2話 半魔への迫害
クロード領へ向かうまでの道のりは、馬に乗っても三日はかかる。その間常に野宿というわけにもいかず、ルイスは近くにあった中規模都市へ足を踏み入れた。
自分の疲労もあるが、それ以上に馬がもう限界だ。
「一泊お願いしたいのですが……」
街にある宿屋へ顔を出し、受付に居た男にそう告げる。
すると男は顔を上げ、ルイスの顔を見た瞬間に表情を曇らせた。
「半魔が何の用だ?」
「一泊したいんです、できれば馬小屋も一晩頂きたい。代金はもちろんあります」
「フフフ……おい、お前頭おかしいんじゃねえのか?」
そう言って男は立ち上がり、ルイスを突き飛ばすとそのまま見下してきた。
「ここは半魔なんてのはお断りだよ! 薄汚ねェ、空気が汚れるからさっさと出ていけ!」
そう怒鳴った男に押されるように、ルイスは外に出て肩を落とした。
これで三軒目だ。
半魔を泊めてくれる宿屋など、やはり無いのかもしれない。
「おい兄ちゃん、宿屋を探してんのかい?」
ふと声がして、振り向くとフードを深くかぶった男がこちらを眺めていた。
黒いはずの布は茶色く濁り、所々がほつれてボロボロになったローブ。
「アナタは……」
そう言って男の顔を覗き込んだルイスは、ホッと息をついた。
赤と黒を混ぜたような褐色の肌、ルイスが持つ肌と同じ色をした同種。
「ここいらに半魔を泊めてくれる場所なんてねェぜ。ついてきな、ウチの宿に案内してやる」
そう言って男は一足先に進み、その後を慌ててルイスも追いかける。
「ありがとうございます、声をかけて頂いて」
「気にするな、ウチも商売でやってんだ。一晩三千サリー、馬の世話代を合わせたら四千サリーだ」
「……少々割高ですね」
「ハッ、半魔相手の商売なら当然さ。旅人ならなおさらな。追剥ぎに遭いたくはないだろ?」
「まぁ、そうですね」
勇者であるルイスにとって追剥ぎを撃退することなど、朝飯前どころか寝ながらでも済ませられる。それでも宿屋を探していたのは室内でゆっくり休みたかったからだ。
やがてルイスと男は、街の外れにあるスラムへと足を踏み入れた。
右を向けば脛に傷がありそうな人間、左を見れば自分と同じ肌をした半魔。
街からほんの数キロも離れていないのに、まるで異世界に足を踏み入れたかのような貧困さだ。
街で見たような石造りの建物なんてどこにもない。
あるのはあばら家と腐った木でできた小屋だけ。
そこに何人もの半魔が暮らしている。
「さぁ、着いたぜ」
男の声に顔を上げると、これまた見事なまでのボロ小屋が現れた。
屋根には隙間があき、ドアは歪んでいる。
「少々……少々ボロくなってはいるが、まぁ住めば都さ」
「少々? これが?」
「そう言うな、屋根があるだけマシだろ?」
「まぁ、それもそうですね」
ルイスはバックパックから五千サリーを取り出し、男に手渡した。
千サリー多く払ったのは、こういった場所で泊まる際に必要な手間賃だ。
金持ちと思われるのも問題はあるが、それでも払っておいた方がなにかと便利ではある。
「確かに受け取ったぜ、馬小屋は裏にある。自分で運んでくれ」
「わかりました」
ルイスはそう応え、馬を連れて宿屋の裏に回る。
(しかし、まぁ……)
とんでもないボロ小屋具合に、思わず笑いがこみ上げる。
カビと埃の匂いで鼻が曲がりそうだ。
「まぁ、雨風さえしのげればどうでもいいか……」
そんな事を呟きながら裏へ回ると馬小屋があり、そこの前に一人の少女がいた。
年は十前後だろうか。
細い四肢にボサボサの髪。
鼻の頭は黒ずんで、フケが肩にかかっている。
そんな少女はルイスの姿を見ると微笑んできた。
「お兄さん、お客さんなの?」
「うん、そうだよ」
「その格好なぁに? 旅人さんなの?」
「まぁ、そんな所だね」
適当に相槌を打ちつつ、ルイスは馬を中へ運ぶ。
その光景を、少女は珍しそうに目を輝かせながら見ていた。
