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3話 女湯







 メイアは額を抑えながら、床で丸くなっていた。


「うおー、痛い~」


 あの男、手加減抜きで桶を投げやがった。

 確かに自分が悪いが、しかしやりかたという物があるだろう。


「大丈夫ですか? メイア」


 空から声がして、顔を上げるとアイニールが傍で立っていた。

 タオルを胸に巻き、女を象徴する部位をどこも見せないよう器用に立っている。


「まぁ平気、アイニールも一緒に見ればよかったのに」

「それは無理ですよ、ルイスに怒られます」


「ルイス先生は怒らないわよ、多分」


 適当な会話を繰り返し、二人は髪と体を洗うために移動した。

 この宿屋には高級石鹸が備えつけてある。宿屋の外観もさることながら、こういった備品も高級揃い。かなり儲かっているのだろう。


「髪洗ってあげるから座って」


 メイアは立ち上がりアイニールを座らせると、湯につからないようにしていた髪留めを外す。湯を浴びせながら手櫛を通し、滑らかな髪の手触りを楽しんだ。


「アイニールって髪綺麗ねぇ、肌も艶々だし……羨ましいわ」


 髪に湯を染み込ませながら、メイアはそんな事を呟く。

 実際アイニールの髪は、艶やかで綺麗な直線を描き、昼間は日光を反射して髪に光の輪ができる程だ。自分はもとより、学校で一番綺麗な髪を持っていたフリーシェと並んでいる。


「昔はそうじゃなかったんですけどね、色々ありました」


 アイニールは腕をさすりながら、どこか悲しそうに呟く。


「何かあったの? 嫌なら言わなくていいけど」

「う~ん、私は昔魔法の実験体だったんですよ」


 あっけらかんと、まるで昔好きだった人を語るかのように、簡単に吐いたアイニールにメイアの手が止まった。


「親に売られて、王都で実験体になっていました。体中傷だらけで、髪はボサボサ、肌はボロボロ、人に見せられるような肌を持っていなかったんですよ?」


 淡々と語るアイニールの後ろ姿を眺めながら、メイアは耳を傾けた。


「そんなある日、私はノヴァという人の魂を肉体に入れられました。すごく痛くて、怖くて、死んでしまうんじゃないかって思ったんですけど、彼は言ったんです」


 彼――。

 それがノヴァの事を指していると、メイアは少し遅れて気付いた。


「何て言ったの?」


「可哀そうに――って」


 そう言ったアイニールはメイアの方を振り向いて笑顔を浮かべた。


「そして彼は肉体を借りるせめてもの詫びだと言って私の傷を治してくれました」


 女性であるならば、髪は美しい方が良い。

 そう言って魔法で髪を綺麗にしてくれた。

 肌も綺麗にしてくれた。


「ノヴァが、治してくれたの?」


 メイアはアイニールの髪を泡立てながら、問いを投げる。


「はい、彼が私の髪や傷を治してくれたんです」

「そうなんだね」


「良い思い出とは言えませんがね、実際怖くてルイスに助けを求めましたし。けど思い返してみれば、悪い事ばかりじゃなかったなって思います。今はもうどこにも傷はありませんしね」


