16話 会談
地下牢に向かい、見張りをしていたゲイルに交代を申し出た。
ゲイルがここに居る理由。
ルイスが張った結界ならば破られる事は不可能だが、それでも万が一に備えて人員を配置する必要もあったからだ。
「貴様がアレを見張るのか?」
ゲイルは険しい顔のままルイスに横目をつかうと、そう訊ねてきた。
「ええ、あの子は私の生徒ですから」
「そうか……」
ゲイルは頬をかき、そしてルイスへ向き合う。
「俺も妻を持ち、子も生まれた。儂の娘と年も変わらない、あんな幼子が檻に入れられている。正直言えば変わってやりたい、哀れで仕方がないのだ。貴様は半魔の身でありながら、勇者なのであろう? あの子を助けられぬのか?」
ゲイルの真剣な声と眼差しに、ルイスは少しだけたじろいだ。
しかし目を合わせて、その決意を口に出す。
「助けます、方法は今から探しますが――必ず助けます」
ルイスの言葉にゲイルは一度だけ頷くと、目をまた檻に居るアイニールへ向けた。
「ノヴァと交渉するのであろう? 俺もここで見ていてもよいか?」
「ええ、見守っていてください」
ゲイルは一度だけ頷くと近くにあった椅子に腰かける。
アイニールを見るその表情は、とても心配そうだった。
そして同時に、ルイスの事すら心配しているようだった。
気のせいかもしれないが、ルイスはそう感じた。
「ふぅ……やるとしようか」
ルイスは結界に入口を作り、そこから中へと入る。
そして合計七枚の結界と防御魔法を突破し、鉄格子の中へと足を踏み入れた。
アイニールはまだ眠っている、起こすのは忍びないがそれでもノヴァと話さなければならない。
「アイニール、起きてくれ」
声をかけながら肩に触れた時、アイニールの体がとても薄い事に気づいた。
ろくな食事もできていなかったのだろう、こんなに幼いのに肉がほとんどない。
「う、うぅ?」
一声で気が付いたようで、アイニールは目を覚ました。
そして黙ったまま周囲を見渡し、不思議そうなめでこちらを見上げる。
「大丈夫かい? まだ頬は痛むかな?」
アイニールは首を横に振る。
「今、話せるかな?」
今度は縦に振り、ルイスはその場で膝をついた。
「アイニール、君を助けるためにノヴァと話す必要があるんだ。アイツに主導権を移せるかい?」
アイニールは一瞬だけ怯えたような表情を浮かべた。
だが次の瞬間には、何かを悟ったような表情を浮かべて小さく頷いた。
「ありがとう、約束する。君を絶対に傷付けないと」
怯え続けていたアイニールだが、それでも尚一度だけ頷く。
そして彼女の体が力なく倒れると、地面に横たわり動かなくなった。
「おい、危険ではないのか!」
ゲイルが後ろから声をかけてくるが、ルイス大丈夫とだけ伝える。
そして次にアイニールへ目を向けると、姿が変わる最中だった。
小さな少女の姿から、男の姿へと変わっていく。
髪は短くなり手の骨や鎖骨が角張り、四肢が少しずつ伸びていき、
ノヴァの姿へと変わった。
「おや、まさか今日二度目の眼覚めとは……驚きましたよ」
地面に横たわったまま瞼だけを開き、赤い瞳を向ける。
そしてゆっくりとした動作で体を起こし、ルイスの正面に座った。
相も変わらず息がかかるほど顔が近く、ルイスはどうにかならないのかと肩を落とす。
「ノヴァ、君に話がある。その体から今すぐでていって、封印されている自分の肉体に帰ってくれ」
ノヴァはきょとんとした表情を浮かべ、そして首を捻る。
やがてルイスの言った言葉をやっと理解したのか、唐突に笑いだした。
「ハハ、何故私がそのような提案を呑まなければならないのですか? 私にメリットがない」
「アイニールを助けるためだ」
「理解できませんね、アナタは正気ですか? なぜアナタがこの器を助けようとするのです?」
「アイニールは私の生徒だ、そして助けてと言われた」
「フフフ、実にくだらないですね」
ノヴァは口に拳を当てながら笑いを堪える。
そして顔を向き直し、赤い瞳をまっすぐに向けた。
「私には使命がある、それを成し遂げるまでは封印されるつもりはありませんよ」
「その使命とは、二百年前にお前が起こした反逆と関係があるのか?」
「ええ、私はとある使命のために二百年前、たった一人で戦争を起こしました。結果は封印され、何も成せませんでしたがね」
少しだけ悲しそうにノヴァは俯き、ルイスから目を逸らす。
ルイスは二百年前の文献に目を通してみたが、ノヴァが反逆を起こした理由はどこにもなかった。
だからこうして本人に直接尋ねている。
「その使命、私が変わりに成すことができれば……君はアイニールから出ていくか?」
瞬間、ハッとしたようにルイスを見つめる。
そして目を丸くしたまま、少し考え込む素振りを見せた。
「アナタが、ですか?」
ノヴァは顎に指を添え、うーんと唸る。
「ふむ……これは私のような者が成してこそ意味があるのですが、アナタでも一応は資格がありますね……」
首を捻り、目を閉じたまま思考を続けていたが、やがて眼を見開いて笑顔を見せる。
「そうですね、ではそうしましょう。アナタが私の使命を果たしてくれれば、私はこの体から出ていき、封印されている自分の肉体へと戻りましょう」
「本当か!」
ノヴァの声に、真っ先に反応したのは後ろに居るゲイルだった。
思いがけない展開につい口が滑ったようで、慌てて自分の口を手で塞ぐ。
「ゲイルさん、喜ぶのは早いですよ。この男の使命をまだ聞いていませんから」
ノヴァは爽やかな笑みを浮かべ、ルイスに顔を近づける。
「教えろ、ノヴァ。君の使命とは何だ?」
「何もそんな風に構える必要はありませんよ、アナタにとってはとても簡単な事かもしれませんし」
「もったいぶらずに教えるんだ」
「大丈夫ですよ、ある意味簡単な事ですから」
のらりくらりと言葉を躱すノヴァに、ルイスは苛立ちを隠せなくなってきた。
そんな気持ちを察したのか、ノヴァはゆっくりと口を開く。
「この国に居る人間を皆殺しにするだけです」
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