「綺麗なお馬さんだね! なんてお名前なの?」
「ロスだ。古い友人が付けた名だ」
「お兄さんロスっていうんだね! 変わったお名前!」
思わず滑りそうになった。
慌てて体勢を立てなおし、ルイスは笑いながら少女を見る。
「いや、それは馬の名前だから。私の名前はルイスだよ」
「へぇ、ルイスって言うんだね! 私はニーナ! よろしくね!」
「ああ、よろしく」
馬を小屋につなぎ、近くにあった干し草を前に入れる。
質の悪い草だが、毒というほどではないだろう。
馬には少しだけ悪いが、クロード領へつけば美味い草を食べさせてやれる。
「ニーナは何をしているんだい?」
「馬小屋のおそうじ! パパとママのおてつだい!」
「そうか、偉いね」
「でしょー!」
可愛らしく胸をはるニーナに、ルイスは微笑みながら近付いた。
そして傍で膝をかがめ、懐にあった袋を取り出す。
「なら、そんなニーナにご褒美だ。手を出して」
ルイスがそう言うと、ニーナは首をかしげながら手を出す。
するとルイスは袋から取り出した、二センチ程の赤い木の実をその手に置いた。
「コカの実と言ってね、とても甘いんだ。私の好物だが、ニーナにもあげよう」
「ほんと! ありがとー!」
大げさに頭を下げて礼をいったニーナは、コカの実を食べずにそのままポケットにしまった。
「食べないのかい?」
「ママにあげるの! ママ最近元気がないから!」
その言葉を聞いて、ルイスは思わず口角を上げた。
声を押し殺して笑い、そしてまた袋に手を突っ込んでコカの実をまた二つ取り出す。
「なら、これはパパの分とニーナの分だ。よく味わうんだよ」
「やったぁ! お兄さんありがとー!」
「どういたしまして」
ニーナの頭を撫でてからルイスは立ち上がり、小屋の方へ顔を向けると男がこちらを見て笑っていた。
「ニーナ、嬉しそうだな」
「パパ! 見て、このお兄さんが果物をくれたの!」
「そうか、それはよかったねぇ」
「パパにも一つあげる!」
「本当かい!? ニーナは優しいねぇ」
わざとらしくそういった男はニーナからコカの実を受け取ると、頭を撫でて微笑みかける。
そしてルイスの方を見て、小さく頭を下げた。
「さぁニーナ、もうお仕事は終わったのかい?」
「うん、終わったよ! 遊びに行ってきていい?」
「ああいいとも、晩御飯までには帰って来るんだよ」
「わかった!」
元気よくそう答えたニーナは軽快な足取りで去っていった。
手に二つのコカの実を持って。
「娘さんですか?」
「ああ、今年で十二歳になる。可愛い盛りだ」
そう言って男は笑うと、ルイスに顔を戻した。
「晩飯、一緒に喰うかい?」
「飯付きなんですか?」
「サービスだよ、どうだ?」
「是非頂きます」
そう答えたルイスは男の方へ歩み寄り、自分が今晩泊まる部屋にまで案内してもらった。
部屋に入るとまだ昼間だというのにすぐ寝てしまった。
英雄になれなかったこと、追放されたこと、そして自分が半魔であるということ。それらをここに来るまでずっと頭の中で考えていた。
答えの出ない問いを、ずっと考えてしまっていた。
そのせいで疲労がたまっていたのだろう。
肉体的、というよりは精神的に。
参っていたのだろう。
目を開けると窓の外は真っ暗で、夜になるまでぐっすりだったのだと理解した。
「――————!」
ドアの向こうから誰かの声が聞こえる。
男女の声だ。
男の方は聞き覚えがあるが、女の方に聞き覚えは無い。
「喧嘩か?」
そんな事を思いドアをあけて目を向けると、宿屋の男が何やら必死そうな剣幕で対面に立つ女と話し合っている光景が見えた。
「どうされたんです?」
ルイスがそんな問いを投げると、男は申し訳なさそうに眉をひそめて首を振った。
「申し訳ねぇ、起こしちまったな」
「何かあったんですか?」
「ニーナが帰ってこないんだ。日が暮れる頃にはいつも帰って来るんだが、もう二時間も帰ってこない」