 正直、メイアは面食らっていた。

 アイニールはただ哀れなだけの少女と思っていたからだ。


 フリーシェと年も変わらない、ただノヴァの魂を植え付けられただけの少女と。


「なにより、私はメイアと仲良くなれてとても嬉しいですよ」


 アイニールは、満面の笑みでそう言った。

 年下らしく可愛らしい、まるで姉をみるかのような目だ。


「そうね、私もアイニールと仲良くなれて嬉しいわ」


 笑顔を浮かべたメイアは、アイニールの髪を洗いながら泡だらけになった手でアイニールの顔を撫でた。


「あああ、痛い。痛いですよメイア。泡が目にしみます」


「我慢よ~アイニール、もうちょっとで洗い終わるから」


「早くしてほしいです、目が開けられません」


 両手を振り回し助けを求めるアイニールを眺めながらメイアは笑い、お湯をかけて助けてやった。


「酷いですよメイア、目がシパシパします」


「ごめんごめん、体も洗ってあげるから許して」


 そう言ってメイアは泡だらけの両手を構え、アイニールに抱き着いた。


「ひゃぁ! ちょっとメイア、体は自分で洗えます!」


「文句を言わないの、私の好意をありがたく受け取りなさい」


「いえ、あの、好意は受け取れるのですが、この行為は許容しがたく―――ひゃぁん♡」


「なぁにうまい事言ってんのよ、ってか本当に肌綺麗ねぇ……なんか腹立ってきたわ」


「ちょちょ、どこ触ってるんですか! ——あッ♡」


「エロい声を出すでないぞアイニール、ほれほれ~隣にいるリリックが興奮して覗きに来るかもしれないわよ~?」


「ちょっと、それは、その……こんなあられもない姿を見られるのは恥ずかしいというか」


「腋も洗っちゃお」


「ひゃははは、ちょっとメイア、ストップです!」







  ××××







「リリック」

「どうした、ルイスさん」


「今だけ目を閉じておいてあげるよ」

「アンタ俺を馬鹿にしてないか!?」


「いや、我慢できるならいいんだけど」


「……そうか」

「……うん」


 そんな会話を交える二人を、フリーシェは不思議そうな顔で眺めていた。






 ××××








「はぁー、はぁー、はぁー」


 床に倒れて頬を紅く染めながら肩で息をするアイニールを見て、メイアは「やってしまった」と心の中で叫んだ。

 少し調子に乗り過ぎたかもしれない。


 アイニールは笑い疲れてぐったりとしている。


「アンタもしかして、私より胸大きくない?」

「いえ、あの……わかりません……」

「駄目だ、女として勝てる場所が見つからない……」


 メイアはそんな言葉を吐きながら、身長なら勝っているからと心の中で自分を振るい立たせる。

 髪も肌も胸も負けているが、こういった高身長フェチの男だっているはずだ。


 そうだそうに違いない。


「辛くなってきた、さっさと体洗っちゃお」


 考えるのを止めて体を洗っていると、風呂場に誰かが入ってきた。

 湯気でよく見えないが、どうやら別の客らしい。


(わぁ、すっごい綺麗な人……)


 湯気の中から現れたのは、妖艶という言葉が似あう女性だった。

 淡い赤色の長い髪を後ろで束ね、黒のアイパッチで右目を隠している。


 肉体は引き締められ、線は細くもしっかりと筋肉がついていた。

 うっすらと腹筋も割れており、なにより背が高くて手足が長い。


 尻も胸も大きく、歩くだけで様になる女性だ。


(可愛いよりは綺麗系ね)


 肌の艶からまだ二〇代後半であると予想できる。


(うぅ……私の唯一の取柄が……)


 スタイルの良さでも敗北感を思い知らされ、メイアは打ちひしがれた。

 自分でもいい女に分類されるとは思うが、それでも上の層が厚すぎる。


「何を安心しているのです? メイア」


 背筋を悪寒が駆け抜ける。

 冷たい声、まるで恐怖を駆り立てるような声に、メイアはゆっくりと後ろを振り返る。


「ア、アイニール。どうしたの?」

「いえ、私の体を洗っていただいたお礼をと思いましてね。遠慮はいりませんよメイア、思う存分喘いで下さい」


 目に光が灯っていない。

 怒っているようにも見えるが、なぜかそれ以上の感情も感じる。


「ほ、他のお客さんも来たから、あまり騒いだらダメでしょ?」

「では声を我慢してください。手加減はしませんからそのつもりで」


 アイニールは全ての指をワキワキと動かし、まるで蜘蛛のように手を動かす。

 やがて、その指が脇腹を捕らえた。


「あひゃひゃひゃ、ちょっと待って! アイニールストップ!」

「待ちませんよ~、まだちゃんと洗えてないでしょう?」


「いやいやいやいや、駄目だって、これ以上は何かダメだって!」

「ウフフフ~駄目ですよ~」


「ぎゃ~、助けてルイス先生~!」





 ××××






「ルイスさん」

「どうしたんだい、リリック」


「呼んでるぞ」

「呼んでるね」


「眼を閉じておいてやろうか?」

「……そうだね、目を閉じておいて」


 瞬間、リリックは驚愕の表情を浮かべてルイスを見た。


「マジで?」

「冗談だよ」


「……まぁ、そうだよな」

「というのが嘘だけど」


「!?」


 湯にあてられ紅潮した顔で、フリーシェは二人の会話を聞いた。






  ××××










――ルイス?




 ふと聞き覚えのある名前が聞こえ、女は後ろを振り返った。


 視線の先には可愛らしい少女二人が、裸でじゃれ合っている。

 そういう関係なのだろうか、それとも単に仲が良いだけだろうか。


 なんにせよ、可愛らしい少女二人が絡み合う姿は目に焼き付けるべきだろう。


「それにしても。いや……まさかね」


 女は自嘲するように呟き、湯に肩を付けた。


「そんなわけないか」


 こんな所に、あの男がいるわけがない。



 そう思って女は目を閉じた。


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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