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17話 迫害






 思わず、息をのんだ。


 嘘や冗談などではない、ノヴァは確かに本心を伝えている。


 つまりこの国に居る人間を皆殺しにすること、それを自分の使命だと――本気で思っているということだ。


「ふっ、ふざけるなよ、貴様!」


 突然後ろに居たゲイルが大声を上げる。


 ベリアルと同じように、恐怖で強気に出ざるを得なかったらしい。


「何を怒っているのです? 私はただ使命を述べたにすぎません」


 ノヴァは飄々とした物言いで、ゲイルを一瞥する。


「そんな事が使命だと! 一体何の理由があってそんな事をするのだ!」


「理由ですか?」


 ノヴァはきょとんとした表情でゲイルを横目にし、ゆっくりと口を開いた。


「お二人はもちろんご存知でしょうが、この世には私やルイスのように、半魔と呼ばれる者達が大勢います」


 淡々とした口調で、ノヴァは話を続ける。


「本来半魔と呼ばれる者達は、強い力を持っているのです。

 エルフや魔物の力と、人間の持つ力。

 その両方を使える優れた存在、それが半魔なのです。


 しかし考えてもみて下さい、この国はそんな優れた半魔を虐げている。

 人間が数という暴力で半魔を迫害しているのです」



 ルイスは背中に汗を感じた。


 こんな男がいるのだと、初めて知った。



「ルイス、アナタも経験があるでしょう。

 正当に評価されるべき場面で、自分が半魔だからという理由だけで評価されない事が。


 アナタも見たことがあるでしょう?

 貴族や名家出身ではないという理由だけで貶される事が」



 その程度の事、ルイスは何度も経験してきた。



 実際ルイスは英雄になれる勇者だったのに、半魔という理由でなれなかった。



「私はそういった不条理の一切を無くしたいのですよ。そういう意味では皆殺しというのは語弊がありましたね、この国で虐げられている者ならば半魔・人間を問わず助けて、それ以外を皆殺しということです」


 後ろで椅子を倒す音が聞こえ、目を向けるとゲイルが立ち上がりながら怒りに顔を歪めていた。


「そんな事が許されるはずがないだろう! 虐げられている者以外を皆殺しにして、貴様は何が目的なんだ!」


 震える腕で拳を握りながら、ゲイルは声を張る。


 その一方で、ノヴァは涼し気な表情を浮かべていた。


 ただ当たり前の事を述べるかのような表情で。

 まるで世間話をするかのような表情で。


「”限りなく平等に近い世界”ですよ。生まれや見た目、肌の色や種族で差別される事のない、全ての人民が平等で尊く生きる。そんな世界です」


 微笑みながら、ノヴァは言い切った。


 一切の淀みもなく、言い切った。


「人間を皆殺しにして、そんな世界が実現するわけがないだろう! この国にいる半魔が、一体どれほど犯罪に手を染めているか、貴様は知らないのか!」


 王都では半魔達の犯罪組織があり、日夜人々を襲っている。


 そして特徴的なのが、そのメンバーのほとんどが子供だという事だ。




「なにを言うのです? 半魔が罪を犯す理由を産んだのは、アナタ達人間でしょう?」



 ノヴァは真剣な目でゲイルを見つめ、不思議そうな表情を浮かべながら話を続ける。


「正当に評価せず、人間として扱わず、まるでゴミか塵芥のように扱い、

 ――罪を犯さなければ生きていけないほどに追い詰めたのは、アナタ達人間でしょう?

 半魔が悪いのではありません。

 半魔がそうしなければならないほどに、()()()()()人間が悪いのです」



「そんなわけがない。罪を犯す者が悪いのだ、罪を犯す半魔が悪いのだ!」























「ではアナタは、ルイスに向かって同じことが言えますか?」













 その瞬間、ゲイルは言葉に詰まった。


 一方でノヴァは淡々とした口調のまま、ルイスに目を向ける。





「クロードの話によれば、ルイスは勇者だったそうですね。

 本来ならば英雄として扱われ、王都で優雅に暮らす。

 しかし、ルイスはこんな辺境地で暮らしている。

 とても英雄の暮らしとは思えませんね。


 なぜこんな事になったのか。

 それは王都に居る人間が、半魔であるという理由で彼を英雄として扱わなかったから。


 そうでしょう、ルイス?」






 ルイスはただ一度だけ、ゆっくりと頷く。

 これは否定できない。




「ではそこに居る人間、アナタに問います。

 仮にルイスが英雄になれなかった事に腹を立てて、自暴自棄になり罪を犯せば

 その原因は何ですか?