「アナタ、やっぱり探しにいきましょう。どう考えてもおかしいわ」
「そうだな、すぐに行こう」
アナタ。
男に向かってそう呼んだことで、女が男の妻であると理解できた。
ニーナの母であると。
彼女もまた、自分と同じような褐色の肌を持つ半魔だ。
「私も手伝います、ニーナの顔は覚えてますので。人手は多い方がいいでしょう?」
「ありがとよ兄ちゃん、俺は妻と一緒に探す。夜に一人で歩かせるわけにはいかねえ」
「それがいいですね、ニーナを見つけたらこの宿まで連れて帰ります」
「ああ、頼む!」
頷き合ったルイスと二人は外へ出て、街の方を目指した。
スラム街はすでに妻の方が探し回っていたという。
それに半魔ばかりのコミュニティなので、スラムの人が見かけたらニーナがどこの娘かもすぐにわかるという。
ならば先に探しておくのは街の方だろう。
焦燥感を胸に、ルイスは足を速めた。
街の間を縫って回り、ニーナの姿を探すがどこにもなかった。
人目を避けて路地裏に回り、飛び上がって屋根の上を跳ねる。
探し回るにしても、こうした方が早い。
「ニーナぁ! どこだぁ!」
ルイスが叫んでみるが、どこからも返事はない。
ただ街を歩く人たちが、不審そうにこちらを眺めているだけだった。
「クッソ、暗いな」
人より夜目が効き強いとはいっても、人探しに特化した能力などもちあわせてはいない。
だからしらみつぶしに探すしかないのだが、どこを探してもニーナの姿は見えなかった。
「どうする、スラム街に戻るか?」
ニーナが誰かの家で保護されている可能性もある。
夜は危ないからと。
その可能性にかけて戻るのも選択肢だが、万が一のことを考えればまだ街での捜索を続けるべきだろう。
そしてルイスが再び屋根を蹴り夜の街を駆けようとした時、
「いやあああああぁぁぁぁぁ!」
聞き覚えのある、女性の悲鳴が聞こえた。
大通りに着地し、人混みを押しのけて前に進む。
悲鳴が上がった場所を中心に、人だかりができていた。
「いやぁああぁぁ! 嘘よ、こんなはずない!」
悲鳴の主は、男の妻だった。
先ほど聞いたばかりなのだから、すぐにわかる。
だからこそ、人混みを抜けた先に待ち受ける物を予想して頭を振る。
(考えるな……)
やがてルイスは足を進め、人混みの終わりを抜けた時、
そこにあった物に、茫然と立ち尽くした。
顔は石か何かで潰され、服は上しか残っていない。
その服も破れて、最早切れ端としか言えないようなものだった。
右足は曲がってはいけない部分が曲がり、内出血で薄黒く変色している。
下半身は無数の切傷があり、特に股の部分は目を覆いたくなる物だった。
死体を抱えているのは、宿屋の男とその妻。
そして近くには、踏み潰されたコカの実が二つ転がっていた。
××××
「臭いと思ったら半魔の死体ですって?」
「ガキの死体が転がっていたらしいぞ」
「生きてるだけで臭いと思ったが、死んでも臭いんだな」
「そりゃそうだろう、ウジも避けるだろうぜ」
「ハハハ、そりゃ笑えるジョークだ」
「にしてもあの女もうるさいわね」
「あの死体の母親かな?」
「街で半魔を野放しにするからだ」
「そうよいい気味」
「半分悪魔のくせに涙なんかながして」
「あーあ、汚いったらありゃしない」
「オラ、さっさとそれもってどこかへ行け!」
誰かが、石を投げた。
出ていけ、の声と共に。
ルイスは静かに足を進め、人混みの前に立ちふさがった。
背に三人を抱え、ただ黙って足を止める。
「誰だよお前!」
「おいこの半魔、俺達を睨みやがったぞ!」
そんな声と共にまた石が投げられ、防ぐことすらしていなかったルイスの額を打ち抜いた。
皮膚が避けて、額から血が流れる。
それでもルイスは一歩も動かない。
瞬きすらせず、血に染まった瞳で人々を睨みつけていた。
そんなルイスの異様さに委縮したのか、人々は石を振りかぶる手をさげて地面に捨てる。
