1話 汚れた血は英雄になれない
「ルイス、お前は“勇者の凱旋”に参加するな」
日もまだ昇らない早朝の宿屋にて、その言葉をルイスは聞いた。
漆のように淡い黒髪に翡翠色の瞳、透き通った鼻梁に瞳にかかる長い睫毛。人間でいえば二〇代中盤ほどの顔つき。
しかし普通の人間とは似ても似つかぬ、赤と黒を7対3で混ぜたような褐色肌。
それがルイス・アドレルト。
「ジェイク、それはどういう意味だ? 何故私が凱旋に参加できない?」
「そりゃぁ、お前が下民で“半魔”だからだろうな」
そう告げたパーティーリーダーであるジェイクの背格好は、遠目であっても洒落た金持ちだと理解できるほど豪華だ。
貧相な皮鎧のルイスとは、比べるまでもない。
「おいジェイク、私は命がけで魔王を討伐したんだぞ? それなのに凱旋にもでれず、英雄になれず、王都にも出入りするなって……冗談だろ?」
「俺だってこんな事したくはねえが、宰相からの命令だから仕方がねえだろ?」
そう言ってジェイクは口角を上げながら不敵な笑みを浮かべる。
まるで馬鹿にするかのように。
嘲笑うかのように。
(ああ、そうか)
その笑みを見て、ルイスはやっと理解した。
自分の力を『魔王討伐』に利用し、用済みになったらお払い箱にするのだと。
ルイスは人々から“勇者一行”と呼ばれるパーティーの構成員だ。
魔王を倒すために一年前王都を出発し魔界を目指した。苦戦は続きながらも誰一人も欠けることなく魔王の下へ辿り着き、見事その心臓に剣を突き立て魔王を討伐……それが半月前の話。
「そもそも褐色肌の“半魔”が勇者になった事自体が間違いだったんだ。魔王を倒して用済みになった今、わざわざお前を英雄として担ぎ上げてやる意味もないだろ?」
ジェイクの言葉を聞き、ルイスは爪を掌に食い込ませた。
生まれてからずっと不当な扱いを受け続け、それでも国に尽くしてきた。
勇者になって魔王も討伐し、英雄になる資格はあるはずなのだ。
しかし、現実はどうだ。
利用するだけ利用して、用が済めば追放。
なんとも間抜けな話である。
「考え直してくれ。私だって英雄になりたいんだ。命を懸けて戦ったんだから、英雄になる資格はあるだろ」
「まぁ確かにお前の言う事にも一理あるが……」
ジェイクは笑いながら近くにあった柱に背を預ける。
そして首を横に振りながら口を開いた。
「俺が許可しても国が許可しない、だからお前は英雄になれない」
そしてジェイクは懐から一枚の丸めた羊皮紙を取り出しこちらに投げる。
受け取ったルイスは怪訝な顔のままそれを広げると『クロード領へ向かえ』という指令が書かれていた。
「頼むよ、私は君達に尽くしてきた。その終わりが追放だなんて、どう考えてもおかしいだろ!」
「でけぇ声出すんじゃねえよ、他の奴らにも気付かれるだろうが」
ジェイクは人差し指を立てるとそれを唇に触れさせ、シーッと息を吐いてから続ける。
「いいか、俺が宰相から受けた言伝は二つ。『ルイス・アドレルトを凱旋に参加させるな』そして『他の勇者がそれに反抗すれば一緒に追放していい』の二つだ」
それはつまり、
「お前が駄々をコネて追放を受け入れないのなら、他の奴らも一緒に追放しちまうぞ? って事だ」
「なッ……!?」
「他のパーティーメンバーが英雄になれなくても良いのか? お前にアイツらが英雄になる資格を奪う権利があるか?」
ジェイクは背を預けていた柱から起き上がり、ルイスの目前に立つと肩に手を置いた。
「諦めろよルイス、俺だって残念に思うが仕方がない。これは命令だ」
「…………」
ジェイクの言葉を聞き、ルイスは肩の力が抜けるような感覚を覚えた。
怒りや憎しみよりも、どうしようもないという虚脱感が勝る。
何より楽観主義だった自分に呆れる。
自分が真摯に尽くせば、相手も答えてくれるなんて本気で思っていたのか――と。
汚れた血は英雄になれない。
「いいだろう、追放を受け入れてやる!」
言葉を荒げながら、ルイスは預けていた荷物を宿屋の主から受け取る。
そして一度だけ振り向き、大きく息を吸った。
「この国に“クソくらえ”だ!」
ジェイクに向かって中指を立て、ルイスは外に繋いでいた馬に跨った。
××××
この世界において魔物と呼ばれる生物は人に害しかなさぬ存在で、言ってみれば人間の天敵のような生物だ。魔物にも精霊種や、魔人種、悪魔など、多種多様な生物がいるが、人間に好意的な存在など皆無と言っても問題ない。
だからこそ、悪魔の血を引く者は半魔と呼ばれ迫害を受ける。
例えばルイスのように。
彼は人間の父親、そして悪魔の母親との間に産まれた半魔だ。
道行く人が見れば、ルイスが半魔であると一瞬で解る。
赤と黒の絵具、それを七対三で混ぜたような赤黒い褐色肌。
それが半魔の印。
「すみません、道をお尋ねしたいのですが。クロード領はこちらの方向で間違いないでしょうか?」
ルイスは途中、小さな町へ入り道行く人に声をかける。
だがほとんどの者には無視されて、立ち止まってくれた者も、
「半魔に教える事なんざ、何もねえよ」
そう言って唾を吐いた。
こんな事は日常茶飯事だ。
ルイスは何度自分の肌を恨んだか分からない。
ずっと昔、ルイスがまだ幼かった頃。
王都では当たり前のように石を投げつけられる毎日に、あぶく銭で馬車馬の如く働かされる奴隷以下の生活。何度も両親を恨んだが、顔も覚えていない二人への恨みなど長くもつものでも無かった。
ルイスが勇者になっても、半魔への扱いは変わらない。
なぜ自分がこのような扱いを受けなくてはならないのだ。
「きゃっ」
唐突に足へ衝撃が来て、振り向くと幼子が転んでいた。
おおかた余所見をしていて、ぶつかってしまったのだろう。
着地の際に手を切ったのか、血が少し出ている。
「ごめんよ、大丈夫かい?」
そう言って地面に膝をつき、傷の手当をしようとした。
だが――突然こめかみに何かが投げられ、異物を感じた右目が瞼を閉じる。
(なんだ?)
衝撃はあったが、痛みはない。
額に手を触れてみると、血ではない液体で濡れていた。
「私の子に触らないで!」
振り向くと幼子の母親だろうか、一人の女性が大慌てで駆けよってきた。
ルイスのこめかみに投げられたのは、トマトだったのだと地面で潰れた姿が教えてくれる。
「すみません」
ルイスは小さく頭を下げ、二人から離れていった。
小さな騒ぎになり、周囲の人間がルイスを遠巻きに睨む。
彼は勇者であるのに、この世界を救った一人であるのに、道行く人々はそんな事を知りもしない。
「疲れたな……早くクロード領へ向かおう」
隣を歩く馬に小声でそう伝え、ルイスは歩みを進める。
ルイスは世界を救った勇者の一人であるのに、誰もそれを知らない。
むしろ救った者達から蔑まれる。
それが半魔、それがルイス。
こうして勇者ルイス・アドレルトは英雄になれずに追放された。
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