 ルイスが原因ですか?


 違いますよね?

 少なくとも人間がルイスを平等に英雄として扱えば、彼は罪を犯すこともなかった。


 ルイスの責任と言えば、半魔に生まれた事だけです。

 しかし、それは()()()()責任なのでしょうか?


 褐色の肌を持つ事は、ルイスの罪なのでしょうか?


 それが罪なのだとすれば、ルイスはなぜ生まれてきたのです?

 生まれる事が罪だとでもいうのですか?」



 ノヴァの言葉に、ゲイルは反論できない。

 ただノヴァの言葉を聞くだけだった。


「生まれる事に罪などあるわけがない。

 ただ種族が、肌の色が違うというだけで迫害を受ける。

 本人に罪がなくとも、石を投げられる。

 不当に奪われる。

 尊厳ある生物として忌避すべきことが、いとも簡単に行われている。


 罪を犯したから迫害する?

 いいえ違います。

 迫害を受けたから、罪を犯すしかなかったのですよ」




 ノヴァは改めてゲイルに目を向ける。





「今この国で起こっているのは、それと同じです。

 今言ったような話が、国のそこら中で起きているのですよ。

 試しに王都へ旅行されてはどうですか?

 目を覆いたくなる物が見れるかもしれませんよ?


 アナタだって今はルイスを信用しているようですが、最初からそうではなかったでしょう?

 アナタも最初は半魔という理由で彼を警戒し、他の人間と同じようには扱わなかったはずだ」





 違いますか?




「そ、そんな事があるはずがない! た、例えそうだとしても、迫害を受けて罪を犯さざるをえないとしても……罪を犯したものが……わ、悪いはずだろう!」


「クハハ、呆れますね」


 素っ気ない返事を返すと、ノヴァは話を続ける。






「アナタは恵まれているからそんな事が言えるのです。

 アナタは迫害なんて受けた事がないでしょう。


 だってアナタは――肌の白い人間じゃないですか」



 半魔がどのような境遇におかれているのか知りもしないで、アナタは簡単に半魔が悪いと言い切る。


 追い詰められた事もないのに。

 不当に奪われた事もないのに。

 迫害なんて受けていないのに。


 おかしくてたまりませんよ。



「た、例えそうだとしても! 皆殺しなど間違いにきまっている!」





「では、教えてください」






 ノヴァは顔を上げた。








「一体いつ、人間達は迫害を止めるのです?」







 半魔が全て死ねば、差別は終わりますか?

 人間だけの世界になれば、偏見は終わりますか?

 世界に安定が訪れれば、迫害は終わりますか?



 罰を受けなければ、人間は変わりませんよ。



「私がいた二百年前はそれはもう酷いものでしたよ。

 私は人間から慰み者にされたエルフから生まれました」



 ゲイルはただ息をのみ、口を挟まなかった。

 もう挟む余裕すらないのだと、ルイスには解る。



「私自身も物心つかない頃から、人間に玩具のような扱いを受けました。

 とても酷く、(なぶ)られました。


 教えてください、私はそんな仕打ちを受ける程の事をしましたか?


 当時の私は文字も読めず、魔法も使えない子供でした。

 虫も殺したことがない、村の外を見た事もない子供でした。


 そんな子供が何故、迫害を受けなければならないのです?」


 私は最初から大罪人だったわけではありませんよ。

 自嘲とともに、ノヴァは吐き捨てた。


「そ、それは……は、半魔は半分悪魔だから……いずれ人に害を及ぼす()()()()()()と言われているから。半魔は罪を受けるべきだと……言われているから」




 言われているから。



 ノヴァも、そしてルイスも、その言葉に眉をひそめた。




「アナタは、実際に被害を受けたのですか?」



「いや……ない……」



「先ほど言いましたね『罪を受けるべき』と。

 それは一体誰が決めたのですか?

 全能なる神がお決めになったと?


 違います。

 それはアナタ達“人間”が決めたルールです」



 呆れたように溜息をつき、ノヴァは自嘲するかのように笑う。



「アナタはやはり自分の尺度だけで測り、世界を知った気になっているだけですよ。


 何も知らないから、そんな言葉を吐けるのです。


 真に地獄を見て居ないから、そんな言葉を吐けるのです。


 理由もなく貶され、辱められ、それをすんなり受け入れる者が一体どこにいるのです?