やがて人間達はお互いに顔を見合い、散り散りとなって消えていった。
「何の騒ぎだ」
そんな人混みをかき分けて現れたのは、四人の衛兵だった。
軽めの鎧を身に着け、槍を構えた四人組。
「あ~あ、死体騒ぎかよ。面倒くせェ」
変わり果てたニーナの姿を見た衛兵は、目の前でそういった。
男とその妻にも聞こえるように。
そんな衛兵を、ルイスはまた睨む。
「何だその眼は?」
衛兵は、持っていた槍の穂でルイスの頭を殴る。
だが、槍の方が欠けて切れ端が音を立てて地面を転がった。
黒く汚れた槍の穂が、音を立てて転がった。
「まったく、半魔ってのは生意気なのがいけねえぜ。なぁお前らもそう思うだろ?」
「違いねぇな」
「半分化物なのに生かしてもらっている事に感謝しやがらねえ」
「まったくだ」
「ハハハハハ!」
そんな会話を交える四人組を見て、ルイスは静かに息を吸う。
そして、先頭に居た男に向き合った。
「ここ数日は晴れていたのに、靴が泥で汚れていますね?」
先ほどまで下卑た笑みを浮かべていた衛兵から、一気に表情が消えうせる。
後ろに居た三人もまた、同じように無表情に変わった。
「さぁ、何のことだかな。調書をとるからお前ら全員ついてこい」
そう言うと、衛兵はルイス達を掴んで連行した。
連れられたのは衛兵の詰め所ではなく、街はずれの廃墟だった。
近くに民家などない、スラム街からも遠く離れた場所。
「困るんだよなァ」
衛兵の一人がそんな事を呟く。
「半魔の中にも、時々勘の鋭い奴が居るんだよ。お前みたいに」
そう言って衛兵はルイスに槍の刃を突きつける。
後ろに居る男と変わり果てたニーナを抱く妻は、その光景に息を呑んでいた。
「このあたりは白土だ。泥での汚れならば、靴には茶色い汚れが付く。三日以上経ったとすればなおさらだ。だがアナタの靴には黒い汚れが付いている」
ルイスの言葉に、衛兵は静かに笑う。
四人のどれもが、声を殺して笑っていた。
「その汚れは、血だな?」
「御名答! お前ら、この薄汚ェ半魔に拍手!」
まるで冗談を言うかのように、衛兵達は喝采を送ってきた。
居心地の悪い、胸糞の悪い喝采を。
「いやぁ悪いな、俺だって単なる好奇心だったんだよォ! だって靴の先が穴に入るだなんて思わないだろォ? 槍は何度も入れたけど、あんなガキに靴なんて入るとは思わねェじゃねえか? 俺は被害者だ、好奇心に負けた哀れな被害者さ!」
その言葉を聞いて、残りの3人も笑った。
ルイスの後ろに居る男と妻は、まるで何か遠い話を聞いているような表情だった。
まさか自分の娘を語っているはずがない。
そう信じたくて仕方がない。
そんな表情だった。
「でも傑作だったぜ? お前達にも見せてやりたかったよ、あのガキが泣きわめく瞬間をさァ! 俺思わず嬉し泣きしちまったんだぜ? だって――」
「――黙れ」
とても小さい声だった。
だが、殺意と悪意だけでできたその声は――。
衛兵達の口を閉じさせるには十分すぎて――。
そしてルイスの怒りを伝えるには短すぎた。
「もうそれ以上何も話すな、何も喋るな、口を開くな」
端的な言葉に乗せる言葉は、多すぎる。
だからこそ、ルイスは一歩ずつ前に進む。
目前にいる衛兵に、一歩ずつ足を進める。
「馬鹿が!」
衛兵の一人がそう叫ぶと、四人は同時に槍をルイスへと突き刺した。
力を込めて、殺意を込めて。
その刃で、ルイスの心臓をえぐるように。
「―——は?」
だが、ルイスからは一滴の血も流れない。
衛兵達の持っていた槍の刃は全て切り落とされ、刃はルイスの手に収まっていた。
持ち手の先が、まるで鋭利な刃物で切り裂かれたように無くなっている。
「今、何が――?」
衛兵の一人がそう呟いたと同時に、四人いる内の三人が足元から崩れた。
まるで首を切り落とされたかのように、一瞬で意識を失う。
「おい、お前ら!?」
靴に汚れをつけた衛兵がそう叫ぶが、誰も答えない。
