し合う事になる。
だからこそ、ノヴァの手を取らなかった。
それでも心を動かされていたのだから、ルイス自身すら気付かないものが心の奥深くで根付いているのだろう。
「ノヴァを生んだのは迫害で、貴様を揺らしていたのも迫害だ。ならば迫害は終わらせなければならない」
「…………」
「ルイス。お前にある程度は手を貸す、だが余を頼りすぎるな。余にとって、迫害とはこの国を統治するうえで都合がいい事なのだ」
今レガリアは、ルイスの友という立場ではなく、一人の国王として話している。
そんな彼を責める事はできない。
「大丈夫だ、それ以上の価値を見つければいいんだろ」
半魔を迫害する以上に価値のある事があれば、迫害はなくなるかもしれない。
それが見つかるのか、または存在するのかはさておいて、ルイスははっきりとした目的地ができた。
「まぁなんにせよ、当面の目標は決まった。半魔崇拝とやらを壊滅させ、私は英雄として国民達に名乗りを挙げる」
まずルイスが英雄となり、半魔には犯罪者しかいないといった思想の人間達を変える。
それを足掛かりにして、更なる成果を求めていく。
「それならば、全力で手を貸そう」
レガリアは嬉しそうに手を出し、ルイスはその手を握った。
「でも期待するなよ。今の私にとって最優先すべきなのは、生徒達を勇者に育てる事だ。そこで揺れる気はない」
ノヴァとの約束も大事だが、生徒達も大事だ。
勇者の選定までのタイムリミットはあるが、一方で迫害をなくすためにタイムリミットはない。
膨大な時間がかかるのだから、いつ始めても変わりはない。
それでも平行してやることは決めているが。
「ふぅ、前途多難だなぁ」
肩まで湯に沈んだルイスを、レガリアは曇った表情で眺めていた。
「ルイス、約束を一度破って余は、いや――我々はお前を裏切った。半魔崇拝が消えればお前を英雄として扱うという言葉を信用するのか?」
その言葉を聞いて、ルイスは笑った。
「そうだな……なら私も一つ脅しておこうか」
建前上でも、約束を破ってはならないようにしておけばいい。
それが口先だけだとしても、言葉にするだけで力になる。
「もし次に約束を破れば、私は王都を滅ぼす。それだけの力が私にはあるとアンタ達は知っているだろう?」
ルイスの言葉を聞いてレガリアは一瞬だけ言葉に詰まったが、その後は大声をあげて笑い出した。
「ハッハッハ! だろうな、肝に銘じておこう」
「二十六室の奴らにも伝えておいてくれよ」
「ああ、伝えておこう」
この言葉が原因で投獄されたらたまったものではないが、レガリアはそんな事をしない。
それをうまく消化して、他の政治家達に伝えるだろう。
「それで、貴様の生徒はどのような者達なのだ?」
「お? 聞きたいのか? どれもこれも粒ぞろいなんだぞ!」
待ってましたと言わんばかりに、ルイスは表情を明るくした。
自慢の生徒を自慢できる相手に、レガリアはぴったりの相手なのだから。
用事で遅くなりました、すみません!