 そんな者は一人としていない。


 皆が迫害に苦しんでいる」



 そして、心の底から呟くように。

 ノヴァは吐き捨てた。


「こんなの、正しいはずがない」



 それを最後にゲイルから目を離し、ルイスを再び見つめてきた。


「そ、それでも人間を殺すなど、間違っている……!」


「私の言ったことを証明するためにも一度皆殺しにしましょう。

 いえ、皆殺しでなくとも十分の一程度まで減らしましょう。


 そうすれば私の言っている事が間違いなのか、正しいのか。

 理解できるでしょう」


 そしてノヴァは(わら)う。


 笑うではなく、嗤う。



「人間達が少数派になり、半魔と同じ境遇に立てば……()()の痛みも理解できるはずです」




 同じ痛みを分かち合えば、人間と半魔は理解しあえる。




 反論する気も無くなったのか。


 それとも、反論できなくなったのか。


 ゲイルはそれ以上何も言わなかった。



「ルイス、アナタも解るでしょう? この国は壊れている。

 半魔が虐げられ、数が多いだけの人間がこの世界で覇権を握っている。

 そんな事が正しいハズがない、だから私はこの国に住む人間に()()()()を知ってほしいのです」


 ノヴァは、ルイスの目前に手を差し伸べた。


 この手を取ってくれと言わんばかりに。


 仲間になってくれと言わんばかりに。


「共にこの国を変えましょう。

 アナタと私が手を組めば、きっと理想郷ができあがります。

 半魔が蔑まれる事のない世界が!


 迫害のない、真に人が平等な世界が。

 人も半魔も隔てなく、エルフやドワーフだろうと関係がない。

 全ての人が慈しまれる世界です」




 ただ曇りのない笑顔でそう言い切ったノヴァに、ルイスは悲しみを覚えた。



 同時に、ルイスの目から一粒だけ涙がこぼれる。



 哀れだ。

 そして悲しい。


 ノヴァと自分に一体何の違いがあるのだろう。

 何も違わないはずだ。


 幼少期から迫害に苦しみ、今なおそれは終わらない。


 ただ奪われ続ける。


 望んでこんな肌を手に入れたわけではないのに。


 この肌を捨てることで人間のように生きられるのなら、いくらだって捨てられる。


 もし自分が人間だったのならば、王都で英雄になっていたはずだ。

 パーティーリーダーであるジェイク、自分の弟子だったガイリック、そして他の仲間たち。


 彼らと共に、凱旋できるはずだった。

 祝杯を共にできるはずだった。

 自分は王都で暮らしていたはずだった。


 人間であったならば。


 その事を悲しいと何度も思った。

 フリーシェに救われ割り切ったつもりでも、ふと思う時がある。





 なぜ自分は他とは違うのだろうか――と。

 なぜ自分は他の人に認められないのか――と。

 なぜ他の人が当たり前のように持っている物を、持っていないのかと。





 けど、それをいくら考えたって答えはでない。


 だからもう、諦めるしかないのだ。


 諦めて、新しい幸せを見つけるしかないのだ。


「ノヴァ、だめだよ。私にそれはできない」



 ノヴァの言うことは理解できるし、共感できる。



 フリーシェも、メイアも、クロードも、ガイリックも、ベリアルも、ゲイルも、理解できないし共感できないだろう。



 きっと、ノヴァの言うことを真に理解できるのは、自分やリリックだけだ。



「君の言う事は理解できる、けど私はそんな事をしない。例え私がどれだけ迫害を受けようと、例え私がどれだけ君の言う事に共感しようと、私は君の手を取らないよ」



「何故です、アナタには私の言ったことを実現できる力があるはずです」



「君の言う事は正しい部分があるのかもしれない、けど私には大切な人がいる。君が殺そうという人間の中にも、私にとってはかけがえのない大切な人がいる」



 ガイリックやクロード、そして生徒達。


 彼らを失望させたくない。


 仮に彼らに害を及ぼさないとノヴァが約束し、手を取り合って人を殺せば――


 彼らはきっと失望するだろう。


 悲しませたくない。


 自分を信じてくれている人達を裏切りたくない。


――裏切りたく、ないんだ。


「だから、君とは分かり合えても――手を取り合う事はできないよ」


 ルイスは立ち上がり、憐れむような視線をノヴァへと落とす。


 そして何も言わずに、牢屋から外へ出た。


「……ルイス」


 最後に、ノヴァはただ一言名を呼んだ。


 そこにどんな感情があるのかは解らないが、それでもノヴァはとても悲しそうだった。


長いです、申し訳ない。

ですがしっかりと読んでほしい回でもあります。


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こちらが完結したのでよければ見てください。
ビカム・ヒーロー
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