「な、なにしやがったテメェ! 半魔が人を傷付ける事は重罪だぞ! いや、それ以上だ! 三人も気絶させたのだから、貴様は死刑に決まっている!」
虚勢。
もはや何も感じない。
怒りすら、与えるに値しない。
「黙れと言ったはずだぞ?」
衛兵の目には何が起こったのかすら見えていなかっただろう。
いつのまにか、ルイスの手が衛兵の首を締めあげていたのだから。
ただ足を進め、衛兵の首を掴む。
たったそれだけの事を、ただし光速で。
「グぅ、うぐううう――」
苦しそうに衛兵がもがくが、ルイスは意にも返さない。
ただ静かな瞳で、見つめるだけだった。
「醜い……私はこんな者達を守るために魔王と戦ったわけではないのに」
そう呟き、ルイスは衛兵を地面に叩きつけた。
ゴキ――という音が鳴り、地面に顔をめり込ませて衛兵は動かなくなる。
衝撃は地面を割り、頭を地面に埋めた衛兵から目を背けて、ルイスは後ろでニーナを抱く二人の元へ寄った。
「ニーナを少し……」
涙も枯れ魂の抜けた人形のようになってしまった妻は、ただ静かに頷くとニーナの死体をルイスに預ける。
「せめて、綺麗なまま送ってあげましょう……」
ルイスは治癒魔法を唱えた。
死者を蘇らせるような魔法はこの世のどこにもない。
それでも、傷付いたニーナの顔を元通りにしてあげたかった。
気休めでもいいから。
この哀れな少女を、綺麗なまま送り出してあげたかった。
「ニーナぁ……あああああああ!」
女は、声を上げて啼いた。
耳を劈くような、自分の喉を潰すかのような叫びにルイスは目を背けた。
見ていられなくなった。
「ニーナ、ごめんよ。ニーナ……」
男も同じように謝る。
何度も謝った。
ニーナは何も悪い事をしていない、それは男も女も同じはずだ。
だがそれでも、男は謝っていた。
「あの衛兵達には『忘却の魔法』をかけました。一時間程度の事はなにも思い出せないでしょう」
発動から遡り、最大十二時間までの記憶を消す魔法だ。
これならば、二人が逃げても衛兵達は追うことができない。
「このまま逃げれば、アナタ方は口封じのために殺される事もありません。ですがもし復讐を選ぶのでしたら、それはアナタ方に任せます」
ルイスはそう告げて、二人に背を向けた。
どういった理由があれ、一人でも人を殺した半魔は死刑になる。
復讐をするのなら、それはつまりそう言う事だ。
ルイスに選択を薦める事はない。
「私はニーナの死に責任を持てません。だからどうか、アナタ方の意思でお決めになってください」
後はあの二人がどうけじめをつけるのか。
それだけの話だ。
(…………!)
ふと顔をあげると、遠くから速足で駆けてくる馬を見つけた。
ルイスの魔力に反応したのだろう。
背にはルイスの持ち物が乗せられている。
「ありがとう、お前はいい子だね……」
馬に小声でそう伝え、ルイスは背に跨った。
あの二人がどんな表情で自分を見送るのか、見たくもない。
半魔は迫害を受けている。
半分が人に害をなす魔物なのだから。
だから半魔は迫害を受け、犠牲になっている。
ニーナのような事は、ルイスはもう飽きるくらいに見ている。
だが、それでも慣れる事はない。
あんな光景、いくら見ても慣れるような物ではない。
慣れていい、ものではない。
馬に揺られるルイスの背から、金切り声とも捕らえられる悲鳴が聞こえてきた。
断末魔ではない。
ただ自分を押し殺すかのような悲鳴。
「…………」
それでも、ルイスは振り向かない。
振り向いたところで、その結果を変える術など持っていないのだから。
ルイス・アドレルトは英雄になれなかった。
半魔であるという理由で。
これは半魔の物話。
英雄になる資格を奪われ、迫害に苦しむ。
半魔の物語である。
少しでも面白いと思っていただけましたら
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